巡り会い、繋ぐ縁

Emi 松原

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アルバイト

 次の日、目を覚ました翼は巾着袋を見て、昨日の出来事が夢ではなかったと確信していた。着替えをして、準備をして、巾着袋を首から下げる。
 緑風堂を見つけられたことに、興奮している自分がいる。昨日は何がなんだか分からないまま帰ってきたが、時間が経った今、今までにない高揚とも呼べる感覚に変わっていた。
 噂だと思っていたものが本当にあった。それだけでも、祖母が死んでからオカルト交流が支えだった翼にとっては大きなことなのだ。
 翼の生き生きした顔を見て、両親は何も言わず、微笑んで送り出してくれた。
 翼には、何故か向かう方向が分かっていた。首から下げて、服の中に入れている石が、自然と導いていてくれているのだ。
 山道を歩いて進んでいくと、緑風堂が現れる。昨日はゆっくりと見られなかったが、周りには小さな畑があり、花壇のような、花畑のようなものもある。
「もばっ!! 翼ー!!」
 そんな中で、モバが昨日と同じように、唐草模様の風呂敷を背負って手(前足)をぶんぶんと振っていた。
 翼はそんな姿に思わず笑顔になると、手を振り返して、緑風堂へと近づき、飛びついてきたモバを慌ててキャッチし、抱き上げたまま緑風堂の扉を開いた。
「いらっしゃい、早かったね。おや、モバはそんなに翼くんが気に入ったんだね」
 中にいた清一が、微笑んで翼とモバを見る。
「もばっ!! 今日は翼とぷりんを食べるもば!!」
 翼の腕から、清一の腕に飛び移ったモバが、嬉しそうに言った。
「じゃあ、中にどうぞ」
 そう言って翼が通された玄関の向こうは、まさに昔の茶の間だった。畳で、こたつ机があって、こたつ机の上にはモバのものであろうお菓子が並んでいる。
「どうぞもば!」
 モバが、ずりずりと座布団を引きずってきて、翼の前に置いた。ありがとう、と言って、翼はその座布団の上に座る。そこに、清一がお茶を持って入ってくる。
 清一にお茶とお茶菓子を出してもらい、モバからぷりんを受け取り一緒に食べて、一息ついたところで、清一が口を開いた。
「改めて、緑風堂へようこそ。ここは、人間以外の方を主にお客様にしているお店でね。昔は君のように視えたり感じたりする人間もちょこちょこ来ていたんだ。でも、いつの間にかほとんど来なくなったんだ」
 清一の言葉に、翼は黙って頷くと次の言葉を待つ。
「モバはね、山の神様。この地区に連なる、山そのものなんだよ。今は具現化して、この姿になっているけれどね。僕はモバの飼い主……という名の、お世話係として、ここにずっと一緒にいるんだ」
「かっ、神様……!?」
 驚いてモバを見た翼だが、モバは話を聞いていないようで、一生懸命りんごジュースを飲んでいる。
「うん、神様。このお店も、神様を相手にすることも多いんだよ。勿論、普通のあやかしや、精霊も大事なお客様だけれどね。常連さんは、この山の木霊さんだし」
 翼は、清一の言う言葉の意味は分かったが、理解が追いつかず、とりあえず気持ちを落ち着かせるためにお茶を飲んだ。
「それで、君がここを見つけた理由だけれど、梅山町の異変を感じて、緑風堂の名を知って、この山で見つけた。それは間違いない?」
「はい。その通りです」
 翼が頷くと、清一も頷いた。
「全てのご縁が繋がったんだね。それでも、モバがハッキリと見えてここに来た人は、本当に何十年ぶりかなんだ。まぁ、そのくらい大きなことが、今起きているんだけれどね」
「梅山町のことですか……?」
「そう。君は、いつ梅山町の異変に気がついたんだい?」
「あの、僕、この間久しぶりに緑島町に帰ってきて……」
 翼は、気がついたら自分が何故帰ってきたのかまで話していた。清一の発する、柔らかい雰囲気がそうさせたのだろうか。清一は、ずっと笑顔で頷きながら聞いていた。
「なるほど。心が疲れていたときだったから、余計に敏感になっていたのかもしれないね。それは、モバとの出会いでも。ところで君は、広井市の、この辺りを新しく開発するために動いている、利(り)石(せき)会社を知っているかい?」
