44 / 58
時間は流れる、良くも悪くも。
悪戦苦闘のお勉強。
しおりを挟む「うううむむむむ……」
俺のせっかく鍛えた筋肉が、どんどん萎んでいく気がする。
いや、実際はそんなわけないのだが……。
俺は今、吉岡のおじいちゃんの部屋で、車の免許を取るために勉強している。
時を遡ること数日前。
みんなに話を聞いて貰って、許しまで得た俺は、どこか安心して家へと戻っていた。
そして、父親と母親に免許を取りたいと相談したのだ。
二人は驚き、母親はまた泣き出してしまったのでどうしたら良いのか分からずにいたのだが、数日後、二人が俺に差し出したのは、教習所のパンフレット、免許を取るための勉強の教材、そして電子辞書だった。
こうして俺は、開いた時間に、吉岡のおじいちゃんの部屋で勉強しているのだ。
吉岡のおじいちゃんとじいちゃんは嬉しそうに見守っていてくれるのだけれど……。
ここで、中学の時から引きこもり、勉強など一切しなかったツケが回ってきた。
まず、漢字が読めないのだ。ふりがながふってあっても、意味が分からないから理解ができない。
その時大活躍したのが、この電子辞書と、祐介さんだ。
祐介さんは、俺を馬鹿にすることも下に見ることもなく、丁寧に解説してくれたし、漢字の意味は電子辞書で必死で調べた。
……勉強の意味って子供の誰もが通る道だと思うのだけれど、基礎ができていないと、何もできないと実感させられる。
そんな愚痴を言っていたら、吉岡のおじいちゃんがガハハと笑って俺の頭を撫でた。
「陽介。確かに勉強はつまらんもんかもしれん。じゃが、本当は勉強は楽しいもんなんで。新しいことを知る、世界が広がる、最高じゃなあか。ただ、足し算ができんと計算ができんように、最初がしんどいんじゃ。でもの、勉強は、陽介のなりたい自分になるためにするんで。今のようにの」
「……なりたい、俺……?」
俺の言葉に、吉岡のおじいちゃんは笑って頷くと、また俺の頭を撫でてくれた。
じいちゃんも、頷いていちごみるく味の飴を握らせてくれる。
こうして勉強と悪戦苦闘していたある日、祐介さんが、分厚い本を何冊も持って来た。
「祐介さん、それは……?」
俺がそう聞くと、祐介さんは照れたように笑った。
「実は、また陽介さんに影響されました」
「え?」
「僕、勉強はそこそこできたんです。でも、これ、というやりたいこともなく……この田舎が嫌で、都会の大学に行きました。それなのに、そこで何をするわけでもなく就職して……今に至るんです」
「……」
「ここに戻ってきて、陽介さんと出会って、カフェのことと本気で向き合っていて思ったんです。あの場所を、カフェだけではなくて、何かのコミュニティの場所にできないかと」
「コミュニティ?」
「はい。まずは地元の人との交流から、そしてゆくゆくは……陽介さんのように、心に傷を負った人がゆっくり休んで、できれば農業体験や、何もない田舎のレジャーでのんびりできるような企画ができないかと」
「す、凄いです……!!」
俺が素直に言うと、祐介さんは笑って、分厚い本を見せてくれた。どうやら、参考書のようだ。
「僕、大学で単位はとっているから、国家資格の受験資格があるものがあるんです。だから……必要になりそうなものを取りたくて。勉強しようと思ったんです。新しいことをやりたいと思っても、具体的に思いつかなかった。それが、陽介さんを見ていたら思いつきました。……また、助けられましたね」
「そんな、俺は……」
俺の言葉を、祐介さんは笑顔で遮る。
こうして俺たちは、それぞれの勉強をすることになったのだった。
「若いとは、なんとも輝いておるのう」
吉岡のおじいちゃんが、目を細めて笑った。
「二人とも、がんばっとる?」
「差し入れ持って来ましたよ」
ののさんと、結城さんが、縁側から顔を出してきた。
二人が持って来てくれたお饅頭を食べると、疲れがとれるようだ。
こうして俺は、しばらくあの人のことを忘れて、平穏な日々を満喫し、勉強に専念していたのであった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる