共に生きるため2

Emi 松原

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~妖精の国・・・種子蕾隊・・・~

沈んでいく夕日を草多は見つめていた。
今,草多は近くに人間のまったく住んでいない,山の地域を担当している。
草多は妖精だ。
妖精と言っても羽がはえているわけじゃなく,サイズも人間と同じ。
ただ髪の色が違うだけだ。
この数年で,草多は背が伸びた。
体つきもしっかりしてきて,男らしくなっている。
妖精の力,妖精力も上がり,髪も濃い緑に近くなった今,この地域のチームリーダーをつとめるほどになっていた。
チームリーダーと言っても,この地域を含め近くに人間はまったく住んでいないし,来ることもないのでなんら苦労もなく仕事をこなしている。

草多から数10メートル離れたところで,後輩二人がはしゃいでいる。
この二人はよく草多の家に訪れるほど,草多を慕っていた。

草多から見てその後輩達の反対側数10メートルに,ほかの草木や花を担当する妖精達が居る。

一通り周りを見渡して異常がないか確認すると,草多は草の中に仰向けで横になった。

いつのまにか空は暗くなり,星が光っていた。
軽く笑顔になる草多。
そんな草多の元に,はしゃいでいた後輩二人がやってきた。
木葉<このは>という男の子の陰の草の妖精と,樹里<じゅり>という陰の女の子の木の妖精だ。
この二人は恋人同士で,仕事中も離れることがない。
「もうすぐですね!!草多さんと冬美さんの結婚式!!」
樹里がはしゃいだ笑顔で言った。
「あぁ,そうだな。」
草多が微笑む。
草多と冬美はもうすぐ結婚を控えていた。
数年前から一緒に住んでいるので,結婚式を挙げるだけなのだが・・・。

妖精の世界の結婚と,人間の世界の結婚は少し違う。
人間界で言う結婚は紙切れ一枚で決まり,離婚するにも紙切れ一枚出せばいい。
妖精の世界での結婚とは,大聖堂で結婚式を挙げ,全員の前で大精霊様に二人の力を統合してもらう。
そうすると二人のオーラが通い合い,普段より少ない力でお互い念を送ることができるのだ。
心が通い合う。これが妖精の世界での結婚にあたる。
離婚という言葉は妖精界で滅多に聞かない。

「冬美さん,何色のドレスを着るか決まりましたか?この間家に行ったとき,すっごく悩んでたから。」
楽しそうに樹里が続けた。
「冬美さん,綺麗な銀色の髪の毛だから何を着ても似合いそうですよね!!」
木葉も笑顔で言った。
「未だに悩んでるよ。このまま行けば何回着替えることになるか・・・」
ため息混じりに草多が言った。
「いつか私たちも,草多さんと冬美さんみたいになりたいね~!私,本当に冬美さんに憧れてるんだぁ。妖精力はかなり強いし,かっこいいし!!誰よりも頼りになるお姉さんみたいだもん♪」
樹里が木葉の手を握りながら言った。
「だなっ!!草多さん,将来の俺達の結婚式,絶対冬美さんと来てくださいよ♪♪」
その手を握り返しながら,木葉も続ける。
「まったく,本当に仲が良いなぁ。」
そんな二人を笑顔で見つめる草多。

三人は幸せに満ちあふれていた。

「ほらっ!樹里,仕事仕事!!」
木葉が樹里の手を引きながら,元居た場所へ戻っていく。
数10メートル離れていても,樹里の笑い声が聞こえてきた。

草多はまた空に目線を移した。
・・・朝になって仕事から帰るとき,冬美の好物でも買って帰ろうかな・・・。
そんな事を考えながら,過ごしていた。


一瞬,空で何かが光った。
慌てて飛び起きる草多。
周りを見渡すが,全員,何も気が付いてないようだ。
・・・気のせいか・・・?
辺りを見渡すが特になんの変化もない。

