上 下
28 / 80
沙織

27 沙織の帰還1

しおりを挟む
 翌朝…。

 権兵衛の帰郷は、通常なら東海道新幹線で名古屋まで行き、私鉄に乗り換えて小牧市へというコースだ。
 この日も、前々日までは、そのつもりで準備がされていた。

 だが今回は、淫気垂れ流し状態の危険な沙織が同行する。あちこちで男に襲われまくっては、大変だ。だから急遽、車でということになった。
 運転手も、もちろん女性。ボディーガードもである。
 男は権兵衛一人だけ。彼は頑張って、孫娘が放出する邪悪な淫気に耐えることとなる…。

 東名高速道路を通り、小牧インターで出て、地元の愛知県小牧市へ。
 最初の目的地は、尾張賀茂神社だ。

 この神社は、平地にある奈来早神社とは違い、山の中腹にある。表参道は百段の石段になっていて、駐車場はその下。つまり、歩いて石段を上らなければならない。
 しかし、これでは不便だし、脚の弱い人は参拝出来ない。ということで、裏道の細い車道が存在していた。車で境内の社務所横まで出られるのだ。
 祈祷や相談事の予約をしておけば、通常であれば、この車道を使用できる。権兵衛も当然、いつもはこの車道を利用する。
 ところが、あいにくのことで、道の途中に崩れそうなところが見つかり、補修完了まで通行止め…。
 こんな事情で、この日は石段下の広い駐車場に車を停め、歩いて石段を上ることになった。
 八十歳の権兵衛にはキツイ道だが、車道が通行止めでは仕方ないし、こちらが本来の参道。
 車道は四十年くらい前に作られたものであり、それまでは権兵衛もこの道を歩いて参拝していたのだ。

 沙織は何度もこの神社に来ているが、権兵衛か神社の娘の恵美と一緒に来るため、表参道から上ったことは一度も無かった。
 かなりの勾配で、沙織にも、この石段はキツイ…。権兵衛が足を踏み外して落ちないように、一歩下がって祖父を支えながら進む。

 ふと、参道脇にずっと続いて植えられている木に、沙織の目が行った。
 沙織は植物に詳しくは無いが、見覚えのある樹木。しかし、あまり他の神社では見かけない種類の木だ。
 どこで見たのか…。
 そう、慎也の家の庭だ。たしか、奈来早神社の境内奥にも、一本、この大木があった気がする。

「どうした? ああ、ザクロの木だな。この神社にはザクロの木がたくさん植えられておる。六月くらいになると、オレンジ色の花が見事だぞ。」

 沙織の視線の行き先に気付いた権兵衛が教えてくれた。
 普段なら、沙織は木になど目も止めないが、少しでも慎也と関係あると、気になって仕方ない。これは、もう、完璧な重症なのである…。

 石段を上り、鳥居を潜って、右横の手水舎で手水を使う。
 拝殿前で参拝し、その右奥の、社務所へ…。
 沙織も同席し、この神社の最高職、大物忌おおものいみに面会となった。八十七歳の老婆で、沙織の親友である恵美の、祖母だ。

 いきなりのことであったにも関わらず、沙織はしばらくこの神社に泊まり込むことになった。
 名目上は地元秘書といっても、淫気垂れ流しの危険な娘を事務所に置いておけない。
 沙織に与えられた仕事は、この神社との連絡係。それならば、ここにいた方が手っ取り早い。

 神社の方としても「神子かんこの巫女」の世話をするのに否やは無い。
 それに、この神社は女ばかりなのも都合良い。
 宮司は恵美の父親だが、自宅は別にあり、彼は祭典のある時にしか神社に来ない。
 普段は恵美の祖母である「大物忌」と、その世話をする女性職員数名のみ。
 恵美の母、真奈美が師範をしている道場が境内にあるが、そちらの方も、門弟含め全て女性ばかりだったのだ。



 さて、次に向かうは、亜希子の研究所となる。

 昨日の会談後、父からの電話での指示で、沙織は亜希子に連絡を取った。
 亜希子に権兵衛の診察をしてもらうようにとのことだったので、診察の予約をしておいたのだ。
 沙織も、祖父の顔色があまり良くないのを気にしていたが、権兵衛の医者嫌いは有名。父からは、「お前の責任で、必ず診察を受けさせるように!」と厳命されていた。
 亜希子は権兵衛にとって実の娘であり、更に孫の自分も付いている。よもや、嫌がって逃げだすことは無かろうが、ここは、少し注意が必要だ。

