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千里の道もガトーショコラから

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むむむむむ……。
いつものように公園を掃除しながら、俺の頭の中には小麦粉で結婚の文字がフワフワと浮いていた。
結婚……うん、具体的には何が変わるんだ?
一緒に住む、世帯も一緒になって、一生を添い遂げる。
ふむ、もちろん鈴ちゃんとそうなりたい。
だけれど、鈴ちゃんの気持ちを聞くのが怖いというのも正直なところで……。


そんなことを考えながら、掃除を終えて、昼休憩に入った鈴ちゃんの元へと行く。
鈴ちゃんはいつものように、ベンチでお弁当を用意してくれていた。
「あら?ゆうさん……?どうかしたんですか……?」
「えっ!?」
「何かいつもより元気がない気がして……」
「えっと……まずは腹ごしらえがしたいな!!鈴ちゃんのお弁当を食べたら、勇者になれるんだ!!」
「ふふふ、じゃあ食べたらゆっくり話してくださいね?あ、私からもお話しがあるんです」
「うん、じゃあいただきます!!」
俺はいつものようにお弁当にがっついた。
ああ、やっぱり鈴ちゃんの作るものは最高だ……。
でも結婚したら、鈴ちゃんの負担を減らすために、俺も料理しなければ!!
うーん、でも俺の作れる料理か……トーストなら……。


「ゆうさん、やっぱり今日はいつもと違いますよ。心配です」
お茶を渡しながら、鈴ちゃんが心配そうに聞いてきた。
「鈴ちゃん……俺、トーストを作るのがやっとなんだ……」
「え?突然どうしたんですか?食べたいものがあるなら、私が作りますよ」
「でもそれじゃあ、鈴ちゃんばっかり負担になってしまうよ……あ!!皿洗いとか、洗濯ならできるよ!!一人暮らしが長かったから!!」
「ゆ、ゆうさん?突然なんの話ですか?」
「えっと……もし鈴ちゃんと結婚したら、鈴ちゃんに負担が大きくならないようにはどうしたら良いか考えてて……」
俺は思わず声に出していた。
「け……けっこん……ですか……」
鈴ちゃんが小さな声で言った。
「うん……鈴ちゃんには、夢を叶えた今の仕事を続けて欲しいし、俺も正社員になれるように頑張るけど、家事分担とか価値観がって言われて……」
「ゆ、ゆうさん……あの……」
「うん?どうしたの?鈴ちゃん」
鈴ちゃんを見ると、耳まで真っ赤になっている。
「あの……それはその……私との結婚を考えてくれているということですか……?」
「うん?鈴ちゃん以外に誰がいるの??あ……もしかして鈴ちゃん、やっぱり俺と結婚なんて……!!」
「ち、違うんです!!その……嬉しくて……」
鈴ちゃんが、また嬉しい時に出る涙を溜めている。
「あ……ついつい思ったことを言っていたけれど……鈴ちゃんも、俺との結婚を考えていてくれたの……??」
「も、もちろんです!!」
「本当に!?!?」
俺は嬉しくて、思わず鈴ちゃんを抱きしめた。
「ゆ、ゆうさん……ここ公園です……」
「あ、ご、ごめん!!つい!!」
俺は慌てて鈴ちゃんの体から離れた。
「じゃあ……ゆうさんの話したかったことは……結婚についてですか……??」
俺は頷くと、母親に電話したことや、母親に言われたことを鈴ちゃんに伝えた。
鈴ちゃんがどんなに凄い仕事をしていたか、ドーナツあれば憂いなしだという話もした。
「じゃあ……ゆうさんのご両親は……家から縁を切られた私でも、結婚に賛成してくださったんですか……??」
「うん、むしろ、俺が釣り合わないって言われたよ」
「そ、そんなことないです!!ゆうさんはとても素敵な方です!!」
今度は俺が赤くなる番だった。
「あの……良かった。鈴ちゃんが、結婚なんかしたくないって思ってたらどうしようかと思っていたから……」
「私も、ゆうさんがどこまで考えているのかわからなくて……私から話しを出す勇気もなくて……」
「あぁ、安心したよ!あ!!ちゃんとプロポーズはするからね!!えっと、こういう時はレストランを予約しないといけないのかな!?」
小麦粉が暴走していた俺は、興奮して言った。
「ゆ、ゆうさん……落ち着いてください……」
鈴ちゃんが明るく笑っている。
「その時がきたら、私、ここでプロポーズして欲しいです」
「え!?!?ここで!?」
「はい。ここは、私とゆうさんが出会った場所です。一緒に四季を感じながら、毎日ここでゆうさんと会うのが、とても幸せな時間ですから」
「本当に良いの?プロポーズって、高級ホテルの最上階のレストランでするものなんじゃ……」
俺の言葉に、鈴ちゃんが笑う。
「ゆうさん、どこの情報ですか、それ」
鈴ちゃんの笑顔を見て、俺は力が抜けた。
「じゃ、じゃあせめて、この公園が一番綺麗な時期にプロポーズするよ!!」
俺の言葉に鈴ちゃんがにっこりした。
「はい。楽しみにしてますね」


