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便利と自然
「そっか。ついにご両親と話ができたんだね。応援して貰えて、良かったね」
いつもの喫茶店で、有美がメロンソーダを飲みながら笑った。
それに答えて、翼はコーヒーに手をつける。
翼は、ついに親に大学を編入したいことを話した。自分が何故今の大学に入りたかったのか。何故自分が帰ってきたのか。何が辛くて、何を思ったか。そして、どこに向かって進んで行きたいか。
確かに翼が自分の力で前に進んでいこうとする姿を見て、翼の両親は喜んで、翼のことを応援してくれたのだ。
「これから手続きをしたら、少し遅くなるけれど……。向こうからこっちに引っ越しもしないといけないから、焦らずにやろうと思う」
翼の言葉に、有美が微笑んで頷いた。
「ご実家から通うんでしょ?」
「うん。就職の為になるように、前にしていたアルバイトと同じ業種でアルバイトもしようと思ってる。今度こそ、ちゃんと資格も取って。少しネットを見たんだけれど、思ったより募集があったんだ」
晴れやかに笑う翼を見て、有美はまた笑って頷く。
「必要なことがあったら、手伝うから、どんどん頼ってね」
「ありがとう。有美さんたちに出会えたから、僕はやりたいと思えることが見つけられたよ。あっ、そうだ。有美さんに相談しようと思っていたんだけれどね」
翼の言葉に、有美がこてんと首をかしげた。
「広仁神社があった場所に、絵馬を飾ることってできないのかな? ほら、神社の再建を願って、お参りに来る人が沢山いるから、その人たちに、その気持ちを書いて貰えたらって。みんなの気持ちが揃って、色んな人に届かないかなって……」
「絵馬……。そうだね。良いかもしれない!! 私たちの活動に興味を持ってくれている役所の人とかもいるから、そういう人が沢山の声を見てくれたら、神社の再建も現実味を帯びてくるかも!! それなら、小さくやるより少しイベントみたいな感じにしても良いかもしれないね。私、お父さんに協力して貰って、神主さんたちに声をかけて貰ってみるよ。作法とか分からないしね。SNSもフル活用しよう!!」
有美が、いつも持ち歩いているメモ帳を取りだして、メモを始める。その様子を見ながら、翼は内心ホッとして、そして嬉しかった。有美がここまで真剣に、自分の考えたことを受け止めてくれたことが、翼の心も前向きにする。
「メンバーとも話し合って、老人会の人にも意見を聞いて、詰めていきたいね。みんなで通話で話し合える日、出してみるね」
「有美さん、ありがとう」
翼が言った言葉に、有美が不思議そうに顔を上げた。
「僕、今まで自分から自分の思った意見を言うって、あんまりなかったんだ。提案なんて、それこそ。でもこうやって自分で行動して、進んでみて、それを有美さんが受け止めてくれたから、凄く嬉しい」
「こちらこそ、ありがとう。私、翼くんが一生懸命前に進んでいる姿を見て、凄く元気付けられているんだよ。私も、もっと頑張ろうって」
翼と有美は、二人で笑い合う。
この時間が、とても尊くて、大切なものに感じる。
翼は、栄喜やキューピーに言われたことを思い出して、少し顔が赤くなった。なんせ、恋愛なんて考えたことがないのだ。ただ、有美といるのは凄く心地良い。これは紛れもない事実だった。
「じゃあ、そろそろ行こうか。あっ、そうだ。この前家庭菜園で植えたって言ってた苗がね、おっきくなってきたんだよ」
「本当に!? 凄いなぁ。見て帰っても良い?」
「うん、勿論!!」
二人は喫茶店を出て、有美の家へと向かう。
有美は、趣味で家庭菜園を行っている。家の側にある畑の所有者の人が、もう全ての畑を作るのが難しいからと、一部を家庭菜園区域として、近くの住民に貸し出しているのだ。
