上 下
27 / 58
初恋、失恋、そして災害

長い夜の前。

しおりを挟む


 いつもより多く作業をした後、俺はじいちゃんに連れられて、役場にいた。
 役場と言っても小さな集会所のような場所で、じいちゃんはすぐに受け入れられて、俺も快く迎えられると、座ってお茶を出されていた。

 ふぅ……。あたたかいお茶が筋肉にしみる……。あたたかいプロテインもあったら良いのになぁ……。


 じいちゃんの意図が分からなくて、そんなことを考えていると、部屋に人が集まりはじめた。俺は少し緊張して、隣に座っているじいちゃんにくっつく。じいちゃんは、黙っていちごみるく味の飴を握らせてくれた。

「ツネオさん、どしたんか」
 部屋に何人か集まった後、ここの役場の、確かかなり上の人が聞いた。このおじさんも何度か家にも来たことある人だ。
「今回の雨については、どこまで対策ができとるか?」
 じいちゃんの突然の言葉に、空気が一変する。
「ツネオさん……まさか……」
 みんなが、俺のことをチラリと見た。
 じいちゃんが、無言で頷く。


「……念のため、崩れやすい場所と氾濫しやすい場所の近くには声をかけとるけど、もう避難させた方がええかの?」
 おじさんの言葉に、じいちゃんがまた頷いた。
「何もなかったら何もないでええんじゃ」
 じいちゃんの言葉に部屋の人達が頷き、一気に慌ただしくなる。
 おじさんとじいちゃんは地図を広げて話し合っていて、俺はどうして良いか分からなかったけれど、役場のおばちゃんが、お菓子を出してくれた。

「大丈夫よ、陽介くんは安心しときんさい」
 俺は、その言葉に黙って頷く。

「吉岡のところは全員、よしこちゃんのところに頼むか。山岡のところは動きが難しいけんのう、早めに動かんといけんな」
「わしも、陽介の側におるけえ。よしこちゃんに連絡して、吉岡のところを避難させるわ」
「おう。ツネオさん、陽介、ありがとうの。今回はちいと予想が難しくての(少し予想が難しくてね)。何処までやるか迷っとったんじゃ」
 おじさんの言葉に、じいちゃんが頷き、携帯電話を手に取る。どうやら、俺の母親に電話をしているようだ。



「陽介、今から信二さんが来てくれるけんの。そのまま吉岡の家の全員、陽介の家に避難させるで」
 じいちゃんにそう言われたけれど、俺は理解が追いつかない。
 そんな俺を見て、じいちゃんはまたいちごみるく味の飴を握らせると、一緒に外に出た。


 外に出た瞬間、俺は今までにないくらい怖くなった。
 山が、うなり声を上げているようにザワザワと音を上げていて、少し雨が降り始めていた。


《みんな、準備してー!》
《崩れないように、踏ん張って!!》


 また、あの声だ。声も、いつもと全然違う。
 怖い。怖い……。


「陽介、大丈夫じゃ。じいちゃんが側におるけんの。多分、えらい(沢山の)雨が降るんじゃろう。川に近いもんの家が浸水したらいけんけんの。念のための避難じゃ」
 俺は、耐えられず、無言でじいちゃんの服の袖を握った。そこに父親が、ここに来るときに乗ってきたキャンピングカーで飛び込んでくる。


「陽介、大丈夫か!?」
 父親が慌てたように降りてきて、俺は驚いたけれど、黙って頷いた。父親が、こんなに慌てて俺を心配するなんて……初めてだ。
「ツネオさん、この車で全員乗れると思うんですけど、もし必要なものが乗らなかったら、もう一度出します。美沙さんも迎えにいかないと」
 父親とじいちゃんが確認し合っている。役場の人達も、それぞれが慌ただしく動いていた。



 こうして俺は、恐怖を打ち消すように、二人に従った。

 まず、結城さんを迎えに行って、吉岡のおじさんの家に戻る。おじさん達はもう準備していて、布団を乗せたり、寝たきりのおじいちゃんをみんなで車に乗せたり、俺も言われるがまま必死で筋肉を動かした。
「わしらは車で行くけえ。荷物は頼むで」
 吉岡のおじさんが言った。
 ののさんと、祐介さんも不安そうに手を取り合っている。



 長い夜が始まろうとしていた。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美
キャラ文芸
才能ある者が地下へ落とされる。 歪つな世界の物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...