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第二章 夢の生活

4 ドライの快感

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 沙夜さんがいない。

 靴箱を確認すると、いつも履いて出てる靴はどれも収まったまま、ポストに新聞を取りにいくときなんかに履くサンダルだけが見当たらない。

 僕は沙夜さんを探しに、日曜だというのにやけに憂鬱な曇り空の街に出た。

 しばらく歩くと、たばこ屋の前に見慣れたアーミージャケットの後ろ姿があった。 恐る恐る近づいてみると、おかげを赤ちゃんみたいに抱いて、あやしてる。

 おかげは、死んだ実の母が命を引き替えにして救った猫だ。運命の対面というわけか。

「この前を通ってたら、やけに目が合っちゃって。中でにゃあにゃあ鳴くから、おばさんが開けてくださったの。この子が初めてのひとにこんなに懐くのって、めずらしいんだって」

 沙夜さんは僕に気づいてからも、こちらに振り向くことなく、淡々と話した。

「あれえ、鼻になんかついてますよぅ」とおかげの鼻先を、きのうのままのネイルの指でこする。

「違うよ。それほくろだから」

「なんだ。この子知ってるの?」

「昔からね……」

「あらやぁだ、お口舐めにきたこの子。あん、ダメぇ、……こんどは耳? やあん、やん、くすぐったい」

 いつの間にか肩乗り猫になった老いた雌猫になごむ沙夜さん。

「きのうは、……ごめん」

「なあに? 光くん、なんか謝らなきゃいけないこと、しましたっけ」

「…………」

「女めんどくせー、って今思ったでしょ。男の子だってめんどくさいわ。おあいこよ」

 沙夜さんが、肩口の茶トラ越しに、僕の目を見て微笑んだ。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ソファ前のローテーブルの上に、ディルドが三つ。左の大きなダークブラウンのものがクリストファー、真ん中の日本人巨根タイプが龍之介、右の長くて細いタイプのものがひばりくん、と呼んでるらしい。そしてそれらを腰に装着するための黒いレザーのハーネス。このハーネスにディルドを根元の吸盤部分で固定して女性が装着すれば、いわゆるペニバン女子の完成ということらしい。

「これがわたしの秘密の品。下着はこの前見たわよね。この子たちは先生と関係ができる前からの、わたしの大切なお友だち。バイだって告白したでしょ。まあ、バイって言っても、エッチが好き過ぎて、性別にこだわれないってことなんだけどね」

 家に戻って早々、沙夜さんは行動に出た。僕がなにかと詮索したり想像を巡らせたり、それはふたりの関係の障害にもなり得るし、受験にも悪影響を及ぼしかねない。だからすべてを知ってもらうのだと。なんというか、いかにも沙夜さんらしい発想。

「でも、名前つけるかな、ふつう」

「笑えばいいよ。まあ、愛着の問題ね。ほんとうのビアンのひとたちは、あまり使わないって聞いてる。わたしの場合は、生の男性が怖かったからね……」

「いやな経験でもした?」

「家があれでしょ。まず母が病気で死んで、父も二年後に病気で……。大人がいなくなって、とうとう兄弟だけに……。そうするといろんなひとが近づいてくるようになった。特に男のひとがね。最初は病弱な弟を気遣ってくれる親切なひとでも、だんだんとその中身が見えてくる。……哀しいよ」

「親父はどうだったの?」

「先生は、神さま。研究資金には貪欲だけど、ふだんの先生はお金に欲はないし、こんなわたしにも鷹揚だし、やさしいし。先生が実家に出入りするようになってからは、怪しい男も寄ってこなくなった」

「僕は? 僕は怖い?」

「めんどくさいやつみたいだけど、……怖くないよっ!」と、僕の頭をぐりぐりと掻き回して沙夜さんは弾けるように笑った。

「お湯入ったから、一緒にお風呂入ろ。湯船の中でなんでも質問に答えてあげるから。さあ……」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 沙夜さんとお風呂に入るのは初めてだ。しかもこんな朝から。淫らな妄想をいだきながら浴室に向かってはみたけれど、実際は、裸のつき合いっていうのか、僕は今、やけにすがすがしい気分。肩から肘へと続くしなやかな二の腕の裏をごしごしと洗っている沙夜さんを、湯船に入ってただ淡々と眺めている。きのうのメイクをきれいに洗い流して、ほんのりそばかすの浮いた、少女のような顔で体を洗う沙夜さんの、その身振りのすべてが、人となりを表しているようで、ずっと見ていても見飽きることはない。

