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ゆっくりと。
温もりの手。
しおりを挟む俺は、画面の中で、あの人の舞を見ていた。
凄い。本当に凄い。誰よりも迫力があって、魅入られる。
気がついたら、俺は画面に釘付けになっていた。
「とととん、とんとん、とととん」
あの人に教えて貰った、神楽の最後のリズム。気がついたら、俺も口に出していた。
「陽介も、ええ舞手になると思うんじゃがのう」
吉岡のおじいちゃんが、嬉しそうに笑う。
「もう、そろそろ寝んさいよー!」
おばさんの声がした。
テレビを切ったじいちゃんが、布団に入る準備をしている。
俺は、真っ暗になった画面から目が離せなかった。
……一番思い出したくなかったかもしれないものを思い出してしまったから。
それは、あの人の姿。顔。声。
勿論、俺の知っている時よりは若かったけれど、それでも、当たり前のように心に入ってきた。
「陽介」
何度優しくそう呼ばれただろう。
「よし、じいちゃんとどっか行くか」
何度そうやって、俺を連れ出してくれただろう。
それなのに、俺は……。
「陽介?」
じいちゃんに声をかけられて、慌てて布団に入る。俺は、じいちゃんと吉岡のおじいちゃんに挟まれて横になった。
でも、なかなか寝られない。
「寝れんか?」
じいちゃんが、俺に声をかけてくれた。
「うん……」
「ほうか。神楽を見るのは、辛かったか?」
「そんなことないよ。凄く楽しかったし、前に少し教えて貰ったときも楽しかったし、俺もあんなに舞えたら楽しいのかなとも思ったよ」
「ほうかほうか(そうかそうか)」
じいちゃんは、それ以上は追求してこない。
「じいちゃん……俺……」
「ん?」
「あの人との約束を……破ったんだ……」
「ほうか」
「だから俺、逃げたんだ……それで引きこもったんだ……」
口から、勝手に言葉が溢れてくるようだった。今まで、喉の奥に詰まっていたものが、一気に流れ出ているように。
「陽介、失敗せん人間なんておらんのんで。そりゃあ、絶対にやっちゃいけんことはある。じゃが、陽介の破った約束は、そこから何も学べん失敗だったんか?」
「……あの人が、なんでその約束をしたのかが分かった……」
「じゃあ、もうそれで十分学べとるじゃなあか」
「でも……でも……俺……謝れてないんだ」
「誰にじゃ?」
「……あの人に」
そう。だって、俺がこの不思議な力についての約束を破ってしまったとき。
あの人はもう、俺の前にはいなかった。
「なんじゃ、そんなことか」
じいちゃんが笑う。
「陽介。ノリがあっちにおっても、陽介の気持ちはちゃんと通じるで。あれだけ陽介がかわゆうてしゃあなかったノリじゃけん。(可愛くてしょうがなかった)」
「……」
「陽介、落ち着いたら、ノリに手紙を書いてみたらどうじゃ?」
ずっと黙って聞いていたと思われる、吉岡のおじいちゃんが突然言った。
「手紙……?」
「そう、想いを言葉にして、紙に書くんじゃ」
「でも……書いても出す場所が……」
「ガハハ!!仏壇の前にでも投げときゃええよ。あれは勝手に読むじゃろう」
吉岡のおじいちゃんが、そう言って笑った。
気がついたら、俺は、涙を流していた。でも、顔面筋に力を入れなかった。いや、力を入れることができなかった。
次から次に、涙が溢れてくる。
「うっ……うぐっ……」
「よしよし、陽介はまだまだ子供じゃのう」
吉岡のおじいちゃんが、手を伸ばして布団の上から俺をさすってくれた。
あの時止まってしまったかのように思えた時間が、少しずつ動き始めた気がした。
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