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スミさんはパーフェクト!?
しおりを挟むああ……こんなに幸せで良いのだろうか……。
勇者の食事に、練乳メロンパン。こんな幸せ、今までの人生の中であっただろうか……。
いけない、いけない。つい顔がほころんでニヤけてしまう。
これから、スミさんのところで草むしりの肉体労働だ。だけれど今の俺はそれすら楽しみだ。だって、スミさんの旦那さんが、あんなに綺麗にしていた庭だ。もう一度あの庭を見たいと、きっとスミさんは思っているだろうし、何より俺も見たかった。写真のような庭を、実際に。
スミさんは、いつものように玄関の前で待っていてくれた。気のせいだろうか?いつもよりスミさんの顔が明るいというか……。
「待ってたのよ!いらっしゃい!」
スミさんの声を聞いて、それは確信に変わった。
いつもより明るいし、元気が良い。
俺が素晴らしい食事をしたように、スミさんも、お昼ご飯に豪華なものでも食べたのだろうか?きっとそうに違いない。美味しいものを食べたら、元気が出るもんな。
「今日も庭仕事頑張りますね!」
「えぇ、でも、一時間だけよ!今日は特に!」
ふむ……やっぱりスミさんは、今日とても元気が良いなぁ。良いことだ。
そう思いながら、俺はまた旦那さんの長靴を履かせてもらった。
そして、前に抜いた場所の周りの草むしりを始める。
あれからネットで調べてみたが、除草剤はスミさんからの正式な依頼じゃないので経費で購入はできない。塩を使う方法もあるみたいだが、何故だろう……旦那さんを見ているようだと言われて、俺は自分の手でこの庭を綺麗にしたいと思った。
どれくらいかかるかわからないけれど、スミさんは毎日依頼をくれる人だし、固定は俺だ。俺の休みの日以外は一時間作業ができるから、きっと思ったよりもかからないだろう。
それに、ボウボウの草や、石を片付けるだけできっと変わると思う。
そんなことを考えながら、一心不乱に草を抜いた。
根元が大きな雑草がとれた時には驚いた。こんなに小さな雑草が、土の中でここまでしっかりと根をはっているんだ……。
ふと、スミさんや大地くん、そして鈴子さんを想った。
みんな、表では見えない努力を沢山している気がしたし、表では見えないものを背負っているように感じたのだ。
きっとそれは、誰もがそうなのだろう。
通勤の電車で一緒になる人も、公園掃除をしている時にすれ違う人たちも。表では多くの「普通の人」だけれど、きっとそれはこの雑草たちと同じで、根の部分はみんな違うんだ。
「一時間経ちましたよ!さぁ、肉体労働はおしまいですよ!」
スミさんの弾んだ声が響いた。
俺はびっくりして顔をあげた。時間が経つのが一瞬だった気がする。
それに、本当に今日はスミさんが明るくて元気だ。一体何を食べたのだろう。
スミさんに促されて、また手と顔を洗い、居間に連れて行かれた。
「ちょっと待っていてくださいね!」
スミさんが急ぎ足で、台所の方に向かう。
戻ってきたスミさんの持つお盆からは、それはそれは、優しくて柔らかくて、満腹になったはずのお腹が一気に場所を開けるような、甘い香りが漂ってくる。
スミさんが嬉しそうにお盆を俺の目の前に置く。
そこには、輝きを放つ見るからにふわっふわなものが置かれていた。
「卵蒸しパンなの」
スミさんが少し照れ臭そうに笑った。
あぁ、何故だろう。最近見るようになったこのスミさんの顔が、とても嬉しい。
「これもね、夫が大好きだったのよ。どこから情報を集めてくるのか、作って欲しいと言われた時には戸惑ったものよ」
ふふふ、とスミさんが笑った。
「私の依頼、もう分かるわよね?」
笑顔でそう言われた俺は、苦笑して頷いた。
嬉しい。この輝きを放つ卵蒸しパンを食べられることもだけれど、スミさんの笑顔が。スミさんが旦那さんのことを嬉しそうに話してくれるのが。
だけれど、これが仕事で良いのかと思ってしまうから、苦笑いになってしまう。
輝きを放つ卵蒸しパンは、触っただけで潰れてしまうのではないかというくらい柔らかくて、ふわっふわで、ちぎるとさらに優しくて甘い香りが、俺の中の全ての小麦粉を踊らせた。
口に入れると、涙が出そうなくらいあたたかな気持ちになって、もう今日ここまでの時間で一生分の良いことを使い果たしてしまうのかと思ったくらいだ。
頬は緩むし、依頼主の目の前だというのに笑顔が溢れてくる。
「ふふふ、あなたのその美味しそうな顔、本当に素敵だわ。彼女があなたを選んだのもわかるわ。自分が作ったものをこんなに嬉しそうに食べてもらえたら、嫌なことなんて吹き飛んでしまうから」
スミさんの言葉に、俺は危うく、この輝きを放つ卵蒸しパンを握ってしまいそうになるくらい驚いた。
「すすすす、スミさん!?!?鈴子さんは彼女じゃ……!!」
「あら?違うの?」
にっこりと笑って言うスミさん。
「ち、違いますよ!!だって、そんな話一度も……!!」
「あらあら、まだ告白していなかったの?最近の方は、そういうことが早いのかと思っていたわ」
楽しそうに笑うスミさんだが、俺は大慌てをしていた。
鈴子さんが彼女!?
