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時間は流れる、良くも悪くも。

残された時間を。

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「じいちゃん!!文夫じいちゃん!!見て!!俺、ついに免許取ったよ!!!これで軽トラが運転できるから、もっとできることが増えるよ!!」

 真新しい免許証を握りしめて、俺は吉岡のおじさんの家の縁側から吉岡のおじいちゃんの部屋に飛び込んだ。
 俺は今日、やっと免許を取ったのだ。


「おぉ!!陽介、ようやったのう!!」
 吉岡のおじいちゃんが、震える手で俺の頭を撫でてくれる。

 ……あと何回、この手は俺の頭を撫でてくれるのだろう。



 あれから、吉岡のおじさん、おばさん、そして地域の人達……。みんなにこっそりと、吉岡のおじいちゃんがもう長くはないことが知らされた。
 吉岡のおじいちゃんの元には、色んな人が理由をつけて遊びに来ることが多くなった。

 そして、俺、ののさん、祐介さん、結城さんは、できる限りいつも通り、吉岡のおじいちゃんが幸せでいられるように……俺たち自身が後悔しないように過ごそうと決めたのだった。



「後ね、この本も読み終わったよ!!これ、凄く面白かった!難しくないし、自分も冒険しているようで!!」
「陽介は、賢いのう。この短い期間で、これだけ本が読めるんじゃけえ。ツネオ、これは将来がほんまに楽しみじゃのう」
 吉岡のおじいちゃんが笑う。


 いつか、この笑顔も想い出になってしまうのだろうか。


「陽介さん、おめでとうございます!お昼まだですよね、持って来ますよ」
「あ、美沙さん……ありがとう」
 俺は美沙さん……結城さんに少し笑って頭を下げた。

 結城さんは、仕事を一時中断して、一緒に吉岡のおじさんの畑を手伝ってくれている。

 その時、いい加減、美沙と呼んで欲しいと言われたのだ。
 まぁ……ののさんのことは名前で呼ぶのに、結城さんのことは名字なのもおかしかったから、それから美沙さんと呼んでいる。


「陽介くん、免許受かったんじゃって!?おめでとう!!」
 ののさんと、祐介さんが一旦家に帰ってきた。

 お昼を食べたら、俺と祐介さんは、吉岡のおじいちゃんの部屋でお勉強タイムだ。

 祐介さんは、ずっと国家資格の勉強をしている。

 俺は、吉岡のおじいちゃんの部屋の隅に積んである高校の参考書を取り出した。

 免許を取ったらここで勉強できなくなる。そう祐介さんに相談した時、高卒の資格をとってみたらどうかと提案された。そうすれば、やりたいことができる幅が広がるのではないかと。


 それを父親と母親に相談したのだが、二人の行動は本当に早かった。特に父親がすぐに動いてくれて、俺は通信制の高校に入ることにしたのだ。

 じいちゃんも、吉岡のおじいちゃんも、本当に喜んでくれたし、特に吉岡のおじいちゃんは、勉強すれば、知識が増えれば、もっともっと沢山の本が楽しく読めると笑って、俺の頭を撫でてくれた。

 夜は、俺は前のようにじいちゃんと一緒に吉岡のおじさんの家に泊まって、沢山の神楽の映像を見て、寝るまで三人で話をした。



「うーん、マッスル!!」

 朝、庭で祐介さんと筋トレをして、プロテインを飲み干した俺は、穏やかな寝息を立てている吉岡のおじいちゃんを見た。


 本当は、朝が来るのが怖い。起きたら、吉岡のおじいちゃんがいなくなってしまっているんじゃないかと思って。

 あの人のように、いつの間にかいなくなるんじゃないかって。


 だけれど今度こそ、俺は後悔のないようにしようと決めたんだ。

 それに、じいちゃんも、ののさんも、祐介さんも、美沙さんも、父親も母親もおじさんもおばさんも……みんながお互いに支え合って、今の時間を大切にしていることを俺は実感していた。
 こうやって人と人とは生きていくんだと、じいちゃんが、いちごみるくのパックを渡しながら教えてくれた言葉が心に残っている。

「はぁ、はぁ、今日は少し多くできたような……」
 祐介さんが、隣で息を切らしていた。
 最初は初心者用の筋トレをワンセットもできなかった祐介さんだけれど、この間、ずいぶん筋トレができるようになったと思う。
 俺が勉強の一歩を踏み出したように、祐介さんもマッチョへの一歩を踏み出したのだろうか。マッチョの道も初心者筋トレからだ。



 その日の夜も、俺とじいちゃん、吉岡のおじいちゃんで神楽を見ていた。


「陽介、ちいともうてみい(ちょっと舞ってみろ)」
 吉岡のおじいちゃんが、突然俺に言った。
「練習の道具はもっとるんじゃろう」
「で、でも文夫じいちゃん、ここは家だよ」
 俺の言葉に、吉岡のおじいちゃんがガハハと笑った。
「何を言うとる。昔の神楽団はの、順番に家で練習しとったんで」
「えっ!?」
「ここのふすまを全部開けてのう。懐かしいわ」
 そうなのか……確かに、ここら辺の平屋はふすまを開けたら広いもんな。


 俺は、机を端に寄せて、神楽の練習道具を持った。

「まだ下手だからね。笑わないでよ」
 そう言うと、俺はじいちゃんが流してくれた神楽の音楽、笛と太鼓の音に合わせて練習中のジンリンの舞の一部を舞う。

 舞終わった後、息を切らして吉岡のおじいちゃんを見ると、吉岡のおじいちゃんは泣いていた。


「えっ、文夫じいちゃん、どうしたの!?調子悪いの!?」
「違う違う。陽介の舞を見たら、嬉しゅうなってのう。陽介、ええ舞じゃなあか。こりゃ、ノリを超す舞手になるかもしらん。そう思わんか、ツネオ」
「……そうじゃのう。陽介は飲み込みも早いけえ」
 そう言って、じいちゃんと吉岡のおじいちゃんは笑い合っている。




「陽介が舞台で神楽を舞うところを見たかったのう……」
 寝る直前、吉岡のおじいちゃんが小さな呟いた。その時俺は、もう眠りについていたのだった。

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