変な胸騒ぎがする・・・。
注意を怠らず監視を続ける草多。


一瞬,だが今度こそ確かに空が光った。
流れ星のように一筋の光が滑る。
「流れ星・・・隕石か・・・?けど違う気が・・・。」
草多は慌てて妖精達を集めようとした。


だが,間に合わなかった。


それは瞬時の出来事だった。
草多から何10メートルも離れたところ・・・木葉と樹里が居るところからさらに数10メートル離れたところに何かが落ちた。
危険に感づいた草多が二人の元に走る。
だが何かが落ちた瞬間,その地域一帯に強烈な光が立ちこめた。
木葉と樹里の姿が消える。


「木葉ぁぁぁ!!樹里ぃぃ!!!!」
草多が必死で駆け寄ろうとするが,光に阻まれる。
それでも進もうとすると,草多の体全体に激痛が走った。

体が焼ける・・・苦しい・・・痛い・・・息ができない・・・。
もう駄目だ・・・・。
けど・・・二人を助けないと・・・。

意識がもうろうとしながらも走ろうとする草多の体に,細い腕が後ろから抱きついた。
その腕はしっかりと草多を抱え込む。

「離してくれ・・・二人を・・・助けないと・・・・。」
草多はもう自分の力で立つこともできない。
「草多ぁ!!!・・・・もうやめてぇぇ!!!!・・・。」
霞んでいく意識の中で,草多は冬美の声を聞いた気がした。


「っつ・・・・!!!」
体に痛みを感じ,草多は目を覚ました。
「草多・・・!!」
草多にとって心地の良い声がした。
草多が声の方向に軽く首を向けると,そこには冬美の姿があった。
目の下に大きなくまを作り,疲れた様子だが安心した顔で微笑んでいる。
顔に目立つあざがある。いや,ただの錯覚なのか・・・。よく見えない。
「冬美・・・・ここは・・・・。」
草多が冬美に問いかける。
「病院だよ。・・・覚えてない・・・・?」
冬美がためらいがちに言う。
「・・・・木葉と樹里は・・・・。」
草多が冬美を見つめながら言った。
黙って首を振る冬美。
その瞬間,草多は理解した。

・・・二人は死んだのだと・・・・。

「俺が・・・俺のせいで・・・・。」
草多がうなだれる。
「俺が二人の代わりに・・・あの場所に居たら・・・・・・。」
草多がそう言った途端,冬美の顔色が変わった。
冬美の目から涙がこぼれる。
「ばかぁぁ!!なんでそんなこと言うのよぉ!草多が死んだら・・・草多が死んだら・・・・・・・・。木葉と樹里が死んだのは私だって辛い!!!!悲しい!!!!けど・・・・けどぉ・・・・・・・・・草多のばかぁ・・・。」
泣き続ける冬美。
数年前に隔離室を出てから,冬美は人前で滅多に泣かなくなった。
いつも笑顔で,妖精達からは尊敬され慕われている。
精霊からも一目置かれる存在で,プライドもあるのだろう。
ただ草多の前だけでは違った。
長年のアタックのかいあって,草多には素直な気持ちでぶつかってくる。
口調も普段とはまったく違うことも多い。

「どうしようもないときだってあるんだよ・・・。それは,誰のせいでもない。自分の命を無駄にするようなこと言わないで・・・。誰かを守ることも大切だけど,それと同じくらいに自分も大切なんだよ・・・。」
冬美の言葉に草多は黙ってうなずいた。
そしてそのまま無理矢理体を起こし,泣いている冬美の腕をつかんで胸元に引き寄せる。
「冬美・・・・ごめんな・・・。」
そう言うと,草多は優しく冬美を抱きしめた。
胸の中で,冬美は軽くうなずいた。
「草多・・・・・・・・・・・・・・・・・草多まで,私の前から居なくならないで・・・・・・・・・・・・・・大好きなんだよ・・・。」
草多の胸に顔を埋めながら,冬美がつぶやいた。
草多はそんな冬美の涙を手で拭うと,また冬美を抱きしめた。
草多の目からも,一筋の涙がこぼれた。