「いえ、そういう情報には、本当に疎くて……」
「あまり知られていない会社なんだけれどね。広井市の中でも、田舎の方を開拓して、新事業を立ち上げた会社だよ。住宅地を増やしたり、観光名所を作ったり、地域の活性化をしたり。表面で言っていることは立派なんだけれどね」
 そこで一旦言葉を切った清一は、真面目な顔になった。
「とある小さな神社……。社と呼ばれるくらい小さなものだけれどね。そこを、正式な儀式を踏まず、利石会社が勝手に壊したんだよ。勿論、人間的な形式上必要な手続きは済ませている。でも、そこに住む神様をないがしろにしたんだ」
「……」
「その神社は、広仁神社。君とも強くご縁が繋がっているから、何度も行っているはずだ。そして、その行動に、広仁様は我を忘れるくらいお怒りになってね。周りの神の言葉が届かない状態になった。それはどんどん悪いものになり、瘴気が広まってしまった」
「そんなっ……。でも、あの、すみません。僕、神社の名前、ほとんど知らなくて……。ずっとばぁちゃんに着いて回っていたり、一人で勝手に参ったり、側で遊んでいただけだから……」
「うん、名前にそんなにこだわっている神様は、ここら辺では少ないから大丈夫だよ。場所を教えても良いけれど、今の君が近づくと、体調に影響が出るかもしれないから……」
 清一の顔を見て、翼は、今がいかに危険な状態なのかが分かった。
 それもそうだ。翼はあの黒いモヤを見るだけで、気分が悪くなるのだから。
「だから今、色んな神様やあやかしも含めて連携をとって、対策を考えている最中でね。……そうだ。ねぇ、翼くん。時間が空いている時で良いから、ここでアルバイトをする気はないかい? 勿論、お給金は人間のお金で渡すから」
「へっ!?」
 突然の言葉に理解できず、翼は目を見開いて清一を見た。清一は、良いことを考えたというように、笑っている。
「君は、色々な神様とご縁が繋がっている。その上、君の心は、とても真っ直ぐで清らかに見える。だからモバが見えたんだしね。こういうことだから、僕たちにはどうしても人間の仲間が少ない。君にとっては、梅山町のことが解決できるかもしれない。……瘴気も、広まってきているしね。双方に利があると思うんだけれど」
「でも、僕にできることなんて……」
 全てに自信を失っていた翼は、下を向いた。今の自分に、何かができるなんて、思えない。
「難しいことはないよ。僕と一緒に来てちょっとした手伝いをしてくれたり、君の感じたことを教えて欲しいんだ」
「もばっ? 翼、飼い主様と一緒に何かするもばか? モバも一緒に行くもば!!」
 モバが、清一の腕の中で、りんごジュースを飲む手を止めて嬉しそうに声を上げる。
「それに、こんなにモバが君のことを気に入っているからね。モバは、どんな神よりも感覚でものを捉えるから。そんなモバが気に入った君なら、そこにいるだけでも何かが変わる気がするんだ。君は、君の思うままにすれば良いんだよ」
 清一の優しい笑顔。
 それに、モバが何かを感じ取ったのか、清一の腕の中から降りて、翼の膝の上に座ってきて、唐草模様の風呂敷からみかんジュースを取りだした。そしてそれを翼に差し出す。
「モバ、翼が好きもば!! もっと一緒にいたいもば!!」
 モバの、くりくりしたまん丸の黒い瞳が翼を見つめる。
 その目を見ていると、やっぱり翼は何かに引き込まれる気がしたが、それが何故かとても心地良い。
「あの、本当に僕で良ければ……。長期休暇の間だけになってしまいますけれど……」
「うん、そこまで長引かすわけにもいかないからね。じゃあ、契約だね。君は今でも感じたり視えたりする力があるけれど、一時的にその力を引き上げさせてもらうよ」
 そう言って、清一は翼の顔の前で、手のひらを一瞬振った。
 翼は特に変化を感じなかったが、清一が、少し面白がるようにお店に繋がるふすまを開ける。
「わぁ……!?」
 翼は驚いて、そのまま固まった。来たときには誰もいなかったはずなのに、そこには、人間ではないお客であろう人? たちがいたのだから。
「じゃあ、これからよろしくね」
 清一の言葉に、翼はぽかんと店内の様子を見つめたまま、頷いたのだった。

