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なんで占い師になっちゃった?
この手でいこう。
しおりを挟む「ぬおっ……くぅ……」
本日のトレーニングは、ヒンズー・プッシュアップ。自重トレーニングで、胸部が主に鍛えられる。
まず両手と両足を床につけ、お尻を上に突き出すように曲げ、ちょうどVの字を逆さにしたような形にする。この姿勢のまま両肘を曲げて体を床に近づけ、体を床の近くまで下げたら、床からできるだけ離すように上半身を上げる。最初のポジションに戻ると繰り返しだ。イメージとしたら、体全体で波打つような形になる。
「ふぅ……これは効くな……」
一人で呟きながら、プロテイン置き場のいちごみるく味を手に取り牛乳と混ぜる。
他の味も試してみたのだが、やっぱりいちごみるく味が美味しい。ただ、近々同じメーカーで新しい味が出るというので、気になってはいるのだが。
「うーん、マッスル」
飲み干して、一息ついたとき、俺の心臓が悲鳴を上げるように早くなり始めた。
この足音……母親と……父親だ。
父親とは、もう何年も話をしていない。
母親は毎日部屋の扉の前で怒鳴っているが、食事や荷物は運んでくれるし、俺も俺で顔を合わせない時間にこっそり風呂に入ったりしている。
実は引きこもって数年、風呂にも入らなかったのだが、筋トレを始めてから汗が気になるようになったのだ。
……と、そんなことはどうでも良い。
ゲーム機を破壊して捨てたときだけ部屋に乱入した母親だが、いつもは扉越しと一線を置いてくれている。駄目親と言えば駄目親なのかもしれないが、そこは感謝している。だが父親は別だ。
会社をいくつも経営しているのかよく分からないが、日本にいるかどうかさえ分からない父親は、自分が絶対。いつの時代の人間だよ、と言いたくなるタイプ。話すなら顔を突き合わせて、が絶対の人間なのだ。
引きこもって最初の三年。いかに俺が甘えていて駄目人間で社会に通用するにはと説教していたが、父親は俺が跡継ぎになることを諦めてから一度も会っていない。
嘘だろ。なんでこんなことで帰ってきたんだ。
いや、車が突っ込んだのは事実だし、肉が腐っていたのもあったが、そんなの偶然だ。わざわざ帰ってくる程のものではないだろう。
俺はとっさに身構えた。それと同時に、部屋の扉がノックされ、返事もしてないのに扉が開く。
「ようす……うわぁぁ!?」
父親だ。
少し老けたように見えなくもないが、特に昔と変わっていない父親だ。その父親が、驚いて俺を凝視している。何故だ。
俺から何か言うこともないので、黙って正座してみる。どうせ話すときにさせられるから、先に座った方が良いという判断だ。
「おまっ!?その体はどうした……!?」
父親が立ったまま叫んだ。
どうしたと言われても。何がだ?汗をかいていたからか?
「あなた、言ったじゃないですか。陽介は筋トレに夢中だって」
母親が父親をたしなめるように言った。
「そ、それにしたってお前……この体、普通じゃないぞ!本物のマッチョじゃないか!!」
「ほ、ほら……オタクはハマると極めるとかって言うじゃないですか……」
母親が何かフォローしているようだが、いつから俺は母親にオタク認定されているんだ。
父親は呼吸を整えると、母親と共に俺の前に座った。
「担当直入に聞く。お前が引きこもったのは、母さんの言う不思議な力のせいなのか?」
俺は、動かずに下を向いていた。父親は現実主義のはずだ。本気で信じているのか?
それに……引きこもった原因なんて、とっくに忘れてしまったし、母親のことだって、適当に言ったことが当たっただけなのだから。
「私の命があるのは陽介の言葉のおかげ。でも、もし本当にそんな力を持っていたら言えるわけないわよね……私だって、あの事がなかったら信じていなかったと思うわ」
おい、母親よ。頼むから俺に申し訳ないという顔をしないでくれ。いや、死ななくて良かったとは思う。思うが、適当に言った言葉だし、それを実行したのは母親自身だ。
……ん?実行したのは母親自身……と考えて何か思い出しそうになったのだが、すぐに頭から消える。
父親はその後も色々聞いてきたが、俺は無言を貫き通した。だが、頭にあることが浮かんでいた。
そう何度も何度も適当に言ったことが当たるわけがない。ましてや、それが全く知識のないことだったら尚更だ。だったらそれっぽいことを言って、父親に俺に不思議な力なんてないことを分かって貰えれば良いじゃないか。
まぁ、頭はおかしいと思われるかもしれないが……。
だから俺は、本当に……本当に父親を見ていて頭に浮かんだことを口に出した。
「あの……迷ってる株……早く売った方が良いと思うよ」
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