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ご縁で得る
「もばっ、翼、なんだか今日はとても楽しそうもばねぇ。嬉しいことがあったもばか? ぷりんをいっぱい食べたもばか?」
翼の腕の中で、モバがウキウキと翼に問いかけた。翼の隣には清一がいて、微笑んでモバと翼を見ている。
翼たちは、憲和神の元に向かっていた。翼は和幸神たちに昨日のことを伝えたかったし、モバは憲和神の元に行くのが好きなのだ。
そういえば、清一とモバ、そして憲和神は、どうしてこんなに仲良くなったのであろうか。自然神の大本と言っても良いモバ。それに元はヒトの清一。憲和神は、流浪の神でヒトに奉られ力を得たと駒猫が言っていた。憲和神との接点は分からないが、モバは憲和神に懐いているし、清一もモバを憲和神に預けることもあるくらいだ。これも、山崎に聞けば分かるであろうか。翼は、ふとそんなことを思った。
翼は、昨日の夜、直接会えなかった人たちともSNSでグループを作って通話で話をした。歴史と言ってもそれぞれ分野があって、各国の王族の歴史を調べている人がいたり、都市伝説に出てくるような古代遺跡を調べている人もいる。聞けば聞くほど翼はそれらの話にのめり込んでいったのだ。そしてその時間は、大学に入ってすぐの頃感じていたような楽しさがあった。
「昨日はね、新しいご縁があったんだ。その出会いが、凄く楽しいんだよ」
翼が腕の中のモバに言った。モバは、よく分かっていない様子だが、翼が楽しそうなことが伝わるのだろう。もばもばと歌っている。
そんな翼を、清一が優しい笑顔で見ていることに、翼は気づいていなかった。
「翼さん、すげー!! あの人たちと接点持てたんだ!! 俺たちもヒトの中に紛れているけれどさ、特定のヒトと接点を持つのは難しいんだ」
翼が憲和神社で昨日のことを話すと、和幸神が驚きと感嘆の声を上げた。死乃子も、うんうんと頷いている。貧天だけは、いつものように我関せずだ。憲和神はモバを抱き、煙管片手に翼たちの会話を聞いている。
「村上さん……えっと、代表や、あの人たちの声が、広仁様に届かないかな、と思ったんですけれど……やっぱり難しいですよね」
翼は、和幸神たちに笑顔を向けながらも、少し悲しそうに言った。
昨日自分が自然に出た言葉。村上の言葉。亀本神社に集まった人たち。SNSで話した人たち。お供え物をしている、地域住民の人たち。その声が広仁様に届けば……そう思ったのだが、それが叶っているなら、ここまでのことになっていないはずだ。
「いや、広仁には聞こえてると思うぞ。お前たちの声も、想いも」
憲和神が、煙を吹き出しながら言った。翼はその言葉に顔を上げて、憲和神を見る。モバは相変わらず煙を追いかけて遊んでいた。
「神っていうのはな、自分に向けられるヒトの声は届くんだよ。良い意味でも、悪い意味でもな。俺ぁ、昔のここのヒトの奴らに、何故か良い感情を向けられてな。社まで作られて、ここに定住しちまった訳だが。ヒトの感情、声、行動ってのは、そのくらい大きな力を持つんだよ」
「でも、広仁様は、今……」
そう言った翼に、憲和神がフッと笑う。
「何もかも拒絶して、怒りに飲まれている状態だろうな。だがよ、それでも声が届くことがあるのが、神とヒトの不思議な関係なんだよ。おめぇたちヒトの声が神に響くこともあれば、神の心がヒトに響くこともある。よくヒトは、氏神や自分が好きな神社に行ったら気分転換できるとか言うけどよ、そんなもんだ」
「そういうものですか……」
「なんの縁が、なんの声がきっかけになるかなんて、神でもヒトでもわかんねぇもんだ。おめぇだってそうなんじゃねぇのか? 使命感を背負って行ったのかと思っていたが、えらくすがすがしくて楽しそうな顔をしてるじゃねぇか」
笑って言った憲和神に、翼は驚いた顔をした。