何度か見せて貰った翼だが、そこには小さな妖精やメウたちが沢山いて、まさに植物が生きている、と感じる場所だった。趣味と実益を兼ねると笑う有美を見て、自分もマンションのベランダで、プランター菜園をやってみようかとも思っているくらいだ。
二人で話しながら道路沿いを歩いていると、前から走ってきた高級車が、突然翼たちの横に止まった。この田舎では、正直浮いているその車に、翼も有美も身構える。
車の窓が開いた。
そこにいたのは、利石会社の息子だ。
「よぉ。何、お前、徒歩なの? 彼女連れて徒歩とか、マジダサすぎ」
「……」
「翼くんの、お友達?」
いきなりの言葉に、何も言えなくなった翼に、有美が気を利かせて、助け船をだしてくれる。
「あの、同級生で……」
「どーも、利石でーす!! あれ、彼女、どっかで見たことあるなぁ」
「利石……」
翼の様子と、利石という名前に、有美は感づいたようだ。だが、翼を見て、何も言わず、微笑んで利石の言うことをかわしている。
「あー、思い出したわ。彼女さ、うちの会社に文句つけた活動している奴だろ? SNSで顔出してたから、分かったわ」
利石の言葉に、翼は咄嗟に有美の前に立った。自分が利石に言い返せる訳ではないけれど、有美を見る利石の目が嫌だったのだ。
「あのさぁ。うちの会社に文句言うのは良いんだけどさ。自分たちは今、開発されて、舗装された道を歩いているんだよな? 開発されて、便利になった地区に住んで、買い物もしやすくなって、こうして道を使う。それなのに、うちのやってることに反発するわけ? 実際便利になったら、それを享受するくせに、良いご身分だよな」
「そっ、それはそうかもしれないけれど、歴史的に価値のあるものは残して欲しいって思うのは、そういう勉強をしていたら当たり前だよ!!」
翼は、利石に言い返した。言い返したことに、自分でも驚く。ただ、利石の言葉は、翼に突き刺さっていた。多分、有美にもそうなのだろう。顔色が変わっている。
「ふーん。お前って、彼女のことになったら言い返すんだな。まっ、せいぜい好きにしろよ。便利さを求める人間にとっては、お前の彼女の活動が迷惑してるってことは、教えておけよ」
そう言うと、利石は窓を閉めて、車を走らせる。
翼は有美を見たが、顔色が悪く、下を向いている。
「有美さん、あの、ごめん……」
翼の言葉に、有美は悲しそうな顔をしながらも、フッと笑った。
「どうして翼くんが謝るの? 翼くん……庇ってくれて、ありがとう……」
今にも涙を流しそうな有美に、翼はどうして良いか分からなかったが、妖精やメウが沢山いる場所に行けば、有美も元気になるかもしれないと思い、気がついたら有美の手をとっていた。
「行こう。育った苗、見るの楽しみなんだ」
翼の必死の行動に、有美はやっと少し笑うと、二人で家庭菜園区域へと向かった。
「わぁ。本当に大きくなったね。これ、まだ収穫はできないんだよね」
「ふふっ、まだまだ、これからだよ」
「めうめう!!」
有美の言葉の後に、メウたちが楽しそうに続ける。有美が来てから、近くの木のメウたちが、嬉しそうに有美の元へと集まってきていた。そのお陰だろうか。有美の顔に、さっきよりは元気な笑顔が戻っている。有美には、メウは光にしか見えていないのだが。
「翼くん。さっきの利石さんの言葉ね」
「うん……」
大きくなった苗の前にしゃがんで、有美が言った。その隣に翼もしゃがむと、有美の言葉に耳を傾ける。周りには、真似をしたメウたちもいる。
「私、その通りだって思っちゃった。多分、心のどこかで、いつも思っていたんだと思う。私たちが今住んでるところは、元々は沢山木がある、山の一部だった。そこに住んで、大学もあって……。交通機関だって便利だし、買い物だって困らない。私、この場所が好き。でも、それはキチンと整備してくれている人がいるから。だから、自分が矛盾しているって思うんだ」
「……」