 湯気のむこうで、シミひとつないきれいな背中をお湯が滑るように流れ、ツンと前へ突き出した自信に満ちたバストの先に雫が滴る。身をかがめて膝頭を洗う時におなかにできた、少しの皺までもが愛おしく思える。

「光くん、こっちらっしゃい。背中流してあげる」

 沙夜さんがくるくると洗い髪をうしろに纏めてヘアクリップで留めながら言った。

 僕は子供のように素直に、バスチェアに腰かけ身をゆだねる。

 お母さんとお風呂ってこんな感じなのかな、と思った矢先、洗う沙夜さんの乳首の先が、もう僕の背中を痺れさせ始めた。

「当たってる……」

「ううん、当ててるの。光くんのすべすべの背中を味わってるのよ。さ、立って」

 僕が立ち上がると、沙夜さんの手がうしろから伸びてきた。 

「あら、もう大きくなった。あっという間ね。さあここもきれいに洗いましょ」

 スポンジを泡立て、ペニスをやさしく洗ってくれる沙夜さん。こんどは乳首が太ももの裏に当たる。

「うーん。先っぽに石鹸たくさんつけ過ぎないでね」

「わかってるわ。石鹸が尿道に入るとチクチクするんでしょ。先生が言ってたから、知ってるもん」

「……親父のも洗うんだね」

「妬ける? 光くんのは先生のと違って、硬くて洗いやすいわ。ふふ」

 洗ったペニスにお湯をかけ、沙夜さんの指がこんどは股のあいだから玉を撫で上げる。

「ここもきれいにね。……あれ、さっきまでブラブラしてたのにっ」

「臨戦態勢に入ったとか? 寒いと縮こまるけど、こういう時にもそうなるんだね。自分でも意外」

「そうなんだね。でも、このほうがやっぱり洗いやすい。ふふっ」

 沙夜さんの手が睾丸を包み込むように洗う。このまま握り潰されるとか、まったく思えない至福の安心感。……母の安心感?

「母さん。僕、ずっとこのままでいたいな」

「ダメよ。湯冷めしちゃう」

「違うって!」

「……ごめん。わかってる。そうよね。このままいたいよね。でも、それはいけないわ。わたしには、先生がいるもの……」

 沙夜さんの手が止まった。そして、少しの時間が流れた。

「もしかして、泣いてるとか? 母さん」

 沙夜さんは黙ったまま……。

「…………なぁんちゃってね!」

 睾丸にあった手がするりと肛門のあたりに移動した。

「あのさ、先生ってさ、なんかひどくない? EDにかこつけて光くんにわたしを押しつけて。結局さ、ラクしたいだけじゃない? 出張から帰ってくれば、お膳立てが完了していて、あとはプレッシャーなく回復を待つ、あるいは、わたしたちの仲むつまじさに触発されて、勃起力復活で万々歳! そんなの虫よすぎだと思わない」

 早口でまくし立てる。あれれ、沙夜さん怒ってる? よくよく考えてみれば、ってやつ。あの回りくどい親父の置き手紙や、メールの文面が脳裏に蘇る。

「……そりゃそうだけど、親父の気持ちもわからなくはないし、ここはミッションということで、丸く収めようよ」

「光くんはやさしいわねえ。お父さまかばっちゃって。『かませ犬』だなんて卑屈になって。先生が帰ってきたら、お役御免でポイ! それでいいの? ずっとこのままでいたいんじゃないの?」

