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汚れ役
「ありがとう、送ってくれて」
翼と並んで田舎道を歩きながら、有美が笑いながら言った。
有美は現在、亀本神社の近くで一人暮らしをしている。亀本神社の近くは、緑島町や梅山町よりも少し田舎で、連なる山も近く、畑などもある。
「いや、こちらこそありがとう。凄く楽しかったよ」
翼は有美に笑顔を返しながら、そっと右手で首から下げているお守りを握りしめた。清一から貰った守りと、駒猫の神社から貰った守り。その二つが、相変わらず濃いあのモヤから、翼を守ってくれている。
翼はそれだけじゃなく、有美にも不思議な力を感じていた。今日、待ち合わせに行くまでは、モヤの感覚が嫌だったのに、有美と話しているとモヤが晴れる気がするのだ。初めて会ったときもそうだったな、と、翼は笑って話す有美を見ながら考えた。
モヤの影響を受けると、体調が悪くなったり、攻撃的になったりする。だが、有美は真逆でとても明るいし、亀本神社で集まっている人たちも、モヤから受けている影響はほとんどないように翼からは見える。
影響の受けやすさや、受けない何かがあるのだろうか。そう考えていた翼は、有美の明るい声に現実に引き戻された。
「あっ、綺麗に咲いたんだね。良かったね。呼んでくれてありがとう」
有美は突然立ち止まると、道に少し逸れて生えている一本の木に近づき、花が咲いているその木に笑顔で話しかけた。翼は、驚いてその光景を見る。
花と木の木霊たちが嬉しそうに、有美の元へと集まってきていたのだ。
翼には細かい分類は分からないのだが、花の木霊は、いかにも妖精といった見た目で、緑風堂で話すときは翼よりもかなり大人な雰囲気がある。対する木の木霊は、二頭身で、膝に届かない大きさの、小さい子供の姿である。この子供のような姿の木霊は、まだ樹齢数百年経っていない、木から見たら子供の木霊らしい。
「めうめう!!」
このタイプの木霊たちは、何故かめうめうと喋る。翼が緑風堂で遊ぶのも、このタイプの木霊たちだ。このタイプの木霊たちのことを、清一やモバ、山の住人たちは、そのまままとめて【メウ】と呼んでいた。
「あの、有美さん、もしかして……見えているの??」
「えっ、翼くんにも、このふよふよした光が見えるの!?」
思わず声を出した翼の声に、有美も驚いて答えた。どうやら、有美には木霊が光に見えているようだ。確か、緑風堂で能力を上げてもらう前の翼も、木や花の前で光のように見えていた。
「う、うん。今は少し見え方が違うけれど、同じものが見えていると思う」
翼の言葉に、有美がぱぁっと笑顔になると、今までで一番嬉しそうな声をあげる。
「凄い!! 初めてだよ、同じ感覚を持ってくれた人!! なんだかこの光に呼ばれたり、話しかけられている気がして、いつも木や花に話しかけちゃうんだよね。周りから見たら、ちょっと変わってるって思われるから」
「僕も、リアルで見える人に会ったのは、ばあちゃん以外で初めてだ」
「お婆さま?」
翼の言葉に、有美がこてんと首をかしげる。その動きを真似して、何人(匹?)かいたメウたちが、真似をして一斉に首をかしげた。翼は思わず笑ってしまいそうになったが、慌てて表情を引き締める。
「うん。僕のばあちゃんが、そういうのに敏感だったらしくて。だから、僕が色々見えたり、変なことを時々言ったりしても、ばあちゃんの孫だから、で納得されていたんだ」
「へぇ!! じゃあ、遺伝とかもあるのかな? でも、本当に嬉しい」
有美が笑うと、メウたちもめうめうと騒ぎながら喜ぶ。花の木霊も、微笑んでいる。こんなにも木霊に好かれている有美に翼は驚いたが、それと同時に、有美が自分と同じ感覚を持っていることが、翼は凄く嬉しかった。祖母が死んでから、ネットでしかこの感覚を言えなかったのだから。だが、やはり同時に疑問が浮かぶ。こんなにも木霊たちに好かれていて、感覚の鋭い有美だ。一番にモヤの影響を受けそうなのに、そんな様子はないし、むしろ有美といると翼の体も心も軽くなる。
