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練乳メロンパンは世界を救う
しおりを挟むふんふんふーーーーん!!
俺は、朝から鼻歌を歌いながら上機嫌で、公園を掃除していた。
何故かって?
あの50円割引を持って、パン屋さんに行ってから出勤したのだ!!
香る様々なパンの香り、目の前で輝くパン達。あぁ、許されるのならば、好きなだけ眺めていたかった。
もちろん、お目当ては練乳メロンパン。
大地くんと……鈴子さんの為に、一つづつ買った。
いつもの食パンが何個買えるか考えたら、お財布は寂しくなってしまったが、この練乳メロンパンなら二人に渡しても問題ないだろう。
だって二人とも、絶対高級な食事をしているもんなあ……。
俺は、掃除をしながらいつものように固定の仕事のことを考える。
スミさんの家では、やっとなんでも屋らしい仕事をした気がする。
初めて会った時から、スミさんは優しかったけれど、あんな風に笑って貰えるようになるとは思わなかった。
やっぱり、庭を綺麗にしたかったのだろうか?
鈴子さんへのお礼を任せてしまっていることに、申し訳なさはある。お客様にそんなことさせるなんて……と思うが、あんなに嬉しそうに言ってくれたのだ。
うーむ、それに、俺には何を用意すれば良いのかわからない。ご飯を食べに行くのに、パンを持っていくしか考えられない。いや、朝ごはんにできるんだから、パンは万能だ。だけれど、何か違うことはわかる。でも何が違うのかわからないから、スミさんを頼るのが一番だと思った。
そして……大地くん。
友人から良い情報は貰ったが……俺の開いてしまった二つの引き出しが閉まることはなかった。
学校に行かなくても良い。そう言ってしまった。
軽々しく、責任もとれないくせに。
だけれど、学校に行けなんて絶対に言いたくなかった。いじめに関しての解決策は俺にはわからない。
……それと……大地くんのお母さんが、大地くんを怯えさせている気がしてならなかった。
俺も前の職場で、常に上司に怯えていた。上司がお前の為に言っているんだと言ったことが、今役に立っているだろうか?
作った企画もプレゼンの資料も、いつも怒鳴られて、残業して作り直していた。俺が無能だっただけかもしれない。クビになるくらいだ。
でも……あの資料は、何故か全て上司が考えたことになっていて、手柄は上司のものになった。
大地くんのお母さんが、大地くんにならそうとしている、医者か弁護士……それは大地くんのなりたいものじゃない。大地くんのお母さんの夢だ。それだけははっきりとわかっていた。
この前はきっとお腹が空いていたんだろうから、俺は自腹で練乳メロンパンを買った。あれだけ自分で勉強しているんだ。糖分が必要なはずだ。
練乳メロンパンを鈴子さんにも買った理由……。これは俺の勘違いかもしれないが、鈴子さんはほとんどお昼を食べていないのだ。
宝石箱のお弁当の時、食欲がないとは言っていたけれど、あの日は食パン一枚だったし、俺が伯爵のサンドウィッチに夢中になっていた時も、後から考えると、鈴子さんはニコニコして俺を見るだけでほとんど食べていなかった。
これは、男性と女性の違いなのだろうか。実はほんの数える程しか女性とお付き合いをしたことがない俺には、全くわからなかった。
だが、やはりお腹が空くのは悲しい。切なくて切なくて、苦しくなる。
この練乳メロンパンなら、きっと美味しい。
そんなことを考えて、いつものように花に水をやると、鈴子さんがベンチから手を振ってくれた。
何故だ……なんだ……この、小麦粉が身体中に行き渡る感覚は……!!
