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第1話:JKの場合
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生まれた時からこの容姿この性別この性格だったからさ、少し前までは着物姿で仕事してたんだよね、私。そしたらなんかさ、世界大戦とか起こっちゃってさ。かと思えばバブルだリーマンショックだなんだって、そりゃ私も苦労しましたよ。人間の中に紛れ込むことには。
でも、ちょっと前に私にぴったりの仕事着が決まったの。
女子高生の制服。
これはかわいいし、時代によってスカートの丈とか靴下の種類を変えたりはしたけど、私のルックスにはパーフェクト。彼女たちの流行り廃りを研究するのも楽しいし、この格好で街を歩いてたりするとナンパまでされるくらいだから、私は人間の基準で言えば結構美少女なのかもしれない。
ただねぇ、仕事道具とかが不似合いなんだよねぇ。
私たちは仕事をする時、絶対に杖をつかないといけない。もちろん私はオシャレが好きだから、その時代に合ったものをチョイスするけど、今で言う「JK」が普通の、いわゆるお年寄り向けの杖なんか使ってたら、ちょっとダサい。少なくとも私は許せない。だから上司に必要経費だって言って、ピンクベースで、細めで、柄もかわいいやつを買ったの。
同僚の中には、杖をつく理由を聞かれるのが嫌で、折れてもない足にギブスをする連中がいるけど、それもまた、私のオシャレ哲学的にはアウト。だから私は、わざわざその地域の役所に出向いて、東京都のヘルプマークとかを入手して、『目には見えない疾患を抱えてます』っていう名目のもと、公共交通機関での移動時には、これまた義務である優先席に座る。これはつい最近、電車とかバスが浸透して、優先席って代物が導入されてから追加された業務中のルールのひとつで、なんか、席を譲る人間がいるかとか、座ってても圧をかけてきたり舌打ちしたりする人間がいるかとか、そういう人間性を地域毎にデータベース化するための決まりらしい。
そんなわけで、私は今日も仕事に行く。
最近私は、日本の関東圏、主に千葉と東京の業務を任されることが多い。今日は、っていうか今は、千葉県佐倉市っていう所の、三叉路に立ってる。
目の前には見事に正面衝突した車が二台。黒くて大きなバンと、四角いフォルムがかわいい軽自動車で、多分、両方の運転手は即死したっぽい。周囲の人間たちは、警察とか救急車を呼んだり、後部座席に乗ってる人を助けられないかとか、もしくは野次馬心丸出しでとにかく群れを成していた。
今日の私の『担当者』は、軽自動車の中にいる。
私はゆっくり、不自然じゃない速度で、フロントガラスがバリッバリになったモスグリーンの軽に近付く。
——エアバッグ、間に合わなかったか!
——お願い、お願いします! この子だけでも外に……!
見つけた。
ほとんど反転しちゃってる車体の隙間から、若い茶髪の女が必死でそう叫ぶのが見えた。私は杖を折りたんで学生鞄に突っ込み、無言のまま、下半身が車体に潰されて額から血を流している若い女——ではなく、その女が手を伸ばそうとしている泣きもしない赤子の様子をうかがった。周囲の人間たちは、私が見えてないみたいに、その母子を助けようとしていたけど、すぐにピーポーピーポーというお決まりのサイレンが近付いてきて、今度はこういうトラブルのプロが二人の救出を試みる。
おそらく、運転していたのは父親で、外からは見えないけど、やっぱり即死だね。
さて、『担当者』の様子がおかしいことには、もちろん私も気づいていた。すぐさまバッグから杖を取りだし、軽く振ってその先端をアスファルトについた。
私はオレンジの服を着た連中に下がれと言われたけど無視して、ほんの一瞬、膝をおってきょとんとした顔の赤子の未完成の顔、そして眼を見た。
おっけい、合格。
「あ、もしもし? 課長? 私です。確認しました。この『担当者』、なんかまだ生きてます」
足早に三叉路から離れながら、私はスマホで上司に連絡をしていた。
「しぶとい眼、してました。あれはあそこでお終いにするのはもったいないというのが私の見解です。ええ、はい。え、母親? さあ、担当じゃないので何とも。でもあの赤子、多分親がいない方が自由に育つ気がします、直感ですけど。というわけなので、私としては死なせなくていいと思いますね」
そこまで報告して、私は通話を終了した。
それと同時に、歓声が聞こえた。すぐさま救急車が発車する音も。多分、あの赤子が助かって、命があることが分かったんだろうね。母親は知らないけど。
さーて! これにて終業!
