巡り会い、繋ぐ縁

Emi 松原

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変わらぬ友と変わる者

「そっか。じゃあ、今のところ工事は止まっているし、山の怒りも感じないんだね」
「うん。でもね、利石会社と山の所有権を持つ人は、揉めてるの。元々あの山は、山菜とか自由に採れるようにしていたし、多少の整備は自由にできるようにしていたの。そこにつけ込んだのが利石会社で、整備の一環だから、他の人と区別するのはおかしいって主張らしくて。法律的にも、少しややこしいみたい」
 翼は、寝る前に有美と電話をしていた。寝る前と言っても、まだ夜の八時過ぎだ。最近の翼は、大学にいた頃と打って変わって規則正しい生活となっていた。
「それでもね、所有者さんは、弁護士を立てるみたいだから、このまま無理矢理工事が進むってことは考えられないんじゃないかな、とは思うんだけれど……」
 有美の声が、段々と自信をなくしていく。
「心配だよね。広仁神社も、山も、無理矢理工事していたんだから。他の場所もあるかもしれないしね」
「そうなの……。利石会社が、何処をどこまで開発しようとしているのか、全く分からないから……。SNSで、別の地域の人から聞いたんだけれどね、あちこちめちゃくちゃに開発された挙げ句、途中で工事が止まったり、っていうのは田舎だったらどこの地域でも珍しくないんだって」
「そっか……。じゃあ、利石会社がまた別のところを先に工事する可能性もあるんだね。でも、所有者さんが動いてくれたし、きっと良い方向に行くよ」
 翼の言葉で、有美の声に元気が戻る。
「そうだよね。法律だって絡んでくるんだしね。そうそう、大学の件、ご両親には話したの?」
「まだなんだ。話したいことはあるって言ってあるんだけれど。ちゃんと、これからやりたいこと、どこでどうしていきたいか、しっかりまとめてから話そうと思ってる」
 前より元気に話す翼に、有美も安心したように返事をすると、そのまましばらく日課になった会話を続けた。

《ピロン》

 有美と電話を切って、しばらくネットサーフィンをしていた翼のスマホにメッセージが入る。ここに帰ってくるきっかけともなった友人だ。内容は、今から二人で飲みに行かないかというもの。翼は、モヤの影響を受けていた友人の体調を心配をしたが、二日前くらいから急に体調が良くなったので、久しぶりに帰ってきている翼に声をかけたらしい。工事が一旦止まったことと関係があるのか翼は考えたが、単純に友人の誘いが嬉しくて、翼は準備をして外に出た。