とてもあたたかくて、嬉しくて。
俺は大きく鈴子さんに手を振り返した。
急いで掃除道具を片付けて、練乳メロンパンを一つ、しっかりと抱えると、俺は鈴子さんの待つベンチへと行った。
「すみません、急がしてしまいましたか?」
鈴子さんが申し訳なさそうに言ったけれど、俺はブンブンと首を横に振った。
「いえ!!この時をどれだけ楽しみにしているか!!」
俺がそう言うと、鈴子さんは一瞬キョトンとして、笑顔になってくれた。
鈴子さんの隣に座ると、鈴子さんが鞄からお弁当を取り出した。
でも……一つしかない。
「はい、優人さん!」
笑顔でお弁当を渡してくる鈴子さん。
このお弁当の中身が宝石箱なのはよく知っている。だけど、どうして俺だけ?
「ま、まさか、やっぱり材料費や光熱費で苦しんでいるんじゃ……!!」
気がついたら、思ったことが口に出ていた。
「え?」
鈴子さんが不思議そうに俺を見つめている。
「だ、だって、鈴子さんの分が……!!」
慌てて言った俺を見て、鈴子さんが苦笑した。
「作るのは楽しいんですが……やっぱり食欲がなくて」
ううむ……やはり食欲がないのか。それはいけない。
「あの、病院に行った方が……」
「あ、いえいえ、本当に少し食欲がないだけなんですよ!!」
そう言って鈴子さんは笑うけれど、本当に大丈夫だろうか。
だがしかあし!!この為に!この為に練乳メロンパンを買ったのだ!
パン屋さんに入って、すぐ目に飛び込んでくるほど、思わず目がいってしまい、あまーい香りがする練乳メロンパン。
これならきっと……!!
俺は、練乳メロンパンの入った袋を鈴子さんに差し出した。
「あの、これは……??」
「練乳メロンパンです!!近くのパン屋さんの新作なんです!!食べたことはないですが、絶対美味しいです!!」
「……これを、私に?」
「はい!!だって鈴子さん、ほとんど食べてないじゃないですか……。あ、もしかして、甘いものは苦手でしたか!?う、ううむ……やっぱり定番の焼きそばパンにした方が……」
「い、いえ!!甘いもの、好きですよ!!」
鈴子さんが、いつもより少し大きな声を出した。でも怒っている感じではない。
鈴子さんを見ると、目に涙が溜まっていた。
ま、また俺は鈴子さんを泣かせることをしてしまったのか!?
練乳メロンパンは気に入らなかったか!?
オロオロしている俺を見て、鈴子さんが慌てたようにハンカチで自分の目を拭うと、練乳メロンパンを受け取ってくれた。
「ご、ごめんなさい!最近、優人さんの前だと本当に涙脆くて……凄く嬉しくて、気がついたら……」
嬉しくて?
やっぱり、練乳メロンパンは鈴子さんでも高嶺の花だったのか??
そんなことを考えていた俺に、鈴子さんは改めてお弁当を渡してくれた。
練乳メロンパンを受け取ってもらった俺は、安心してお弁当を開く。
う……ま、眩しい!!
このご飯は……この色がついて、具材が入っているご飯は……まさか伝説の炊き込みご飯!?!?
それも市販の具には見えない。全て手作りのようだ。
お、俺はついに伝説に……!?!?
俺は、いただきます!!と叫ぶと、伝説に手をつけた。
これが……これが勇者の食事か!?
俺は……伯爵の次に勇者になったのか!?
無我夢中で食べていた俺だが、途中チラリと鈴子さんを見た。
鈴子さんは眩しい笑顔で俺を見ている。
だけれど……練乳メロンパンには手をつけていない。
俺は手を止めようか迷ったが、勇者の食事の誘惑に勝てず、お弁当にがっついた。
綺麗に食べ終わり、ごちそうさま、と言うと同時に、鈴子さんがまたお茶を渡してくれた。
お茶を飲みながら鈴子さんを見たけれど、やっぱり練乳メロンパンを食べていない。
ううむ、練乳メロンパンでも駄目だったか……。
そう思った時、鈴子さんが練乳メロンパンを取り出した。
食べてくれる、と安心していると、鈴子さんは驚くべき行動をとった。
練乳メロンパンを二つに割ってちぎっているのだ。
鈴子さんは、真ん中から食べる派なのか!?一番美味しい部分から食べる派なのか!?