【トントン】

しばらくそうしていると,病室のドアを誰かがノックした。
入ってきたのは,大精霊様と,栄枝だ。
「草多・・・調子はどうだ?」
栄枝が草多に近づく。
「なんとか・・・。」
草多が答える。
「いったい,何が・・・・。」
草多が大精霊様に向かって言った。
「その話は後でのう。まずはこれを飲むのじゃ。」
そう言うと大精霊様は綺麗な水の入ったコップを差し出した。
神秘の泉の水だ。
草多は受け取ると一気に飲んだ。
体の痛みが和らぐ。
「ひどい傷じゃし,妖精力が高いほど神秘の水は効きにくいからのう・・・。しばらくは苦しいじゃろうが,じき治るでな。」
大精霊様が優しく草多に言った。
「話の前に,冬美を運ばなきゃな。」
栄枝も優しく続ける。
冬美はいつの間にか草多の腕の中でスースーと寝息を立てていた。
「草多が起きるまでの四日間・・・。ずっと寝ずに看病していたんだぞ。」
栄枝が冬美を抱えて草多の隣のベッドに寝かしながら言った。
「四日もたったんですか・・・。」
草多が下を向く。
「木葉と樹里は,死んだよ・・・。一瞬だったから,痛みも何も感じなかっただろう・・・・・。」
栄枝がいつものように優しい声で言った。
栄枝の目にもくまができている。
精霊の中でも特に部下想いの栄枝だ。
ほとんど寝ていないのだろう。
「俺は・・・どうなったんですか。最後に,冬美の声を聞いた気がして・・・。」
草多が二人に向かって聞いた。
「木葉と樹里が消えた瞬間,俺はそっちに向かい,ほかの妖精達を逃がした。草多が大やけどをおった瞬間,冬美はそれをキャッチしたんだ。冬美は力が強いからね。それだけじゃない。草多の力もかなり強くなったから・・・。冬美はすぐに草多の元に駆けつけた。・・・・・木葉と樹里がもう駄目なことをキャッチすると・・・草多を助けに自分も飛び込んだんだ。冬美が居なかったら・・・草多,お前は確実に死んでいたよ・・・。」
栄枝が草多の肩に手を置いて,語った。
大精霊様がうなずく。
「冬美の傷跡は,心配せずとも二・三日で治るからのう・・・。」
大精霊様がそう言った途端,草多は冬美に目をやった。
顔のあざに見えたものは,大きなやけどの傷跡だったのだ。
「なんでこんなことに・・・。」
草多がうなだれた。
「草多・・・落ち着いて聞け。あの場所で,人間の最新兵器実験が行われたんだ。それも,実物より1000分の1の大きさの兵器でだ・・・。」
栄枝もうなだれながら言った。
「1000分の1!?そんなに小さい物で,あんな威力が!!??本物を使ったら・・・人間界は終わりじゃないですか!!!!」
草多が叫ぶ。
冬美が起きないか慌てて横を向いたが,相変わらず寝ている。
「じゃからのう・・・妖精界の行く末を決めねばならんのじゃ。明日,種子蕾隊の緊急会議があるからのう。草多・・・無理はしないでほしいが草多は必要な人材じゃ。どうするかのう・・・。」
大精霊様が言った。
「もちろん,出ます。」
草多が力強くうなずいた。

【コンコン】

またドアをノックする音がした。
扉が開く。
そこには,海起,大樹,水湖の三人が立っていた。
海起は草多の大親友。
見事精霊の試験に合格し,今は見習い精霊をやっている。
ランクが違っても,二人が大親友なのに変わりはない。
大樹と水湖は栄枝と同じくらい頼りにしている先輩だ。
この二人は妖精という自由な立場が好きなので,力があっても精霊になる気はないようだ。
「草多・・・大丈夫か!?」
海起が栄枝と大精霊様に軽く頭を下げながら草多に近づいた。
「あぁ,大丈夫だ。」
草多が微笑んだ。
「じゃあ,わしらは帰るとするかの・・・。草多,明日の朝冬美と共に大聖堂に来るのじゃぞ。」
大精霊様がそう言うと,栄枝もうなずき二人は病室を後にした。