「それでも、それでもね。私、広仁神社が好きだし、この辺に沢山ある神社は、歴史的にもだし、私たちの生活にも根付いていて、とても大切なものだと思う。この山々もそう。私、自然と人って共存できるって思って、こういう活動を頑張ってきたけれど、人が便利に生きようと思ったら、やっぱり共存って難しいのかな……」
有美が下を向く。メウたちが、心配そうに、有美を見上げていた。
「僕も、この山々が好きだ。この山々があったから、出会えた人たちが沢山いるんだ。ばぁちゃんと神社を巡ったり、山を歩いたり、大切な思い出もいっぱいある。でも……。ここが便利だって思うのは事実だし、昔、ショッピングモールができた時とかも、便利になったなぁって思ったんだ。そこだって、山の一部で、開発されたのにね」
ぽつり、ぽつりと言った翼の言葉に、有美が頷く。
「でも……僕は、好きとか、大事とか、そういう気持ちは大切にしたいって思うんだ。そういう気持ちがあったからこそ、僕は進みたい道を見つけて、行動して、前に進みたいって思えたと思うから。有美さんの言う、共存をちゃんとしたいし、どうしたらそれができるのかも考えたい。利石の言うことは正しい部分があるかもしれないけれど、利石会社のやり方は、やっぱり納得できないよ。きっともっと、全員は無理かもしれないけれど、みんなが納得できるやり方があると思うんだ。少なくとも、広仁神社に来ている人たちは、そう思っていると思う」
有美が、また黙って頷く。その頬には涙が伝っていた。メウたちが、必死に有美を撫でている。
「便利さとか、共存とか、考えるのは凄く難しいと思う。でも、一緒に考えていきたいって思うし、やり方が納得ができないまま、何もしないのは嫌だって、今だから思うよ。そう思わせてくれたのは、有美さんたちだよ」
「翼くん……本当にありがとう……。私、広仁神社についてや、突然の山の開発についてどうして納得できないのか、もう一度ちゃんと考えて、まとめてみる。絵馬の話をするとき、みんなにも話してみようと思う」
「うん。そうしよう。みんな、この山や、神社が好きで集まっているんだから、きっと良い案が出るよ。僕も、もう一度ちゃんと考えてみたい」
翼と有美は、顔を見合わせて頷く。意味は分かっていないようだが、メウたちもこくこくと頷いていた。
帰りのバスの中、やはり強いモヤで、翼は体調が悪くなっていた。お守りの力は感じているのに、何故かいつもよりも辛く感じる。心が関係しているのだろうか。
利石に言い返した翼だったが、有美と同様、翼も利石の言葉に考え込んでいた。新しい道ができたら便利だし、お店ができたら便利だ。じゃあ、開発して良いものと、いけないものって、何なんだ? 自分はモヤのことがあったから、なんとかしなくてはと思っていた。無理矢理の工事に、納得もいかなかった。でも、開発自体が悪いことなのか? この便利な生活をしている時点で、開発自体が悪いなんて言えない。
少し気分が悪くなりながらバスを降りた翼を、光が導く。場所は、憲和神社だ。
少しふらふらになりながら憲和神社に到着したが、憲和神はどこかに出かけているのか、誰もいない。
「めう!? めうめう!!」
前と同じように、ピンクのメウが慌てて近づいてくる。翼は、おとなしくピンクのメウに従って、またピンクのメウの宿る木の下に座った。周りには、沢山のメウが集まってくる。
「めーう? めうめう」
ピンクのメウが、翼の膝に乗って、手を伸ばして、翼の頭を撫でた。その途端、有美の前では我慢していた涙があふれ出す。
「ねぇ、メウ。開発されるって、木がいっぱい切られるんだよね。メウたちが、辛い想いをするんだよね。コンクリートになったら、植物も育たなくなるんだよね。僕、ちゃんと考えたことなかった。ねぇ、メウ。どうしたら、人と自然、それに神様も、あやかしも、みんなが共存できるのかな。モバの山では、みんなが共存している。どうやったら、それを続けていけるのかな」
