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恵美と河童

34 山本勘治1

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 話は、またまた、遡る…。二年半ほど・・・。

 これは、沙織・杏奈・環奈が、慎也宅に戻った半月程度後のこと。


 山本勘治は、自宅で一人、金庫から出した年代物の書付を見詰めていた……。


――――
 山本勘治。
 スミレたちの結婚式に来ていた男…。
 彼は、山上総司 …スミレの夫・早紀の父親… の、高校時代からの親友だ。
 そして、沙織たち山本姉妹の、父親の弟。つまり、沙織たちの叔父に当たる人物である。

 勘治の表の職業は、探偵だ。
 表の…ということは、裏があるということ。もっとも、裏と言っても表とも関係することであるし、結局は表裏一体なのかもしれない。

 彼は「忍び」…。いわゆる、忍者であった。

 彼が忍びになったのは、勘治の家が、そういう家系だということでは無い。
 最初は、少年の夢のような憧れから始まったこと。忍者に憧れて、小学生の頃から、その「修行」をしていたのだ。
 子供のやることと、両親は笑って許していた。が、彼は真剣だった。
 そういう意味では、変わった子供であったと言っても良い。友達とはあまり遊ばずに、一人で野山を駆け回り、自ら書物で調べた忍者の「修行」に明け暮れていた。
 彼は運動能力もだが、頭脳も並み外れた能力の持ち主だったから出来たことであり、だからこそ笑って許されていたのだ。

 小学三年生時の、ある日…。
 そんな勘治に、一人の小柄な男が声をかけてきた。
 男は自分を「忍び」だと言った。
 初対面の男に、そんなことを言われ、素直に信じる者はいない。勘治も、胡散臭げに男を見た。
 男は笑って、消えて見せた。
 目の前から一瞬で人が消えた…。驚き、目を見開き、キョロキョロする勘治の背後から、男は再度声を掛けてくる。
 勘治は驚愕し、男の言うことを信じた。
 男は勘治の「修行」をずっと見ていたと言った。そして、「勘治を見込み、忍びの術を伝授したいと思う」とも…。既に勘治の名前も住んでいる所も調査済みだった。
 勘治は、喜んでその申し出を受け、弟子入りした。

 それから八年、師匠の指導の下で修行を続け、彼は遂に本物の忍びとなった。
 高校卒業と同時に、師匠の元に「就職」。師匠の表の職業は探偵であり、彼は、探偵の仕事も師匠に叩き込まれた。そして、師匠の全てを受け継いだ。

 勘治が受け継いだ中には警察関係の公に出来ない仕事も含まれていた。
 後に、勘治の兄が警察官になり、そちらの方面の担当、そしてその長になったのには大いに驚かされた。
 師匠は、そこまで見通していたのか・・・。
 それとも偶然なのか・・・。
 はたまた・・・。

 ところで、この師匠から受け継いだものには、更にとんでもないモノがあった。
 警察の公に出来ない仕事も、とんでもないと言えば、とんでもないが、その比でない。いや、その仕事とも関係しなくは無いというか大いに関係しているから、これも一体のモノと言うべきか…。

 それは、人の「処分」手段だ。それも、人外の存在の手を借りるという・・・。

 処分する人間を簀巻すまきにする。
 そして、長野の山奥の、ある渕に運ぶ。
 日が沈み、薄暗くなってくるころ、渕に向かって四回手を打つ。
 暫くして、再度四回。
 やがて、渕の真ん中に丸い波紋が浮かび上がる。そうしたら、
「いらぬ者。好きにせよ」
 と唱えて、そこへ放り込むのだ。
 すぐに簀巻きにされた者は沈み込んでしまう。そして、絶対に浮いてこない。
 これは河童が引き込んでしまうというのだ。

 勘治も、最初は河童など信じていなかった。
 しかし、彼は、見てしまった。
 師匠と一緒に放り込んだ簀巻き。浮かんでいるそれに、緑色の手が巻き付いて、スーッと沈んでゆくのを…。
 これは最初に経験した処分の時のことだ。師匠は、「あれは河童の手だ」と言った。
 沈んだ人間がどうなるのか分からない。しかし、骨の欠片も何も、二度と浮かび上がってこないという…。

 師匠の家は、小賀おが家といい、戦国時代頃から代々忍びの技と、この「処分手段」を伝えてきたそうだ。
 師匠は結婚していなく、子が居ない。そのままでは、小賀家に伝わるこれらが途切れることになってしまう。そこで目を着けられたのが勘治だったのだ。

 実は、忍びの技も、「手段」の方も、かなりの需要がある。それも、公権力からの…。
 だから、途切れさせることは許されない。
 これらを途切れさせないようにするのが、最重要事項であり、受け継いだということは次に伝える責務を負ったということであった。
――――

 

 つい、今しがた、勘治は、師匠が亡くなったという連絡を受けたところだ。
 その知らせを聞き、彼は金庫から古い書付を取り出して、それをジッと見詰めていたのだ。

 勘治が見ている書付…。
 茶色く変色した和紙に毛筆書きの数枚のモノ。
 かなり古いシロモノで、何が書いてあるか、達筆過ぎて読めない「古文書」。これは、師匠が引退する時に勘治に託した、小賀家の家宝だ。

