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親友B
親友B③
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僕の高校生活が始まって、そこには何もなかった。中学から同じメンツ、話す内容も同じ。やる事も同じ。輝く物など一つもない、全てが灰色の町で、僕は何となく生活していた。
大した面白い景色も無い、僕の故郷。僕の家があって、僕の学校があって、いつもの裏路地があって、公園があって、駄菓子屋があって。それらをぐるりと山々が取り囲み、僕の世界は完結している。
特に見るものなど無く、特に有名なものなど無く、それ故に人は去る。過疎化の真っ只中の町。
つまらない。つまらない。毎日呟く。朝起きて、学校へ行って、勉強して、帰って寝て。こんな時間に何の意味がある?いつも疑問だった。
そんな状況の中、ガツンと僕に衝撃を与える出来事が起こる。転校生だ。髪が真っ白で、妙なエネルギーを持った、変な奴だった。
僕は何となくそいつと連むようになった。帰り道の駄菓子屋で買い食いをしたり、公園でしょーもない事をあーだこーだと話し込むような仲になるまで時間は掛からなかった。
衝撃的で、刺激的な生活だった。この町の、いや僕の世界の異物。それが奴だった。そして奴は恐るべきスピードで世界に馴染んでいった。何もかもが楽しい。何もかもが眩しい。この頃の僕は、本当に良く笑った。
ある日、奴は僕にはなかったアイディアを提案してきた。
――楽器をやろうぜ。
周りの奴らは何をそんなバカな事、などと笑っていたが、僕は本気にした。こいつと一緒なら何でも輝いて見えた。きっと楽しい。楽しいに決まっている。
――おう、やろう。
僕は二つ返事で答えた。
金がないながらも工面し、ただ「格好良い」という理由だけで、町で唯一の楽器屋でサックスを二本購入。僕と奴の分。
この町の、灰色の背景が楽器の金色をより輝かせていた。同じくらい、僕らは目をキラキラと輝かせていた。
それから僕らは必死に練習した。僅かに空いた時間があれば、とにかく楽器に触った。最初の内は音なんて出ず、お互いの下手さを指さして笑いあった。
その内安定して音が出るようになり、曲を吹き始める。
教本から始まって、それをすり切れる程読み込んだ次には、その辺にある楽譜を、ひたすら楽譜と見れば手当たり次第に練習した。ピアノ曲なんてのは格好の練習台で、僕が右手、奴が左手といった具合で好き勝手吹きまくっていた。
僕らの校舎は人が少なく、すかすかだった。僕らが吹き鳴らす音楽は、校舎中に響き、僕らが下手っぴな頃から全部聞かれていた。周囲は最初はなんだあの音は、と笑っていたが、次第に上達していく音に、いつか舞台で演奏してくれよなんて冗談めかして話す程になった。
僕は、満たされていた。僕のこれまでの世界には無かった音楽という世界が、確かに僕を満たしてくれていた。
奴はある日突然言った。
――コピーだけじゃなく、オリジナルを作らないか?
手当たり次第演奏してきて、大概のものは何でも演奏できるようになっていた。しかし作曲、という事になればまた別な才能が必要だ。
僕は答えた。
――無理だ。できっこない。
それでも奴は真剣に言った。
――誰かの曲じゃない、この世界でしか生まれない曲を、二人でしか作り出せない曲が作ってみたいんだ。
揉めに揉めたが、最終的に僕が折れた。何とか作ってみよう。そう言ってその日は別れた。
とはいえ、世の作曲家が一曲生み出すまでに苦労しているように、いやそれ以上に経験の無い僕らは苦労した。どうやって作曲すればいいのか、或いは思い浮かんだ主旋律は既に誰かが作っているのではと頭を悩ませた。奴も、僕も。
授業中も、通学中も、風呂に入っても、寝ても覚めても。楽譜楽譜楽譜楽譜。オタマジャクシが目を瞑ってもウジャウジャと現れ始めたが、結局何にも思いつきやしなかった。
ある日のテレビを見ていて、これだ!と叫んだ。翌朝学校で会った奴も同じ事を言ってきた。僕らは笑った。
世の中には、『借景』という概念があるらしい。移り変わる景色を、窓から、まるで絵画のように縁取りして眺める文化だ。僕らの足は自然、いつも練習していた校舎の三階、音楽室に向かっていた。
音楽室の窓から見えるのは、山、山、山。今日はまたきれいに晴れているので、真っ青な空を背景に、山の稜線がはっきりと見える。この景色を、まるで絵でも描くように五線譜に描き落としていく。山はぐっと盛り上がり、そして頂点を境にすっと消えていく。その手前に小さな山があり、違うタイミングで盛り上がり、消えていく。その山が消える前に、また新たな山があり、折り重なり、消えながら続いていく。これを『音楽』と見立てるのだ。
