29 / 29
29
しおりを挟む
巡り合わせ
「うわぁ、また寝ちゃってた!!」
憲和神社の裏。ピンクのメウが宿っている木の根元で、翼はスマホの着信音に驚いて飛び起きた。分厚い本の山が、バラバラと崩れる。
翼はそれに慌てながらも、スマホを操作する。
「おう、翼。今大丈夫か?」
「大丈夫だよ。今日はゆっくりと文献を読もうと思っていたのに、寝ちゃってたみたい。起こしてくれてありがとう」
電話口から、利石の笑い声が聞こえる。
「お前、編入してから、ずっと文献を読んだり、現地に研究に行ったり、最近では地域の行事に関わったりしてるだろ。就職の為に、アルバイトだってしてるんだろ? たまにはちゃんと休めよ。さっき、お前と栄喜に採れたての野菜を送ったから。それ食って、元気付けろよ。あ、多めに入れたから、彼女にも分けてやれよ」
「わぁ。前も沢山貰ったのに、良いの? あれ、すっごく美味しいって、うちの両親が大喜びするんだよ。もちろん、有美さんと僕も。でも、何度も言っているけれど、有美さんはそういう関係の人じゃないからね」
カラカラと笑う利石の声。この町を去った時とは、まるで別人だ。
利石は、祖父母の家で過ごすうちに何か思うところがあったようで、祖父母の農家を継ぐことを決めていた。しょっちゅう翼と栄喜に野菜を送ってきてくれていて、翼には有美の分も入れてくれるのだ。
しばらく話したあと、電話を切った翼は、バラバラに倒れた本を鞄にしまっていく。
そんな翼の周りを、ふよふよとした光が浮いていた。そのうち一つの光は、どことなくピンク色に見える。
「メウたち、ありがとう。僕の疲れをとってくれたんだよね。どうしてもここが落ち着くから、ここで本を読むけれど、いつも途中で寝ちゃうね」
翼は一人微笑みながら、鞄を肩から提げて立ち上がる。そして憲和神社の前に立つと、手を合わせて目をつぶった。
「憲和神様、今日も休ませてくれてありがとうございました。今日は報告があります。広仁神社の再建が決まりました。今朝、玉沖神社に行ったあと、駒猫さんのところにも報告に行きました。それで、再建が決まった時に役所の人と話したんですけれど、この町に沢山ある神社で、何か町を活性化させるイベントができないかなって話になったんです。憲和神様はもしかしたら嫌かもしれないけれど、ここはスペースもあるし、憲和神社は古くからあるし、ここを何かに使えないか提案しました」
翼は、憲和神社に向かって報告をすると、一礼して、振り返った。
そこには、バイクもないし、和幸神も死乃子も、貧天もいない。それでも、翼はあの時三人がいた方向に頭を下げる。
そうして、翼は重い鞄を抱えて、家へと向かうのだった。
※※※
「あぁ……来る度来る度、お金持ちになっていく……。和幸が加護なんか渡したから……本当に気持ち悪い……」
翼を見ていた貧天の言葉に、和幸神と死乃子が楽しそうに笑う。
メウたちは楽しそうに走り回り、その様子を、憲和神はため息をつきながら見守っていた。
「あいつ、何考えてやがる。疫病神の神社で町を活性化だと? そんな馬鹿な話、聞いたことねぇぞ」
「良いではないか。我が可愛い氏子の考え。それに、人々が己の健康を願い、病を遠ざけるため、お主はここに奉られたのであろう」
玉沖神の声に、憲和神が驚いて隣を見ると、玉沖神が微笑んで立っていた。
「あれ、母ちゃん、来たんだ」
「あぁ。我が可愛い氏子が、頑張っている姿が誇らしくてな。我が可愛い氏子たちはその縁をどんどん広げ、強くしている。妾にとって、それは何よりも幸せなことじゃからな」 和幸神に答える玉沖神。そんな二人を見て、憲和神はまたため息をついたのだった。
※※※
雲一つない快晴の日。翼と有美は、駒猫のいる神社へと二人で向かっていた。
全てが終わった後、翼は帰ってきてからのことを、全て有美に話していた。モヤが見えたことも、ネットで緑風堂を知ったことも、モバと出会ったことも……。広仁神のことも。
有美は、その一つ一つを真剣に聞いてくれ、翼の言葉を信じ、広仁神が救われたことに感謝をした。
ずっと二人で、お世話になった神社巡りをしようと言っていたのだが、翼は編入の手続きや、新しい環境に慣れることに追われていたり、有美はあの後、ご縁を得た様々な人たちと協力して、新しいプロジェクトを立ち上げていたりで、喫茶店で話す時間をとるのが精一杯だったのだ。