有美と並んで再び歩き出しながら、翼は黒いモヤの影響のことを考えていた。そして考えているうちに、有美の住んでいるアパートに着く。
「今日はありがとう! すっごく楽しかった!! また、お婆さまの話とかも聞かせてほしいな」
「うん、僕も凄く楽しかった。ありがとう。この話ができたのはネットの中だけだったから、僕もまた話したい」
そう言って笑い合うと、翼は有美と別れ、緑風堂に向かうことにする。
帰り道のバスでも、翼はいつもより体が軽い気がしていた。有美とのことがあったせいだろうか。だが、梅山町の中にしばらくいると、やはり体が少し重くなり、気分が悪くなる。胸の辺りがあたたかくなっていたので、守られているのを感じているのだが、それでもモヤの影響は前よりもまた強くなっているように感じた。
それなのに、不思議と、翼には以前のような焦りはなかった。
「僕は、僕のできることをする」
小さく翼は呟くと、翼はバスを降りて緑風堂に向かって歩き出す。
すると、光が、憲和神社の方を示した。翼はその光を確認すると、憲和神社へと向かった。
「あれ、誰もいない?」
憲和神社に着いた翼だったが、そこにはモバも清一も憲和神も和幸神たちもおらず、翼は首をかしげた。いつも光に沿っていけば、必ず誰かがいるのだが。
そう思いながら、来たときにはちゃんと参るようにしている憲和神社に手を合わせる。
「めうめう!!」
メウの声が聞こえて翼が目を開けると、そこにはピンクの服を着たメウがいた。メウたちは何故か皆、緑の服を着ているのだが、このメウだけはピンクの服を着ているのだ。なんでも、憲和神社のすぐ裏に生えている木の木霊らしく、憲和神社の中に入り込むことが多いらしい。憲和神もモバを預けられていたり、和幸神という子供もいる影響か、ついそのメウにかまってしまう。だが時々、憲和神の神社にメウたちが集まって遊んだりしているらしく、沢山メウがいる中で区別ができなくなり、後からそのメウがいじけてしまうことがあったため、清一特製の色違いの服を着るようになったと聞いていた。
「めうめう!!」
ピンクのメウは、何故か翼を見て驚いたような顔をして、翼のズボンの裾を掴むと、必死に引っ張り始めた。
「えっ、どうしたの? こっちに行ってほしいの?」
「めう!!」
なにがなんだか分からないまま、翼がピンクのメウに従うと、ピンクのメウが宿る木まで連れて行かれた。子供の木と言っても、人間より遙かに高く、大きな木。その根元に、ピンクのメウは座り、まるで翼にここに座れというように、ぽんぽんと木の根を手で叩く。
「ここに座れば良いの?」
「めう!!」
訳の分からないままピンクのメウに従い、木の根元に座ると、ピンクのメウが大きく息を吸う。
「めーーーーうーーーー!!」
ピンクのメウが、大きく叫ぶと、木の上、山の中、そこら中からメウが集まり始めた。もしかして遊んで欲しいのかと翼は思ったが、どうやら様子が違う。
「めうめう!! めうめう!!」
集まってきたメウたちが、翼にくっつく。すると、翼は体の中から、あの黒いモヤで重たかったものがスーッと抜けていく感覚に陥った。心地良い感覚に包まれ、リラックスした翼は、自然と目を閉じた。
【翼、木や花、植物はね。人にとって良くないものを吸い取って、癒やしてくれるのよ。だから、翼がよく木に抱きついているのは、とても大事なことなのよ】
「そっか、そうだったね、ばあちゃん……」
昔言われた祖母の言葉を思いだし、思わず声に出して答えた翼は、そのままその場で眠りについたのだった。
※※※
「だから言うたであろう。無茶しすぎじゃ」
玉沖神社の一室で、布団に寝ている憲和神に向かって、玉沖神がため息をついた。憲和神は不機嫌そうな顔になると、玉沖神から目をそらす。