そうだ。確かに自分は使命感に似たものを持って、村上たちに接触し、あの場所へ行ったはずだ。それなのに……。
「それで良いんだよ。確かに僕は、このタイミングでモバと出会った君が、何かを変えるかもしれないと思った。でも、それに使命感を感じる必要はないし、責任を感じる必要もないんだよ。君と出会った僕たちが、僕たちと出会った君が、このご縁が、何かを得ることは間違いないのだから」
清一が優しく笑って言った。和幸神も笑って頷いている。
翼は、その笑顔を見て、何故か涙が出そうになった。アルバイトを辞めて、地元に帰ってきたことに、どこかでずっと罪悪感のようなものがあった。自分は逃げたのではないかと思っていたし、甘えているのではないかと思っていた。
あの黒いモヤに危機感を覚えたのも、何かしたいと思ったのも事実ではあるが、モバや神々、あやかしとの日々が楽しくて、そんな罪悪感から目を背けていたのも事実であろう。
「よくわからないもばけど、楽しいのが一番もばね!!」
モバが、ぴょんっと翼に飛び乗ってきた。モバを抱えると、モバがキラキラした目でこちらを見ている。深くて、吸い込まれそうな何かを秘めた瞳。
「そうだね。昨日出会った人たちも、みんな楽しそうだったよ。それに、今通っている大学の人たちも……」
モバにそう言った瞬間、翼は、唐突に何かが心に落ちた気がした。それは、腑に落ちるようなスッキリしたものではなくて、少し重たくて、悲しい何かだ。
翼は、今の大学で出会った人たちのことを考えた。今の大学の人たちも、努力をしながら、きっと大変なこともありながら、それでもそれを楽しんでいた。だからきっと、やりたいことがあると言って去った友人の顔は輝いていて……楽しそうだった。将来を見据えている友人の顔も輝いていた。でもそれ以上に、楽しそうだった。飲み会に出ていた人たちは輝いているとは思えなかったけれど、それでも、今の時間を楽しく過ごしていた。
自分は……??
未来に希望を持って、なんでもできると思っていたのに、それを楽しんだことはあっただろうか。でも、授業は楽しかった。それは本当だ。未来に希望を持っていた時は、わくわくだってしていた。
頭の中でぐるぐる考え始めた翼を、モバがのぞき込む。
「翼、ぷりんは美味しいもばよ」
「えっ? うん、美味しいね」
慌てて答えた翼に、モバがきゃっきゃと笑う。
「でも、メロンソーダも美味しいもば。飼い主様は、あんまり飲んじゃ駄目って言うもばけど、あのシュワシュワして甘いのは美味しいもば!!」
「そ、そうだね……」
清一の方を見ずに、翼はまた答える。
「メロンソーダをモバが飲むとき、憲和がよく言うもば。清濁併せ呑むって。モバはなんのことかわからないもばけど、きっと、全部美味しいという意味だと思うもば!! だから、翼も全部美味しく食べて、もっともっと楽しくなるもば!!」
無邪気に言うモバ。きっとモバにとって深い意味はないのであろうその言葉。だが、その言葉は、翼の心に落ちていた、少し重たくて、悲しい何かに染み渡っていく気がしていた。清濁併せ呑むの意味は違うと思ったが……。
モバを撫でながら、翼は、さっき清一に言われた言葉を思い出す。このご縁が、何かを得ることは間違いない。それならば、今の大学で出会った人たちとも、アルバイトで出会った嫌だった人たちからでさえ、もしかしたら自分は、何かを得たのかもしれない。何を得たのか、今はまだハッキリと分かることはできないが、そう思えば、罪悪感が少し消えて、今の自分がやっていることにも少し自信を持てる気がした。
「うおええええっ……」
突然の苦しむ声にびっくりして翼が顔を上げると、貧天が口元を押さえて、憲和神の社の中に飛び込んで行った。
何が起こったのかと慌てる翼に、和幸神が苦笑する。
「気にしなくて良いよ。よくあることだから」
