龍王様の半身

紫月咲

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1章 4本の聖樹

聖樹の秘密

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「――レックス、アルウィン、聞こえるね。アルウィンはもう着いた?……そう、なら君達はこれからセシルの元へ行き、先に白王宮へと戻っていて。僕達は、これから3本の聖樹の再調整を済ませる。なつななら大丈夫…詳しくは、戻ってから話すよ。」

少し離れた場所で遠話フラウルを行っているレイを横目に、私は翠月から聞いたことをライナスさん達に伝えながら、これからの段取りを話し合っていた。

聖樹フォルーンに向かう少し前、既にフォルーンの側に待機していたアルウィン兄さんへ、レイは聖樹アルノディスの側に待機するレックスさんの元へ向かうよう、遠話フラウルで伝えていた。

遠話フラウルとは、龍王と六属龍との間でのみ行える、テレパシーのようなものらしい。
実際は声に出す必要はないのだけど、隠す必要はないと、レイは今私にも聞こえるように声に出してくれている。
その距離や場所に関係なく、その会話は全員に聞こえ、やり取り出来るそうで。
グループ通話みたいなものかなと、私は漠然と考えていた。




「…では、再調整を行う方法としては、聖樹の内部へと入り、内部にある3つの聖なる樹実エラルーンに、直接なつなの血を与えるということですね。」

ライナスさんの声にはっとして、私は思考していた意識を戻す。
再確認のために問われた内容に頷いて、私は翠月を見上げる。
すると彼は私が言いたいことが分かったのか、それを肯定するように頷いた。

聖樹には、外からは分からない空間がある。
それは生い茂る枝や葉に巧みに隠され、聖樹の真上から『ある方法』でしか確認出来ない空間で。
そして、そこに入れる者はただ1人だけ。

それは――





「ならば、僕と王がなつなと共に入ります。翠月殿に案内を…」
「――それは出来ません。」

私の口から漏れた拒否の言葉に、ライナスさんが息を呑んだのが分かる。
そしてその言葉の真意を問うような瞳を見返しながら、私は瞼を伏せた。




「そこには、私しか入れないそうです。他には、聖樹の化身だけ…レイもライナスさんも、入ることは出来ないんです。」
「そんな…!」
「…ライナスはともかく、何故僕が入れない?聖樹を保っているのは僕となつなだ。それなのに、何故…」

遠話を終え、戻ってきたレイの問い質すような響きを持った声に二の句を継げれずにいれば、そんな私の前に誰かが立つ気配がして。
視線を上げれば、そこにいたのは。




「翠月…」

私とシオンにしか見えない筈の翠月が、その姿をレイ達の前に現していて。
初めて見る彼の姿に、2人やエドガーさん達が驚きに目を見張る。

明らかに『見えざる者』とは違う姿。
はたから見れば、まるで人間のように見えるほど、その実体ははっきりとしているのだから。
そんなレイ達を悠然と見つめ返して、翠月は口を開いた。



『——お初にお目にかかります、龍王。ですが、こうして聖樹の化身が言葉を交わすこと、本来ならばあり得ないこととお心得ください』
「君が翠月、か…」
『…率直に申し上げます。我が君がお伝えしたこと、紛れもない事実。聖樹に入れる者は、私達を除き、我が君のみ。そこに例外はないこと、どうぞお知り置きください』
「…それは何故だ?聖樹は、龍王の魔力と半身の血によって成り立つもの。なのに何故、なつなだけしか入れない?」
『それは全て、“同化率”の問題です』
「…同化、率?」

翠月が口にした言葉に疑問符を浮かべるレイを見据え、彼は淡々と事実のみを告げる。





『聖樹を生み出すのは我が君の血、聖樹を育てるのは龍王の魔力。この仕組みは、貴方もご承知の通りです』
「……」
『魔力は、この世界に生きる者全てに流れる力。ですが、自らの身体を生かすものではない』
「…何が言いたい?」
『重要なのは、『血』なのです。聖樹は、半身の血を受けねば育たない。謂わば、『器』でしかなかった聖樹に宿る、心臓。たとえその血が一滴だとしても、聖なる樹実エラルーンが取り込む力は凄まじいのです』
「……」
『育ちきった聖樹は、与えられた龍王の魔力を循環させ、合成や変化を経て、自らのものとします。ですが、半身の血だけは核となる聖なる樹実エラルーンが取り込んだまま、残るのです』
「…!」
『故に、聖樹は半身とある種同化した存在。その血を核とし、自らのものとした龍王の魔力と、聖域から漏れ出る力を融合させ、世界へと供給しているのです』

翠月が明かす、聖樹の秘密。
彼が姿を現した時点で、そこに重大な意味があると察していたレイ達も、その内容に唖然とした様子で、ただただ翠月を見つめている。




『聖樹と我が君の同化率は、『100%』と言っていいでしょう。ですが龍王、貴方との同化率は『30%』に満たない。更に今は、聖樹が衰弱している…今貴方が聖樹の内部に近づけば、聖樹の力のバランスが崩れます』
「…っ、」
『貴方が持つ魔力は、あまりに膨大なのです。そして我が君は魔力を持たない、それ故の同化率です。魔力同士の共鳴・・・・・・・は、強い影響を生むのですから』

言うべきことは済んだと言わんばかりに口を閉ざした翠月を、レイは黙ったまま見つめている。

まるであなたに出来ることは何もないのだと、大人しくここで待つように、そう言ったように思えるだろう。
現にレイは眉をひそめて、唇を噛み締めているし、レイと翠月のやり取りを見守りながら、ライナスさん達も歯がゆそうに表情を歪めている。