「めうめう??」
「僕が家で使っている家具だって、木を使っているし、生活には絶対必要だよね。その木がどこからきたのかすら、何も考えてなかった」
ピンクのメウは不思議そうに翼を見ながらも、翼を慰めるように、頭を撫で続ける。他のメウたちも、翼にくっついて、黒いモヤの感覚を取ってくれている。
その感覚に、翼はまたウトウトし始めた。
【翼、人が生きるのには、神様も、自然も、他にも、沢山の見えないものも含めて、全てが必要なのよ。人は、人だけでは生きられないの。だから、全てに感謝するのよ。自分の生活を支えてくれている、見える人、見えない人、神様、自然、全てによ。そうしたら、何が大切か分かるから】
いつか言われた、祖母の言葉が翼の心に響く。メウたちの癒やしの力で、思い出しやすくなっているのだろうか。
翼はそのまま、また眠りについたのだった。
※※※
「我が可愛い氏子たち。ヒトが生きるとは、苦しいことが多い。じゃが、その中から自分で答えを見つけ、感謝の心を忘れずに進んで行く。そうすることで縁が繋がり、自らが歩む道が見つかるのじゃ」
玉沖神が、ふっと目を細めて笑う。その隣には、憲和神と、和幸神がいる。
「我が可愛くて、愚かな氏子よ。妾は、常に気づけるようにと手を差し伸べておる。じゃが、己で気づかなければ、意味がないのじゃ」
「母ちゃん。あのさ……」
和幸神が、何か言いたそうにしたが、玉沖神がそれを笑顔で遮る。
「和幸。何か起きた時、最後に責任を取るのは、氏神を賜った妾の役目じゃ。憲和のように、ヒトに疫を与える神もおる。それがヒトを守ることもある。妾は、神として産まれ、地位を与えられた以上、穢れを追ってでも、この土地の為、ヒトの為、やらなければならないこともあるのじゃ。それが、氏神なのじゃから」
玉沖神の言葉に、和幸神は何も言わない。
憲和神も黙って、煙を吐き出していたのだった。
「そっか。ついにご両親と話ができたんだね。応援して貰えて、良かったね」
いつもの喫茶店で、有美がメロンソーダを飲みながら笑った。
それに答えて、翼はコーヒーに手をつける。
翼は、ついに親に大学を編入したいことを話した。自分が何故今の大学に入りたかったのか。何故自分が帰ってきたのか。何が辛くて、何を思ったか。そして、どこに向かって進んで行きたいか。
確かに翼が自分の力で前に進んでいこうとする姿を見て、翼の両親は喜んで、翼のことを応援してくれたのだ。
「これから手続きをしたら、少し遅くなるけれど……。向こうからこっちに引っ越しもしないといけないから、焦らずにやろうと思う」
翼の言葉に、有美が微笑んで頷いた。
「ご実家から通うんでしょ?」
「うん。就職の為になるように、前にしていたアルバイトと同じ業種でアルバイトもしようと思ってる。今度こそ、ちゃんと資格も取って。少しネットを見たんだけれど、思ったより募集があったんだ」
晴れやかに笑う翼を見て、有美はまた笑って頷く。
「必要なことがあったら、手伝うから、どんどん頼ってね」
「ありがとう。有美さんたちに出会えたから、僕はやりたいと思えることが見つけられたよ。あっ、そうだ。有美さんに相談しようと思っていたんだけれどね」
翼の言葉に、有美がこてんと首をかしげた。
「広仁神社があった場所に、絵馬を飾ることってできないのかな? ほら、神社の再建を願って、お参りに来る人が沢山いるから、その人たちに、その気持ちを書いて貰えたらって。みんなの気持ちが揃って、色んな人に届かないかなって……」
「絵馬……。そうだね。良いかもしれない!! 私たちの活動に興味を持ってくれている役所の人とかもいるから、そういう人が沢山の声を見てくれたら、神社の再建も現実味を帯びてくるかも!! それなら、小さくやるより少しイベントみたいな感じにしても良いかもしれないね。私、お父さんに協力して貰って、神主さんたちに声をかけて貰ってみるよ。作法とか分からないしね。SNSもフル活用しよう!!」
