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初恋、失恋、そして災害

ご褒美貯金

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 その日の夜の父親と母親の喜びようは、前の散歩以上のものだった。


 ……当たり前か。だって俺、外に出て、その上人の手伝いをしてきたんだもんな。

「本当に、本当にツネオさんありがとう」
 母さんはまたご馳走を作っていて、じいちゃんに涙涙で頭を下げている。


 そんな状況だけれど、俺は今日の声が気になって正直両親の喜ぶ姿よりそっちの方を考えてしまっていた。
 危ない……。何がだろう。今までは俺に話しかけていたのに、あれは違った。山は少し不気味だったし……。

 でも、じいちゃんが何も言っていなかったから、きっと大丈夫だろう。
 そんなことを考えていると、父親が俺の前に座った。


「陽介、本当に今日は頑張ったな。しかも、自分でこんなに沢山の野菜を貰ってきて……。父さんとの契約だ。陽介、今回は何が欲しい?」
 ……忘れていた。この父さんの契約につられてここに来たのに、昨日だって話したばかりなのに、すっかりと忘れていた。
 今はもう、トレーニング用品が欲しいとは思わない。勿論トレーニングもプロテインも続けているけれど、今まで通りで満足だし、何より、今日動いて農業の手伝いとお店の手伝いだけでも筋トレになると分かった。
 他に欲しいものと言っても……。こっちに来てから、じいちゃんといる時間が長くなってスマホをいじる時間も少なくなった。テレビも見ないし、ゲームもずっとしていない。


 欲しいもの……さて、どうしたものか。
 ついこの間まで引きこもって筋トレしかしてなかった俺にとって、自分専用のジムを作る以外に何も考えていなかったのだ。もっと趣味を持っていたら、欲しいものも浮かんだのかもしれないけれど……。

 うーん、うーんと考え続ける。
 父親は、そんな俺を見ながら、答えをずっと待っていてくれた。


 ……そうだ。


「ねぇ、父さん」
「何だ?決まったか?」
 俺は首を横に振った。
「そのご褒美、貯めることはできる?」
「貯める?陽介、そんなに高いものが欲しいのか?」
 また首を横に振る俺。
「俺……今は、じいちゃんがいるから欲しいものないんだ。だから、もし欲しいものができたときの為に、ご褒美を貯めておこうかなと思って」
「……貯蓄だな」
 父さんが、嬉しそうに呟いた。母さんは、何故か号泣している。それにしても母親は、こっちの家に来てから印象が変わりすぎて少し驚いている。

「じゃあ、陽介。これは、ご褒美貯金にしよう」
「ご褒美貯金?」
「あぁ、この貯金を貯めれば貯めるほど、陽介が欲しいものができたとき、それが少し高くても、貯金から使うと考えよう」
 俺は、何度も頷いた。それが良い。
 今は何も欲しいものが浮かばないし、もしいつか、欲しいものができたとき、これを使おう。


「あ、そうだ……。明日も、吉岡のおじさんと、ののさんの手伝いに行こうと思うんだけれど……。良い?」
 俺の言葉に、父親は息を飲んだ後、少し涙目で頷いた。
 うーん、確かにずっと引きこもってはいたけれど、そんなに喜ぶものなのだろうか。



 じいちゃんはその様子をじっと見つめていて、俺にいちごみるく味の飴を握らせてくれた。
 ……うん、これが、俺にとって今は一番のご褒美だ。




 そしてそのまま、じいちゃんは泊まっていくことになった。

 俺の部屋で、俺とじいちゃんは布団を並べて横になっていた。何故だろう、じいちゃんの前では子供に戻っている感じがするからだろうか、とても安心する。

「陽介、あれから声は聞こえたか?」
「ううん。家の中にいるときは、まだ聞こえたことがないんだ」
「そうかそうか。今日は疲れたじゃろう。ゆっくり休むんで」
「うん、じいちゃん。ありが……」



 俺は余程疲れていたのだろう。気がついたら、そのまま眠りに落ちていた。
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