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合縁奇縁のホットケーキどら焼き

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「まあまあ!!それじゃあ、ご両親にもお話しして、彼女の意志も確認できたのね!!」
スミさんの嬉しそうな声が、車の中で響き渡った。
俺は、笑顔で頷くと、車をホームセンターに走らせる。
「やっぱり正社員にならないとなあと思うんです。でもヒーローの意味がわからなくて……」
「あら、あなたはもう立派なヒーローじゃない」
「え!?」
スミさんは、それ以上何も言わず、窓の外を見て楽しそうにしている。

今日は、スミさんと近くのホームセンターまではじめて一緒にお出かけだ。
今日スミさんの家に行くと、スミさんはイキイキと準備をして待っていてくれた。
「やっぱり、あなたじゃないと、寂しかったから。甘えちゃおうと思って」
そう言うスミさんの意味は分からなかったけれど、俺が休みの間、同僚がかなり庭仕事を進めていてくれたおかげで、予定より早く買い物に行けることになったのだ。

「スミさん、なんでも好きなものを買ってくださいね!!なんでも運びますから!!」
「ふふふ、ええ、そうするわ。でも私は、あなたと買い物に行けることの方が嬉しいわ」
「え?」
「誰かと買い物に行くなんて、本当に久しぶりだもの」
スミさんがそう言って笑った時、ホームセンターに到着した。

実は俺もワクワクしていた。ホームセンターになんて、滅多に来ない。
「おお……!!」
早速俺たちを出迎えたのは、沢山の野菜の苗だった。
「あらあら、もうこんな時期なのねえ」
スミさんは嬉しそうに苗に近づくと、一つ一つを優しく見つめている。
「この野菜はね、とても育ちやすいのよ。普通のマンションのベランダでも、スクスクと育つわ。初心者でも安心なのよ」
「へぇ……ベランダで野菜が育つんですね……」
「ふふふ、最近はプランター菜園ができるから。土も売っているし、とても簡単に野菜が作れるようになったのよ」
「プランター菜園……」
俺はスミさんに連れていかれたところで、初めてプランターに触った。
これで野菜を育てるのか……。
「流石に私ももう土作りをする元気はないから……ちょっと重いけれど、土を運んでもらって、プランター菜園を多くした方が良いわねえ」
スミさんが、大きな袋に入った土を見ている。
スミさんは、プランターに、土に、軽石というものをカートに入れると、苗を選びに行くと言った。
俺は、一生懸命選ぶスミさんを見るのが嬉しくて、色々教えてくれるのが楽しくて、後ろからカートを押してついて行った。
「庭の半分をお野菜作りにしてね、半分はお花にしようと思うのよ。今日は、お野菜作りの買い物ね」
ふふふと笑うスミさんを見て、俺は本当に嬉しかった。
あの庭が、どんどん生き返っていくようで。

「スミさん、そっちの苗にするんですか?こっちの苗の方がしっかりしているように見えるのに……」
苗をカートに入れようとしていたスミさんに、俺が言うと、スミさんは嬉しそうに笑った。
「ええ、だからよ」
「え?」
「強い苗は、みんな欲しがるし買うでしょう?でもこの子はこのままだと売れ残って枯れてしまうわ」
スミさんが愛おしそうに、苗を撫でた。
「私には、夫との経験という強い味方があるから。この子は、十分に育ってくれるわ」
スミさんは、きっと千里の道もガトーショコラで、旦那さんと歩んできたんだろうなあ……。
俺も、鈴ちゃんとそんな関係になれるだろうか。
「えっと、お会計はあっちね。あらあら、思ったより買ってしまったわ。荷物が重いでしょう?大丈夫かしら?」
「大丈夫です!!その為の車ですから!!」
俺の言葉にスミさんは微笑むと、お会計をして、車に戻ろうとした。

その時。

「あらあら、あの子、何があったのかしら?大丈夫かしら……」
スミさんが心配そうに指をさした先には、ホームセンターの裏で隠れるようにして座り込んでいる……大地くん!?!?
いや、ちょっと待て。大地くんは、もうずっと外に出ていないはずだ。
それにあの大きなリュック……どうしたんだ!?
「ちょっと、声をかけてきても良いかしら?」
「す、スミさん!!あの子……!!」



「大地くん!?」
大地くんが、ハッと顔を上げた。
「お、おじさん……??」
「ああ、そうだよ!一体こんなところでどうしたんだい!?」
「……家出した」
「へ!?家出!?」
「……うん」
俺は、あんぐり合いた口が塞がらなくなった。
「まあまあ、どこか怪我はない?お腹が空いてるんじゃない?」
スミさんが俺の後ろから、心配そうに大地くんに駆け寄った。
「え……?」
驚いた顔をする大地くん。
「あ、この人はスミさんだよ。おじさんがお仕事でよく知ってる人だから、安心して」
「そう……」
大地くんはまた下を向いてしまった。
「とりあえず、私の家にいらっしゃいな」
「え!?」
俺と大地くんは、驚いて同時にスミさんを見た。
「放っておけないもの。それに、これは私の勝手な行動よ。そうね……ご依頼するわ。この子も車で私の家まで連れて行ってちょうだい」
ううう……スミさん、やり方が上手いなあ。でも、正直有り難い。俺だけだと、どうしたら良いか分からなかった。
「大地くん、スミさんは信頼できる人だし、とりあえず一緒に行こう。そこで話を聞かせてくれないかい?」
差し出した俺の手をじっと見つめていた大地くんだったが、下を向いて俺の手を握ると立ち上がった。


