お供え物は、プロテイン

Emi 松原

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事故物件は誰の部屋

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《なんだ、貴様。それがしに毒を盛ろうというのか》
「何を言う。これはプロテインだ。これ程栄養バランスが考えられた一品はないぞ。飲め。腹が膨れたら気持ちが変わる。その後は筋トレだ」
《貴様、それがしが見えておるのだな、何やつよ》
 愛と彼氏は、虎之助の声しか聞こえないのでぽかんとしてその場に立ち尽くした。
 音羽は、何が起こっているのか分からないが、虎之助がいつもの様子なので、おびえることなく松子を抱き、後ろで様子を見ている。
「説明が遅れてすみません。この部屋にいたのは、落ち武者さんのようですね」
 安明の言葉に、愛と彼氏は驚いて、一瞬声を失った。まさか、落ち武者が部屋にいたなんて思わなかったのだ。
「えっ、な、なんで落ち武者さんがこの部屋に!?」
「ここの土地の問題でしょうね。落ち武者さんって、割と普通に歩いているし、今でも戦っている人もいますし、行くべき場所に行った方も多くいるんですよ。でも、ここの落ち武者さんは、戦っている感じはないですね。だから危険を感じず、恐怖も感じなかったんだと思います」
 安明が、仏スマイルを崩さずに言った。その時、その声に反応した落ち武者が、安明に一気に詰め寄った。即座に、陽一と虎之助が警戒態勢に入ったが、安明がそれを手で制す。
《も、もしやあなたは……僧侶殿ではありませぬか!! ご無事だったのですね!!》
 落ち武者が安明のそばで、涙を流し始める。
 陽一は、その様子に驚き、虎之助は害がないことが分かったのか、落ち武者の痩せ具合が気になったのか、別のプロテインを作り始めた。
「えっと、すみません、あなたの言う僧侶とは、私のご先祖様だと思うのですが……」
《はっ……。跡継ぎ殿でしたか。よくぞ、よくぞご無事で!!》
 おいおいと泣く落ち武者の様子を見て、陽一がその様子を周りに伝える。ここは、このまま安明に任せるべきだろう。
《落ち武者さんは、安明のご先祖様につかえていたの?》
《拙者は御館様に仕える身。その御館様が親しく、また心の安らぎにと通っていたのが、跡継ぎ殿のお寺なのです》
《へぇ、安明のお寺って、凄いお寺だったのね》
 松子と落ち武者の会話に、安明は苦笑するしかない。
「歴史だけは長い寺だからね。昔はもっと大きかったみたいだし。俺がこの依頼に惹かれた理由が分かったよ」
「それで、落ち武者さんは、ずっとここで何をしているのですか?」
 危険ではないと判断した陽一が、落ち武者に聞いた。落ち武者は、うつむいて、膝をつく。
「それがしは、ここで守り続けておったのだ。御館様が無事に逃げることができるように。その後、なんの伝達もござらぬ故、逃げ延びたかも分からぬ。戦が終わったことが分かってはいても、己の役割を捨てる訳にはいかず、ここにいる」
「なるほど、ずっとここで、使命を全うしていたんですね」
 陽一はそう言うと、今の現状を、愛と彼氏、音羽に説明する。
「私が怖く感じなかったのは、私が敵と思われなかったってことですよね。前の方の死にも、関係ないんですよね?」
「はい。前住んでいた方の死因とは、全く関係がないと思います。もちろん、愛さんにも悪い影響はなにもありませんね」
 安明が、自分にすがりつき泣いている落ち武者に苦笑しながら、説明した。
 その側に、虎之助が、さっきとは違うプロテインを置く。
「飲め。こっちは、タンパク質より、栄養バランスを重視したプロテインだ。女性のダイエットによく使われるが、栄養をバランスが整っているんだぞ」
《跡継ぎ殿のご友人殿か。それがしに恵みてくれるのでござろうか》
 虎之助が、早く飲めというように、プロテインを差し出す。  落ち武者はプロテインを受け取ると、頭を下げ、口に運んだ。
 どうやら、虎之助達は、安明の友人ということで信頼されたようだ。
《よくぞわからぬものなれど、美味でござる……。……跡継ぎ殿、跡継ぎ殿が来られたということは、それがしはもう行かねばならぬのであろうか。それがしは、まだ使命を全うしたいのでござる》
《あなたの仕えていた人や、仲間のところに行きたくないの?》
 松子の言葉に、落ち武者が首を横に振った。
《分かってはいても、最後まで使命を果たす。其れがもののふ。未だ、それがしは納得できておらぬ。己の使命を成し遂げたいのだ》
《使命を成し遂げるといっても、もう戦う相手はいないのよ?》
 首をかしげる松子に、落ち武者が優しく笑った。きっと落ち武者からは、松子が小さな子供に見えるのだろう。
 その落ち武者の想いは、理解できるようで、誰も理解できるものではない。
「害はないんですよね。だったら、今まで通りで構わないのですが……。なんだか、とても良い人みたいだし……」
 様子を見ていた愛が、安明に言った。
 安明は、虎之助を見る。虎之助は、落ち武者を筋トレさせようとしない。それだけ、落ち武者の想いが強いと分かっているのだろう。
「何もお役に立てなくて、申し訳ありません。愛さんが良いのであれば、落ち武者さんが納得するまで、使命を果たさせてあげてくれませんか。引っ越しをしたら、それで終わると思うので。落ち武者さんが着いていくことはありませんから」
 安明の言葉に、愛が笑顔で頷いた。
「私、なんだかこのことが分かって嬉しかったです。怖くないから別にいいやって思っていたけれど、こうしてちゃんと分かると、やっぱり安心しましたし」
「本当に、ありがとうございました」
 愛の言葉に続いて、愛の彼氏が頭を下げる。
 こうして、愛と落ち武者はしばらく同棲することになったのだった。
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