「おい、おめぇ、いい加減俺の社に居座るんじゃねーよ。おめぇのせいで賽銭も……」
「僕のせいじゃないって……分かってるくせに……。憲和のおじさんが、ずっと貧乏でいてくれるから、ここが一番落ち着くんです……」
「あぁ??」
憲和神がギロリと自分の社を睨んだあと、ため息をつく。そんな憲和神に向かって、モバが翼の手を離れてジャンプした。憲和神に受け止められたモバは、きゃっきゃと楽しそうだ。
「貧天は、お馬さんの運動会を見ている憲和を見るのが好きって言ってたもばよ!! お馬さんの運動会、また行きたいもばねぇ」
無邪気にモバが言った瞬間、清一をまとう空気が変わる。笑顔なのに怖い、あの空気だ。
「お馬さんの運動会……?? 憲和、まさか、競馬場にモバを連れて行ったんじゃないよね……??」
憲和神は煙を吐きながら、首をかしげる。
「お馬さんの運動会を見に行っただけだが?」
ますます怖い空気を出す清一に、翼が固まっていると、和幸神がちょいちょいと手招きして、その場から少し離してくれた。
「ヒトにはキツいよね、あの雰囲気。でも、あの二人もいつものことだから気にしないで。俺が物心ついた時から、あの二人、あんな感じだもん。それでもセイさん、父ちゃんにモバ様を預けるんだから、俺たちには分からない何かがあるんだろうね」
和幸神の言葉に、翼は苦笑して頷く。
翼は、清一と憲和神を見ながら、和幸神ですら知らない二人の歴史は、一体どんなものなのだろうかと考えた。そして、何故かそれを考えると少し楽しくて、わくわくする。
「うおおえええええっ……」
憲和神の社から、また貧天が苦しむ声がした。
翼は、本当に大丈夫なのだろうかと和幸神を見たが、和幸神は笑って頷いてくれたし、その隣にいた死乃子は、何故かとても楽しそうに笑っていたのだった。
※※※
「母ちゃん、嬉しそうだね」
月を見ながら、日本酒を飲んでいた玉沖神に、和幸神が言った。
「単にお主らが答えを与えるのは簡単じゃ。だが、答えまでの道に意味がある。周り道にこそじゃ。歩いた者にしか、その道は見えぬのじゃから。歩いた者にしか、その景色は見えぬのじゃから。我らヒトに関わる神々は、単なる道しるべじゃ」
「貧天があの様子だったから、良い道に進んでるってことでしょ。だから母ちゃん、嬉しいんでしょ」
「さぁの。貧天に好かれる者が、ヒトとして悪い訳でもあるまい。その経験ですら、そのヒトの歩む道の一つじゃ」
微笑む玉沖神に、和幸神がニヤリと笑う。
「父ちゃんも貧天に好かれてるし?」
和幸神の言葉に、玉沖神がため息をついた。だがその顔は、どこか楽しそうだ。
「あやつはヒトに奉られ、神としての力を強めた。じゃから、妾とは比べものにならぬほど、ヒトに対しての想いがあり、ヒトに近い感情を持つ神でもある。妾が切り捨てるものも、きっとあやつは切り捨てぬであろう。それは同時に、欲を持つ。まぁ、あれだけ貧天に好かれておるのはどうかと思うがの」
玉沖神の言葉に、和幸神はまた楽しそうに笑う。
「母ちゃんと父ちゃんの関係って、色々言われるけどさ。なんだかんだ言って、お互い大好きだよね。だから、早く妹か弟が欲しいんだけど」
「またそんなこと言ってんのか、てめーはよう」
玉沖神と和幸神が振り返ると、憲和神が呆れたように和幸神を見ながら立っていた。
「あれ、父ちゃん、こっちにきたの? ……うん、ごゆっくり!!」
呆れた目の憲和神を無視して、和幸神は外にバタバタと出て行った。バイクの音が、遠ざかる。
「何がきっかけか知らねぇが、最近ずっと弟妹を欲しがるな、あいつは」
「ここに参るヒトの影響であろうよ」
憲和神はため息をつくと、真面目な顔で玉沖神を見た。
「俺は働くのが嫌いなんだがな。今回ばかりは、そうもいかねぇかもな」
「……それは、お主の仲間が何か掴んだということか?」
真剣に見返した玉沖神に、憲和神が静かに頷いた。
