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閑話 クリーム・ジャムパン戦争

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「な、なあにいいいいい!?」
家に帰って、恒例のチラシを眺めるという趣味の時間を過ごしていた俺は、思わず声をあげた。
新作が出るたびにチラシが入っている近くのパン屋のチラシ。そこには衝撃的なことが書かれていた。

【クリームパン vs ジャムパン あなたはどっちに投票する!?】

でかでかと書かれたその下には、一枚の投票券。
どうやらこの投票券にポイントカードの番号を書いて投票すると、結果が出て勝ったパンに投票した人は、次の買い物の時にそのパンが一つ無料で貰えるらしいのだ!!
勝てば無料だ!!

俺は慌てて財布からポイントカードを取り出すと、その番号を書き込んだ。
そして手が止まった。
クリームパンとジャムパン、これは戦争だ。安易に決めてはいけない。勝者には、そのパンが一つタダで貰えるのだから。

クリームパンもジャムパンも好きだ。特にここのパン屋が売りにしているのは、たっぷりクリームと、自家製ジャムなのだ。
普段なら手の出せない領域のパン。それが、勝者には無料で食べる権利が与えられるのだ。慎重に決めなくては。
俺はもう一度チラシを見た。
溢れんばかりのクリームに、自家製の甘いジャム。どちらを選べば良い……??

よし、想像してみよう。
口に入れると溢れ出すクリーム。おっとっとっ。と、クリームを慌てて口に入れると広がるカスタードの甘さ。
うん、最高だ。クリームパンで間違いない。だが……。
噛んだ瞬間、果実の香り漂う程よい酸味のジャムが口の中で広がり、パン生地と甘いハーモニーを奏でる。
くそう!!自家製ジャム、なんたる威力だ!!

決められない……俺には、決められない……!!
一体、なぜこんな争いをするのだ。どちらも素晴らしいパンじゃないか!!
こんな醜い争いをしても、敗者のパンに投票した者たちが悲しみ、途方にくれるだけではないか。
なぜ!なぜなんだ!!
俺はやり場のない想いで投票券を見つめた。
どちらかのパンを選ぶということは、どちらかのパンを見捨てるということではないのか?どちらもこんなに輝くパンなのに?勝者のみが、無料で口に入れることができる。これが、これが弱肉強食か!!

だがいくら叫んでも、投票できるのはどちらか一つ。
どっちだ、どっちにつくべきだ!?
クリームか!?ジャムか!?
みんなどっちにつくつもりだ!?
これは心理戦だ……!!

どのくらいチラシとにらめっこをしていただろう。突然のメールの着信音に驚いて、慌ててメールを開く。
……鈴子さんだ!!
今仕事が終わったのか……本当に大変だな。いや、これが当たり前なのだろうか。前の職場ではたしかにこの時間が普通だった。
でも、あれは……いわゆるサービス残業で、終電ギリギリまで働いてもその分のお給料は出なかった。今ならなんとなく思う。あれがブラック企業ってやつだったのかもしれないと。
今はアルバイトだけれど、固定の仕事でプラス給も、交通費支給もあって、なんとか生活できている。それに仕事が苦痛じゃない。
仕事らしい仕事をしているかと問われれば、別の話になるが……。

だけれど鈴子さんの会社がブラック企業だとは限らない。
宝石箱のお弁当や伯爵のサンドウィッチ、勇者の炊き込みご飯を作れるくらいだ。きっとしっかりとした会社なのだろう。

俺は鈴子さんに返信しながら、ふと、スミさんの言葉を思い出した。
クリームパンとジャムパンで一瞬忘れていたけれど……告白、なんて言えば良いんだ!?
君がパンなら僕がジャム?
君のクリームになりたい?
ううん……どうすれば良いんだ。
はっ!!確か有名な言葉で、月が綺麗ですねってあるよな!?あれを俺流にして……パンが輝いていますね、か!?
ううむ。
告白とはこんなに難しいものなのか。
そもそも、振られたらどうすれば良いんだ?
きっと今のように、メールのやり取りができなくなる。お弁当も一緒に食べられないだろう。
考えただけで、苦しい。
だけれど、自分の感情を知ってしまった今、このままの関係も苦しい。
だから、どんな結果になってもこの気持ちは伝えたい。もしこのまま伝えずに鈴子さんとのご縁が切れたら、きっと俺の中の小麦粉が根こそぎなくなってしまう。

ふと、クリームパンとジャムパンのチラシを見た。
……もし、鈴子さんが練乳メロンパンでしてくれたように、二人で分けて食べるのなら、どっちが食べたい?どっちを渡したい?
俺はゆっくりと、片方のパンに丸で印をつけた。
うん、これがこの戦争の俺が出した答えだ。

鈴子さんから返信がきた。どうやら会社を出たようだ。
こんな時に自家用車があれば、迎えに行けるんだけどなあ。
そんなことをぼんやりと考えた。
いつか正社員になれたら、自家用車を買うことを考えてみようかな。
そうすれば車で鈴子さんと出かけられるかもしれない。
俺の中の小麦粉が、どんどん膨らんでいく。
不思議だ。鈴子さんのことを考えただけで、こんなに明るい気持ちになり、クリームパンとジャムパン戦争の俺なりの答えまで出せるのだから……。




だけれど俺はこの時、もっと自分の違和感と向き合うべきだったのだろう。
いや……今更考えてもしょうがないか。
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