「おう、翼! 久しぶりだなぁ!!」
栄喜えいき!!」
 小さな居酒屋の中、翼は友、栄喜を見つけると、笑顔で声をかけた。大学に行く前と変わっているようで、雰囲気は全く変わっていない。そのまま向かい側に座って、ドリンクとつまみを注文し、久しぶりの会話に花を咲かせる。
 その会話は、とても心地の良いものだった。しょっちゅう連絡をとっている訳でもないのに、その会話が楽しいのは、翼と栄喜に確かな絆があるからだろう。
「みんなで集まる日も考えないとな。もうすぐ向こうに戻るんだろう?」
「あっ、あのさ、そのことなんだけれど……」
 栄喜の言葉をきっかけに、翼は、栄喜に自分が今の大学からこっちの大学に編入しようと思っていることを話す。相手が気心知れた友だからだろうか。お酒が入っていたからだろうか。翼の口からスルスルと言葉が出てくる。
 大学生活のこと、アルバイトのこと、こっちに戻ってきた時の酷さ、心の回復をしたこと、色んな人や、有美たちと出会ったこと、そして自分のやってみたいことを見つけたこと。勿論、緑風堂のことは言わずにいる。
「そうか。色々あったんだろうけど、そこまで考えられてるなら、良いじゃん。元々、向こうでの生活だって、援助を受けながらも、自分で稼いだ金を生活費に回して頑張ってたんだろう? こっちでもっと体に負担がかからないバイトもできると思うし、さっき話してくれた子みたいに、就職のことを考えて資格の勉強をしても良いと思うしな。バイトだって、場所を考えたら、無理なく両立できる場所だってあると思うしさ」
「止めないんだな。栄喜は、なんというか、昔から真面目で、現実的で、厳しい部分も強いから、止めるんじゃないかと思ったのに」
 翼の言葉に、栄喜が声を出して笑う。酒も進んでいるようだ。
「そりゃあさ、ただ逃げ帰ろうとしてるなら、苦言くらい言ったかもしれないな。いや、追い詰められてたら、逃げるように言ったかもしれないけど。でもさ、翼は、自分で答えを出してる訳じゃん。なんで今の大学に行ったかも、やりたいことができたから、どうすれば良いかも。そこまで考えている奴に俺ができるのは、後押しだけだろ。まぁでも、就職については本気で考えないとな。翼がやってきた勉強って、結構就職に有利な資格も取れるジャンルだろ?」
「うん。向こうでやってたアルバイトも、元々は資格が同時に取れるって聞いたからなんだ。結局雑用だったけれど、でも……よく考えたら、雑用でも技術は覚えたというか、覚えざるを得なかったというか……。だから、同じ分野だったら、資格も取りやすいと思うし、こっちのアルバイトでもだし、就職にも使えるかもしれない」
 話しながら明るい声で言った翼を、栄喜が心配そうに見る。
「でも、前のバイト、辛かったんだろ? 同じ分野だったら、また……」
「うーん。今栄喜と話していて思ったんだ。場所を考えたり、会社が違ったら、また違うのかもしれないって。それに、僕、何故かアルバイトは辞めたらいけないものだって思っていたんだ。でも、それは違ったのかもしれない。本当に辛かったら、辞めても良かったのかもしれないね。今だって、辞めたことは後悔してないし。でも、アルバイトで身についた技術があるのも事実だから……アルバイトを変えるって選択肢もあったのかも」
 翼はそこまで言って、自分の言葉にハッとなった。前にモバと、ぷりんとメロンソーダの話……清濁併せ呑むの話をしたときのことを思い出したのだ。
 あの時、もしかしたら自分があの辛かったアルバイトでからさえ、何かを得たのかもしれないと思った。でも、何を得たのかは分からなかった。
 アルバイトは、辛かった。上の人に怒鳴られるのも、その上の人が、また上の人に怒鳴られるのを見ることも。資格の援助が受けられなかったことも。時間が守られず、それに対して残業が認められず、多くの仕事をさせられたことも。でも……。
 そこから逃げたからこそ、今、やっと得たものが分かった。自分が何が辛かったのか、何を求めていたのか。それを知ることができた。それを知ることができれば、次は自分がどんな場所で働きたいかが見えてくる。雑用だと言われていたが、アルバイトをしなければ身につかなかった技術が沢山ある。
 木村が言っていた。逃げることも大切なんだと。逃げたから得たことが、確かにあったのだ。
「そっか、逃げることで分かることもあるんだね。栄喜、僕、逃げることも大事だし、行動していくことが大事って言って貰えたんだ。でも同時に、逃げたらいけない時もあるって学んだんだ」
 ぽつりと言った翼に、栄喜が頷く。
「難しいところだよな。逃げるとか、行動するとかって。でもさ、結局、その場で立ち止まっている時に、何をするかなんじゃないか? 自分が潰れる前に、逃げるのは大事だ。しっかりと休息を取ることも。でももっと大事なのは、その後って感じ。逃げた場所を恨んだりするのは簡単だし、立ち止まっている時に楽な方に流れてしまうのも簡単だけれどさ。翼は、休憩をとりながら、色々やってみてた訳じゃん? それって、凄いと思う」
「周りに恵まれたんだ、って、栄喜と話してたらやっと分かったよ。支えてくれて、ゆっくりと後押ししてくれる環境があったから、僕はここまで来ることができたんだ。ばぁちゃんに、いつも周りへの感謝の心を忘れるなって言われていたけれど、今ならそれがちゃんと分かる気がする」
 翼の言葉に、栄喜が笑って、また酒を口に運ぶ。栄喜は酒に強いのだ。対する翼は、ゆっくりと飲む。
「そう考えられる翼は、凄いんだぜ。例え翼と同じ環境にいて、同じものを与えられたって、その有り難みに気がつかない奴だって多いと思うし。ぶっちゃけ、そういう奴の方が多いって俺は思うよ。不満や文句ばっかでさ、今ある大事なものに気がつけないというか」 翼は、思わず手を止めて、栄喜を見つめた。栄喜は、追加のつまみを注文しようと、注文票を見ている。栄喜は、本当にさらりと、今の言葉を言ったのだ。
「栄喜、栄喜は貧乏神に嫌われて、福の神に好かれるよ。栄喜はお金持ちになれるね」
 つい、翼は思ったことが口から出ていた。酒が入っていたせいだろうか。栄喜が一瞬顔を上げて不思議そうにしたが、すぐに注文に戻る。
「それ、最近勉強してるってやつ? そういう伝承って、面白いよな。翼がそっちの道に進みたいって思うのも分かる気がする。ま、そういう勉強を始めた翼に、金持ちになれるって言われたら、なんか嬉しいな。ところでさ……」
 注文を終えた栄喜が、顔を上げた。その顔がニヤニヤしている。
「さっきからそれ系の話をするとき、ずっと出てくる有美ちゃんって、どんな子なの? めっちゃ良い子みたいだけれど、翼、好きになった?」
 栄喜の言葉に、翼はお酒を吹き出しそうになった。何故か、顔が真っ赤になっていくのが分かる。
「そ、そんなんじゃないよ! 同じ目的があるというか、それで出会って……。一緒にいたら楽しいし、元気が貰えるというか……でも、落ち着く感じもあって……そ、それに、同じ感覚を持っていたりするから、だから、その……」
「はいはい、ごちそうさま」
「本当に違うから!!」
 翼がそう言って、栄喜が大きく笑った時、居酒屋の扉が開かれた。
 反射的に、二人は扉の方をチラリと見た。同時に、二人の顔がこわばる。

