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ピザトーストは君の味方
しおりを挟む鈴ちゃんの兄に電話した結果、俺は驚いた。
鈴ちゃんの兄が、仕事を辞めたと言うのだ。新しい物件を探していて、親に住所を教えないつもりだと言っていた。
鈴ちゃんの兄は言った。
親から与えられたレールを外れてみたいと。それが例え苦難の道であっても。
それを確固たるものにしたのは、鈴ちゃんだとも。
鈴ちゃんを見て、自分がぬるま湯に浸かり甘んじていたことが恥ずかしくなったと。
もちろん鈴ちゃんの兄はぬるま湯に自ら浸かりに行ったわけではなく、両親の環境がそうさせたのだが、思い切った行動に驚きは隠しきれなかった。
鈴ちゃんにももう一度会いたいと言っていた。あの時は何も出来ず固まってしまったから、どんなに罵られても、二度と修復できなくても、向き合ってみたいと。
俺は、そのままスミさんの家に車を走らせた。
スミさんと大地くんが笑顔で出迎えてくれて、俺は、またその場で涙を流してしまった。
居間に入り、奇跡の食パンの話をすると、スミさんは何度も何度も頷きながら涙を流し、大地くんも喜んでくれて、その目には涙が浮かんでいた。
落ち着いた後、スミさんが元気よく立ち上がった。
「さあ、彼女さんが頑張るのだから、あなたもよ!まだ食パンは沢山あるんだから。今日の晩御飯はピザトーストよ。二人とも、準備するわよ!」
「はいっ!!」
俺と大地くんは同時に立ち上がると、台所で準備をする。
食パンだけでも、フレンチトーストとピザトーストが作れるようになれば、きっと俺も前進していける。そう思えた。
三人で台所に立つのは凄く楽しかった。スミさんは的確に指示をくれて、俺と大地くんで作業をしていく。
大地くんが途中途中で写メを撮っていて、手順を忘れないようにすると言っていたので、俺も真似をすることにした。
この写メも、帰りに寄った時に鈴ちゃんに見せよう。
俺も俺にできることを精一杯頑張りたいから。
ホカホカのピザトーストが出来上がったときには、俺の中の小麦粉が歓喜の声を上げていた。
大地くんも凄く嬉しそうに、角度を変えて何枚も写メを撮っている。
俺にはそんな技術はないので、一枚だけ上から撮っておいた。
スミさんは、その間にスープも作ってくれた。流石だ……。
机の上に並べて、俺たちは三人で向かい合って座った。
「いただきます!!」
俺と大地くんが同時に叫んだ。
「はい、おあがりなさい」
スミさんの優しい声を聞いて、俺はピザトーストにかぶりついた。
アツアツのピザトースト、本当に自分達で作ったとは思えない。
お店のものより、たっぷりのトマトソースにチーズ。スミさんに言われて玉ねぎやピーマンの野菜もしっかり乗っている。
ああ……美味しい……。
今度は一人で作って、鈴ちゃんに食べさせてあげたい。
「美味しい!」
大地くんが嬉しそうに言った。
「ふふふ、夫が新しいもの好きで本当に良かったわ。私達の頃は和食のみが一般的だったから」
俺は口の中いっぱいにピザトーストを頬張ったまま、頷いた。
「ねえ、スミさん。一般的じゃないことで、何か周りから言われたことはないの?」
大地くんが言った。
「ええ、そんなの言われるのが当たり前だったわ。あそこの家は洋風かぶれと近所では有名で、中には、敵国に魂を売ったと言う人までいたわ」
「そ、そんな!!」
ピザトーストを飲み込んだ俺が、思わず叫んだ。
「スミさんは、それでどうしたの?」
大地くんが真剣にスミさんを見ながら言った。
「どうもしませんよ。言いたい人には、言わせておけば良いもの」
「……」
「だって、その人たちが、私が困っている時に頼れる人か、助けを求めなければいけない人間か、もちろん違うわ。私が一番大切なのは夫で、支え合っていくのも夫で、もし何かあった時に助けを求めるのは信頼している人たちだもの」
「……辛くなかった?」
「もちろん、凄く辛かったわ。涙が止まらなくなった日もあるし、買い物中にご近所の人の陰口が聞こえて逃げたことだってある」
「……」
大地くんは、手を置いてスミさんを見つめている。
俺は、真面目に聞きながらも、またピザトーストを頬張っていた。
そうしないと泣いてしまいそうで。
「でも、今だからこそ思うの。それでも私達は自分の好きを曲げなくて良かったって」
「……」
「夫の為に一生懸命洋風のものを作る時は、大変なこともあったし、陰口を叩かれると思ったら辞めてしまいたいと思ったこともあるけれど、それよりも楽しかったの。どんなものができるのか、夫がどんな顔をしてくれるか考えたら」
昔を思い出すようにスミさんが目を細めて笑った。
「その時間も、その経験も、その思い出も、とっても大切な宝物よ。もし私が周りの目を気にして和食のみ作っていたら、きっと後悔していたと思うわ」
「やりたいこと……やって良いのかな」
大地くんが呟いた。
「ええ、やりたいことをやるには、自分に責任が伴うわ。筋も通さないといけない。だから失敗を恐れたり、周りの目を気にしたら何もできない人も多い。でもね、自分の人生、この人生はたった一度しかないのよ。その人生は、誰のためでもない、自分のものでしょう?そこに一緒に生きた夫や友人がいて、私は本当に幸せだったと今心から思うわ」
「……うん」
「ふふふ、実はね、それを教えてくれたのは、優人くんなのよ」
突然のスミさんの言葉に、俺はスープを吹きかけた。
俺、何かしたか……??