「あれだ。久々に仕事したもんだから、力加減が分からなかっただけでぃ。大体、加減するのは俺の仕事じゃねぇんだからな。そもそもこんな仕事だって、俺の管轄じゃねぇし」
「分かっておる。感謝もしておる。お主のおかげで、暴走しかけていた広仁についている神たちが一度立ち止まり、こちらが一方的にヒトを庇っている訳ではないと、話を聞く神も出てきた。妾のような正統派の神では決してできなかったことじゃ。じゃが、心配して当然であろう。お主は妾の伴侶であるのだぞ」
玉沖神の言葉に、憲和神は不機嫌そうだった顔を少し緩めると、掛け布団を顔の上まで引き上げた。
「父ちゃん、照れるくらいの余裕があるなら大丈夫そうだね。……良かった……」
和幸神が部屋に入ってきて、憲和神を見ながら言う。
「あ? 大丈夫に決まってんだろうが。そもそも俺ぁ、仕事しただけだぞ。普段仕事しないせいで、疲れただけだ。大体、ここに寝かされてんのは、過剰に心配したこいつのせいだからな」
布団から顔を出した憲和神が、玉沖神をチラリと見ながら答えた。
「うん……分かってる……」
元気のない和幸神の様子を見て、玉沖神が真剣な顔になる。
「和幸。神にはそれぞれ、役割があると何度も教えたであろう。妾のような神、憲和のような神。死乃子、貧天、そして和幸。皆できることは違うのじゃ。そしてそれに、良いも悪いもないのであると。大事なのは、心であると」
「分かってるよ。でも、なんか父ちゃんに汚れ役をさせたみたいで」
和幸神の言葉に、憲和神がフッと笑った。
「汚れ役ねぇ。おめぇから見たら俺ぁ父親だからよ。そう見えねぇのも無理ねぇが、元々俺ぁ、ヒトにとっては災いの神。本来の仕事をしたまでだ」
憲和神の言葉に、玉沖神も頷く。
「父ちゃんと母ちゃんって、やっぱりすげーや」
そんな二人を見て、和幸神は少しだけ微笑むと、小さく呟いたのだった。
「ありがとう、送ってくれて」
翼と並んで田舎道を歩きながら、有美が笑いながら言った。
有美は現在、亀本神社の近くで一人暮らしをしている。亀本神社の近くは、緑島町や梅山町よりも少し田舎で、連なる山も近く、畑などもある。
「いや、こちらこそありがとう。凄く楽しかったよ」
翼は有美に笑顔を返しながら、そっと右手で首から下げているお守りを握りしめた。清一から貰った守りと、駒猫の神社から貰った守り。その二つが、相変わらず濃いあのモヤから、翼を守ってくれている。
翼はそれだけじゃなく、有美にも不思議な力を感じていた。今日、待ち合わせに行くまでは、モヤの感覚が嫌だったのに、有美と話しているとモヤが晴れる気がするのだ。初めて会ったときもそうだったな、と、翼は笑って話す有美を見ながら考えた。
モヤの影響を受けると、体調が悪くなったり、攻撃的になったりする。だが、有美は真逆でとても明るいし、亀本神社で集まっている人たちも、モヤから受けている影響はほとんどないように翼からは見える。
影響の受けやすさや、受けない何かがあるのだろうか。そう考えていた翼は、有美の明るい声に現実に引き戻された。
「あっ、綺麗に咲いたんだね。良かったね。呼んでくれてありがとう」
有美は突然立ち止まると、道に少し逸れて生えている一本の木に近づき、花が咲いているその木に笑顔で話しかけた。翼は、驚いてその光景を見る。
花と木の木霊たちが嬉しそうに、有美の元へと集まってきていたのだ。
翼には細かい分類は分からないのだが、花の木霊は、いかにも妖精といった見た目で、緑風堂で話すときは翼よりもかなり大人な雰囲気がある。対する木の木霊は、二頭身で、膝に届かない大きさの、小さい子供の姿である。この子供のような姿の木霊は、まだ樹齢数百年経っていない、木から見たら子供の木霊らしい。
「めうめう!!」