「いたいけど。そんなの無理じゃん」

「無理かしら。光くんの、いや、ふたりの心の持ち方ひとつで、なんとかなるんじゃない?」

 突然、肛門にあたたかく柔らかいものが触れた。あっ、舐めてる。

 沙夜さんに肛門を舐められてる。 

「いかがでしょうか? なんとかなりそうな気がしてきました? じゅるっ」

 ああ、やるせない。やるせない脱力感。

 続いて舌が肛門にゆっくり侵入してくる。力のこもった硬い舌先が……。

「あん。ダメだよ、汚いから……」

 それでも舌は動きを止めず、分け入り、少し引いて、また分け入る。そのつど、肛門が伸び開くのがわかる。

「やだ、もう。ダメっ。あん」

 舌が抜かれ間髪入れず、唾液で濡れた肛門に指が勢いよく差し挿れられる。

「……ほうら、一気に入っちゃった」

「ああっ、体が動か、ない……」

「突然、突き立てられて、あとは相手が動いてくれるのを、ただ切なく待つだけ。そんな女の気持ちがわかる? 大丈夫、動けるわ。このままゆっくり壁に手をついてごらんなさい」

 僕は沙夜さんの指が差し挿れられたおしりをなるべく刺激しないように、そっと壁に両肘をついた。少しでもこちらが動けば、得体の知れないなにかがこみ上げてきそうになる。

「わたしね。もういい子ぶるのやめるわ」

「り、理想のお母さんになるって、言ってなかった? ああっ」

「なれるかしら、って言ったつもりだけど。でもやっぱ、なれそうにないかも。頑張ってみてもさ、きのうみたいに、妙に期待持たせちゃうだけだし、ほんとは、そんなキャラじゃないのよ。……ほら!」

 突然、指が突き上がる。

「あっ!」

「感じちゃった? じゃあお望みどおり、もっと激しく突き上げてあげる……」

「あっ、あっあっあっあっ、ダメ! 勘弁して……」

「ふふぅん、ダメよ。光くんのその声、大好きだもの。もっと聞かせて。さあ、ここから先は、いっぱい鳴くのよ」

「あっあっあっあっ、ダメ! 立ってられなくなっちゃう」

「じゃあ、立てなくしてあげる」

 尾骨から腰にかけての体の中心を、沙夜さんの舌先がつうっと這う。

「あぁん」と僕は脱力して、膝をついて壁にしなだれた。

 指は依然、挿れられたまま。

「龍之介持ってきて拡張してあげようか? それともひばりくんで奥突いてやろうか?」

「やだ、やだ。ムリムリムリムリ……」

 ドクンドクンと脈打ってるのは、沙夜さんの指? それとも僕のおしりの中? ああ。

「面白いくらい感じちゃってるのね。いいわよ。ここからは、先生も未体験のゾーンよ。きのうネットで検索したの。ここでしょ。ほら、……前、立、腺っ」

「うああつ! なんか変な気持ち……」

 僕の背中にぴたりと貼りついた沙夜さん。おしりの中で指が一旦蠢いたのち、ある一点を押し始めた。指先が反り返るくらいの力を込めて。

「わっ、わゅわっわっ……」

「やだ! すごいぃ。チ×ポが超、超、超絶硬くなってる。先生が帰ってきたらさっそく試さなきゃね。それに、それに、押したら傘が勝手に開くよ、ほらほらっ……」

 興奮した沙夜さんの声が、バスルームに響き渡る。

 下半身が痺れる。おしりの中のドクドクも止まらない。

「女子校の頃からのわたしのあだ名、なんだと思う? 淫乱避難所。とんでもなくイっちゃてる子もへっちゃら、ってね。へへっ」

「あ、綾さんも、イっちゃってるの? ……はっ、ああっ」

「あの子は特別な存在。お察しのとおり、特別な関係ではあるんだけど、今ちょっと、こじらせちゃってる。先生も気にしてて、わたしの結婚を機に光くんも含めて、みんな一緒にあの実家に住もうかって話も出てたのよ」