「おめぇも分かってるだろう。俺が、自分から動くときがどんな時か」
「……お主は、昔ほどの力はない。無茶はしてくれるなよ」
「あ? 俺は、一部のヒトにとんでもなく好かれてるんだぞ。その力、今こそ使わせてもらうまでだ」
心配そうに言った玉沖神に向かって、得意そうに憲和神が言ったのだった。
「もばっ、翼、なんだか今日はとても楽しそうもばねぇ。嬉しいことがあったもばか? ぷりんをいっぱい食べたもばか?」
翼の腕の中で、モバがウキウキと翼に問いかけた。翼の隣には清一がいて、微笑んでモバと翼を見ている。
翼たちは、憲和神の元に向かっていた。翼は和幸神たちに昨日のことを伝えたかったし、モバは憲和神の元に行くのが好きなのだ。
そういえば、清一とモバ、そして憲和神は、どうしてこんなに仲良くなったのであろうか。自然神の大本と言っても良いモバ。それに元はヒトの清一。憲和神は、流浪の神でヒトに奉られ力を得たと駒猫が言っていた。憲和神との接点は分からないが、モバは憲和神に懐いているし、清一もモバを憲和神に預けることもあるくらいだ。これも、山崎に聞けば分かるであろうか。翼は、ふとそんなことを思った。
翼は、昨日の夜、直接会えなかった人たちともSNSでグループを作って通話で話をした。歴史と言ってもそれぞれ分野があって、各国の王族の歴史を調べている人がいたり、都市伝説に出てくるような古代遺跡を調べている人もいる。聞けば聞くほど翼はそれらの話にのめり込んでいったのだ。そしてその時間は、大学に入ってすぐの頃感じていたような楽しさがあった。
「昨日はね、新しいご縁があったんだ。その出会いが、凄く楽しいんだよ」
翼が腕の中のモバに言った。モバは、よく分かっていない様子だが、翼が楽しそうなことが伝わるのだろう。もばもばと歌っている。
そんな翼を、清一が優しい笑顔で見ていることに、翼は気づいていなかった。
「翼さん、すげー!! あの人たちと接点持てたんだ!! 俺たちもヒトの中に紛れているけれどさ、特定のヒトと接点を持つのは難しいんだ」
翼が憲和神社で昨日のことを話すと、和幸神が驚きと感嘆の声を上げた。死乃子も、うんうんと頷いている。貧天だけは、いつものように我関せずだ。憲和神はモバを抱き、煙管片手に翼たちの会話を聞いている。
「村上さん……えっと、代表や、あの人たちの声が、広仁様に届かないかな、と思ったんですけれど……やっぱり難しいですよね」
翼は、和幸神たちに笑顔を向けながらも、少し悲しそうに言った。
昨日自分が自然に出た言葉。村上の言葉。亀本神社に集まった人たち。SNSで話した人たち。お供え物をしている、地域住民の人たち。その声が広仁様に届けば……そう思ったのだが、それが叶っているなら、ここまでのことになっていないはずだ。
「いや、広仁には聞こえてると思うぞ。お前たちの声も、想いも」
憲和神が、煙を吹き出しながら言った。翼はその言葉に顔を上げて、憲和神を見る。モバは相変わらず煙を追いかけて遊んでいた。
「神っていうのはな、自分に向けられるヒトの声は届くんだよ。良い意味でも、悪い意味でもな。俺ぁ、昔のここのヒトの奴らに、何故か良い感情を向けられてな。社まで作られて、ここに定住しちまった訳だが。ヒトの感情、声、行動ってのは、そのくらい大きな力を持つんだよ」
「でも、広仁様は、今……」
そう言った翼に、憲和神がフッと笑う。
「何もかも拒絶して、怒りに飲まれている状態だろうな。だがよ、それでも声が届くことがあるのが、神とヒトの不思議な関係なんだよ。おめぇたちヒトの声が神に響くこともあれば、神の心がヒトに響くこともある。よくヒトは、氏神や自分が好きな神社に行ったら気分転換できるとか言うけどよ、そんなもんだ」
「そういうものですか……」
「なんの縁が、なんの声がきっかけになるかなんて、神でもヒトでもわかんねぇもんだ。おめぇだってそうなんじゃねぇのか? 使命感を背負って行ったのかと思っていたが、えらくすがすがしくて楽しそうな顔をしてるじゃねぇか」