有美が、いつも持ち歩いているメモ帳を取りだして、メモを始める。その様子を見ながら、翼は内心ホッとして、そして嬉しかった。有美がここまで真剣に、自分の考えたことを受け止めてくれたことが、翼の心も前向きにする。
「メンバーとも話し合って、老人会の人にも意見を聞いて、詰めていきたいね。みんなで通話で話し合える日、出してみるね」
「有美さん、ありがとう」
翼が言った言葉に、有美が不思議そうに顔を上げた。
「僕、今まで自分から自分の思った意見を言うって、あんまりなかったんだ。提案なんて、それこそ。でもこうやって自分で行動して、進んでみて、それを有美さんが受け止めてくれたから、凄く嬉しい」
「こちらこそ、ありがとう。私、翼くんが一生懸命前に進んでいる姿を見て、凄く元気付けられているんだよ。私も、もっと頑張ろうって」
翼と有美は、二人で笑い合う。
この時間が、とても尊くて、大切なものに感じる。
翼は、栄喜やキューピーに言われたことを思い出して、少し顔が赤くなった。なんせ、恋愛なんて考えたことがないのだ。ただ、有美といるのは凄く心地良い。これは紛れもない事実だった。
「じゃあ、そろそろ行こうか。あっ、そうだ。この前家庭菜園で植えたって言ってた苗がね、おっきくなってきたんだよ」
「本当に!? 凄いなぁ。見て帰っても良い?」
「うん、勿論!!」
二人は喫茶店を出て、有美の家へと向かう。
有美は、趣味で家庭菜園を行っている。家の側にある畑の所有者の人が、もう全ての畑を作るのが難しいからと、一部を家庭菜園区域として、近くの住民に貸し出しているのだ。
何度か見せて貰った翼だが、そこには小さな妖精やメウたちが沢山いて、まさに植物が生きている、と感じる場所だった。趣味と実益を兼ねると笑う有美を見て、自分もマンションのベランダで、プランター菜園をやってみようかとも思っているくらいだ。
二人で話しながら道路沿いを歩いていると、前から走ってきた高級車が、突然翼たちの横に止まった。この田舎では、正直浮いているその車に、翼も有美も身構える。
車の窓が開いた。
そこにいたのは、利石会社の息子だ。
「よぉ。何、お前、徒歩なの? 彼女連れて徒歩とか、マジダサすぎ」
「……」
「翼くんの、お友達?」
いきなりの言葉に、何も言えなくなった翼に、有美が気を利かせて、助け船をだしてくれる。
「あの、同級生で……」
「どーも、利石でーす!! あれ、彼女、どっかで見たことあるなぁ」
「利石……」
翼の様子と、利石という名前に、有美は感づいたようだ。だが、翼を見て、何も言わず、微笑んで利石の言うことをかわしている。
「あー、思い出したわ。彼女さ、うちの会社に文句つけた活動している奴だろ? SNSで顔出してたから、分かったわ」
利石の言葉に、翼は咄嗟に有美の前に立った。自分が利石に言い返せる訳ではないけれど、有美を見る利石の目が嫌だったのだ。
「あのさぁ。うちの会社に文句言うのは良いんだけどさ。自分たちは今、開発されて、舗装された道を歩いているんだよな? 開発されて、便利になった地区に住んで、買い物もしやすくなって、こうして道を使う。それなのに、うちのやってることに反発するわけ? 実際便利になったら、それを享受するくせに、良いご身分だよな」
「そっ、それはそうかもしれないけれど、歴史的に価値のあるものは残して欲しいって思うのは、そういう勉強をしていたら当たり前だよ!!」
翼は、利石に言い返した。言い返したことに、自分でも驚く。ただ、利石の言葉は、翼に突き刺さっていた。多分、有美にもそうなのだろう。顔色が変わっている。
「ふーん。お前って、彼女のことになったら言い返すんだな。まっ、せいぜい好きにしろよ。便利さを求める人間にとっては、お前の彼女の活動が迷惑してるってことは、教えておけよ」