考えたら……和太鼓が鳴り響く。
確かに鈴子さんは素敵だ。出会った時から、行動も、言動も、笑顔も、お弁当も、家ではメールも……うむ、全てが素敵だ。
だけど……だからこそ、こんな俺なんて……。
そう思った俺は、少し下を向いてしまった。
そんな俺の隣に、スミさんがきた。
スミさんを見ると、柔らかくて優しい笑顔で俺を見ていた。
「夫がとても名家だったという話はしたかしらね。それに比べて、私は特に名もない家の出身。昔は家という存在が大きかったから。夫の意思とはいえ、結婚当初はそれはそれは色々と言われたものよ」
「え……」
俺は驚いてスミさんを見た。
「どうしてこんな私を……と何度思ったかしら。だけれどね、毎日、夕食の時間になると、そんな気持ちは吹き飛んでしまっていたの」
目を細めて笑うスミさん。
「いつもね、夫は黙って美味しそうにご飯を食べて、食べ終わったら必ず言うの。やっぱりスミの飯は最高だって。さすが俺の選んだ嫁だ、今日の弁当も最高だった、明日も頼むなって……。その笑った顔に、言葉に、私はどんな時でも笑顔になれたわ」
俺は何も言えなかった。だから黙ってスミさんの次の言葉を待った。
「あなたの、なんでも美味しそうに……幸せそうに食べる姿は、とても大きなあなたの魅力よ。それにね」
スミさんがいたずらっぽく笑った。
「料理はね、材料を揃えたり、道具が必要だったり、献立を考えたり、時間もかかるわ。もちろん後片付けだって。お弁当だったら配置だって考えないといけない。そんな面倒臭いことを、何も想っていない人にできると思う?」
スミさんの顔を、きっと俺は間抜けな顔で見つめていたと思う。
スミさんの言うことが本当なら……。
……いやいや、でもキャリアウーマンの鈴子さんが俺なんかに……。
「あなたは、彼女のことをどう思っているの?」
スミさんの言葉に、俺はハッとした。
鈴子さんの宝石箱のお弁当も、伯爵のサンドウィッチも、勇者の炊き込みご飯も、最高だった。
でも何よりも……鈴子さんからメールがくるのが嬉しかった。公園のベンチで俺を待っていてくれるのが嬉しかった。俺に手を振ってくれた鈴子さんは、誰よりも輝いていた。
「その顔を見たら答えなんて、聞かなくてもわかるわね。そのあなたの嘘がつけない、素直な表情も、とても素敵な魅力よ。まぁ、私の夫には敵わないけれど」
最後のスミさんの言葉に、俺は思わず笑顔になった。
スミさんがどれだけ旦那さんを想っているか。そしてどれだけ旦那さんがスミさんを想っていたか……。あのアルバムを見た日から今日までで、俺はスミさんの【根っこ】を見た気がした。
「じゃあ、ちょっと待っていてね、約束のもの、持ってくるわ!!」
スミさんが明るく、元気な声で言うと立ち上がり、嬉しそうな足取りで別の部屋に行った。
五分もたたないうちに戻ってきたスミさんは、可愛らしい紙袋を持っていた。
「約束の、彼女さんへのお土産よ」
紙袋からスミさんが出したものは、とても可愛い花の置物だった。インテリア用品のお店で売っているような、手作り感溢れる、糸を編んで作ったもののようだ。こういうのをハンドメイドというのではなかっただろうか。家のチラシで、ハンドメイドの講座の写真で似たようなものがあった。
「凄く可愛いです!!さすがスミさん!!センスが良いです!!」
思わず笑って言った俺に、スミさんが、少し顔を赤くして、微笑んだ。
「良かった、喜んでくれて。久しぶりにつくったから、実は少し不安だったの」
「え、ええええええ!?これ、スミさんが作ったんですか!?」
なんということだ。料理がパーフェクトなスミさんがハンドメイドまでパーフェクト!?
「ええ、私たちの若い時は、こういうものをよく作っていたの。少し時代に合ってないかと思ったけれど……あなたの顔を見て安心したわ」
「何言ってるんですか!!立派なハンドメイド作品ですよ!?インテリア用品のお店で買ったのかと思いました!!」
「はんど……??今はそう呼ぶのかしら。ふふ、この花はね、ガーベラなのよ」
「ガーベラ……」
「ええ、このピンクのガーベラの花言葉は【感謝】【崇高美】。そして白は【希望】【律儀】よ。あなたと彼女さんの関係にぴったりでしょう?」
俺は手作りのガーベラを見つめながら、ぶんぶんと頷いた。
花言葉なんて、考えたことなかった。今まで水をやっていた公園の花の名前もちゃんと見ていなかった。
「スミさん、本当にありがとうございます」
俺はスミさんに頭を下げた。心からの感謝を込めて。
この感謝は、これを作ってくれたことだけじゃない。
俺のことを知ってくれて……きっと俺の【根っこ】を見てくれて……そして旦那さんのことを話してくれる、そんなスミさんへの心からのお礼だった。
「あらあら、そんなに改まって。感謝するのは私の方よ。あなたが、沢山の大事なことを思い出させてくれたの」
「え……??」
「だから、自信を持って彼女に告白しなさいな。あ、いきなり手なんて出したらダメよ!」
俺は思わず笑ってしまった。
スミさんのおかげで、なんだか心がとてもあたたかくなっていたのだ。
俺はいつものように旦那さんの仏陀に挨拶をして、スミさんに何度もお礼を言って、……ご飯を食べに行った日のことを話すと約束して、スミさんの家を後にした。
事務所に戻り報告書を書いていた俺の心には、ずっとあたたかなものが広がっていた。
なにか見えないものが満たされて、とても満足した気持ちだ。
報告書を持っていった俺に、社長はいつものように満足そうに頷いてくれた。
「とても良い顔をしているね」
社長に言われて、俺は素直に頷いた。
この気持ちを、変な誤魔化しで消したくない。
さあ、次は大地くんだ。
練乳メロンパン、喜んでくれるかな?
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