「お、親父はみんな知ってるっ?」

「だから、神さまだって、言ったでしょ。……もうその話はいいわ。続きを楽しみましょ」

 そう言うなり、沙夜さんの顔がろくろっ首みたく無垢な笑顔を貼りつけて、うしろから僕の脇腹のあたりに現れた。

「光くんってさあ、乳首って感じるの?」と、ぺろりとひと舐め。

「はああっ……うっ」

 ピクンと体が自然に反応してしまう。沙夜さんは満足そうに僕の反応を楽しんでる。

「そんなに、感じるんだあ」

 伸ばした舌先につられて顔全体が魚の顔みたいに尖り出てくる。欲情に歪んだエロい顔。

 妖怪に囚われた気分。

 この世界に乳首しか存在してないみたいに、執拗にそこだけを舐め上げられる。

「あん、ダメ、ダメ、ダメ……。もう片方も……吸ってよ」

 堕ちる。ああ、もっと堕として!

「あらあ、欲が出てきちゃったのね。頼もしい子」

 そう言って、もう一方の側から顔を出し、脇腹に舌を這わせた。

「うわっ。ひゃっ」

「もう、全身性感帯ね。でも、ここに入ってることも忘れないでね……」

 おしりの指が、脈打ちに合わせて芋虫みたいに動き始めた。

 ドクン。ドクン。ドクン。

 ああ、じれったい。じれ……気持ちいい。

 脇腹を濡らし飽きた舌がサイドから伸びて、舌裏の青黒い血管を見せながら、れろれろと乳首を転がす。

「ああん、お母さん。エッチな舌。やん、エッチな動き。……なんかピクピクしてきた。なんか変な感じ」

 今、堕ちたばっかりなのに、こんどは昇ってく……。どんどんまわりが明るくなる。

 舌がうなじから、耳たぶの裏側を這ってる。いやらしい息が、産毛を震わせる。

「ダメっダメっ、おかしくなるっ……」

「さっさとイキな。この淫乱のヘンタイ野郎っ!」

「あっ、あっ、あああああああああ」

 沙夜さんの声が遠のいて、シュワァーと炭酸が派手に泡立つ音。世界が真っ白になった。

 ああ、未体験ゾーン!

「…………光くん、……光くんってば」

 バスルームに響く水の滴るかすかな音。そうか、一瞬気絶してたのか?

「イッたよ。光くん。なんにも出てない。ドライでイッたんだよ。女の子とおんなじ。そっかぁ、男の子にもこの技、使えるのねえ……」

 沙夜さんの乳首の先が、背中に触れる。

「ひゃっ。あっあっ……」

「またイッた。もう。一秒でイケちゃうね」

 沙夜さんの舌が背のくぼみを這う。

「あっあっあっ……ああん」

「ほうら。またイッた」

「もう、勘弁してよ。はぁっ。……でも、なんか幸せ! めっちゃすがすがしい!」

「光くん回復早過ぎ! 女の子だったら、三十分はぐったりしてるところよ。ふふっ」

 僕はペニスに触れられることなく、乳首と背中と耳でイッてしまった。もちろん、おしりの中の指が決め手になったのは明白だけど、沙夜さんのテクは、とにかく想像を超えていた。

 ドライオーガズムか? まだ、下半身が痺れたままだ。

 ああ、お腹がすいた。でも沙夜さんは、僕を解放してくれそうにない。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 垂れ込めていた雲が少しずつ晴れ、リビングに日が差し始めていた。

「ねえ、なに見てるのさ?」

 ソファの上で向かい合う沙夜さんに声をかけた。急に思い立ち、ノートパソコンを開いてなにかを検索している。頭に広げたタオルを一枚乗っけてはいるが、真っ裸だ。

「あっ、これこれ。これ注文するから、手伝ってよ」

 と、なにやら商品ページを見せてきた。大人のオモチャ?

『あなたのペニスをディルドにしてみませんか?』

 ペニスを型取り? 愛するパートナーに?