仕事上がり、いつもの私はすぐ自分の場所に戻るんだけど、今日はちょっと観光っていうか、一部の人間が言う『聖地巡礼』ってのをやってみようと思ってるんだ。
千葉での仕事は何百回もこなしたけど、ここに来るのは初めてなの。この前、って言っても二十年くらい前だけど、この千葉県佐倉市っていう場所で一緒に育った四人組のバンドが凄く流行って、私もJKの流行に乗るために聞いてみたら、ちょっと恥ずかしいけどファンになっちゃったんだよね。
もちろんメンバーはもうみんな東京だろうけど、彼らが出会った保育園とか、バイトしてたショッピングモールとか、あと駅のプレートとかを見てみたくて。
あ、イオン発見。あれって元はジャスコだよね? うわー、なんか上がる。
意気揚々と入店した私を迎えてくれた店は、多分偶然だけど、彼らの代表曲を店内放送として流していた。
うーん、流石に踏み切りは多すぎてどれか特定できないけど、私ヒマだし、午前二時頃テキトーにぶらついてみようかな。望遠鏡なんか無くても、私たちの眼は「天体観測」くらいできるからね。
でも、ちょっと前に私にぴったりの仕事着が決まったの。
女子高生の制服。
これはかわいいし、時代によってスカートの丈とか靴下の種類を変えたりはしたけど、私のルックスにはパーフェクト。彼女たちの流行り廃りを研究するのも楽しいし、この格好で街を歩いてたりするとナンパまでされるくらいだから、私は人間の基準で言えば結構美少女なのかもしれない。
ただねぇ、仕事道具とかが不似合いなんだよねぇ。
私たちは仕事をする時、絶対に杖をつかないといけない。もちろん私はオシャレが好きだから、その時代に合ったものをチョイスするけど、今で言う「JK」が普通の、いわゆるお年寄り向けの杖なんか使ってたら、ちょっとダサい。少なくとも私は許せない。だから上司に必要経費だって言って、ピンクベースで、細めで、柄もかわいいやつを買ったの。
同僚の中には、杖をつく理由を聞かれるのが嫌で、折れてもない足にギブスをする連中がいるけど、それもまた、私のオシャレ哲学的にはアウト。だから私は、わざわざその地域の役所に出向いて、東京都のヘルプマークとかを入手して、『目には見えない疾患を抱えてます』っていう名目のもと、公共交通機関での移動時には、これまた義務である優先席に座る。これはつい最近、電車とかバスが浸透して、優先席って代物が導入されてから追加された業務中のルールのひとつで、なんか、席を譲る人間がいるかとか、座ってても圧をかけてきたり舌打ちしたりする人間がいるかとか、そういう人間性を地域毎にデータベース化するための決まりらしい。
そんなわけで、私は今日も仕事に行く。
最近私は、日本の関東圏、主に千葉と東京の業務を任されることが多い。今日は、っていうか今は、千葉県佐倉市っていう所の、三叉路に立ってる。
目の前には見事に正面衝突した車が二台。黒くて大きなバンと、四角いフォルムがかわいい軽自動車で、多分、両方の運転手は即死したっぽい。周囲の人間たちは、警察とか救急車を呼んだり、後部座席に乗ってる人を助けられないかとか、もしくは野次馬心丸出しでとにかく群れを成していた。
今日の私の『担当者』は、軽自動車の中にいる。
私はゆっくり、不自然じゃない速度で、フロントガラスがバリッバリになったモスグリーンの軽に近付く。
——エアバッグ、間に合わなかったか!
——お願い、お願いします! この子だけでも外に……!
見つけた。
ほとんど反転しちゃってる車体の隙間から、若い茶髪の女が必死でそう叫ぶのが見えた。私は杖を折りたんで学生鞄に突っ込み、無言のまま、下半身が車体に潰されて額から血を流している若い女——ではなく、その女が手を伸ばそうとしている泣きもしない赤子の様子をうかがった。周囲の人間たちは、私が見えてないみたいに、その母子を助けようとしていたけど、すぐにピーポーピーポーというお決まりのサイレンが近付いてきて、今度はこういうトラブルのプロが二人の救出を試みる。
おそらく、運転していたのは父親で、外からは見えないけど、やっぱり即死だね。
さて、『担当者』の様子がおかしいことには、もちろん私も気づいていた。すぐさまバッグから杖を取りだし、軽く振ってその先端をアスファルトについた。
私はオレンジの服を着た連中に下がれと言われたけど無視して、ほんの一瞬、膝をおってきょとんとした顔の赤子の未完成の顔、そして眼を見た。
おっけい、合格。
「あ、もしもし? 課長? 私です。確認しました。この『担当者』、なんかまだ生きてます」
足早に三叉路から離れながら、私はスマホで上司に連絡をしていた。
「しぶとい眼、してました。あれはあそこでお終いにするのはもったいないというのが私の見解です。ええ、はい。え、母親? さあ、担当じゃないので何とも。でもあの赤子、多分親がいない方が自由に育つ気がします、直感ですけど。というわけなので、私としては死なせなくていいと思いますね」
そこまで報告して、私は通話を終了した。
それと同時に、歓声が聞こえた。すぐさま救急車が発車する音も。多分、あの赤子が助かって、命があることが分かったんだろうね。母親は知らないけど。
さーて! これにて終業!
仕事上がり、いつもの私はすぐ自分の場所に戻るんだけど、今日はちょっと観光っていうか、一部の人間が言う『聖地巡礼』ってのをやってみようと思ってるんだ。
千葉での仕事は何百回もこなしたけど、ここに来るのは初めてなの。この前、って言っても二十年くらい前だけど、この千葉県佐倉市っていう場所で一緒に育った四人組のバンドが凄く流行って、私もJKの流行に乗るために聞いてみたら、ちょっと恥ずかしいけどファンになっちゃったんだよね。
もちろんメンバーはもうみんな東京だろうけど、彼らが出会った保育園とか、バイトしてたショッピングモールとか、あと駅のプレートとかを見てみたくて。
あ、イオン発見。あれって元はジャスコだよね? うわー、なんか上がる。
意気揚々と入店した私を迎えてくれた店は、多分偶然だけど、彼らの代表曲を店内放送として流していた。
うーん、流石に踏み切りは多すぎてどれか特定できないけど、私ヒマだし、午前二時頃テキトーにぶらついてみようかな。望遠鏡なんか無くても、私たちの眼は「天体観測」くらいできるからね。
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