 そこに居たのは、利石。利石会社の、跡取り息子だったのだ。

「お? お前たちも来てたのかよ」
 利石はそう言うと、勝手に二人のテーブルに座り、つまみを手に取ると、酒を頼む。そんな利石の行動に唖然として、二人は何も言えない。
 そこからは、利石一人で勝手に話しているようなものだった。その内容は、二人には聞くに堪えないものだった。
 自分の会社の邪魔をする馬鹿がいる。貧乏人が喚くな。自分の彼女がいかに優秀か。彼女に新作のブランド物をプレゼントした。今住んでいる場所は高級マンションの最上階なのだが、別荘も欲しいと思っている。これからもっと事業は進み、さらに金が入る。自分の将来は安泰だ、お前たちは可哀想だな。
 栄喜はまともに聞かず、適当に相づちを打ちながら、スマホをいじっている。
 翼は、何故か心臓がバクバクと脈打っていた。
 高級マンションの最上階。そこは、確か……。いや、同じ条件に当てはまる場所は、いくらでもある。これは勘違いかもしれない。だが……。
 これからもっと事業が進む。
 その言葉が、翼の心にグルグルと渦巻くのだった。

※※※

「広仁の周りと話ができた。あやつらも、引き時が分からなくなっていたようじゃ。それに、自分たちが怒りを見せることで、なんとか広仁を正気に保とうとしていたようでの。我らの考えも分かっていたが、ヒトへの怒りと、広仁を見捨てることができなかった、と。全く。亀本の事なかれのせいで、話が進むのがこんなに遅くなったのじゃ」
 玉沖神が、ふうっと息を吐きながら、温かいお茶を飲む。
「おー、お疲れだったな。それで、そいつらは今後どうするって?」
 憲和神がいつものように、煙を吐きながら答える。
「このまま工事が止み、ヒトが適切な対処を行えば、これ以上手は出さぬと。妾は、ヒトに手を出すならば、神であろうと切らねばならぬ。それはあやつらも良く分かっておるのであろう。問題は、広仁じゃ。広仁の怒りによって出ている瘴気に、広仁自身。我が可愛い氏子を始め、あやつの神社があった場所に足を運ぶ者たちの声が届けばいいのじゃが」
「届いてるんじゃねぇの。広仁も、振り上げた拳を下ろす時が分からなくなってるだけだろうよ。周りがそう動いたんなら、広仁にも影響あるだろ。ま、ここまで来たんだ、あんまり怖い顔すんじゃねぇよ」
 憲和神の言葉に、玉沖神は、どこか遠くを見るように顔を上げた。
「憲和……。あんな愚かなヒトの子らでも、我が可愛い氏子なのじゃ……。妾は、氏子を見捨てることなどできぬし、あってはならぬのじゃ。どんな愚かな子らでも、手を差しのばすのが、氏神を賜った者の務めなのじゃ」
「……分かってらぁ」
 二人の会話を、扉の外で、静かに和幸神が聞いていたのだった。
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