「そう、持ち運びもできるマイ光チ×ポ。作らない?」

「どこに持ち運ぶのさ? さては綾と……」

「あ、今の聞き捨てならない。呼び捨てたよね。やっぱりそんな関係?」

「なにさ。十五分かそこらで、どんな関係になるんだよ。送ってもらった時に綾さんが呼び捨ててって言ってたから……」

 綾が沙夜さんに告げない限り、あのことは黙ってようと僕は思っていた。本人のいない場所で身内にチクるような真似は、やっぱりできない。

「注文しちゃうよ。……はい、完了! 最高級シリコンゴムだって。ドイツ製か。さすがひいお祖父ちゃんの国、欲望に忠実」

 沙夜さんは、ご満悦って顔してパソコンを閉じた。それにしても、リミッターの外れた沙夜さんは、やっぱりひと味もふた味も違う。今だって、僕たちは裸で向かい合って、座った格好のまま繋がっている。そう、今、僕のペニスは沙夜さんの中にある。

「ああ、もう限界! キスしよ。光くん」

 頭のタオルを払いのけ、僕の腰に回った蟹ばさみの脚をきゅっと締めて、沙夜さんは僕を引き寄せた。お行儀よくゴムをつけた股間のマイペニスが、待ってましたとばかりに勢いづく。

 閉じたパソコンの中にご注文のマイペニスが入ってるみたく、大事そうにそれを抱きしめたまま、物欲しそうな沙夜さんの舌が僕の唇を舐める。

 なんだよ。自分から中断したくせに。

 音を立てて舌が絡む。じゅるじゅると唾液が吸い取られて、また戻ってくるの繰り返し。

 沙夜さんの乳首が僕の乳首に当たる。

 心地いい刺激に僕の体は震える。

 さっきの絶頂の恩恵なのか、抱き合ってるだけでもこんなにも気持ちがいい。

 僕はふたりのあいだにある冷たいパソコンを手に取り、ローテーブルの上に置いた。「母さん。おっぱいこんなに大きいのに、立派に前向いてるね」

「ジム行ってちゃんと鍛えてるからね。胸筋も背筋も。肩こり予防にもなるし。お金出してあげるから、光くんも行きなさいよ」

 間近に見るGカップの胸は、パーフェクトなくらいきれいな紡錘形。素敵なおっぱいの先には薄ピンク色の乳首。

 僕は人差し指の先で、そっとその両方の乳首に触れた。 

「つまんでいい?」

「いいわよ。でも、あんまりやらしく触らないで。わたしすぐイッちゃうもの」

「イケばいいじゃん。何回でも……」

 そっと両方の乳首を同時につまむ。

「はぁん。やっぱり感じちゃう。今はクリクリとかしないで。つまむだけで……」

 恥じらう少女のように上目遣いに懇願する沙夜さんの顔と、ろう細工のような透明感のある乳首を交互に見る。

 強くつまむと、乳首の先の透明感がさらに増す。カーテン越しの柔らかな光を受けているからなおさらだ。グミのように戻ってくる弾力にわくわくする。

「やだやだ、動かないの。光」

「動いてないって。じっとつまんでるだけでしょ。ほら」

「ああん、もっとじっとして! 光、目を見て、わたしの目を見て……」

 いつものように寄り目になってきた。  

「はあああ、わかるわ。光の脈が指から伝わる……」

 僕は少しずつつまむ力を強めた。ばれないように少しずつ……。

「ああん、切ない。身がちぎれそうなくらい、切ない。……ねえ? 光。冷たく試すように、わたしを見て。こんな母さんだけど、これでいい? このままでいい?」

「いいよ。その顔、エロくて大好き。眉間の皺も、いやらしい舌も、世界一だよ」

「光ぅ、ずっとこのままでいましょ! 先生が帰ってきても、内緒でいろいろしましょ」

「このままつまんでてあげるから、母さん上になりなよ……」

 僕は挿入したままのペニスに力を込めた。イッたあとの下半身の痺れは引いてきたけど、射精してしまいそうな感覚は、幸いやってこない。腰を動かし始めると、僕の上の沙夜さんが、激しく取り乱し始めた。