そう思ってスミさんを見たけれど、スミさんは大地くんに食べるように促していて、これ以上教えてくれそうになかった。
食べ終わって洗い物も終えて、お茶を飲んでいた時、大地くんのスマホが鳴った。
スマホを見た大地くんの顔が青ざめた。
「どうしたの?」
俺は、スミさんと顔を見合わせて聞いた。
「母さんが……スミさんに挨拶をしに来るって……それで、そろそろ俺を連れ戻して、本格的に医者か弁護士にさせる為に教育し直すって……」
「まぁ……!!」
大地くんの手が震えていた。
俺は、大地くんの隣に行った。いつもスミさんがしてくれていたように。
スミさんも、反対側に座って、大地くんの手を握った。
「大地くん、君はどうしたい?」
俺は、ゆっくりと大地くんに聞いた。
「俺……俺は、このままできればスミさんのところにいたい……それで勉強を頑張って、高校卒業程度認定試験の試験を受けて、航空専門学校を受験して、受かったら寮に入りたい」
「ええ、ええ、もちろん私も大地くんと一緒にいたいわ」
スミさんの言葉に、大地くんが泣き始めた。
スミさんがしっかりと大地くんを抱きしめた。
ついに、大地くんのお母さんと衝突しなければいけない時が来たんだ。俺はそう思った。
「……大地くん、お父さんは反対していないんだよね?」
「うん……」
「じゃあ、まずはお父さんに連絡がとれるかな?お父さんの意見も聞いておきたいんだ」
「うん」
俺の言葉に、大地くんが震える手でスマホを操作する。
「俺は社長に電話を……」
「待ちなさい。ここは、まずこのばあに任せなさい。大地くんをお預かりしていたのは私ですから」
スミさんが力強く言った。
いつものスミさんと違う。淡々と言って立ち上がったその姿からは、感情が読み取れなかった。
スミさんはスタスタと電話の方に歩いて行った。
「おじさん……俺、失敗しても、万が一、航空整備士を目指すことが嫌になって辞めたとしても、それでも、挑戦したいよ……!!母さんの言われるがままに、難関高校に行って、そのまま大学に行くのは嫌だよ……!!」
大地くんが震えて泣きながら、俺の手を握って言った。
俺はしっかりとその手を握り返した。
「うん、その気持ち、伝えてくれてありがとう。おじさんも大地くんの夢を応援したい。だから、できる限り力になれるように頑張るから。もし力になれなくても、一緒にいるから」
大地くんが、泣きながら頷いた。
その時、スミさんが戻ってきた。
「優人くんの会社の社長さんと話はつけたわ。優人くん、会社に戻ったら社長があなたと話すと言っていたわ」
「はい」
スミさんの言葉に、俺は頷いた。
そしてスミさんは思いっきり大地くんを抱きしめた。
「私の元に居たいと言ってくれて嬉しいわ。私も、大地くんと一緒にいたい。少なくとも、お母様の元に戻る時には、明るく送る出したい。だから、安心しなさい。普段世間からは老害と思われているかもしれないけれど、修羅場の経験値は積んでいるのだから」
いつもと違うスミさんの力強い声に、俺は、何故か凄く安心した。
大地くんもそうなのだろう。
しっかりとスミさんを抱きしめ返して、頷いていた。
事務所に戻った俺に、すぐに社長が近づいてきた。
その顔も、いつもと違い、力強い顔だった。
「スミさんと話をしたよ。そしてスミさんからの依頼だ。大地くんと、大地くんのお母さん、そして先野くんと私で、スミさんの家で大地くんのお母さんと話し合いをする」
「はい」
「私は、それまでに準備を進めておくから、安心してくれ」
「あの、僕は何を……!!できることがあったら、やらせてください!!」
そう言った俺を、社長がいつもの微笑みで見つめた。
「君は、君の思うように動いてみなさい。大丈夫、私が出向くんだ。君がヒーローになるのか、楽しみにしているよ」
「社長……僕、その、ヒーローの意味がわからなくて……」
「今はまだわからなくて良いんだ。いや、わからないからこそ良いんだ。大丈夫、君は彼女さんのこともあるのだから、気を張らず当日に臨んでくれ」
「……はい」
俺も、力強く頷いた。
大地くんのお母さんに逆らおうとしていることが正しいことかはわからない。
だけれど、俺は、あんな状態の大地くんを、また一人にさせたくない。
そう思いながら報告書を書き、社長に提出すると、俺は会社を後にした。
鈴ちゃんの兄とも、大地くんのお母さんとも衝突する。
だけれどそれは必要な衝突だと信じたい。
前に進むための一歩だと信じたい。
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