でも私は、翠月が伝えようとしなかった真意を、レイ達に伝えたかった。





「レイ…翠月は私を、護りたいだけなの。」
「え…?」
「今の聖樹は、力のバランスが崩れていて…少しの魔力干渉でも、暴走しかねない状態なの。」
「!」
「本来なら聖樹を循環して、世界に向けて供給される魔力が滞っていて、内部で渦を巻くように漂っているの。だから、魔力を持つ者が内部に近づけば、聖樹に溜まった力が触発されて暴走して…爆発するわ。…その時内部にいる者は、きっと死んでしまう。」
「そんな…」
「…聖樹の化身である翠月達には、私以外を徹底的に拒むことでしか、他に護る術がないの。だからこんな言い方をしてでも、私から危険を遠ざけて…護ってくれようとしてるの。」

だから、本来なら明かさなくてもいい聖樹の秘密を明かしてまで、翠月はレイ達を止めようとしたのだ。
全ては、私を護るために。




「だからお願い…翠月を責めないで。翠月はわざと、こんな言い方をしたの。私のために。」
『我が君…』
「…責めるつもりはないよ、なつな。ただ少しだけ、衝撃的で…でもまさか、そんな理由があったなんて。あのまま知らずにいれば僕は…自ら君を危険にさらすところだったんだね。」
「レイ…」
「待つことしか出来ないなんて…嫌だけど。歯がゆくて耐えきれないくらい、辛いけど。でもそれが、なつなを護ることになるのなら――僕は受け入れるよ。」

未だに歯がゆさを表情に浮かべながら、それでも受け入れてくれたレイは、私の頬を撫でてから、その瞳を翠月に向けた。




「約束して欲しい、翠月。僕の代わりに、必ずなつなを護ると。僕の大切な…半身なんだ。」
『無論です。我が君を護ることこそ、私の務め。…不躾な物言いになったこと、ご容赦ください』
「構わない。むしろ…はっきりと伝えてくれたこと、有り難く思うよ。僕は、もう少し冷静にならなければならなかった。」
『龍王…』
「――なつなを頼むよ。」

その真摯な眼差しに込められた想いに、翠月は静かに頷く。
そしてレイの傍で今まで黙ったままだったライナスさんが、私の元へ歩み寄り、私を抱き寄せた。





「ライナスさん…」
「…どんな時も傍にいると、約束したのに僕は…何も出来ないのですね。こうして、あなたを待つことしか…」
「……」
「…なつなを護る役目は、僕だけが務めていたいのに。こんな時にまで、翠月殿に嫉妬する…愚かなあなたのつがいを、どうか許して下さい。」

ぎゅっと強く抱き締められて、その言葉の中に込められた愛情や苦悩に、私の中にある不安な思いが、切ないほどに溢れてきて。
でもふとその時、抱き寄せられた胸元にあるものが目に留まり、私はライナスさんを見上げた。




「ライナスさん…そのネックレス、お借りしてもいいですか?」
「え…」
「ライナスさんの代わりに、身につけさせてください。…御守りになります。」

そのネックレスは、2ヶ月前にフローラさんから頂いて、ライナスさんにプレゼントしたもの。
その日から肌身離さず身につけてくれていることを、私はよく知っていた。




「…必ず、無事に僕の元に帰ってきて下さい、なつな。約束ですよ。」
「はい…絶対に。」

ライナスさんの手によって、首元に飾られたネックレスに触れながら頷けば、そのまま抱き寄せられて、私が触れていたネックレスを持ち上げて、まるで祈るようにそこに触れた唇。
離れた瞬間を切なく感じながら、囁くように告げられた『お気をつけて』に頷いて、私はライナスさんの元を離れ、翠月とレイの元に向かう。




「…行ってきます、レイ。」
「…うん。必ず帰ってきて、なつな。僕の元に。」

その言葉に頷いて、私は差し出された翠月の手を取る。
そうして瞼を伏せ、心の中で命じる。

すると、ふわりと浮く身体。






『まずは、聖樹フォルーンの真上へ参りましょう』

翠月の言葉に導かれ、一気にフォルーンの真上へと風に乗り移動する。
そうして眼下を見下ろせば、生い茂る葉や枝を抜けた先に、空間を見つけた。




「あそこがそうなの?」
『はい。既に、フォルーンが入口を開いています。このまま降りましょう』

翠月の手に促され、ゆっくりと降下する。
すると、まるで意志があるかのように避けていく葉や枝を見つめながら、その空間へと真っ直ぐに降りていく。

そしてたどり着いたそこは、人が数人入れるかどうかであろうくらいの、広くはない空間だった。
そしてその中央に浮かぶ、3つの聖なる樹実エラルーン
その傍に立つフォルーンは、その実に手を伸ばし、その中の1つを手に取った。





聖なる樹実エラルーンは、こうして残っているのね…」
《はい。聖樹が育ちきった後、こうして形を取り戻します。そして3つの実は、互いに繋がりあうのです》
『私達聖樹の化身は、本来この空間に留まって、この3つの実を護っているのです。そのために、私達は生まれたのですから』

そして翠月はフォルーンを促し、彼女は私の前にその実を差し出す。






『——では、始めましょう。聖樹フォルーンの、命の息吹を取り戻すために』 




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