「はあぁっ、動いてる。やだやだやだ、反り返ってるチ×ポが奥まで。わたしの体重がかかるからなおさら……。ああ奥、奥っ……」

「そんなに動くと、つまんでる乳首がちぎれちゃうよ」

「ああん、もどかしい! でも放しちゃやあよ」

「母さん、さっき僕がイッた時、なんかひどいこと言ってたよね」

「かわい過ぎて、思わずヘンタイ野郎なんて言っちゃった。ああっ。……光くんは根っからのヘンタイだわ……」

「男子校生なんて。みんなこんなもんだよ」

「もう、光ったら」と沙夜さんが突然僕に覆い被さった。

「……先生も、先生もおんなじようなこと言ってたわ。先生は、男やもめはこんなもんさ、って言ったのよ。親子よねぇ。なんか地味に感動!」

 ぎゅっと沙夜さんの中の壁が蠢く。でもまだイカない。だけどとっても気持ちいい。

「乳首はもういいから、ぎゅっとしてキスして。こんどは口塞いで」

 わがままな沙夜さん。

 僕は沙夜さんを力いっぱい抱きしめる。密着することでダイレクトに伝わってくる体温と、心臓の鼓動。

 この密着感。突き上げるペニスを阻むみたいに沙夜さんは締め上げてくるけど、ここは容赦なく突かせてもらう。

 キスで口を塞ぎ、さらに腰を激しく動かした。

「うぐぅ、うぐぅ、うぐうぐうぐうぐ……」

 突くたびに、塞いだ口元から漏れるくぐもったあえぎ声。

 胸に感じられるつぶれたおっぱいの柔らかさと、快感でこわばった乳首のたしかな感触が愛おしい。

「うっうっうっうっ、ひゃっひゃっ、うぐっうぐっ、……はあっ、ダメ! もうダメっ……うっうっ、うっ」

 休まず突き続けると、沙夜さんは沈黙し、小刻みに体を震わせ始めた。舌先が僕の顎の上で計測器の針みたいにプルプルと振れている。痙攣してる!

「………………はああっ。イッちゃった! イッちゃったわ! はぁっはっ……」 
「僕はまだだよ。もう一回イケば?」

「うん、じゃあ、……ゆっくりと突いて」

「こんな感じ?」

 沙夜さんのおしりをつかんで、ゆっくりと引き寄せるように奥まで……。

「ああっ。やっぱ奥いいわ。……そうだ、このままわたしが上で、動いてあげる」

 ああ、夢心地って感じ!

 沙夜さんが騎乗位で腰をグラインド。今までの僕だったら、秒殺でイッてしまっただろうけど、ドライオーガズム効果なのか、この気持ちよさを存分に楽しめてる。

「ゴム着けさせちゃって、ごめんね。来週過ぎたら、また生で挿れさせてあげるからね。……でも、ゴム越しでも開いた傘がわかるわ。……ああん、引っかかって気持ちいい。これって、カリ首って言うんだよね。ゴムを引き破りそうなくらい逞しいカリチ×ポ。わたしの急所に無慈悲に突き刺さった槍の先。お願い、あなた、刺さったこの槍を一気に抜いてくださる? 早く、さあ、ひと思いに……ああ」

 なにやら寸劇まじりに妄想に耽る、淫語痴女の沙夜さんはかわいい。

 初めてしがみついた晩とおんなじ、征服しちゃってOKな、細いウエストのくびれを両手でつかみ腰を動かす。コラーゲンたっぷりな弾力のあるヒップの肉がフルフルと揺れている。いい! すごくいい。

 沙夜さんに触発されて、僕も妄想を働かせてみる。

 カリにすれる突起物の正体。数の子なんとか、ってやつ。いや、数の子より大きい。ビラビラとも違う無数の突起。沙夜さんの弾力のあるきれいな乳首みたいな。

 膣の壁にびっしりと貼りついた無数の乳首。それが僕のカリに纏わりついて、プルプルと弾ける。

 うわっ、グロ! ぞわぞわする。  

 乳首の先から毒のある粘着質なミルクが溢れ出し、ぞわぞわを快感に変換して、僕をゆっくりと殺し始める。

 ああ、そろそろイキそう!

