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神に舞う。

開演。

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 お祭りの夜がやってきた。
 俺は早めに家を出て、いきいきカフェの露店へ荷物を運び、すぐに渡せる物を並べていく。
 ののさんと祐介さんはおそろいのカフェのエプロンをつけていて、準備は万端だ。

 周りにも美味しそうな露店が並んでいる。食べ物だけじゃなく、子供や大人が楽しめるようなゲーム類も沢山あるようだ。


 俺はなんだかウキウキしてきた。
 お祭りに行ったことは、きっと俺の記憶の中で筋肉が蓋をしている。引きこもっている時はお祭りなんかに行くわけがないから、実質気持ちの中ではお祭り初体験だ。


 空が暗くなって、露店の周りは人で埋まる。
 色んな場所から聞こえる、楽しそうな声。


 そうだ、俺は、この中で……あの人の手を引っ張って……。


 そこまで思い出して、無理矢理筋肉で記憶に蓋をする。

 思い出したい。だけれど、その前に、ちゃんと神楽が見たい。
 今日は何故か、そんな想いが消えなかった。


「陽介、頑張っちょるか?」
 約束の時間ピッタリに、じいちゃんが俺を迎えに来てくれた。
 もうすぐ神楽の時間だ。みんな、神社に移動している。
「じゃあ、陽介くん、またね。ここまで売り上げが伸びると思わんかった。また作戦会議せんとおね」
 ののさんと祐介さんの笑顔に見送られ、俺もじいちゃんと一緒に神社へと向かう。

 途中で、目についた屋台のものをじいちゃんが買ってくれた。綿あめは少し食べにくいな……ベタベタする……。それにしても、このピカピカ光るジュース、面白いなぁ。
 気がついたら、俺は両手に食べ物を持っていた。


「陽介……」
 神社の前に、母親と父親、そして結城さんがいた。三人で神楽を見に来たのかな?
「陽介、大丈夫なのか……?こんなに人の多いところで……」
 父親の言葉に、俺は無言で頷いた。
「まぁ、いっぱい買って貰ってから。ツネオさん、ありがとうね」
 母親が微笑んで言った。
 父親も母親も、今日は一段と優しいというか……なんだろう、この少しの違和感。嫌なものじゃないけれど。じいちゃんから何か聞いたのかな?


「陽介、ここにおったか!控え室に来てみい」
 神楽団の組のおじさんが、俺とじいちゃんを見つけて声をかけてくれた。
 俺は、子供に戻ったように、嬉しくなっておじさんの所へ行く。

「大丈夫じゃ」
 じいちゃんが父親と母親に何か言っているようだったけれど、祭りの喧噪の中で俺には聞こえていなかった。



 テントでできた控え室にあったのは、きらびやかな衣装の数々。そして慌ただしく準備をする組の人達。
「ほれ、陽介、この衣装こっちに運んでくれえ」
 俺は、ギリギリまで裏方を手伝う。それにしても、神楽の衣装はめちゃくちゃ重い。数十キロする衣装を着て、激しく舞うのだ。
 ううむ、農家にしても、神楽団にしても、田舎は生活が筋トレだ。


「よっしゃ、ここまででええで。後は、しっかりと見て楽しんで覚えるんで。そうじゃ、陽介の特等席をちゃんととっておいたけえの。ノリさんの膝の上で見よったのが懐かしゅうて」
 組のおじいちゃんがそう言って、俺を外に出してくれた。そのすぐ前、最前列に、じいちゃんが笑って座っていた。
 俺も、靴を脱いで青いビニールシートの上に行くと、じいちゃんの隣に座る。


 程なくして、神楽団の人が出てきて、笛の音が鳴り響いた。


 今日の演目は、「ジンリン」「悪狐伝(アッコデン)」「ヤマタノオロチ」。
 お祭りでは定番の種目らしい。大まかなストーリーはどれも簡単で、ジンリンは鬼退治、アッコデンは狐退治、ヤマタノオロチは蛇退治だ。俺はもう少し細かく教えて貰ったけれど、これだけ知っていてもなんとなく舞が分かるから、神楽の練習は見ていて面白かった。


 笛の音と太鼓の音が響く。
 同時に、俺の筋肉が高まる。なんだろう、この気持ち。



「とんと、とんと、とんちちっち、とんととっと、とんちち」
 太鼓に合わせて、勝手に口から小さく声が出た。



 この口ずさむリズム。これを教えてくれたのは……。

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