このタイプの木霊たちは、何故かめうめうと喋る。翼が緑風堂で遊ぶのも、このタイプの木霊たちだ。このタイプの木霊たちのことを、清一やモバ、山の住人たちは、そのまままとめて【メウ】と呼んでいた。
「あの、有美さん、もしかして……見えているの??」
「えっ、翼くんにも、このふよふよした光が見えるの!?」
思わず声を出した翼の声に、有美も驚いて答えた。どうやら、有美には木霊が光に見えているようだ。確か、緑風堂で能力を上げてもらう前の翼も、木や花の前で光のように見えていた。
「う、うん。今は少し見え方が違うけれど、同じものが見えていると思う」
翼の言葉に、有美がぱぁっと笑顔になると、今までで一番嬉しそうな声をあげる。
「凄い!! 初めてだよ、同じ感覚を持ってくれた人!! なんだかこの光に呼ばれたり、話しかけられている気がして、いつも木や花に話しかけちゃうんだよね。周りから見たら、ちょっと変わってるって思われるから」
「僕も、リアルで見える人に会ったのは、ばあちゃん以外で初めてだ」
「お婆さま?」
翼の言葉に、有美がこてんと首をかしげる。その動きを真似して、何人(匹?)かいたメウたちが、真似をして一斉に首をかしげた。翼は思わず笑ってしまいそうになったが、慌てて表情を引き締める。
「うん。僕のばあちゃんが、そういうのに敏感だったらしくて。だから、僕が色々見えたり、変なことを時々言ったりしても、ばあちゃんの孫だから、で納得されていたんだ」
「へぇ!! じゃあ、遺伝とかもあるのかな? でも、本当に嬉しい」
有美が笑うと、メウたちもめうめうと騒ぎながら喜ぶ。花の木霊も、微笑んでいる。こんなにも木霊に好かれている有美に翼は驚いたが、それと同時に、有美が自分と同じ感覚を持っていることが、翼は凄く嬉しかった。祖母が死んでから、ネットでしかこの感覚を言えなかったのだから。だが、やはり同時に疑問が浮かぶ。こんなにも木霊たちに好かれていて、感覚の鋭い有美だ。一番にモヤの影響を受けそうなのに、そんな様子はないし、むしろ有美といると翼の体も心も軽くなる。
有美と並んで再び歩き出しながら、翼は黒いモヤの影響のことを考えていた。そして考えているうちに、有美の住んでいるアパートに着く。
「今日はありがとう! すっごく楽しかった!! また、お婆さまの話とかも聞かせてほしいな」
「うん、僕も凄く楽しかった。ありがとう。この話ができたのはネットの中だけだったから、僕もまた話したい」
そう言って笑い合うと、翼は有美と別れ、緑風堂に向かうことにする。
帰り道のバスでも、翼はいつもより体が軽い気がしていた。有美とのことがあったせいだろうか。だが、梅山町の中にしばらくいると、やはり体が少し重くなり、気分が悪くなる。胸の辺りがあたたかくなっていたので、守られているのを感じているのだが、それでもモヤの影響は前よりもまた強くなっているように感じた。
それなのに、不思議と、翼には以前のような焦りはなかった。
「僕は、僕のできることをする」
小さく翼は呟くと、翼はバスを降りて緑風堂に向かって歩き出す。
すると、光が、憲和神社の方を示した。翼はその光を確認すると、憲和神社へと向かった。
「あれ、誰もいない?」
憲和神社に着いた翼だったが、そこにはモバも清一も憲和神も和幸神たちもおらず、翼は首をかしげた。いつも光に沿っていけば、必ず誰かがいるのだが。
そう思いながら、来たときにはちゃんと参るようにしている憲和神社に手を合わせる。
「めうめう!!」
メウの声が聞こえて翼が目を開けると、そこにはピンクの服を着たメウがいた。メウたちは何故か皆、緑の服を着ているのだが、このメウだけはピンクの服を着ているのだ。なんでも、憲和神社のすぐ裏に生えている木の木霊らしく、憲和神社の中に入り込むことが多いらしい。憲和神もモバを預けられていたり、和幸神という子供もいる影響か、ついそのメウにかまってしまう。だが時々、憲和神の神社にメウたちが集まって遊んだりしているらしく、沢山メウがいる中で区別ができなくなり、後からそのメウがいじけてしまうことがあったため、清一特製の色違いの服を着るようになったと聞いていた。