「アルバイトはどう? 辛くない?」
「凄く楽しいよ。前のアルバイトと同じ業種だと思えないくらいに。それに、アルバイトなのに、資格を取るためのお金を出してくれるらしいんだ。社長さんが、もし資格が取れて、就職したいと思ったら、雇ってくれるとまで言ってくれた。僕が前に雑用だと思ってたことが、今の仕事では凄く大事なこととして見て貰えるんだ」
「良かった。私も頑張らなきゃ」
二人は楽しく話しながら、山道を入っていく。
そして、駒猫のいる神社へとやってきた。
「わぁ、本当に駒猫さんなんだね。初めまして。翼くんからお話は伺っています。私、村上 有美です」
有美が丁寧に駒猫に頭を下げる。翼も、挨拶をして頭を下げた。
そして二人で、神社にお参りをして、顔を上げて、神社を出ようと歩き出す。
「ここから登っていったら、公園があるんだ」
「翼くんにとって、大事な場所だね」
「もばっ!? 翼、帰ってきていたもばか!?」
鳥居を出る手前で、有美の言葉に続いて聞こえた言葉に、二人は足を止めると、顔を見合わせた。
「有美さん、今の……」
「うん、聞こえた……」
有美の答えを聞いて、翼の目に涙が溜まっていく。
「翼ーー!! その子は誰もばか? みんなでぷりんを食べるもば!!」
後ろから聞こえる声。翼の目から、涙があふれ出した。そんな翼の手を、有美がしっかりと握る。
翼と有美は、ゆっくりと後ろを振り返った。
「これが、巡り合わせです」
駒猫の声が、風と共に舞い上がるように聞こえたのだった。
了
「うわぁ、また寝ちゃってた!!」
憲和神社の裏。ピンクのメウが宿っている木の根元で、翼はスマホの着信音に驚いて飛び起きた。分厚い本の山が、バラバラと崩れる。
翼はそれに慌てながらも、スマホを操作する。
「おう、翼。今大丈夫か?」
「大丈夫だよ。今日はゆっくりと文献を読もうと思っていたのに、寝ちゃってたみたい。起こしてくれてありがとう」
電話口から、利石の笑い声が聞こえる。
「お前、編入してから、ずっと文献を読んだり、現地に研究に行ったり、最近では地域の行事に関わったりしてるだろ。就職の為に、アルバイトだってしてるんだろ? たまにはちゃんと休めよ。さっき、お前と栄喜に採れたての野菜を送ったから。それ食って、元気付けろよ。あ、多めに入れたから、彼女にも分けてやれよ」
「わぁ。前も沢山貰ったのに、良いの? あれ、すっごく美味しいって、うちの両親が大喜びするんだよ。もちろん、有美さんと僕も。でも、何度も言っているけれど、有美さんはそういう関係の人じゃないからね」
カラカラと笑う利石の声。この町を去った時とは、まるで別人だ。
利石は、祖父母の家で過ごすうちに何か思うところがあったようで、祖父母の農家を継ぐことを決めていた。しょっちゅう翼と栄喜に野菜を送ってきてくれていて、翼には有美の分も入れてくれるのだ。
しばらく話したあと、電話を切った翼は、バラバラに倒れた本を鞄にしまっていく。
そんな翼の周りを、ふよふよとした光が浮いていた。そのうち一つの光は、どことなくピンク色に見える。
「メウたち、ありがとう。僕の疲れをとってくれたんだよね。どうしてもここが落ち着くから、ここで本を読むけれど、いつも途中で寝ちゃうね」
翼は一人微笑みながら、鞄を肩から提げて立ち上がる。そして憲和神社の前に立つと、手を合わせて目をつぶった。
「憲和神様、今日も休ませてくれてありがとうございました。今日は報告があります。広仁神社の再建が決まりました。今朝、玉沖神社に行ったあと、駒猫さんのところにも報告に行きました。それで、再建が決まった時に役所の人と話したんですけれど、この町に沢山ある神社で、何か町を活性化させるイベントができないかなって話になったんです。憲和神様はもしかしたら嫌かもしれないけれど、ここはスペースもあるし、憲和神社は古くからあるし、ここを何かに使えないか提案しました」
翼は、憲和神社に向かって報告をすると、一礼して、振り返った。
そこには、バイクもないし、和幸神も死乃子も、貧天もいない。それでも、翼はあの時三人がいた方向に頭を下げる。
そうして、翼は重い鞄を抱えて、家へと向かうのだった。
