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スミさんとの出会い

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電車に乗って、アルバイト先のなんでも屋、幸正株式会社に向かう。
「おはようございまーす」
そう言いながらおんぼろのビルに入ると、待機していた人達と社長から挨拶が返ってくる。
そのまま更衣室に行き、ピンクのつなぎに着替える。
このピンクのつなぎ、見たときにはこれを着るのかとある種の絶望感に襲われたが、不思議なことに一週間で慣れてしまった。
いや、むしろ少し可愛いんじゃないかとすら思う。
もちろん、自分が似合っているかどうかは別の話だ。

一週間経って、この会社のことが少しずつ分かってきた。
この会社は本当に「なんでも屋」だ。
アルバイトをはじめて一番最初に俺がした仕事は、迷い猫のチラシを配ることだった。
今は専門のペット探偵がある時代だろうにと少し不思議に思ったが、このなんでも屋は、昔からの信用と、何より料金が安いことで、知る人ぞ知るなんでもやなのだ。
普段はおんぼろビルの事務所で待機。仕事が終わると報告書を書いて、また待機だ。正社員の人たちや、特殊な資格を持った人には固定の仕事がある。
待機しているメンバーはいつも違うが、知った顔もできた。だけれど皆、プライベートなことは話したくないのだろうか。仕事のことや当たり障りのない話題で盛り上がることはあっても、名前すら知らない、聞かないのが暗黙のルールのようだった。
これには本当に安心した。36の男がいきなりアルバイトで入ってきたのに、誰からも事情を聞かれることなく過ごせているのだから。

今、俺は一つだけ固定の仕事をもらっている。公園の掃除だ。
車でしばらく走った所に、大きな公園がある。そこの所有者さんが、毎日の管理の契約を結んでいるのだ。
最初は知り合いに遭遇してこのピンクのつなぎを見られたら……と思うと怖かったが、場所を考えると大丈夫だろう。
車を関係者駐車場に停めて、管理室の鍵を開けると、俺は気合いを入れた。
「よっし、今日も食パンの為に仕事するぞ!!」
一人で掛け声をかけると、道具を持って公園の中に入る。

まずは公園の掃除から。落ち葉やゴミを集めて袋に入れて、ゴミ箱も新しい袋に変えてしっかりと磨く。トイレもトイレットペーパーの補充をして汚れがないようにしっかりと。最後に花壇の手入れだ。晴れている日はホースで水をやる。
これで大体昼前くらいになる。
親に連れられて小さな子が遊びに来ていたり、サラリーマンのような人、いつも顔を見る人もいた。
前の会社で働いている時はこんな仕事したくなかっただろうが、食パンの為と、こういう発見が何故か楽しかった。



会社に戻って、報告書を書いていると、社長に呼ばれた。
社長は相変わらずピンクのつなぎでなんでも受け入れる優しい微笑みをしている。前の会社の上司との違いに最初は戸惑った。なんせ社長なのだから。

「先野くん、頑張っているね。固定にした公園の掃除も評判が良い」
「ありがとうございます!」
「それでね、君に聞きたいんだが、君はここで長く働く気があるかい?まぁ言ってしまえば、のちのち正社員になるつもりはあるかい?」
社長の言葉に、俺の胸は高ぶった。
せ、正社員だって!?!?なりたいに決まっている!!
「もちろんです!」
俺の言葉に社長はうんうんと頷いた。
「じゃあ、試しに固定の仕事をもう一つ増やしてみたいんだが、良いかな?」
俺の心は激しくダンスを踊りはじめた。固定の仕事には、プラス給があるのだ!
もしかしたら、食パンじゃなくてアンパンが食べられる日が近いのかもしれない!!
「やらせてください!お願いします!」
俺の言葉に社長はうんうんと頷くと、書類を渡してきた。
「玉ノ スミさん。89才の女性だ。一軒家で一人暮らしをしている。ほぼ毎日、昼過ぎから2時間の依頼が入る。地図は書いてある通り。今日から早速行って欲しい」
「は、はい!!」
書類に目を通していた俺は慌てて返事をした。少し違和感を感じる。毎日依頼が入るなら、もう固定の人がいても良いはずだ。それに、毎日何を頼むのだろう。
そんな俺の心を見透かしたのだろうか。社長が優しく声をかけてきた。
「さっき君は正社員になりたいと言ってくれたね。そうだな、アルバイト募集のチラシのうたい文句を覚えているかい?」
「あ、はい。《ヒーローにならないか》ですよね」
「そう。もし君がその意味を実感して、君自らが本当にここで正社員になりたいと思った時には、必ず君を正社員にすると約束するよ」
社長の言っている意味は正直分からなかった。だけれど、固定の仕事がこれで二つ!アンパンへの道へ近づいた!
正社員の話も出たし、俺は時間になると嬉々として地図に書いてある家に向かった。

「で……でかい……」
そこは大きな一軒家だった。しかもバリアフリー完備のようだ。玄関からのびているスロープがそれを物語っていた。
相当な金持ちじゃないか。一体、毎日なんのパンを食べているんだ。

チャイムを鳴らすと、小柄で可愛らしいおばあちゃんが現れた。
「こんにちは!なんでも屋、幸正株式会社の先野です!よろしくお願いします!」
そう言って頭を下げると、おばあちゃんも頭を下げてきた。
「こんにちは、スミと申します。スミさんと呼ばれているの。あなたもそう呼んでくださいな」
「は、はい!」
「まぁまぁ、元気なお方。さぁ、どうぞどうぞ」
スミさんに促されて、家の中に入る。なんとも上品な和風の室内で、もちろんバリアフリー完備だ。
「さぁさぁ、こちらにどうぞ。座ってくださいな。今お茶を出しますからね」
……え?
え?え?どういうことだ!?
台所に行こうとするスミさんを慌てて追いかける。
「あ、あの、スミさん!仕事は何をすれば……」
俺の言葉に、スミさんはちょっと困ったように首をかしげると、すぐに笑顔になった。
「じゃあ、洗い物をお願いしようかしら」
俺は頷くと、台所のシンクを見た。一人分の洗い物だ。5分もあれば終わってしまう。
「終わりました」
そう言うと、俺はスミさんのいる居間に入った。スミさんはお茶を入れている。問答無用で座らされた俺は、どうすれば良いかわからない。
「あなたまだ若いわね、いくつ?」
「最近入ったの?」
「彼女はいるの?」
矢継ぎに質問してくるスミさんに、仕事のことを何も聞けず、必死で質問に答えた。咄嗟に嘘をつくことができなかった俺は、前の会社をクビになってしまったことまで話してしまった。
「まぁまぁ、大変だったわね。ほら、お饅頭をどうぞ。おあがりなさい」
差し出されたそれを見て、俺は唾を飲み込んだ。饅頭。目の前にあるのは饅頭だ。あんこの入った、饅頭なのだ。
一瞬、なんの仕事もしていないのに食べても良いのかと不安になったが、差し入れをもらうことを禁止されてはいない。
俺は饅頭に手を伸ばした。……う、美味い……甘い。食パンの甘さと違う、本物の砂糖の甘さだ……!!
「まぁまぁ、美味しそうに食べるわねぇ。まだまだあるからね。たーんとお食べ」
スミさんが笑いながら言った。

結局俺は洗い物しかせず、お茶を飲んで饅頭を食べて質問に答えて2時間を終えてしまった。固定の仕事なのに、仕事をしていない。

……報告書になんて書けば良いんだ?

スミさんの笑顔に見送られて、俺は会社に戻ったのだった。

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