音楽室は通常の教室より一回りも大きかった為、作業の終わる頃にはすっかり夕方になっていた。が、描き終えた時、妙な興奮を覚えた。初めて世の中に産まれた、僕らだけの音楽。誰もこの楽譜には行き着けない。誰も僕ら以上に思い入れなど持ちようもない音楽。
早速吹いてみようと試みたが、山の稜線を細かく取りすぎて真っ黒になった五線譜は死ぬ程難しく、何度も何度も、何十回も何百回も楽譜を見ながら、山を見ながら、練習した。僕らだけの音楽。楽譜が擦り切れそうになるほど、練習した。
そして、格好の発表の場が来る。文化祭。
生徒数が少ないながら、一応形式だけ残っている。校内向けというより一般人に向けた内容で、一日こっきりの、この学校最大のイベントだ。僕らは迷わず演奏ステージを申し込んだ。
うきうきした。わくわくした。どうにも嬉しい感情が抑えきれなくて、爆発しそうで、所構わず叫びだしたい気分だった。にやけ顔が気持ち悪いと家族からも評判が悪かった。僕だってそう思うが、どうにも緩んでしかたなかった。
誰にも分かってもらえなくても、僕らは僕らの存在を伝えたい。その最適な手段が、僕らの音楽だった。一人では演奏できないし、僕らでなければ演奏できない。
心の内に、確かに灯った小さな炎。僕の心を燃料にしながら、燃え続ける小さな炎。僕はこの時確かに感じていた。
文化祭前日。僕は、遠足前夜の小学生のように眠れない夜を過ごした。
そして文化祭当日。
奴は姿を消した。
後になって分かったが、奴は引っ越したらしい。僕に黙って。
その日のステージ、僕は何をしたか覚えていないが、後でこっぴどく叱られた事だけは覚えている。
それからの日々は、また灰色の世界。金色のサックスなど、見たくも無かった。倉庫にしまって、二度と出さないと誓い、高校卒業と同時に町を出た。この町も、もう見たくはなかったから。奴の事も、思い出したく無かった。外の町で何かを見つけて、とっとと忘れてしまいたかった。忘れようとして、必死に忘れようとして、忘れた。残ったのは灰色の学園生活の記憶。
まるで最初から、奴なんていなかったように。
大した面白い景色も無い、僕の故郷。僕の家があって、僕の学校があって、いつもの裏路地があって、公園があって、駄菓子屋があって。それらをぐるりと山々が取り囲み、僕の世界は完結している。
特に見るものなど無く、特に有名なものなど無く、それ故に人は去る。過疎化の真っ只中の町。
つまらない。つまらない。毎日呟く。朝起きて、学校へ行って、勉強して、帰って寝て。こんな時間に何の意味がある?いつも疑問だった。
そんな状況の中、ガツンと僕に衝撃を与える出来事が起こる。転校生だ。髪が真っ白で、妙なエネルギーを持った、変な奴だった。
僕は何となくそいつと連むようになった。帰り道の駄菓子屋で買い食いをしたり、公園でしょーもない事をあーだこーだと話し込むような仲になるまで時間は掛からなかった。
衝撃的で、刺激的な生活だった。この町の、いや僕の世界の異物。それが奴だった。そして奴は恐るべきスピードで世界に馴染んでいった。何もかもが楽しい。何もかもが眩しい。この頃の僕は、本当に良く笑った。
ある日、奴は僕にはなかったアイディアを提案してきた。
――楽器をやろうぜ。
周りの奴らは何をそんなバカな事、などと笑っていたが、僕は本気にした。こいつと一緒なら何でも輝いて見えた。きっと楽しい。楽しいに決まっている。
――おう、やろう。
僕は二つ返事で答えた。
金がないながらも工面し、ただ「格好良い」という理由だけで、町で唯一の楽器屋でサックスを二本購入。僕と奴の分。
この町の、灰色の背景が楽器の金色をより輝かせていた。同じくらい、僕らは目をキラキラと輝かせていた。
それから僕らは必死に練習した。僅かに空いた時間があれば、とにかく楽器に触った。最初の内は音なんて出ず、お互いの下手さを指さして笑いあった。
その内安定して音が出るようになり、曲を吹き始める。
教本から始まって、それをすり切れる程読み込んだ次には、その辺にある楽譜を、ひたすら楽譜と見れば手当たり次第に練習した。ピアノ曲なんてのは格好の練習台で、僕が右手、奴が左手といった具合で好き勝手吹きまくっていた。
僕らの校舎は人が少なく、すかすかだった。僕らが吹き鳴らす音楽は、校舎中に響き、僕らが下手っぴな頃から全部聞かれていた。周囲は最初はなんだあの音は、と笑っていたが、次第に上達していく音に、いつか舞台で演奏してくれよなんて冗談めかして話す程になった。
僕は、満たされていた。僕のこれまでの世界には無かった音楽という世界が、確かに僕を満たしてくれていた。
奴はある日突然言った。
――コピーだけじゃなく、オリジナルを作らないか?
