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前を向いてデニッシュ
しおりを挟むうむむむむ……。
俺はいつもの公園掃除をしながら、悩んでいた。
実は鈴ちゃんに、退院に向けての話が出たのだ。
退院したら、今のマンションでは車椅子では住めないし、一緒に住みたいと思っているし、鈴ちゃんも前向きなんだけど……。
問題はプロポーズだ。
この公園が一番綺麗な時と胸を張って言ってしまったが、実はこの公園が、年中同じ景色だと気付いたのは最近のことで……。
いつ、どのタイミングで、どうやってプロポーズしようか……後プロポーズと言えば指輪が必要なんだろうから、それもどんなものを買えば良いのか、俺は真剣に悩んでいた。
うう……やっぱりスミさんに相談しよう……。
そう思った時、仕事用の電話が鳴った。
社長からだ。
「もしもし先野くん?お疲れ様。実は、スミさんと大地くんから連絡が来て、今日のプラス依頼があってね、君に持ってきて見せて欲しいものがあるそうなんだ」
「俺に?見せて欲しいもの?」
「あぁ……実は……」
社長との電話を切った俺は、少しぼーっとしてしまった。
あれを見せるのが、何故かスミさんと大地くんには嫌だと思わなかった。むしろ見せたいと思った。
その時、プロポーズのことも相談してみよう……。
公園掃除をして、一度鈴ちゃんのところへ行こうと思った俺は、本屋に行って、結婚に関する雑誌の棚に行った。
「こ、こんなにあるのか……!!」
そこにはプロポーズのうんちゃらから、親への挨拶、結婚式について、ウエディングドレス、それに合う髪型、様々な雑誌が並んでいた。
そういえば……結婚式ってどうすれば良いんだ!?!?
そう思って結婚式の雑誌をめくってみた俺は驚いた。
昔のイメージと違って、今は結婚式と言っても様々なやり方があるのか。
俺は鈴ちゃんに相談しようと思って、結婚式の雑誌と、ウエディングドレスの雑誌を買った。
鈴ちゃんのドレス姿、綺麗だろうなあ……。
そんなことを考えながら、鈴ちゃんの病室に入ると、佐々木さんと谷口くんが来ていた。
谷口くんは、あれから何度も鈴ちゃんの元に来てくれて、相談や雑談をしてくれていたが、佐々木さんが来てくれたのは、あの日以来だ。
挨拶を交わすと、鈴ちゃんが、俺がいる時間に合わせてくれたのだと言った。
どうしたのだろう??
「実は、この前のプロジェクトの件で、先野さんにも聞いて欲しくて来ました!」
谷口くんが、嬉しそうに言った。
その顔を見て、俺は思わず身を乗り出した。
良い感じに進んでいるのだろうか!?
すると、谷口くんは、持っていた鞄の中から、2種類の道具を取り出した。
「ついに試作品ができたんです!!これが時短グッズプロジェクト パン編、第一弾、食パンとデニッシュ食パンを作る時短グッズです!!」
「おおっ!!」
俺は嬉しくて、思わず声が出た。
ついに、ついにできたのか……!!
鈴ちゃんが考案して、佐々木さんと谷口くんが形にしてくれた時短グッズが!!
「これが、このグッズで僕が作ったデニッシュ食パンです!!今回、専用の抹茶の粉と、チョコレートの粉も開発したんです!!この粉も、お菓子の時短グッズ……鈴子さんがリーダーを務めていた時の、鈴子さんのアイデアを元にしました!!」
嬉しそうに、谷口くんが袋の中からデニッシュを取り出した。
佐々木さんも笑って頷いている。
「食べてみてください!!鈴子さんからOKが出たら、次に販売へ向けて動こうと思うんです!!」
谷口くんの目が、キラキラと輝いていた。
初めて会った時、鈴ちゃんの事故のことを教えてくれた時とは別人のようだ。
何故か最近涙もろくなった俺は、泣きそうになってしまったが、それ以上に笑って、デニッシュ食パンを受け取った。
鈴ちゃんも嬉しそうに受け取っている。
う、美味い……!!
作ってから時間が経っているはずなのに、こんなに美味いなんて、スーパーのものが比較にならないくらいだ!!
鈴ちゃんを見ると、鈴ちゃんはじっくりと目をつぶって食べている。
仕事には厳しい鈴ちゃんだ。俺は少し緊張した。谷口くんも少し緊張しているのが分かる。佐々木さんは笑ってその様子を見ていた。
鈴ちゃんが目を開ける。
「これなら、商品化を進めても問題はなさそうですね。でもまだ改善点はあります」
鈴ちゃんが、谷口くんにアドバイスをしていく。谷口くんは必死で頷きながら、メモを取っていた。
鈴ちゃん……やっぱり凄いよ……。
「実は、今日私が来たのは、鈴子さんが会社に復帰できないかと思ったんです。今回のプロジェクトも、鈴子さんがいたからここまで来れました。ですが、鈴子さんにお断りされまして……」
佐々木さんの言葉に、俺は驚いた。
鈴ちゃん、せっかく仕事復帰ができるのに断ったのか?
リハビリのお陰で、自分で車椅子も操作して、施設さえ整っていたら日常生活ができるのに……。
「鈴子さんは、やりたいことがあると言って、仕事復帰はできないと言われました。だけれど、我々の会社に協力して欲しいことがあると言われて、できることなら協力したいと思って今日は私も来たんです。先野さんにも言いたいからと、時間を合わせました」
佐々木さんが続けて言った。
なるほど……鈴ちゃん、やりたいことってなんだろう??