そう言うと、利石は窓を閉めて、車を走らせる。
翼は有美を見たが、顔色が悪く、下を向いている。
「有美さん、あの、ごめん……」
翼の言葉に、有美は悲しそうな顔をしながらも、フッと笑った。
「どうして翼くんが謝るの? 翼くん……庇ってくれて、ありがとう……」
今にも涙を流しそうな有美に、翼はどうして良いか分からなかったが、妖精やメウが沢山いる場所に行けば、有美も元気になるかもしれないと思い、気がついたら有美の手をとっていた。
「行こう。育った苗、見るの楽しみなんだ」
翼の必死の行動に、有美はやっと少し笑うと、二人で家庭菜園区域へと向かった。
「わぁ。本当に大きくなったね。これ、まだ収穫はできないんだよね」
「ふふっ、まだまだ、これからだよ」
「めうめう!!」
有美の言葉の後に、メウたちが楽しそうに続ける。有美が来てから、近くの木のメウたちが、嬉しそうに有美の元へと集まってきていた。そのお陰だろうか。有美の顔に、さっきよりは元気な笑顔が戻っている。有美には、メウは光にしか見えていないのだが。
「翼くん。さっきの利石さんの言葉ね」
「うん……」
大きくなった苗の前にしゃがんで、有美が言った。その隣に翼もしゃがむと、有美の言葉に耳を傾ける。周りには、真似をしたメウたちもいる。
「私、その通りだって思っちゃった。多分、心のどこかで、いつも思っていたんだと思う。私たちが今住んでるところは、元々は沢山木がある、山の一部だった。そこに住んで、大学もあって……。交通機関だって便利だし、買い物だって困らない。私、この場所が好き。でも、それはキチンと整備してくれている人がいるから。だから、自分が矛盾しているって思うんだ」
「……」
「それでも、それでもね。私、広仁神社が好きだし、この辺に沢山ある神社は、歴史的にもだし、私たちの生活にも根付いていて、とても大切なものだと思う。この山々もそう。私、自然と人って共存できるって思って、こういう活動を頑張ってきたけれど、人が便利に生きようと思ったら、やっぱり共存って難しいのかな……」
有美が下を向く。メウたちが、心配そうに、有美を見上げていた。
「僕も、この山々が好きだ。この山々があったから、出会えた人たちが沢山いるんだ。ばぁちゃんと神社を巡ったり、山を歩いたり、大切な思い出もいっぱいある。でも……。ここが便利だって思うのは事実だし、昔、ショッピングモールができた時とかも、便利になったなぁって思ったんだ。そこだって、山の一部で、開発されたのにね」
ぽつり、ぽつりと言った翼の言葉に、有美が頷く。
「でも……僕は、好きとか、大事とか、そういう気持ちは大切にしたいって思うんだ。そういう気持ちがあったからこそ、僕は進みたい道を見つけて、行動して、前に進みたいって思えたと思うから。有美さんの言う、共存をちゃんとしたいし、どうしたらそれができるのかも考えたい。利石の言うことは正しい部分があるかもしれないけれど、利石会社のやり方は、やっぱり納得できないよ。きっともっと、全員は無理かもしれないけれど、みんなが納得できるやり方があると思うんだ。少なくとも、広仁神社に来ている人たちは、そう思っていると思う」
有美が、また黙って頷く。その頬には涙が伝っていた。メウたちが、必死に有美を撫でている。
「便利さとか、共存とか、考えるのは凄く難しいと思う。でも、一緒に考えていきたいって思うし、やり方が納得ができないまま、何もしないのは嫌だって、今だから思うよ。そう思わせてくれたのは、有美さんたちだよ」
「翼くん……本当にありがとう……。私、広仁神社についてや、突然の山の開発についてどうして納得できないのか、もう一度ちゃんと考えて、まとめてみる。絵馬の話をするとき、みんなにも話してみようと思う」