手当たり次第演奏してきて、大概のものは何でも演奏できるようになっていた。しかし作曲、という事になればまた別な才能が必要だ。
僕は答えた。
――無理だ。できっこない。
それでも奴は真剣に言った。
――誰かの曲じゃない、この世界でしか生まれない曲を、二人でしか作り出せない曲が作ってみたいんだ。
揉めに揉めたが、最終的に僕が折れた。何とか作ってみよう。そう言ってその日は別れた。
とはいえ、世の作曲家が一曲生み出すまでに苦労しているように、いやそれ以上に経験の無い僕らは苦労した。どうやって作曲すればいいのか、或いは思い浮かんだ主旋律は既に誰かが作っているのではと頭を悩ませた。奴も、僕も。
授業中も、通学中も、風呂に入っても、寝ても覚めても。楽譜楽譜楽譜楽譜。オタマジャクシが目を瞑ってもウジャウジャと現れ始めたが、結局何にも思いつきやしなかった。
ある日のテレビを見ていて、これだ!と叫んだ。翌朝学校で会った奴も同じ事を言ってきた。僕らは笑った。
世の中には、『借景』という概念があるらしい。移り変わる景色を、窓から、まるで絵画のように縁取りして眺める文化だ。僕らの足は自然、いつも練習していた校舎の三階、音楽室に向かっていた。
音楽室の窓から見えるのは、山、山、山。今日はまたきれいに晴れているので、真っ青な空を背景に、山の稜線がはっきりと見える。この景色を、まるで絵でも描くように五線譜に描き落としていく。山はぐっと盛り上がり、そして頂点を境にすっと消えていく。その手前に小さな山があり、違うタイミングで盛り上がり、消えていく。その山が消える前に、また新たな山があり、折り重なり、消えながら続いていく。これを『音楽』と見立てるのだ。
音楽室は通常の教室より一回りも大きかった為、作業の終わる頃にはすっかり夕方になっていた。が、描き終えた時、妙な興奮を覚えた。初めて世の中に産まれた、僕らだけの音楽。誰もこの楽譜には行き着けない。誰も僕ら以上に思い入れなど持ちようもない音楽。
早速吹いてみようと試みたが、山の稜線を細かく取りすぎて真っ黒になった五線譜は死ぬ程難しく、何度も何度も、何十回も何百回も楽譜を見ながら、山を見ながら、練習した。僕らだけの音楽。楽譜が擦り切れそうになるほど、練習した。
そして、格好の発表の場が来る。文化祭。
生徒数が少ないながら、一応形式だけ残っている。校内向けというより一般人に向けた内容で、一日こっきりの、この学校最大のイベントだ。僕らは迷わず演奏ステージを申し込んだ。
うきうきした。わくわくした。どうにも嬉しい感情が抑えきれなくて、爆発しそうで、所構わず叫びだしたい気分だった。にやけ顔が気持ち悪いと家族からも評判が悪かった。僕だってそう思うが、どうにも緩んでしかたなかった。
誰にも分かってもらえなくても、僕らは僕らの存在を伝えたい。その最適な手段が、僕らの音楽だった。一人では演奏できないし、僕らでなければ演奏できない。
心の内に、確かに灯った小さな炎。僕の心を燃料にしながら、燃え続ける小さな炎。僕はこの時確かに感じていた。
文化祭前日。僕は、遠足前夜の小学生のように眠れない夜を過ごした。
そして文化祭当日。
奴は姿を消した。
後になって分かったが、奴は引っ越したらしい。僕に黙って。
その日のステージ、僕は何をしたか覚えていないが、後でこっぴどく叱られた事だけは覚えている。
それからの日々は、また灰色の世界。金色のサックスなど、見たくも無かった。倉庫にしまって、二度と出さないと誓い、高校卒業と同時に町を出た。この町も、もう見たくはなかったから。奴の事も、思い出したく無かった。外の町で何かを見つけて、とっとと忘れてしまいたかった。忘れようとして、必死に忘れようとして、忘れた。残ったのは灰色の学園生活の記憶。
まるで最初から、奴なんていなかったように。
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