笑って言った憲和神に、翼は驚いた顔をした。
そうだ。確かに自分は使命感に似たものを持って、村上たちに接触し、あの場所へ行ったはずだ。それなのに……。
「それで良いんだよ。確かに僕は、このタイミングでモバと出会った君が、何かを変えるかもしれないと思った。でも、それに使命感を感じる必要はないし、責任を感じる必要もないんだよ。君と出会った僕たちが、僕たちと出会った君が、このご縁が、何かを得ることは間違いないのだから」
清一が優しく笑って言った。和幸神も笑って頷いている。
翼は、その笑顔を見て、何故か涙が出そうになった。アルバイトを辞めて、地元に帰ってきたことに、どこかでずっと罪悪感のようなものがあった。自分は逃げたのではないかと思っていたし、甘えているのではないかと思っていた。
あの黒いモヤに危機感を覚えたのも、何かしたいと思ったのも事実ではあるが、モバや神々、あやかしとの日々が楽しくて、そんな罪悪感から目を背けていたのも事実であろう。
「よくわからないもばけど、楽しいのが一番もばね!!」
モバが、ぴょんっと翼に飛び乗ってきた。モバを抱えると、モバがキラキラした目でこちらを見ている。深くて、吸い込まれそうな何かを秘めた瞳。
「そうだね。昨日出会った人たちも、みんな楽しそうだったよ。それに、今通っている大学の人たちも……」
モバにそう言った瞬間、翼は、唐突に何かが心に落ちた気がした。それは、腑に落ちるようなスッキリしたものではなくて、少し重たくて、悲しい何かだ。
翼は、今の大学で出会った人たちのことを考えた。今の大学の人たちも、努力をしながら、きっと大変なこともありながら、それでもそれを楽しんでいた。だからきっと、やりたいことがあると言って去った友人の顔は輝いていて……楽しそうだった。将来を見据えている友人の顔も輝いていた。でもそれ以上に、楽しそうだった。飲み会に出ていた人たちは輝いているとは思えなかったけれど、それでも、今の時間を楽しく過ごしていた。
自分は……??
未来に希望を持って、なんでもできると思っていたのに、それを楽しんだことはあっただろうか。でも、授業は楽しかった。それは本当だ。未来に希望を持っていた時は、わくわくだってしていた。
頭の中でぐるぐる考え始めた翼を、モバがのぞき込む。
「翼、ぷりんは美味しいもばよ」
「えっ? うん、美味しいね」
慌てて答えた翼に、モバがきゃっきゃと笑う。
「でも、メロンソーダも美味しいもば。飼い主様は、あんまり飲んじゃ駄目って言うもばけど、あのシュワシュワして甘いのは美味しいもば!!」
「そ、そうだね……」
清一の方を見ずに、翼はまた答える。
「メロンソーダをモバが飲むとき、憲和がよく言うもば。清濁併せ呑むって。モバはなんのことかわからないもばけど、きっと、全部美味しいという意味だと思うもば!! だから、翼も全部美味しく食べて、もっともっと楽しくなるもば!!」
無邪気に言うモバ。きっとモバにとって深い意味はないのであろうその言葉。だが、その言葉は、翼の心に落ちていた、少し重たくて、悲しい何かに染み渡っていく気がしていた。清濁併せ呑むの意味は違うと思ったが……。
モバを撫でながら、翼は、さっき清一に言われた言葉を思い出す。このご縁が、何かを得ることは間違いない。それならば、今の大学で出会った人たちとも、アルバイトで出会った嫌だった人たちからでさえ、もしかしたら自分は、何かを得たのかもしれない。何を得たのか、今はまだハッキリと分かることはできないが、そう思えば、罪悪感が少し消えて、今の自分がやっていることにも少し自信を持てる気がした。
「うおええええっ……」
突然の苦しむ声にびっくりして翼が顔を上げると、貧天が口元を押さえて、憲和神の社の中に飛び込んで行った。