「無事でよかった・・・。」
大樹が草多に言った。
「俺達のチームは,誰一人として抜けちゃいけないんだからさっ!!」
水湖が明るく草多に言う。
この四人は,今チームを組んで練習を重ねていた。
かつて最強と言われた,栄枝・有水・氷河のチームにすら匹敵するのではないかと言われている。
「草多・・・俺達は,お前が大切なんだからな。」
海起が,草多を見つめながら言った。
海起達にも,草多が自分を責めることが分かっていたのだ。
「冬美にも,さっき怒鳴られたよ。」
草多が冬美を見ながら言った。
「まったく,本当に草多がうらやましいぞ。こっちはさ・・・。・・・いい加減アタックしてることに気づいてくれてもいいのに・・・。」
海起がぼやいた。
「秋美は恋愛音痴なんだから,もっとストレートにいかなきゃぁ♪」
水湖がちゃかす。
草多は笑顔になった。
草多の笑顔を見て,三人もほっとした表情を見せる。
「冬美から,結婚式のこと聞いたか??」
大樹が切り出した。
「いや・・・まだ何も・・・。」
草多が言った。
「冬美から聞くのが一番なんだろうが,明日が会議だからな。結婚式は,延期になったよ。このことが,一旦解決するまでは・・・。」
大樹がすまなそうに言った。
「そうですか・・・。まぁ,いいんです。その方が,冬美もゆっくりドレスの色を決められるだろうし!!」
草多がそう言うと,また四人で笑い合った。
草多は気持ちが少しだけ晴れるのを感じていた。

しばらく話した後,三人は帰っていった。


草多は立ち上がると,冬美の側に立った。
体はまだ少し痛いが気にならない。
冬美の顔を見ると,やけどの後が痛々しく残っている。
草多はそっと冬美の頬に手を触れた。
「冬美,本当にごめんな・・・。次からは絶対・・・・俺が,絶対,お前を守るから・・・。お前を一人になんかさせないから。」
草多が優しく声を掛けた。
冬美は起きない。
草多はフッと優しい笑顔になると,冬美のおでこにそっとキスをした。


朝が来た。


冬美より早く起きた草多は,準備をすると冬美を起こした。
冬美はまだ眠そうだ。
冬美の準備が終わると,二人は大聖堂に向けて歩き出した。

「冬美ー!!!!草多ー!!!!」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。
二人が振り返ると,真っ赤な髪の毛をした秋美が近づいてきた。
その後ろには春美,夏美,有樹と麻美も居る。
「大丈夫か!?心配したんだぞ!!病室に行こうと思ったけど,あたいも仕事だったからさ。」
秋美が草多と冬美に言った。
「ごめんね,私のわがままで秋の仕事のばしちゃって・・・。明日から,ちゃんと冬に変えるから。」
冬美が秋美に言った。
「気にすんなって!!!今は有樹がいるから仕事も楽だしな!!!」
秋美が有樹を見ながら言った。
見習いの有樹の髪の毛は,相変わらず淡い赤色だ。
「麻美,明日から私たちも仕事だからね。」
冬美が麻美に向けて笑顔で言った。
麻美の髪の毛は淡い銀色だ。
麻美も笑顔でうなずいた。
「とにかく,二人とも無事で良かった。」
春美が微笑む。
「さっ!!行きましょ!!」
夏美が言うと全員大聖堂に入っていった。

会議室に入ると,すでに海起・大樹・水湖の三人は来ていた。
三人が近づいてくる。
夏美と春美が目を合わせて,秋美と海起を見ると,密かに笑い合った。
「おっ!!海起じゃねーか!!!」
秋美が海起に言った。
「おっす。元気か?」
海起が秋美に言う。
少し顔が赤い。
「あたりめーだろ!!」
秋美が言った。
「なぁ,お前,今日で人間界での仕事は一旦終わりだろ?明日・・・一緒に海にでも行かないか?」
真っ赤になりながら,海起が言った。
大樹と水湖がにやける。
「いいじゃねぇか!!行こうぜ!!!それならみんなで行った方がよくねぇか?」
秋美が言った。
この馬鹿!!とでも言いたそうに,夏美と春美は首を降る。
海起は寂しそうにうなだれた。
「じゃぁ,俺は場所が違うから・・・。また明日。」
そう言うと海起は前の方に歩いていった。
大樹と水湖が,楽しそうにため息をついた。

草多達が座って待っていると,次々と種子蕾隊のメンバーが集まってきた。
前の方には,桜をはじめとする精霊達が立っている。
桜が真ん中で,その右隣りに有水,海起,蒲公英。
左隣りには水仙,蜜柑,栄枝が立っている。
草多は座っている妖精の中に,睡蓮・鈴蘭・再雪の姿を見つけた。

全員がそろうと,大精霊様が前に立ち会議が始まった。

「さてさて,みなのもの,良く集まってくれたのう。もう聞いた者も多いじゃろうが,草多の担当する地区で人間の実験が行われ,木葉と樹里が死んだ。・・・人間界でのトップをしているものと,その秘書の守我というものの会話を聞いた妖精がおるのじゃが,どうやら,人間はまた戦争をしようとしているらしいのう・・・・。」
大精霊様が言った。
妖精達に緊張が走る。
戦争が始まったら,人間だけでなく妖精も数多く死ぬ。
自然が死ぬからだ。
たった一つの爆弾で,幾多もの人間・妖精達が犠牲となる。
それも科学は日々進化する。
「もし・・・戦争が始まれば,地球は,終わりじゃろうのう・・・。」
大精霊様が重々しく言った。
メンバー全員がうなだれる。
「妖精・精霊が選ぶ,自分たちの行く末は三つあるとわしは考えておる。」
大精霊様が周りを見渡しながら言った。
「一つ。このまま自然と共に生き,自然と共に・・・人間と共に,人間の手で死ぬか。全ての妖精・精霊が死ぬわけではないじゃろうが,ほとんどの妖精・精霊は死ぬじゃろうの。
そして一つ。人間達を見捨て,自然を見捨て,妖精・精霊は妖精界だけで生きるか。妖精・精霊達は誰一人死なないじゃろうが,自然を見捨てたため地上はすべて砂漠になり,人間やほかの生物も戦争せずとも滅亡するじゃろう。
そして最後の一つ。なんとかして,人間を変えるかじゃ。そして共存できる道を探す。もちろん成功しなければ死ぬ。たとえ成功しても,かなりの犠牲がでるかもしれんのう。」
大精霊様が力強く一気に言い終えた。
もう一度全体を見渡す。
妖精達は全員考え込んでいる。
「共存できる道を作るに決まってんだろ!!」
秋美が声を張り上げた。
「自然を捨てたら,人間だけじゃない。何千年もあたいらと生きてきた,自然も死ぬ。動物も死ぬ。かといって何もせず死ぬのは・・・仲間が死ぬなんて,嫌だ!!!!だったらやってみるしかないだろう!!」
秋美が大精霊様に向かって言う。

全員が,黙って秋美の言葉を聞いていた。


「俺は・・・・人間界を見捨てたいです・・・。」
唐突にそう言ったのは,海起だった。
「おめぇ!何言い出すんだよ!!!数年前,あれだけ人間を守ろうとしてたじゃねぇか!!!!」
秋美が海起に向かって叫ぶ。
「これ!!秋美!!!!海起の話をしかと聞くのじゃ!!」
大精霊様が秋美をたしなめ,秋美は黙って海起を見つめた。
全員が海起を見つめている。
「以前,ジェネレーションが人間に攻撃したときとは状況が違います。人間達の手で,ほとんどの妖精が死のうとしています。もちろん,人間もですが。・・・妖精が生きていたら,自然はまたやり直せます。それに,ほとんどの人間が自分たちの姿を見ることはできません。それなのに,どうすると言うんですか??たった一個の兵器で,みんな死んでしまうんですよ・・・。」
海起が下を向いた。
海起の言葉に,誰も反論しない。
「けどよう・・・・」
秋美にも海起の言うことが理解できた。それでも不服そうだ。
「みんな,生きてるじゃねぇか・・・同じ,命じゃねぇか・・・。」
秋美も下を向いた。
海起の言葉にも,秋美の言葉にも全員納得できる。
全員が必死で悩んでいた。
仲間を失いたくない。もちろん自分も死にたくない。
かといって自然と人間を見捨てるのか・・・。