※※※
「あぁ……来る度来る度、お金持ちになっていく……。和幸が加護なんか渡したから……本当に気持ち悪い……」
翼を見ていた貧天の言葉に、和幸神と死乃子が楽しそうに笑う。
メウたちは楽しそうに走り回り、その様子を、憲和神はため息をつきながら見守っていた。
「あいつ、何考えてやがる。疫病神の神社で町を活性化だと? そんな馬鹿な話、聞いたことねぇぞ」
「良いではないか。我が可愛い氏子の考え。それに、人々が己の健康を願い、病を遠ざけるため、お主はここに奉られたのであろう」
玉沖神の声に、憲和神が驚いて隣を見ると、玉沖神が微笑んで立っていた。
「あれ、母ちゃん、来たんだ」
「あぁ。我が可愛い氏子が、頑張っている姿が誇らしくてな。我が可愛い氏子たちはその縁をどんどん広げ、強くしている。妾にとって、それは何よりも幸せなことじゃからな」 和幸神に答える玉沖神。そんな二人を見て、憲和神はまたため息をついたのだった。
※※※
雲一つない快晴の日。翼と有美は、駒猫のいる神社へと二人で向かっていた。
全てが終わった後、翼は帰ってきてからのことを、全て有美に話していた。モヤが見えたことも、ネットで緑風堂を知ったことも、モバと出会ったことも……。広仁神のことも。
有美は、その一つ一つを真剣に聞いてくれ、翼の言葉を信じ、広仁神が救われたことに感謝をした。
ずっと二人で、お世話になった神社巡りをしようと言っていたのだが、翼は編入の手続きや、新しい環境に慣れることに追われていたり、有美はあの後、ご縁を得た様々な人たちと協力して、新しいプロジェクトを立ち上げていたりで、喫茶店で話す時間をとるのが精一杯だったのだ。
「アルバイトはどう? 辛くない?」
「凄く楽しいよ。前のアルバイトと同じ業種だと思えないくらいに。それに、アルバイトなのに、資格を取るためのお金を出してくれるらしいんだ。社長さんが、もし資格が取れて、就職したいと思ったら、雇ってくれるとまで言ってくれた。僕が前に雑用だと思ってたことが、今の仕事では凄く大事なこととして見て貰えるんだ」
「良かった。私も頑張らなきゃ」
二人は楽しく話しながら、山道を入っていく。
そして、駒猫のいる神社へとやってきた。
「わぁ、本当に駒猫さんなんだね。初めまして。翼くんからお話は伺っています。私、村上 有美です」
有美が丁寧に駒猫に頭を下げる。翼も、挨拶をして頭を下げた。
そして二人で、神社にお参りをして、顔を上げて、神社を出ようと歩き出す。
「ここから登っていったら、公園があるんだ」
「翼くんにとって、大事な場所だね」
「もばっ!? 翼、帰ってきていたもばか!?」
鳥居を出る手前で、有美の言葉に続いて聞こえた言葉に、二人は足を止めると、顔を見合わせた。
「有美さん、今の……」
「うん、聞こえた……」
有美の答えを聞いて、翼の目に涙が溜まっていく。
「翼ーー!! その子は誰もばか? みんなでぷりんを食べるもば!!」
後ろから聞こえる声。翼の目から、涙があふれ出した。そんな翼の手を、有美がしっかりと握る。
翼と有美は、ゆっくりと後ろを振り返った。
「これが、巡り合わせです」
駒猫の声が、風と共に舞い上がるように聞こえたのだった。
了
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
京都式神様のおでん屋さん
西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~
ここは京都——
空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。
『おでん料理 結(むすび)』
イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。
今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。
平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。
※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる