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時間は流れる、良くも悪くも。

悪戦苦闘のお勉強。

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「うううむむむむ……」
 俺のせっかく鍛えた筋肉が、どんどん萎んでいく気がする。
 いや、実際はそんなわけないのだが……。


 俺は今、吉岡のおじいちゃんの部屋で、車の免許を取るために勉強している。



 時を遡ること数日前。

 みんなに話を聞いて貰って、許しまで得た俺は、どこか安心して家へと戻っていた。

 そして、父親と母親に免許を取りたいと相談したのだ。

 二人は驚き、母親はまた泣き出してしまったのでどうしたら良いのか分からずにいたのだが、数日後、二人が俺に差し出したのは、教習所のパンフレット、免許を取るための勉強の教材、そして電子辞書だった。


 こうして俺は、開いた時間に、吉岡のおじいちゃんの部屋で勉強しているのだ。
 吉岡のおじいちゃんとじいちゃんは嬉しそうに見守っていてくれるのだけれど……。



 ここで、中学の時から引きこもり、勉強など一切しなかったツケが回ってきた。

 まず、漢字が読めないのだ。ふりがながふってあっても、意味が分からないから理解ができない。


 その時大活躍したのが、この電子辞書と、祐介さんだ。

 祐介さんは、俺を馬鹿にすることも下に見ることもなく、丁寧に解説してくれたし、漢字の意味は電子辞書で必死で調べた。


 ……勉強の意味って子供の誰もが通る道だと思うのだけれど、基礎ができていないと、何もできないと実感させられる。
 そんな愚痴を言っていたら、吉岡のおじいちゃんがガハハと笑って俺の頭を撫でた。

「陽介。確かに勉強はつまらんもんかもしれん。じゃが、本当は勉強は楽しいもんなんで。新しいことを知る、世界が広がる、最高じゃなあか。ただ、足し算ができんと計算ができんように、最初がしんどいんじゃ。でもの、勉強は、陽介のなりたい自分になるためにするんで。今のようにの」
「……なりたい、俺……?」
 俺の言葉に、吉岡のおじいちゃんは笑って頷くと、また俺の頭を撫でてくれた。
 じいちゃんも、頷いていちごみるく味の飴を握らせてくれる。



 こうして勉強と悪戦苦闘していたある日、祐介さんが、分厚い本を何冊も持って来た。
「祐介さん、それは……?」
 俺がそう聞くと、祐介さんは照れたように笑った。
「実は、また陽介さんに影響されました」
「え?」
「僕、勉強はそこそこできたんです。でも、これ、というやりたいこともなく……この田舎が嫌で、都会の大学に行きました。それなのに、そこで何をするわけでもなく就職して……今に至るんです」
「……」
「ここに戻ってきて、陽介さんと出会って、カフェのことと本気で向き合っていて思ったんです。あの場所を、カフェだけではなくて、何かのコミュニティの場所にできないかと」
「コミュニティ?」
「はい。まずは地元の人との交流から、そしてゆくゆくは……陽介さんのように、心に傷を負った人がゆっくり休んで、できれば農業体験や、何もない田舎のレジャーでのんびりできるような企画ができないかと」
「す、凄いです……!!」
 俺が素直に言うと、祐介さんは笑って、分厚い本を見せてくれた。どうやら、参考書のようだ。
「僕、大学で単位はとっているから、国家資格の受験資格があるものがあるんです。だから……必要になりそうなものを取りたくて。勉強しようと思ったんです。新しいことをやりたいと思っても、具体的に思いつかなかった。それが、陽介さんを見ていたら思いつきました。……また、助けられましたね」
「そんな、俺は……」
 俺の言葉を、祐介さんは笑顔で遮る。


 こうして俺たちは、それぞれの勉強をすることになったのだった。




「若いとは、なんとも輝いておるのう」
 吉岡のおじいちゃんが、目を細めて笑った。




「二人とも、がんばっとる?」
「差し入れ持って来ましたよ」
 ののさんと、結城さんが、縁側から顔を出してきた。
 二人が持って来てくれたお饅頭を食べると、疲れがとれるようだ。





 こうして俺は、しばらくあの人のことを忘れて、平穏な日々を満喫し、勉強に専念していたのであった。





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