「今すぐ決めねばならんことじゃないぞよ。いずれ,決断の時がくるがの。皆の者,よく自分の意見を考えておくのじゃ。」
大精霊様が優しく言った。
妖精達も,精霊達もうなずいた。

「実はの,もう一つ決めねばならないことがあるのじゃ。」
大精霊様が切り出した。
妖精達が顔を上げて大精霊様を見る。
精霊達も聞いていなかったようだ。驚いた様子で,大精霊様を見つめた。
「・・・そろそろの,わしの寿命が近づいておるのじゃ。じゃから,わしが命を終えた後の,新しい妖精界の長を決めねばならんのじゃよ。そうすればわしも安心して,余生を過ごすことができるのじゃ。」
微笑みながら大精霊様が言った。
全員が息を飲んだ。
確かに,大精霊様は何百年も妖精界の長をやってきた。
そろそろ寿命がきてもおかしくない。

「大精霊様,決めるのが早くはありませんか??」
蒲公英が大精霊様に言った。
「早いほうがよいのじゃ。わしがしっかり己の意志を言えるうちに,わし自身と皆の意見で決めたいのじゃ。」
大精霊様が蒲公英に微笑む。
「じじい・・・・。」
秋美が寂しそうにつぶやいた。
「わしは幸せじゃ。若い妖精達が次々と死んでいく,この悲しい時代に,ここまで皆と共に生きてこられたのじゃから。」
大精霊様が全体に微笑みかける。
妖精達は静かにうなずいた。

「さて,わしが考えておる候補者を発表するでの。」
大精霊様が明るく言った。
次の長が誰なのか,全員気になる。
会議室が一気に静かになった。
「まずは・・・・わしの後継者を・・・桜に頼みたい。」
大精霊様が桜を見つめながら言った。
桜は驚いた様子だが,ほかの精霊達は微笑んで,うなずいて居る。
「じゃあ,四季をまとめる精霊はどうするんだよ?」
秋美が言った。
「それはな・・・冬美に頼みたいと思うのじゃ。」
大精霊様が優しい笑顔を冬美に見せる。
全員の目が冬美にそそがれた。
冬美は驚いて何も言えない。
「すごいじゃない!!冬美!!」
夏美が笑顔で言った。
「あぁ!!冬美なら適任だ!」
秋美も笑いながら言った。
冬美は黙って下を向いた。草多はそんな冬美をじっと見つめた。
「わしの考えに反対する者はおるかの??」
大精霊様が静かに,全員に言った。
ほとんどの妖精・精霊が笑顔で首を横に振る。
だが冬美だけは違った。
ゆっくりと立ち上がると,全員に向かって話し始めた。
「四季の精霊になれることは,私にとってとても嬉しいことです。しかし,私には前科が・・・。それも,妖精界の国で一番の規則を破りました。そんな私が,四季の精霊になってもいいんですか?」
冬美が不安そうに言った。
「いいに決まってんじゃねぇか!!お前ほど力があって,仲間のことを想って慕われてる奴なんていねぇもん!」
即座に秋美が言った。
「私たち,あなたが四季の精霊になって私たちをまとめてくれたらとっても嬉しいわ。」
春美が,そっと冬美の手を握りながら笑顔で言った。
冬美は顔を上げた。
妖精の仲間達,それに精霊達みんなが微笑んでいる顔が見える。
大精霊様は,冬美に向かってゆっくりと,笑顔でうなずいた。
草多を見ると,いつもの優しい笑顔で,だが力強く冬美を見つめている。
「みんな・・・ありがとう・・・・。」
冬美はそう言って,微笑んだ。


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