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赤いエルフ
しおりを挟むどすん、と突然空中に現れた巨大な影が二つエレクトラの両脇に着地する。
足利橙夜は数秒呼吸を忘れた。
何もないはずの中空から降り立ったのは巨大で醜い怪物だった。
顔は豚か猪に似た獣の形で、腕や体は筋肉でぱんぱんに張っている。衣服らしい物は辛うじて腰に巻かれているだけだが、手には一目で本物の鉄と分かる刃こぼれしてギザギサになった剣があった。
怪物の身長は二メートル以上か。
「お前が使えるなら、オーク二匹くらい何とかするだろう。使えないならこいつらに始末させる」
エレクトラは冷酷に宣言した。
「やれ」
橙夜は赤い髪のエルフの声で我に返り、踵を返して逃げ出した。
なんとかするだろう、とかの次元ではない。こんな化け物と戦えば瞬殺だろう。
大体元の世界でだって喧嘩もしたことがなかった。
「ブモー!」
二匹のオークはどすどすと草を踏みつけながら橙夜を追って来た。
「冗談じゃない!」
橙夜は目に涙が溜まるのを感じたが、乱暴に拭った。泣いている場合ではない。
……オークってのは……ゲームではザコだったけど、本物はハンパないな……とても高校一年が勝てる相手じゃない。
少し強がりながらも、橙夜は懸命に草原を駆けた。
草を蹴り丘を登り、足利橙夜は森の中に入った。
はあはあ、肺が悲鳴を訴え顎が上がる。
だが彼は止まれなかった。背後からは「グモー」だとか「グルー」だとかオークの声が聞こえている。
橙夜は全身を不快な汗に浸していたが、額だけは拭った。
とこんな時に妙だと思った。
彼がいた世界は東北の都市で既に秋を迎えていた。だがここはまだ夏の盛りのようで、空気に熱気が満ちている。
「季節も違うのかよ!」
橙夜は喚いて、彼を召喚したと言う赤い髪のエルフに悪態をついた。
「ブゴー!」一瞬で余裕が消し飛ぶ。
オークは着実に彼の背に迫っていた。
「きゃあああ!」
悲鳴を聞きつけたのはそんな時だった。
走りながら見回す。光もあまり射さない暗い森だ。誰が声を発したかも分からない。
橙夜は迷った。びくびく痙攣する呼吸器官と相談した。
結局、悲鳴の方向へと足を向けた。
こんな状態の自分が行ってもどうしようもないが、誰かが助けを求めているのなら何かできると信じたいのだ。
地に露出した太い木の根を跳び越え、所々の藪を突き抜けて橙夜は悲鳴の発生場所に到着した。
「あ!」と逃げていた足が止まる。
座り込んでいたのが蒲生澄香なのだ。彼女は何かから遠ざかるように腰を落としたまま後ずさりしている。
「蒲生さん!」
橙夜は駆け寄った。駆け寄って知った。彼女も自分と同じ状態だった。
一匹のオークが槍を持って立ち塞がっている。
「足利君!」
澄香は泣きながらしがみついてきたが、当然喜べる状況ではない。
がさりと草をかき分ける音がし、彼をしつこく追っていた二匹の怪物も姿を現す。
「……はは」もう笑うしかない。どうしようもない敵が一匹増えたのだ。
絶体絶命の時、どうしてか笑いがこみ上げる物だと、橙夜は知った。
「ううう……」澄香は彼の胸で泣きじゃくっていた。
着ているセーラー服が所々破れている。彼女も森の中でかなり逃げたのだろう。
橙夜は蒲生澄香の重さを腕に感じながら決心した。
彼女だけは逃がそう。
あるいは昨今の女性には怒られるかも知れないが、こういう場合、男は女の子を助けな
ければならないとの古くさい考えを彼は手放していない。
「いいかい、聞いてくれ」
橙夜は三匹のオークの接近。獲物をもう捕らえた気でいるのか、ゆっくりにじり寄る彼等を素早く確かめながら澄香に囁く。
「ここは僕が何とか奴らの気を引くから、蒲生さんは逃げて」
彼女は胸の中で首を振る。
「ダメ、そんなこと出来ない。足利君を置いていけない」
「蒲生さん!」
橙夜は焦った。蒲生澄香が物静かのようでいて実は頑固だと知っていたつもりだが、ここまでとは予想外だった。
「このままでは二人とも殺されるんだ!」
橙夜は無理にでも澄香を逃がそうと、辺りを見回した。
突き飛ばせば滑り落ちていくような坂を探したのだ。
そんな物無かった。
あるのは茂った木と草だけだ。
「ブフフ」オーク達は勝利を確信しているのか、不気味に笑う。醜い顔を更に歪ませて。
ゆっくりと彼等の包囲が狭くなった。
橙夜は奥歯を噛みしめると、背後の大木に澄香を隠すようにして前に出た。
嘲るような表情のオークの武器が光った。
鉄製のがたがたの剣と、錆びた槍は痛いのだろうか? もはや橙夜が考えられるのは自分の最後の瞬間だけだ。
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