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ゆっくりと。
求めるもの。
しおりを挟むお祭りの次の日は、とっても静かだった。
カフェのことも今日はお休みだし、俺は一人で、あの木の側に座っていた。
昨日色々なことを思い出したことが、まだ俺の頭を混乱させていた。
神楽の後、どうやって帰ったのかも覚えていない。
ただ、じいちゃんが俺の両親に何かを言っていて、みんなが俺をそっとしておいてくれた。
今日は感情の動きがないからだろうか。あの声も、聞こえない。
このまま全てに蓋をしてしまって、忘れていた方がきっと楽だろう。
だけれど……。
祐介さんや、結城さんは、キチンと自分と向き合った。向き合って、きっと自分なりの答えを出した。だから前に進めているんだと思う。
勿論、このまま、この力には余り触れず、あの人のことも思い出さずに生きていく方法もあると思う。無理して思い出さなくても、無理矢理向き合わなくても、前には進めると思う。でも、俺は、きっとこの問題と向き合わない限り、本当の意味で前に進めない。
俺はずっと、木を背にして、木の幹によりかかって座っていた。
「あの……陽介さん」
突然の声に驚いて顔を上げると、そこには結城さんが立っていた。
いつの間に……。全く気がつかなかった。
「あの、お昼になっても戻ってこなかったので、ツネオさんがご飯だけでも持っていってあげて欲しいと……」
結城さんが、お弁当箱が入った巾着を俺に手渡してくれた。弁当箱の上には、いちごみるく味の飴。
「結城さん……」
「はい、なんですか?」
結城さんは、俺を気遣うように優しく返事をしてくれた。
「結城さんは、どうして満たされたんですか?」
俺の問いに、結城さんは少し微笑むと、俺の前に座った。土がつくだろうに、良いのだろうか。
「私が満たされてなかったのは、心なんです」
「心……?」
「はい、私、物にも人にも不自由しなかった。一人っ子なので、お婿さんを貰って、会社の後を継ぐ。それが当たり前だと思って生きてきました」
「……」
「多分、そのことに知らず知らずのうちにストレスを感じていたんだと思います。そして、今思えば……私に近づいてくる人達は、私の事を見ている人じゃなかった。私が持っている、地位や財産を見ている人だった。だから今思えば……私を見てくれている人がいるという確証が欲しくて、占いにのめり込んだんだと思います」
「……」
「父のことは大好きです。尊敬もしています。でも……そんな私と向き合ってくれたのは、父ではなかった。ここの人達でした」
「向き合う……」
「はい。ここの人達は、私を一人の人間として、美沙ちゃんとして見てくれます。最初は、鈴木さんのところにお嫁に来た子、とか色んな噂はあったようですが、働いている私にみんな親切にしてくれて、家にお呼ばれもしたりして……一緒にご飯を食べたり、可愛がってもらって、段々と心が満たされていったんです」
「……」
「それで、やっとさっきのことに気がついたんです。私が求めていたものは、私を私として見てくれる人達なんだって。だから今、私は等身大の自分で居られます」
「……」
「陽介さん、陽介さんだって、そうじゃないですか?」
「え……」
「カフェのことや吉岡さんの家で農業をしている陽介さんは、本当に楽しそうです。とても無邪気な笑顔で。私は……陽介さんが背負っているものを知りません。だけど、きっと、ツネオさんも、ののさんも、祐介さんも……今陽介さんが心を開いている人は、なにを背負っていても必ず受け入れてくれると思うんです」
「……」
「私は、陽介さんのあの時の一言がきっかけで、ここまで来ることができました。だから、陽介さんにも満たされて欲しい。その重荷を聞くことで一緒に背負うことができるのなら、いつでも話して下さいね」
黙って下を向いていた俺にそう言うと、結城さんは立ち上がった。
「じゃあ、私は戻ります。みんな心配していますから、冷えないうちに戻って下さいね」
優しい結城さんの言葉。
本当の俺。等身大の自分。俺の求めているもの。……一緒に背負ってくれる人。
……俺が求めているものは、きっと……その人達からの許しだ。
昨日のこと以上には何も思い出せなかったけれど、突然、そう思った。
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