「めうめう!!」
ピンクのメウは、何故か翼を見て驚いたような顔をして、翼のズボンの裾を掴むと、必死に引っ張り始めた。
「えっ、どうしたの? こっちに行ってほしいの?」
「めう!!」
なにがなんだか分からないまま、翼がピンクのメウに従うと、ピンクのメウが宿る木まで連れて行かれた。子供の木と言っても、人間より遙かに高く、大きな木。その根元に、ピンクのメウは座り、まるで翼にここに座れというように、ぽんぽんと木の根を手で叩く。
「ここに座れば良いの?」
「めう!!」
訳の分からないままピンクのメウに従い、木の根元に座ると、ピンクのメウが大きく息を吸う。
「めーーーーうーーーー!!」
ピンクのメウが、大きく叫ぶと、木の上、山の中、そこら中からメウが集まり始めた。もしかして遊んで欲しいのかと翼は思ったが、どうやら様子が違う。
「めうめう!! めうめう!!」
集まってきたメウたちが、翼にくっつく。すると、翼は体の中から、あの黒いモヤで重たかったものがスーッと抜けていく感覚に陥った。心地良い感覚に包まれ、リラックスした翼は、自然と目を閉じた。
【翼、木や花、植物はね。人にとって良くないものを吸い取って、癒やしてくれるのよ。だから、翼がよく木に抱きついているのは、とても大事なことなのよ】
「そっか、そうだったね、ばあちゃん……」
昔言われた祖母の言葉を思いだし、思わず声に出して答えた翼は、そのままその場で眠りについたのだった。
※※※
「だから言うたであろう。無茶しすぎじゃ」
玉沖神社の一室で、布団に寝ている憲和神に向かって、玉沖神がため息をついた。憲和神は不機嫌そうな顔になると、玉沖神から目をそらす。
「あれだ。久々に仕事したもんだから、力加減が分からなかっただけでぃ。大体、加減するのは俺の仕事じゃねぇんだからな。そもそもこんな仕事だって、俺の管轄じゃねぇし」
「分かっておる。感謝もしておる。お主のおかげで、暴走しかけていた広仁についている神たちが一度立ち止まり、こちらが一方的にヒトを庇っている訳ではないと、話を聞く神も出てきた。妾のような正統派の神では決してできなかったことじゃ。じゃが、心配して当然であろう。お主は妾の伴侶であるのだぞ」
玉沖神の言葉に、憲和神は不機嫌そうだった顔を少し緩めると、掛け布団を顔の上まで引き上げた。
「父ちゃん、照れるくらいの余裕があるなら大丈夫そうだね。……良かった……」
和幸神が部屋に入ってきて、憲和神を見ながら言う。
「あ? 大丈夫に決まってんだろうが。そもそも俺ぁ、仕事しただけだぞ。普段仕事しないせいで、疲れただけだ。大体、ここに寝かされてんのは、過剰に心配したこいつのせいだからな」
布団から顔を出した憲和神が、玉沖神をチラリと見ながら答えた。
「うん……分かってる……」
元気のない和幸神の様子を見て、玉沖神が真剣な顔になる。
「和幸。神にはそれぞれ、役割があると何度も教えたであろう。妾のような神、憲和のような神。死乃子、貧天、そして和幸。皆できることは違うのじゃ。そしてそれに、良いも悪いもないのであると。大事なのは、心であると」
「分かってるよ。でも、なんか父ちゃんに汚れ役をさせたみたいで」
和幸神の言葉に、憲和神がフッと笑った。
「汚れ役ねぇ。おめぇから見たら俺ぁ父親だからよ。そう見えねぇのも無理ねぇが、元々俺ぁ、ヒトにとっては災いの神。本来の仕事をしたまでだ」
憲和神の言葉に、玉沖神も頷く。
「父ちゃんと母ちゃんって、やっぱりすげーや」
そんな二人を見て、和幸神は少しだけ微笑むと、小さく呟いたのだった。
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