 正式に働き始めるのは明日からということになり、翼は清一とモバに挨拶をすると、緑風堂を出た。なんだか考えてもいなかったことになったが、何故か嫌な感覚はしない。それに、あの黒いモヤが瘴気だということ、その理由を知った今、自分も何かできないかと考えていた。広仁神社がどの神社かは思い出せないが、子供の頃から、梅山町の方の神社も祖母と回ってきたのだから。
「そうだ。あの駒猫の神社、行ってなかった」
 翼はそう思い出すと、駒猫がいる神社へと向かう。
「ふぅ。やっと着いた。懐かしいなぁ。って、えぇぇぇ!?」
 翼は、目の前の光景に思わず大声をあげた。石でできたはずの駒猫がいる場所には、大きな、駒猫と同じサイズの黒猫が、あくびをしながら座っていたのだから。
「おや? 人間さん、私のことが分かるのですか? ……あぁ、緑風堂の職員さんなんですね。人間さんが職員さんとしているなんて、いつぶりですかねぇ」
「えっ、あ、あの、駒猫さんですよね……? あの、僕が緑風堂でアルバイトをすることになったのが、もう広まっているんですか……?」
 翼の言葉に、駒猫はコロコロと笑う。
「いえ、あなたの持っている雰囲気です。緑風堂の職員さんは、独特の雰囲気を持つんですよ。きっと清一さんが、職員さんを守る為に何か施しているのでしょう。ところで、ここにはお仕事で来られたのですか?」
「あ、いえ。ここの神社にはずっとばぁちゃんと来ていたんですけれど、もう何年も来ていなかったから、お参りしていこうと……」
「それはそれは! 主も喜びます!! そういえばあなたは! 子供の頃からよく来られていましたね。主共々、今後ともよろしくお願いします」
 駒猫に丁寧に頭を下げられて、翼も慌てて頭を下げる。
 そして、お賽銭を入れて、久しぶりに来ましたという挨拶、駒猫が自分を覚えていてくれたことへの嬉しさなどを心の中で報告した。
「ここら辺の山一帯は、モバ様そのもの。モバ様の力が様々なものを浄化し、守っています。ですが、それを汚すような瘴気が……。危険が迫るのも、時間の問題かと。人間さん、いや、翼さんですね。私は、主と違って、普段はここから動けませぬ。ですが、ここに住まわせてくれているモバ様には、主共々、常々感謝をしているのです。お時間があるときで良いので、時々お話をしに来てくれたら嬉しいです」
「えっ、あの、僕で良ければ……」
「はい、翼さんが良いのです。あなたが嬉しそうにここに参っていたことは、私共にとっては昨日と同じことですから。あなたのような方がいると、私たちは嬉しくなるのですよ」
 駒猫の言葉に、翼は力がふっと抜けた気がした。非現実的なことが昨日から起きているのに、自然と受け入れている自分にも驚いていたが、今やっと力が抜けた気がしたのだ。それも、この駒猫の力なのだろうか。

 翼は駒猫に挨拶をすると、家へと帰り、長期休暇の間だけアルバイトをすることになったと両親に報告した。両親は最初こそ心配したが、嬉しそうに話す翼を見て、笑顔で頷いてくれたのだった。

※※※

「飼い主様、明日も翼が来るもばか?」
 布団の中で、嬉しそうにモバが言った。
「そうだよ。翼くんは少しの間だけれど、僕のお手伝いをしてくれるんだ」
「もばぁ。凄いもばねぇ。翼は、何をするもばか?」
 清一が、モバのお腹をポンポンと叩きながら、寝かしつけを行う。
「そうだね、実は、あまり決めていないんだ。でもね、彼はその存在が、何かを変えるきっかけになってくれるんじゃないかと思うんだよ。彼は、様々な神様とご縁がある。それもとても純粋な。色々あって辛い想いをしているみたいだけれど、真っ直ぐな根っこは変わっていない。だから、今回のことに関しては、神様より、ああいう人間が必要なんじゃないかって思ってね。……それも勘なのだけれど」
「もばぁ……もばぁ……」
 モバは、清一が言い終わった頃にはもう眠っていて、気持ちよさそうに寝息を立てている。
「梅山町の方の山は、もう瘴気に包まれている。それでも被害が出ていないのは、モバがここにいるからだ。モバ、必ず守るからね」
 清一はモバの頭を撫でると、隣に並べて敷いてある自分の布団へと戻ったのだった。

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