 そして、この研究所で、慎也や舞衣とも会えることになっていた。これは、権兵衛からの指示だった。
 権兵衛も、この孫ががれる男と敬慕してやまない女性に、じかに会ってみたかったのだ。
 しかし、直接に奈来早神社へ出向き、それが報道されたりしてしまうと、沙織の母、優子の耳に入る恐れがある。「亜希子の研究所と神社は近い」ということと、「亜希子は沙織が慎也の元に戻るのに賛成している」ということを沙織から聞き、それならば研究所でということになった。
 自他ともに認める医者嫌いの権兵衛としては、「単に診察を受けに行く」というのが嫌であったのでもあるが…。

 権兵衛と沙織は、またヒイヒイ言って石段を下る。…急な石段は上りよりも下りの方が怖いのだ。が、自分で上ったのであるから、自分で下りるのは宿命だ。仕方が無い。

 駐車場の車に乗り込み、山道を下り、市街を経て、小牧インターから名神高速道路へ。まっ平な平野部をひた走り、木曽川を越えると岐阜県となる。

 等間隔に並んだ稲の切株がひたすら続く、広い田圃群。
 そして、その向こうに横たわる養老山地と、雪を冠して白く輝く伊吹山…。

 沙織にとっては楽しく濃密な五年四ケ月を過ごした、思い出深い、懐かしい風景だ。
 慎也たちとの別れの日から、四ヶ月程しか経っていない。
 しかし、この四ヶ月は、沙織にとっては長かった。あふれる涙が、ほおを伝う…。

 隣に坐る孫の光る涙を、権兵衛は何も言わずにジッと見ていた。



 研究所の駐車場に、権兵衛と沙織の乗った車が入った。
 窓からそれを確認した杏奈・環奈の知らせで、亜希子と徹、慎也以下の面々、総出で玄関まで、お出迎えだ。
 外で出迎えなかったのは、万一、報道関係者がいると拙いということで。沙織が来ると聞いて、美雪と早紀も、大学は自主休講。この場に来ていた。

 車が停車すると同時に、沙織は秘書という立場を忘れ、権兵衛を放ったらかしにして、車から飛び降りた。
 駆ける様に、真っ先に玄関の扉を開けて入ってゆく沙織。すぐさま慎也の姿を視認する。

「慎也さん!逢いたかった~!」

 涙を流しながら飛びつき、沙織は自分から慎也と唇を合わせた。

 しっかりと、しがみ付き…。舌をからませ合う、濃厚なディープキス…。
 そのまま、沙織の方から慎也を押し倒してしまいそうな勢いだ。

 少し遅れて入ってきた権兵衛は、いつもはおしとやかな孫の豹変ひょうへんぶりに口を開けて呆然ぼうぜん
 付き添っていたボディーガード(女性)も口に手を当て、目を剥いて固まってしまった。
 亜希子と徹、美雪と早紀も同様だ。

 そして、その他の慎也の妻四人は、苦笑していた。

「お姉様、ハシタナイですヨ!」
「お爺様が驚かれてます!」

 杏奈と環奈に指摘され、ハッとして離れ、恥ずかしそうにする沙織。その沙織に、舞衣が歩み寄った。

「沙織さん。おかえり」

「ただいま。舞衣さん」

 沙織は、笑顔を向ける舞衣の胸に顔をつけ、声を上げて泣き出した。
 舞衣は涙で濡れるのも構わず、そのまま沙織の肩に手を回し、優しく抱いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

勇者パーティーを追放された俺は腹いせにエルフの里を襲撃する

フルーツパフェ
ファンタジー
これは理不尽にパーティーを追放された勇者が新天地で活躍する物語ではない。 自分をパーティーから追い出した仲間がエルフの美女から、単に復讐の矛先を種族全体に向けただけのこと。 この世のエルフの女を全て討伐してやるために、俺はエルフの里を目指し続けた。 歪んだ男の復讐劇と、虐げられるエルフの美女達のあられもない姿が満載のマニアックファンタジー。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...