一輪の白百合をあなたへ

まぁ

文字の大きさ
上 下
33 / 105
第四章

8

しおりを挟む
 朝を迎え、いつも起きる時刻じかんに目を覚ました莉春は、窓際に置いてある瓶に差してある一輪の白百合を見つめた。
 久々に会う事が出来た盈月は、紀清の名を耳にした途端その場から消えてしまった。紀清の名が例え禁句なのだとしても、何も言わずに去って行くのはいかがなものかと思った。
「本当に……未だ盈月の心はわからないわ」
 少しはその心に触れる事が出来たかと思った。だが心は直ぐに離れた。やはり一国の主の心は一市民には計り知れないのだろう。だが、昨夜盈月からもらった白百合は嬉しかった。だからこうして瓶に差しているのだ。
「さて、今日もしっかり働かないと」


 一体いつになれば書庫の整理は終わるのだろうか。終えたと思った先から書簡や巻物が増え、それらを全て整理していかなくてはいけない。果てしない攻防は、もはや無限の長物なのだ。
「あぁ、これは去年の納税証明書だ」
 主に役所や、弦丘城で保管すべきものがここにやって来る。と言うのも原本はもちろん各々の場所にあるのだが、ここには何かあった時の為の写しがやって来る。
 これを整理する莉春も大変なのだが、この写本を書き写す人達はもっとすごい。だがおかげで莉春はそれまで知りえなかった料簡りょうけんを広げる事が出来ている。例えば莉春の故郷でもある村は、この国の管轄であり、作物を国で売る事が出来る者がいて、その者から両親達は賃料をもらっている。そんな当たり前の事を莉春はこれまで知らなかったのだ。
「ここにいたらすごく勉強になるなぁ」
 おそらく女官としての知識には全く役に立たない事だが、知らない世界を広げる事が莉春には楽しかった。
「莉春ちゃん」
「……誰?」
 声の主を見た時、見知らぬ中年男性がいたので、莉春は眉をしかめる。だがその顔にはどこか覚えがあるし、自分の名を言った。
「俺だよ。前皇帝の紀清だよ」
「お、おじさん?」
 髭もなくなり髪の毛も小ざっぱりしていたので、一瞬誰かわからなかった。だがよくよく見れば目元は昨日の人物と全く同じである。
「ちょ、ちょっと!何で今日も来てるの?」
「うーん。何でかな?あ、そうだ!莉春ちゃんは城に入ってみたい?」
「弦丘城?」
「そうそう」
「行って何するの?それに私が入れる場所じゃないでしょ?」
「そこは秘密の抜け穴があるから大丈夫だよ」
 何故紀清は莉春に弦丘城へ向かおうと誘ったのか全く理解出来ない。だが興味ないのかと問われれば興味はある。
「でも駄目だよ。私仕事してるし」
「大丈夫大丈夫。景美には後でおじさんが言っておくから」
「景美様?知り合いなの?」
「知ってるもなにも、俺の初恋相手で初めて振られた相手だよ」
 それは聞いてよかったのかどうか……だが戸惑う莉春の事などおかまいなしで、紀清は「それじゃ行こう」と言って莉春の手を引いて弦丘城へと通じるあの林の道へと向かう。しかもこの間に誰にも会わずに行ける道なる場所から向かったので、新たな道を知ると共に、誰にも会わなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

処理中です...