お供え物は、プロテイン

Emi 松原

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事故現場の女性

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※※※

「住宅街に続くのに、結構暗いんだね」
 雨の日、該当の駅に降り立った陽一が、安明に言った。
「街灯はあるんだけれどなぁ。なーんか、雰囲気も暗いよな」
 安明も、頷きながら答える。
「マッスル! マッスル! マッスル!! すまん!! 待たせたな!!」
 リュックを背負った虎之助が、駅の線路に沿って、リズミカルに呼吸をしながら走ってきた。
「虎ちゃん……よく、この距離を走れたね」
「む? 当たり前だ。これくらい走れずしてどうする」
「あえて突っ込まないよ……」
 陽一は、そのまま、一本道に目をやった。安明も、同じ方向を見つめている。
「ここからだと、何も感じないんだけれどな」
「うん。僕もだ」
「虎ちゃんは、何か感じる?」
 安明が、虎之助を見た。虎之助は、じっと、住宅街へと続く道を見つめていた。
「悲しみや、苦しみは、筋トレと、隣にいてくれる友がいれば、乗り越えられるものだ。マッスル! マッスル! マッスル!!」
「……虎ちゃん?」
 その場で、スクワットをはじめた虎之助に、安明が、目を細めて、声をかける。
「虎ちゃん、悲しいの?」
 陽一も声をかけるが、虎之助は、何も答えずに筋トレを続けていた。
「虎ちゃんがこの様子だと、やっぱり、危ない感じじゃないのかな?」
 陽一の言葉に、安明は首を横に振る。
「悲しいとか、苦しいって、十分、人が人を攻撃する理由になるから。あえて会おうとする俺たちを、向こうがどう思うかは分からないね」
「そっか……。結界を張る準備、しとこうか」
「そうだな。雨が降る日って限られている以上、今日でケリをつけたいしな」
 二人が話している横で、虎之助は、ただひたすら、スクワットをしている。だが、その目は、住宅街の方を向いていたのだった。

 三人は、住宅地へ向かう一本道を歩いた。なるべく人と遭遇しないように、また、丑三つ時という時間を狙った真夜中のこの時間の山道は、いっそう不気味だ。
 安明と陽一が並んで歩き、その後ろを虎之助がついてくる。
 いつもなら、こんなトロトロ歩いていられるか! と叫び、先に行ってしまう虎之助が、後ろから黙ってついてくることが、安明と陽一にとって、この場所に確かに何かが《いる》ということを感じさせていた。
「……あ……あれ……」
 陽一が、小さな声で、前を指さす。
 そこには、相談に来た人々が言っていた特徴の女性の後ろ姿が、住宅地へ向かって歩いていた。
「かなりゆっくり来たから、誰かに追いつくはずがない。そもそも、俺たちの前を人は歩いていなかったしな。それにしても、本当にはっきり見えるな。いや、俺たちはともかくなんだけど。なんていうんだろうな。まだ、生気があるって言ってもおかしくない」
「だね……。……虎ちゃん?」
 安明にしがみつきながら、陽一が、虎之助を見た。虎之助は、リュックをおろし、手に持つと、二人を追い越し、ズンズンと女性に近づいていく。
「ま、待ってよ、とらちゃん!」
 陽一が声をかけ、安明と二人で、慌てて虎之助を追いかけた。

「そこのお前」
「えっ……?」
 女性が、虎之助に振り返る。そして、こわばった顔をした。
 当たり前といえば当たり前だ。生きていようが、仮に死んでいようが、突然呼び止められ振り返えると、雨の中傘をささずに、タンクトップ一枚のマッチョがいるのだから。
「ちょっと待て」
「えっ、えっと……?」
 困惑する女性に、安明と陽一も、一瞬顔を見合わせて驚いたが、安明が、陽一に合図をする。
「結界術、発動!」
 陽一が、お札のようなものを投げた。その瞬間、その一帯が一瞬、一般の人には見えない光に包まれる。光が収まったとき、数メートル範囲で、ドームのような、周りと遮断する、薄い壁ができていた。
 これが、陽一の結界術の一つ。外からの影響を受けなくなる結界であり、また、この中にいるものを、外に出さない為の結界でもある。
「なっ、なんなんですか……!?」
 女性が、一歩後ずさった。
「驚かせて申し訳ありません。私は、奥村安明と申します。とある寺の息子なのですが、最近、この場所で、茶色いTシャツに、ジーパン姿の男性を探している女性がいると聞きまして。もし良ければ、お話を聞かせて頂きたいと思ったんです。何か、お手伝いできることがあるかもしれませんから」
 安明が、一歩進み出て、女性に微笑んだ。これが、安明の特技。通称、仏スマイルだ。優しい笑顔なのに、有無を言わせない力がある。
「手伝う? 探すのを、手伝ってくれるんですか?」
 女性の目が、輝いて、笑顔になった。その姿は、誰がどう見ても、幽霊とは思えない姿だ。
「はい。詳しくお話を聞かせて頂いても良いですか?」
 安明の言葉に、女性は、少し困った顔をする。
「詳しくと言われても。本当に、彼とはぐれただけなんです。だから、探しているだけで」
「なるほど。その彼とは、ここではぐれたのですか?」
 安明の言葉に、女性は、首をかしげる。
「どこではぐれたかも分からなくて。だから、一旦、家に向かって進んでみようと思って」
「あの住宅地に、あなたの家があるのですか?」
「えっ……?」
 女性の目が、見開かれた。
 安明は、異変をいち早く察知して、手で合図をすると、陽一を下がらせる。
「私の、家……?」
 女性が、混乱するように、一人呟く。安明は、手にこっそりと数珠を準備すると、その姿を黙って見つめていた。
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