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 ついにこの時が来るのだ。予定としては一カ月の超長期出張(扱い)だ。今回は出立に二週間の猶予があるが、二週間後にはイギリスに……陽菜にとっては戦場へと向かうのだ。
「はわわ……この時が来たのね……」
 デスクでぶつぶつと言っている陽菜の元へ、大きなため息を漏らしながら澤永がやって来た。
「ちょっと……辛気臭いんだけど……」
「ご、ごめんなさい……ついにXデーが来るらしく、胃が痛くかなりグロッキーになってます」
「何わけわからない事言ってるの?だいぶ前からこうなる事はわかってたでしょ?それよりこの資料。フランス語に直しておいて」
「えぇ!こういうの澤永さんの方が得意じゃ……」
「あなたも財閥の妻になるならこれくらい出来るようにしないとね」
 まだ最近習い始めたばかりのフランス語だ。次のステップとして澤永は陽菜に頼んだのだろうが、もらった資料に書かれている内容はかなり専門的だ。これを全てフランス語にするには骨がいりそうだ。
(こっちでも胃が痛くなる……いや、穴が開きそうかも)


 なんとか資料作成をして訂正をかなり食らいながらも合格を貰った陽菜は、へとへとになって帰宅した。
「ただいま……」
「おかえりなさいヒナ。今日は随分と遅かったね」
「うん……フランス語の資料作成してたら遅くなっちゃった」
 時刻は午後十時前。残業をして帰宅したわけだが、陽菜の資料作成の為に澤永ともう一人、フランス語の得意な秘書課男性が残ってくれた。二人は「今度山下さんのおごりで焼き肉ね」と言って意気揚々と帰って行った。
「言ってくれたら僕が手伝ってあげたのに」
「ダメよ。こういうので仕事とプライベートの公私混同はいけません」
「ヒナは相変わらず厳しいね」
「逆にアレンは緩すぎだよ。よくCEOが務まってるなって感動を覚えるくらいだよ」
 そう嫌味のようには言ってみるものの、アレンがどれだけ凄いのかは知っている。さすがは財閥一族のご子息で、幼少から帝王学やらスパルタ勉強をしていただけある。
「はぁ、私はそんな人の妻になるのね」
「どうしたの?」
「いやぁ……アレンのご家族と顔を合わせるのが緊張というか凄く怖いというか……」
 するとアレンは陽菜の肩をガシッと掴んで真剣な表情で見た。
「それに関してだけど……」
「えっ?何?めちゃくちゃ怖いんですけど……」
「一族総出の晩餐会が催されるみたいなんだ」
 晩餐会と言われて政治家や某有名な絵画しか思い浮かばない。それだけでなく一族総出と言っただろうか。つまり家族だけじゃないのだ。
「ちょ、ちょっと待って!そんなの耐えられない!」
「僕もアンリから聞いてびっくりしたよ。けど母がやる気になって……」
 どうやら弟のアンリは一足先にイギリスに行っているようだ。この話もつい先ほどアンリから聞いたようで、母親がやる気になっているとか。むしろ一族総出の晩餐会とは衆人環視にさらされるのだ。
「あ、あの……辞退させて下さい……」
「それもそうはいかず……母が一族に招待状やらを送り付けたみたいで」
 母よ。一体何をする。と言うより何がしたい。イギリスに行くだけで波乱だが、もっととんでもない状況に変化しているようだ。
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