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初恋、失恋、そして災害
長い夜の前。
しおりを挟むいつもより多く作業をした後、俺はじいちゃんに連れられて、役場にいた。
役場と言っても小さな集会所のような場所で、じいちゃんはすぐに受け入れられて、俺も快く迎えられると、座ってお茶を出されていた。
ふぅ……。あたたかいお茶が筋肉にしみる……。あたたかいプロテインもあったら良いのになぁ……。
じいちゃんの意図が分からなくて、そんなことを考えていると、部屋に人が集まりはじめた。俺は少し緊張して、隣に座っているじいちゃんにくっつく。じいちゃんは、黙っていちごみるく味の飴を握らせてくれた。
「ツネオさん、どしたんか」
部屋に何人か集まった後、ここの役場の、確かかなり上の人が聞いた。このおじさんも何度か家にも来たことある人だ。
「今回の雨については、どこまで対策ができとるか?」
じいちゃんの突然の言葉に、空気が一変する。
「ツネオさん……まさか……」
みんなが、俺のことをチラリと見た。
じいちゃんが、無言で頷く。
「……念のため、崩れやすい場所と氾濫しやすい場所の近くには声をかけとるけど、もう避難させた方がええかの?」
おじさんの言葉に、じいちゃんがまた頷いた。
「何もなかったら何もないでええんじゃ」
じいちゃんの言葉に部屋の人達が頷き、一気に慌ただしくなる。
おじさんとじいちゃんは地図を広げて話し合っていて、俺はどうして良いか分からなかったけれど、役場のおばちゃんが、お菓子を出してくれた。
「大丈夫よ、陽介くんは安心しときんさい」
俺は、その言葉に黙って頷く。
「吉岡のところは全員、よしこちゃんのところに頼むか。山岡のところは動きが難しいけんのう、早めに動かんといけんな」
「わしも、陽介の側におるけえ。よしこちゃんに連絡して、吉岡のところを避難させるわ」
「おう。ツネオさん、陽介、ありがとうの。今回はちいと予想が難しくての(少し予想が難しくてね)。何処までやるか迷っとったんじゃ」
おじさんの言葉に、じいちゃんが頷き、携帯電話を手に取る。どうやら、俺の母親に電話をしているようだ。
「陽介、今から信二さんが来てくれるけんの。そのまま吉岡の家の全員、陽介の家に避難させるで」
じいちゃんにそう言われたけれど、俺は理解が追いつかない。
そんな俺を見て、じいちゃんはまたいちごみるく味の飴を握らせると、一緒に外に出た。
外に出た瞬間、俺は今までにないくらい怖くなった。
山が、うなり声を上げているようにザワザワと音を上げていて、少し雨が降り始めていた。
《みんな、準備してー!》
《崩れないように、踏ん張って!!》
また、あの声だ。声も、いつもと全然違う。
怖い。怖い……。
「陽介、大丈夫じゃ。じいちゃんが側におるけんの。多分、えらい(沢山の)雨が降るんじゃろう。川に近いもんの家が浸水したらいけんけんの。念のための避難じゃ」
俺は、耐えられず、無言でじいちゃんの服の袖を握った。そこに父親が、ここに来るときに乗ってきたキャンピングカーで飛び込んでくる。
「陽介、大丈夫か!?」
父親が慌てたように降りてきて、俺は驚いたけれど、黙って頷いた。父親が、こんなに慌てて俺を心配するなんて……初めてだ。
「ツネオさん、この車で全員乗れると思うんですけど、もし必要なものが乗らなかったら、もう一度出します。美沙さんも迎えにいかないと」
父親とじいちゃんが確認し合っている。役場の人達も、それぞれが慌ただしく動いていた。
こうして俺は、恐怖を打ち消すように、二人に従った。
まず、結城さんを迎えに行って、吉岡のおじさんの家に戻る。おじさん達はもう準備していて、布団を乗せたり、寝たきりのおじいちゃんをみんなで車に乗せたり、俺も言われるがまま必死で筋肉を動かした。
「わしらは車で行くけえ。荷物は頼むで」
吉岡のおじさんが言った。
ののさんと、祐介さんも不安そうに手を取り合っている。
長い夜が始まろうとしていた。
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