「うん。そうしよう。みんな、この山や、神社が好きで集まっているんだから、きっと良い案が出るよ。僕も、もう一度ちゃんと考えてみたい」
翼と有美は、顔を見合わせて頷く。意味は分かっていないようだが、メウたちもこくこくと頷いていた。
帰りのバスの中、やはり強いモヤで、翼は体調が悪くなっていた。お守りの力は感じているのに、何故かいつもよりも辛く感じる。心が関係しているのだろうか。
利石に言い返した翼だったが、有美と同様、翼も利石の言葉に考え込んでいた。新しい道ができたら便利だし、お店ができたら便利だ。じゃあ、開発して良いものと、いけないものって、何なんだ? 自分はモヤのことがあったから、なんとかしなくてはと思っていた。無理矢理の工事に、納得もいかなかった。でも、開発自体が悪いことなのか? この便利な生活をしている時点で、開発自体が悪いなんて言えない。
少し気分が悪くなりながらバスを降りた翼を、光が導く。場所は、憲和神社だ。
少しふらふらになりながら憲和神社に到着したが、憲和神はどこかに出かけているのか、誰もいない。
「めう!? めうめう!!」
前と同じように、ピンクのメウが慌てて近づいてくる。翼は、おとなしくピンクのメウに従って、またピンクのメウの宿る木の下に座った。周りには、沢山のメウが集まってくる。
「めーう? めうめう」
ピンクのメウが、翼の膝に乗って、手を伸ばして、翼の頭を撫でた。その途端、有美の前では我慢していた涙があふれ出す。
「ねぇ、メウ。開発されるって、木がいっぱい切られるんだよね。メウたちが、辛い想いをするんだよね。コンクリートになったら、植物も育たなくなるんだよね。僕、ちゃんと考えたことなかった。ねぇ、メウ。どうしたら、人と自然、それに神様も、あやかしも、みんなが共存できるのかな。モバの山では、みんなが共存している。どうやったら、それを続けていけるのかな」
「めうめう??」
「僕が家で使っている家具だって、木を使っているし、生活には絶対必要だよね。その木がどこからきたのかすら、何も考えてなかった」
ピンクのメウは不思議そうに翼を見ながらも、翼を慰めるように、頭を撫で続ける。他のメウたちも、翼にくっついて、黒いモヤの感覚を取ってくれている。
その感覚に、翼はまたウトウトし始めた。
【翼、人が生きるのには、神様も、自然も、他にも、沢山の見えないものも含めて、全てが必要なのよ。人は、人だけでは生きられないの。だから、全てに感謝するのよ。自分の生活を支えてくれている、見える人、見えない人、神様、自然、全てによ。そうしたら、何が大切か分かるから】
いつか言われた、祖母の言葉が翼の心に響く。メウたちの癒やしの力で、思い出しやすくなっているのだろうか。
翼はそのまま、また眠りについたのだった。
※※※
「我が可愛い氏子たち。ヒトが生きるとは、苦しいことが多い。じゃが、その中から自分で答えを見つけ、感謝の心を忘れずに進んで行く。そうすることで縁が繋がり、自らが歩む道が見つかるのじゃ」
玉沖神が、ふっと目を細めて笑う。その隣には、憲和神と、和幸神がいる。
「我が可愛くて、愚かな氏子よ。妾は、常に気づけるようにと手を差し伸べておる。じゃが、己で気づかなければ、意味がないのじゃ」
「母ちゃん。あのさ……」
和幸神が、何か言いたそうにしたが、玉沖神がそれを笑顔で遮る。
「和幸。何か起きた時、最後に責任を取るのは、氏神を賜った妾の役目じゃ。憲和のように、ヒトに疫を与える神もおる。それがヒトを守ることもある。妾は、神として産まれ、地位を与えられた以上、穢れを追ってでも、この土地の為、ヒトの為、やらなければならないこともあるのじゃ。それが、氏神なのじゃから」
玉沖神の言葉に、和幸神は何も言わない。
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