車内では、誰も一言も話さなかった。
スミさんの家について、スミさんはいそいそと大地くんを家に入れていたので、俺は庭に荷物を運んだ。
荷物を運び終わって、居間へと戻ると、スミさんが大地くんに冷たいお茶を出していた。
俺の分も用意してあるところが、スミさんの優しいところだ。
「ごめんなさいね、ジュースでもあれば良いのだけれど」
「いえ……あの……ご家族に迷惑になるでしょうから……」
「大丈夫よ。私の家族は、そこの仏陀にいる夫と、ここにいる優人くんだけだから」
俺はお茶を吹きかけた。スミさん……俺を家族だと思ってくれていたのか!?
そう思うと、こんな時なのに目頭が熱くなったから、慌ててお茶を飲んだ。
「おじさんは、仕事で来てるんじゃないの?」
「うん?仕事だよ?でも、スミさんはスミさんだろう?」
少しむせながら言った俺を、大地くんが見つめている。
「それで、大地くんは一体どうしたんだい?」
「実は……父さんに航空専門学校のことを話したら、喜んでくれたんだ。お金のことも心配しなくて良いって言ってくれた。それで、勉強を頑張ろうとしたら、母さんが……」
なんとなく、最後まで聞かなくてもわかった。
大地くんのお母さんのことだ。そんなこと、許すはずがない。
「それで昨日の夜、勉強道具と、父さんが預けてくれてるカードだけ持って飛び出して……。父さんに連絡したら、カードを自由に使えって言ってくれたけど、未成年はどこも泊めてくれなくて……」
「まあ、じゃあ、昨日から何も食べてないんじゃないの!?」
「え……は、はい」
「ちょっと待ってなさい!」
スミさんが慌てて台所に入って行った。

大地くんはその合間にスマホを見て、ため息をついた。
「おじさん、ごめんね」
「え?」
「母さん、おじさんの会社に電話するって……俺への仕事がなくなるだろうから……」
「今はそんなことより、君の身の安全が大事だよ!!」
大地くんが、驚いて俺を見つめた。
「全く、その通りですよ」
スミさんがいそいそと大地くんと俺の前に、お皿を置いた。
「さあさあ、まずはおあがりなさい。大丈夫よ、このばあに任せなさい」
そう言うとスミさんは笑った。
不思議だ、スミさんがこう言う時は、本当に大丈夫だと思える。
「じゃあ、大地くん、まずは食べよう。腹が減ってはなんとやらだし、スミさんの作るものはどれも絶品なんだよ!!」
今日は……ホットケーキ?でもどら焼きのようにあんこが挟まっている。
とりあえず俺は、一口かぶりついた。
あああ……なんという甘さ……!!やっぱりホットケーキの甘さだ。そこに、あんこの甘さが見事にマッチして……。
「美味しい……」
大地くんが呟いた。
「そうだろう!?美味しいだろう!?スミさんの作るものは全て絶品なんだよ!!」
興奮して言った俺に、スミさんがふふふと笑った。

「さて、今日は私の話をしている場合じゃないわね」
「あ……」
「大地くん、今はまだ家に戻る気がないのなら、このばあの家にしばらくいない?」
「はい!?」
「えっ……」
俺と大地くんは驚いてスミさんを見た。
「そうすれば、優人くんが今まで通りお仕事ができるし、大地くんのお母様も、居場所が分かることと、優人くんが来ていると知ったら安心するでしょう?」
「た、確かにそうですけど……」
「古い家だけれど、良いかしら?」
スミさんが大地くんに聞いた。
大地くんは唖然としている。
「お洋服とか必要なものは、優人くんに連れて行ってもらって、買いに行きましょう!!」
「す、スミさん!!それは良いですけれど、まずは社長に連絡させてください……!!」
「あら、それもそうね。じゃあ、待っている間に、大地くんの話を聞かせてもらおうかしら。ふふふ」
スミさん、とても嬉しそうだ。
でも……スミさんは、全く見ず知らずの子に声をかけようとして、俺と知り合いだからということだけで家に置こうとしている。
少し強引だけれど……。
家族……。心が踊るのは、どうしてだろう。


俺は慌てて社長に電話して、事の顛末を伝えた。社長は、何故か安心していた。
「分かった。大地くんのお母様には私から話しておくよ。戻ったらまた話し合おう。大丈夫、何かあったら私が出向くさ」
社長のその言葉を聞いた俺は安心すると、居間に戻った。
そこで俺は驚くものを見た。
大地くんが笑って、スミさんと話をしているのだ。


驚いている俺に、スミさんがいたずらっぽく笑った。
「合縁奇縁って知っているかしら?」
「あいえん……きえん?」
「人とのご縁は全て意味があるのよ」
「……」
「その様子だと、社長に話はついたみたいね。ふふふ、夜は大地くんのお仕事で来るんでしょう?晩御飯、三人で食べましょう!」


嬉しそうに笑うスミさんに、俺も笑うしかなかった。
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