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36歳のアルバイト面接

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「君、クビだから。うちの会社も苦しいんだ。わかってくれるよね?」
「……」

何も言えずに会社をクビになって一ヶ月。俺はこれまでの人生で一番焦っていた。
なんとか失業保険で生活はできているが、早く次の職を探さなければ生きていけない。
片っ端から面接に行ったが、資格もない、大した技能もない俺は全て撃沈していた。

もう、アルバイトするしかない。
いや、でも俺、36だぞ?
若い学生に頭を下げないといけないのか?

こんな時なのに、変なプライドが邪魔をして、飲食店などのアルバイトをする勇気が持てなかった。

履歴書も使い回しはできないから、なるべく無駄にしたくない。
それにしても……目立つのは、履歴書の空白。
適当に大学に行って適当に就職してしまったツケが回ってきたようだ。
親にバレた日には、
「何のために大学に行かせたんだ!」
「だからあれほど……」
と怒号が飛ぶのは間違いない。
だから親にも言えなかった。
これは離れて一人暮らしをしていたのが幸いした。
俺はため息をつきながら、晩御飯の買い出しに出かけた。

「食パンって正義だよな。値段の割に量があるもんな。そのままでも美味いもんな」
なんとか食費を節約しようと、ここ最近は毎日安くなった食パンだ。
……これが食パンの耳だけに変わる日が来るのだろうか……。
いやいやいや、考えるな、俺!
考えを振り切るかのように、アパートのポストを開けた。
どうでも良いチラシしか入っていないのは分かっている。
だけれど最近は、そのどうでも良いチラシを見るのも一つの娯楽だった。
……テレビをつけたら電気代がかかるし、スマホをいじったら課金したくなる。

六畳一間のアパートに入って、そのまま電気をつけずに机の上に食パンとチラシを置いた。
まだ電気はつけない。これも節約だ。
そのまま食パンの袋を開けて、一口かじる。うん、やっぱり食パンは美味い。そのままだと皿もいらないから洗い物もしなくて良いし、もう最強の食材は食パンだな。
そう自分に言い聞かせながら、チラシを眺める。

食パンを食べる手と口が止まった。
チラシから目が離せない。

それはアルバイトの求人広告のようだった。
《君もヒーローにならないか!?》
でかでかと書いてあるうたい文句。
なんだ?ヒーローショウのアルバイトか?
下の方に、会社名が書いてあった。
《幸正株式会社》
「ゆきしょう……で良いんだよな?えっと募集要項は……」
一人でぶつぶつ言いながら、募集要項を探す。
「……年齢性別学歴不問、時給900円……業務内容、多種多彩の為面接にて相談か……必要資格も自動車免許のみ……」
俺の心臓はバクバクいっていた。
時給は安い。正直めちゃくちゃ安い。
それなのに《ヒーロー》という文字から目が離せない。
一度は憧れを抱いたことのあるヒーロー。現実ではなれなかったヒーロー。
もしヒーローショウならば、顔を隠すことができるのではないか?

気がついたらスマホを操作して、会社に電話をかけていた。


面接の日程はすぐに決まった。
気合いを入れる為にリクルートスーツに身を包み、電車で会社に向かう。

世界のグーグ○さんを頼りにたどり着いた場所は……なんとも殺風景な場所だった。
会社というより、廃墟のような小さなビルだった。そこに色あせた看板で、
《なんでも屋 幸正株式会社》の文字。
な……なんでも屋!?
このビル、なんでも屋の文字。嫌な汗が流れる。
今時、なんでも屋だって……?
だけれど、もう面接に行くしかない。それに、このままアルバイトも決まらないままだと、本当に食パンの耳の生活になってしまう。
意を決して、俺はおんぼろなビルに足を踏み入れた。


意外と中は綺麗だった。
近くにいたピンクのつなぎの女性に声をかけると案内してくれた……ってピンクのつなぎ!?
まさか、これ、制服か!?
いや、待て。なんでも屋だ。つなぎでもおかしくない。全員がピンクだとは限らない。
案内された部屋のソファに座って、必死で落ち着こうと深呼吸した。

「いやぁ、待たせたねぇ。社長の川井です」
ははは、と笑いながら部屋に入ってきた初老の男性は、こちらが立つ暇も与えずに机を挟んでソファに座った。
社長……が、やっぱり、ピンクのつなぎ……!?
いけないいけない!顔に出したらダメだ!食パンの耳を回避する為だ!
「じゃあ一応、履歴書を見せてもらえるかい?」
社長の言葉に、俺は頭を下げながら履歴書を渡す。
「ふむふむ、車の運転はできるんだね?」
「はい!」
「働く時間の希望は?」
「いつでも働けます!」
「で、いつから来れる?」
「……え?」
「いや、いつから来れるかい?ちょうど一人辞めたばかりでね、困ってたんだ」
「あの……ということは、採用で……」
「あぁ、採用だよ。うちに禁止要項はなかっただろう?」
首をかしげる社長。この社長、天然なのか!?

こうしてあっさりと、俺のアルバイト先は決まったのだった。
制服は予想通り、ピンクのつなぎのようだ……。
明日から、俺のアルバイト生活が始まる。
食パンの耳の生活は回避された。

それにしても、ヒーローってどういう意味だったんだろう?ただのうたい文句か?
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