そういえば最近、鈴ちゃんはリハビリと俺が来ている時以外は、パソコンを熱心にいじっていると看護師さんから聞いた。
その時、鈴ちゃんが谷口くんへのアドバイスを終えた。
「あ……お待たせしてすみません」
鈴ちゃんが申し訳なさそうに言った。
「いや、君のアドバイスは必要なものだ。それで、仕事について話を聞かせてくれるかい?」
佐々木さんが笑顔で言った。
鈴ちゃんが俺を見た。
「何も言ってなくてごめんなさい。ちゃんと形にする計画を立ててから、相談したかったんです」
鈴ちゃんが俺に言った。
なんとも鈴ちゃんらしい理由だ。
俺は鈴ちゃんの手を握ると、先を促すように笑って頷いた。
「実は私……この前のお菓子、そしてパンの時短グッズを使って、小さなお店ができないかな、と思っているんです」
俺たち三人は、真剣に鈴ちゃんの話を聞いていた。
「出張に行ってみて思ったんです。小さなお店が地元に定着していて、大きな企業と提携するより、そちらと提携させて貰った方が、お客様にとってより身近なものになるのではないかと。だから、まずは自分がやりたいと思ったんです。あのグッズを使って作ったお菓子やパンを販売する、そこにこのグッズも同時に販売する。なおかつ一角に今までの料理の時短グッズのサンプルやカタログを置けば良いんじゃないかと思ったんです」
おお!!鈴ちゃん、そんな凄いことを考えていたのか!!
「つまり、鈴子さんは個人店を運営して、我々と提携したいということで良いかな?」
「はい」
佐々木さんの言葉に、鈴ちゃんが力強く頷いた。
谷口くんの目が、希望で輝いていた。
「だけれど、私はこの状態ですから……しっかりとした設備がないと実行に移せません。だから少し時間がかかってしまうと思うのですが……後、ゆうさんの意見も聞いていなくて……」
「凄いよ!!鈴ちゃん!!」
俺は思わず鈴ちゃんの手をギュッと握って言った。
「鈴ちゃんのお店!!考えただけでワクワクするよ!!手伝えることはなんでも手伝うから!!それにうちはなんでも屋だよ!!困ったことがあれば、社長にも相談するよ!!」
興奮して言った俺に、鈴ちゃんが目を潤ませた。
「うむ。我々にとっても利益のあるアイデアだ。会社をあげて全力で協力できるよう、私も動こう」
佐々木さんが力強く頷いてくれた。その目には、少し涙が浮かんでいた。
谷口くんは、涙を必死に拭っていた。
「先輩……凄いです……この状況で、そこまで……」
谷口くんの言葉に、鈴ちゃんが泣きながら笑った。
「このアイデアが浮かんだのは、ゆうさんのおかげなんです」
「えっ!?俺何かしたっけ!?」
驚いた俺に、鈴ちゃんが笑いかけてくれた。
「ゆうさんは、私が作るものを、いつも笑顔で幸せそうに食べてくれた。時短グッズで作ったものも。その姿を見ていると、私も本当に幸せな気持ちになったんです。だから、この気持ちを仕事にできないかと思いました。今の私がお店をしようと思ったら、このグッズの力が必要ですし」
思わず目が潤んでしまった俺は、何も言えなくなった。
「資金面のことは計算したかい?」
「はい、こちらになります。私の車椅子に合わせないといけないので、これよりかかる可能性の方が高いです」
佐々木さんの涙で震えた声に、鈴ちゃんがパソコンを見せる。
佐々木さんが、うんうんと言いながら頷いた。
「さすが、よく考えられてある。こちらからも資金援助ができないか、打診してみよう」
「はい!ありがとうございます!場所やお店の改築については、退院の状況や、ゆうさんと住む場所を見ながら話を詰めたいと思います」
鈴ちゃん……さすがの仕事人だ……。
こうして、話は前向きに進み、谷口くんと佐々木さんは病室を後にした。
俺は、谷口くんが置いて帰ってくれたデニッシュ食パンを食べる。うん、やっぱり凄く美味しい。これに改善点を見つけるなんて、鈴ちゃんは本当に凄いなあ。
「あの、ゆうさん……」
「ん?どうしたの?」
「勝手に話しを進めていてごめんなさい……」
「何言ってるの。鈴ちゃんのお店、凄く楽しみだよ!!俺、全力で協力するから!!」
俺の言葉に、鈴ちゃんは涙目で頷いてくれた。
あ、そうだ!!忘れてた!!
俺は、今日買った雑誌を出した。
「結婚式……ですか?」
鈴ちゃんがキョトンとして雑誌を見ている。
「うん、鈴ちゃんのドレス姿見たいなって思って……」
「嬉しいですけれど……実現は難しいんじゃないでしょうか」
「え!?」
「だって、私は車椅子ですし……それに私がお店をするとなると、お金だって……」
「うーん、でも最近は色んなやり方があるみたいだし、ほらっ、二人の式っていうのもあるよ!!」
俺の言葉に、鈴ちゃんがクスッと笑った。
「こういうことは、女の人の方が積極的になるものだと思っていました」
俺は思わず赤くなってしまった。
でも、鈴ちゃんのようにお金の計算、ちゃんとしないとなぁ……。
「そうだ!!俺、家計簿をつけてみるよ!!」
俺の言葉に、鈴ちゃんが笑う。
どうしたんだろう?
「私、ゆうさんが旦那さんになってくれて本当に幸せです」
俺はまた赤くなった。それを隠すように、デニッシュ食パンを口に頬張る。
鈴ちゃんのお店……素敵な響きだ。
そうだ!!ずっとパン屋さんのチラシを見てきたし、家にとってある!!俺も何か力になりたい!!
あ、その前に、スミさんと大地くんの依頼のものをとりに帰らないと……。
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