鈴ちゃんは、俺が安心している様子をクスクスと笑いながら見て、いつもの紙袋を取り出してくれた。
「えっと、この前はマフィンでしたけど、今日はガトーショコラです!これも、新しく売り出した商品で作ったんですよ」
ガトーショコラ!?!?
あの、チョコレートがギューっとなった、高級ケーキか!?!?
なんてことだ!!鈴ちゃんは、こんな高級なものをどんどん作ってくれる。
まるで錬金術師だ。
俺は、銀紙に包まれたガトーショコラを受け取ると、がぶりと口に入れた。
あああ!!なんて濃厚なチョコレート……詰まりに詰まったチョコレートが、俺の口の中を満たしていく……。
鈴ちゃんとも、これから沢山一緒にいて、このガトーショコラのような関係を作っていきたい……。
まさに千里の道もガトーショコラからだ。

「えっと……食べながらで良いんですが……私からのお話しをしても良いですか?」
遠慮がちに言った鈴ちゃんに、俺は慌てて姿勢を正した。
まさか……俺への不満とかか!?
俺は慌てて、ガトーショコラをほうばった。
「あ、ゆ、ゆうさん、食べながらで大丈夫ですよ」
鈴ちゃんが慌てて飲み物を渡してくれる。
「えっと、実は、今回のプロジェクトがとても好調で……」
鈴ちゃんの言葉に、俺は頷いた。
「それで、短期の出張に行くことが決まったんです。地方へなんですが、これから会社もどんどん拡大していきたいみたいで……」
「え、鈴ちゃんが出張に行くの?」
なんて凄いことなんだ。本当に鈴ちゃんはキャリアウーマンだなあ。
俺の言葉に鈴ちゃんが頷いた。
「この前、ここで会った三人を覚えていますか?」
「うん、覚えてるよ」
「あの三人と一緒に行ってきます。一週間で帰ってきますから」
「そっか……うーん、寂しいけれど、仕事だもんね。鈴ちゃん、これからこういう出張が増えるのかな?」
「どうでしょう……正直、このプロジェクトがここまで大きなものになると思わなくて。お菓子作りの時短グッズが、ここまで売り上げが伸びるなんて、誰も思っていなかったんです」
「え!?そうなの!?」
「はい。一部の人にウケたら良いという感覚のプロジェクトだったんです。だから、今からどうなるか全くわからなくて……」
「そっか……鈴ちゃん、体だけは壊さないでね?」
「ええ、大丈夫ですよ!ゆうさんと話していたら、元気になりますから!!」

鈴ちゃんは笑顔でそう言うと、鞄から紙を取り出した。
そして俺に手渡す。
「これ、出張の日程表と、緊急連絡先です」
「え?俺が持っていて良いの?」
「はい!だって……ゆうさんは……だ、旦那さんになる方ですし……」
鈴ちゃんが真っ赤になって段々と小さくなっていく声で言った。
思わず俺も赤くなる。
「あっ、それで……私の方も会社に緊急連絡先を教えないといけないんですけど……」
「うん?」
「その……ゆうさんの連絡先を、会社に教えても良いですか……??」
「え、それはもちろん良いけど……」
「良かった。私……家族がいないので、どうしようかと思っていたんですけど……ゆうさんが、結婚の話を出してくれたので……」
「そっか!!でも……一週間鈴ちゃんのお弁当が食べられないのか……」
「ふふ、帰ってきたら、またいくらでも作りますよ!!」

そう言って鈴ちゃんは笑ってくれた。
俺も、鈴ちゃんの言う通りだと思っていた。



俺は、こんな日が続いていくと思っていた。
出張から鈴ちゃんが帰ってきたら、またこうして二人で幸せな時間が過ごせると思っていた。
もし俺が出張を止めていたら、何かが変わっていたのだろうか。
いや……俺なんかがあらがったところで、きっとなにも変わらなかっただろう。


この時、俺は、もしかしたら、人生には「死」よりも辛いものがあるなんて考えてもいなかった。
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