と少し混乱しかけた俺の前に、鈴子さんが片方の練乳メロンパンを差し出してきた。
「……え?」
「あ、あの、優人さん、食べたことないんですよね?私のお弁当箱は優人さんにとって小さいと思いますし、私は半分で十分なので……」
な、なんだって!?
確かにここのお店の練乳メロンパンは大き目だ。だけれど、勇者の食事をした後に、この……この練乳メロンパンを食べても良いのか!?
鈴子さんを見ると、笑って半分差し出してくれている。
俺は誘惑に勝てず、練乳メロンパンを受け取った。
「じゃあ、いただきますね」
鈴子さんのその言葉を聞いて、なぜか俺はとても安心した。
鈴子さんが練乳メロンパンを口に運ぶ。
俺の心臓では祭りが開かれているようだ。
美味しくなかったらどうしよう……今更そんな不安が湧いた。
一口食べた鈴子さんが、俺を見た時には、祭りは最高潮に達していた。
「凄く、甘くて美味しいです」
ニッコリと笑った鈴子さんを見て、俺の身体の中の小麦粉が爆発した気持ちになった。
もう、祭りが止まらない。
「優人さん?」
「あ、あ、あの、良かったです!お口に合って!!」
俺は慌てて、自分の手にある練乳メロンパンを見た。
ずっとチラシ越しに見ていたそれは、光り輝いているようだ。
これが練乳メロンパンの力……。鈴子さんを笑顔にしてくれた、練乳メロンパン……。
俺はゆっくりと、練乳メロンパンを口に運んだ。
ああああ……なんて、なんて甘いんだ……。買ってから時間が経っているのに、外はサクサク、中はふわふわ、チラシに書いてあった通りだ……。
噛み締めている俺の隣で、鈴子さんも笑顔で練乳メロンパンを食べていた。
とても綺麗な笑顔だ。きっとこれも、練乳メロンパンの効果に違いない……。
練乳メロンパンは、世界を救うのではないだろうか……。
俺は自分の考えに頷きながら、練乳メロンパンを食べ終えた。
「優人さん、ありがとうございます。久しぶりにパン屋さんのパンを食べました。凄く美味しかったです」
鈴子さんに言われて、思わず顔がほころんだ。
嬉しい。鈴子さんが食べてくれたことも嬉しいし、なんだろう……この笑顔が、凄く嬉しい。
「それで、優人さん……次のお休みの時のご飯なんですが……えっと、優人さん、本当になんでも美味しそうに食べてくれるので、メニューに迷っちゃって。何か、食べたいものはありますか?」
「え!!鈴子さんの作るものは全てこの世のものとは思えないほど美味しいので、本当になんでも良いんですよ!!」
俺の言葉に、鈴子さんがクスクスと笑う。
「優人さんほど、褒めるのが上手い人は初めてです」
「え、ええ!?」
なんてことだ。こんな素晴らしい食事を次々と生み出し、こんなに素敵な笑顔をする人を、褒める人がいなかったのか!?
一体周りは、どんな勇者の集まりなんだろう……。
すると、鈴子さんがハッとしたように腕時計を見た。
「ご、ごめんなさい!今日は仕事が多くて、お昼休みも短くしないと間に合わなくて……また、メールしますね!!」
「い、いえ!!お弁当、本当に本当に美味しかったです!!お休み、楽しみにしています!!」
俺の言葉に、鈴子さんはまたニッコリと笑ってくれると、小走りで会社に戻って行った。
お昼休みもゆっくりととれないのか……。鈴子さん、キャリアウーマンってやつなのかなあ。夜も遅くまで仕事をしているみたいだし。
……体、大丈夫なのかなあ……。
でも、練乳メロンパンを半分食べてくれたし、きっと俺の心配のしすぎだろう。
俺も立ち上がった。
次はスミさんのところで、草むしりだ!!
勇者の食事をした今の俺は、ライフが満タンだ!!
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