「……あなた、そんなに突き刺さないで! 抜いてくださいとお願いしてますのに、そんなに貫いたら、心臓が張り裂けて、わたし死んじゃう! 後生ですから、後生ですから……」

 股間があたたかい。沙夜さんの中からお汁が垂れて、ぬちゃぬちゃと音を立ててる。甘い女の匂いがリビングに立ちこめる。

「僕と一緒に……、僕と一緒に、このまま果てましょう!」

「はい! 喜んで! はああっ……」

 そして僕たちは、抱き合って果てた。

 そのあと沙夜さんはゾンビのようにむっくりと起き上がり、僕のペニスからゴムを抜き取り口を縛った。パチンという乾いた音が響く。

「ふふん。ねえねえ、光くん。いっぱい出たよ。……ほらこんなに」
 無垢な幼児が忍び声で大人に秘密を打ち明けにくる時みたいに、スースー鼻息の顔を近づけながら、脱力した僕の頬に精液の溜まった使用済みのゴムを当てて転がす。

「ねえ、飲んでみる? パプアニューギニアには、大人になるための通過儀礼で、成人の精液を飲む、って風習があるの。ああ、でも、大人のじゃないと意味ないか? こんど先生の使用済み持ってきて飲ませてあげようか?」

「へっ、なに? 勘弁してよ」

「ばか。 冗談! ははっ」

 ふたりは笑いながらキスをした。柔らかい唇に触れながら、沙夜さんの丁寧語も悪くないな。そんなことを思い返した。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「生ワカメがあるから、赤だしの味噌汁でも僕が追加で作ろうか?」

「やだ。うれしい。お寿司早くこないかな」

 お楽しみのあとの休日のブランチは、にぎり寿司に決まった。こんどは七人前。もう変な遠慮なんかしない。しっかりゴチになります。

 それにしても……、沙夜さんはずっと、この家で料理をする機会を意図的に避けてきたフシがある。つうか、今までどおりずっと僕が作ってるし。だからきょうの出前も、沙夜さん的には、困ったときの寿司頼み、ということなのでは? 綾の言う『インスタントラーメンも作れないひと』というフレーズの信憑性がいよいよ確実なものになってきた。

 湯を沸騰させた鍋に顆粒出汁をさらさら入れている僕の手元を見て、沙夜さんが目を丸くした。      

「それ、なあに?」

「出汁ですけど」

「……そういう便利なものが、あるのね」

「ええっ? テレビでCMもやってるし。顆粒出汁知らないひとって、いるんだ」

 さすがは深窓の令嬢! 驚きを紛らわすために僕は続けた。

「こんなのより、この前作ってくれた沙夜さんのお味噌汁、とっても美味しかったな」

「そう、ありがとう。……あれは死んだ母に教わったんだ。母も早くに死んじゃったから、ほとんど教われなかったんだよね。油揚げとお豆腐のお味噌汁。それから、目玉焼きをいかにきれいな色に、それでいて、いかにほどよい固さに焼くのか。教わったのは、そのふたつだけ」

 灰原家の味、か。

「母さんは他には、どんなもの作るの?」

「そうねえ……」と沙夜さんは一気に口ごもる。

 ……もういいよ。ごめん。沙夜さん。

 沙夜さんはあの朝、自分の中で考え得る限りの、最高の料理を作ってくれたんだ。なのに、僕は、どうせネットでとんちんかんな検索をしたに違いない、なんて思ってた。

 しんみりしている僕に沙夜さんが言った。

「お味噌溶くのはお寿司が届いてからでいいでしょ。だから待ってるあいだに、玄くんあこがれのカノジョさんの写真、気になってきたから、ちらっと見せてよ」

「ああ、そうそう。そうだね。やっとその気になってくれたんだ……」

 僕はキッチンのカウンターにノートパソコンを持ってきて、さっそくネット検索を始めた。

『最愛のひと唯さん』だっけ?

「あ、出てきた。そう、この人だね」

「ユイさん? ちょっと見せて。……おっと、うぁお!」

「なに? なによ。もしかして知ってるひととか?」

 沙夜さんは、ぽっかり口を開けたまま、大きな瞳を僕の方に向けた。

 僕は唯さんの写真をもう一度、まじまじと見た。胸はぺたんこだし、顔つきはなんとなく先生っぽい真面目な女性の印象。この唯さんのどこが『うぁお』なんだろう?
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