何が起こったのかと慌てる翼に、和幸神が苦笑する。
「気にしなくて良いよ。よくあることだから」
「おい、おめぇ、いい加減俺の社に居座るんじゃねーよ。おめぇのせいで賽銭も……」
「僕のせいじゃないって……分かってるくせに……。憲和のおじさんが、ずっと貧乏でいてくれるから、ここが一番落ち着くんです……」
「あぁ??」
憲和神がギロリと自分の社を睨んだあと、ため息をつく。そんな憲和神に向かって、モバが翼の手を離れてジャンプした。憲和神に受け止められたモバは、きゃっきゃと楽しそうだ。
「貧天は、お馬さんの運動会を見ている憲和を見るのが好きって言ってたもばよ!! お馬さんの運動会、また行きたいもばねぇ」
無邪気にモバが言った瞬間、清一をまとう空気が変わる。笑顔なのに怖い、あの空気だ。
「お馬さんの運動会……?? 憲和、まさか、競馬場にモバを連れて行ったんじゃないよね……??」
憲和神は煙を吐きながら、首をかしげる。
「お馬さんの運動会を見に行っただけだが?」
ますます怖い空気を出す清一に、翼が固まっていると、和幸神がちょいちょいと手招きして、その場から少し離してくれた。
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翼は、清一と憲和神を見ながら、和幸神ですら知らない二人の歴史は、一体どんなものなのだろうかと考えた。そして、何故かそれを考えると少し楽しくて、わくわくする。
「うおおえええええっ……」
憲和神の社から、また貧天が苦しむ声がした。
翼は、本当に大丈夫なのだろうかと和幸神を見たが、和幸神は笑って頷いてくれたし、その隣にいた死乃子は、何故かとても楽しそうに笑っていたのだった。
※※※
「母ちゃん、嬉しそうだね」
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「さぁの。貧天に好かれる者が、ヒトとして悪い訳でもあるまい。その経験ですら、そのヒトの歩む道の一つじゃ」
微笑む玉沖神に、和幸神がニヤリと笑う。
「父ちゃんも貧天に好かれてるし?」
和幸神の言葉に、玉沖神がため息をついた。だがその顔は、どこか楽しそうだ。
「あやつはヒトに奉られ、神としての力を強めた。じゃから、妾とは比べものにならぬほど、ヒトに対しての想いがあり、ヒトに近い感情を持つ神でもある。妾が切り捨てるものも、きっとあやつは切り捨てぬであろう。それは同時に、欲を持つ。まぁ、あれだけ貧天に好かれておるのはどうかと思うがの」
玉沖神の言葉に、和幸神はまた楽しそうに笑う。
「母ちゃんと父ちゃんの関係って、色々言われるけどさ。なんだかんだ言って、お互い大好きだよね。だから、早く妹か弟が欲しいんだけど」
「またそんなこと言ってんのか、てめーはよう」
玉沖神と和幸神が振り返ると、憲和神が呆れたように和幸神を見ながら立っていた。
「あれ、父ちゃん、こっちにきたの? ……うん、ごゆっくり!!」
呆れた目の憲和神を無視して、和幸神は外にバタバタと出て行った。バイクの音が、遠ざかる。
「何がきっかけか知らねぇが、最近ずっと弟妹を欲しがるな、あいつは」
「ここに参るヒトの影響であろうよ」
憲和神はため息をつくと、真面目な顔で玉沖神を見た。
「俺は働くのが嫌いなんだがな。今回ばかりは、そうもいかねぇかもな」
「……それは、お主の仲間が何か掴んだということか?」
真剣に見返した玉沖神に、憲和神が静かに頷いた。
「おめぇも分かってるだろう。俺が、自分から動くときがどんな時か」
「……お主は、昔ほどの力はない。無茶はしてくれるなよ」
「あ? 俺は、一部のヒトにとんでもなく好かれてるんだぞ。その力、今こそ使わせてもらうまでだ」
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