 この書付を師匠から渡された時、勘治は素直に「書いてあることが分からない」と訴えた。
 師匠は笑い乍ら、別の紙も渡した。
 それは洋紙にボールペン書き。師匠が書いたものだ。師匠が書付を現代文に直したものだった。
 よって、そちらの方を読んで、「家宝」に何が書かれているか、勘治は理解している。
 内容は、普通では信じられないことだ。
 だが、勘治は、内容が事実であると思っている。それは、初めての処分で、緑の手を見てしまったからだ…。

 書付の内容…。ヒト以外の、いわゆる妖怪についてのことであった。
 具体的には、鬼・河童・人魚についての記述だ。
 だが、この書付は断簡であり、完全な状態では無いらしい。抜けている部分に何が書かれていたのかは不明だが、断簡とは言え、家宝は家宝だ。貴重な物には違いない。

 師匠が亡くなったということは、勘治は、この書付と「処分」と忍びの技を伝えて行く責務を完全に負わされたということ。
 しかし、勘治には子供がいない。
 結婚もしていない。
 仕事柄、いつ、何があるかも分からない…。
 師匠が存命中はまだ良かったが、今、この伝える責務は全て彼一人の肩にのしかかっている。彼に何かあれば、途切れてしまうことになるのだ。

 勘治は大きな焦りを覚えていた。
 後継者候補の心当たりは、無くはない。いや、あの者以外には適任者は居ない。是が非でも引き受けさせなければならない!
 しかし、その候補者は、現在「武者修行中」と称して行方が知れない…。
 おそらく、二~三年以内には帰って来るということだが、そんなに待てない。今すぐにでも、後継者に指名し、大事なことを伝えておかなければならない。

 彼の頭の中に浮かんでいる後継候補者・・・。
 それは、なんと、若く美しい女性。

 鬼の村に行っている、尾賀恵美だった。


 尾賀恵美・・・。
 …ここ数年、勘治は奇妙な事件に何度か遭遇していた。
 彼がそれまでに実在を確認していたのは河童だけであったが、書付にあった鬼が関係する事件が起こったのだ。
 親友から頼まれて着手し、後に公安案件になった事件も、それに関係していたらしい。兄から三体の鬼の死体の写真も見せられた。
 その内の二体を討ち取ったのが、尾賀恵美だ。

 恵美の身のこなしは明らかに普通でない。彼女が身に付けているのは、間違いなく忍術だ。それも、勘治のモノとかなり近い。
 また、尾賀家は代々、鬼に関わる仕事を秘密裏にしてきているらしい。

 師匠の家は小賀おが・・・。
 尾賀おが小賀おが・・・。
 無関係とは、到底思えない。

 尾賀家は平安時代からの家という。一方、小賀家は、戦国の頃からの家という…。
 おそらく小賀家は、尾賀家の分家なのであろう。そして、本家が鬼、分家が河童と担当を分けたのではないか…。

 小賀家は後継が無く、師匠の死によって絶えてしまった。ならば、本家の尾賀家に河童担当を返上するのが道理であり、自然な流れだ。
 忍術も使えて、尾賀家に伝わる能力に関しても有望視され、更に鬼を二体討ち取ったという恵美。勘治が受け継いだモノの後継者として、まさに打って付けの人物なのである。

 ・・・だが、その恵美は、今、居ない。
 一ヶ月二ヶ月のことなら待つが、それ以上となると、待っていられない。どうするか・・・。

 恵美は、あの奈来早神社宮司の妾である。
 であるなら、亭主であるあの宮司に、緊急避難として伝えておくというのも一つの手だ。ちょっと頼りなさそうな人物だが、仕方ない…。

 驚くことに、姪の沙織も鬼を討ち取ったというが、彼女も恵美と同じで、あの宮司の妾だ。
 だから、沙織も巻き添えにして一緒に伝えて置こう。沙織と恵美は親友だと言うので、恵美が戻れば、嫌も応もなく引き継がせてしまえばよい。
 自分が元気な間は、特に何かしてもらう必要も無いのであるし、何なら、恵美が鬼担当、沙織が河童担当ということでも良いのだ。後のことは、尾賀家で考えるであろう。

 方針はまとまった。
 だが、伝える前に、しなければならない重要なことがあった。
 伝えるからには、間違いなく伝えねばならない。しかし、勘治は、師匠が訳してくれた方の書付を紛失していたのだ。
 だから、まずは、古文書を解読し直さなければならない。

 これは自分でするには荷が重すぎるが、兄嫁が大学教授をしていて、そちらの方の専門家だ。
 娘たちが妾になる件で散々すったもんだしていたが、それも無事に収まって落ち着いたらしいから、今なら問題ないだろう。
 秘密の内容だが、彼女の娘も関係した鬼に関わる記述もあることだし、身内でもあり、適任だ。

 早速、勘治は行動を開始した。
 原本は大切なものなので、それをコピーし、兄を通して解読依頼の手配をした。
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