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第32話「竜王と妖精姫」

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 オデルside

 竜を模ったステンドグラスから降り注ぐ陽光が式場を照らす。
 バージンロードにひかれた真っ赤な天鵞絨ビロードを挟んだチャペルチェアには、各国の要人達が勢揃いしてた。
 正装に身を包んだオデルは聖壇の前でシルディアの入場を待ちながら、愛しい彼女の両親へ気付かれないように視線を向ける。
 要注意人物としてマークしていたアルムヘイヤ国王夫妻に今のところ不審な動きはない。

(今更シルディアに何の用があるんだ。いや、妖精姫しか娘がいないと公表しているのだから参列しないのは不自然か)

 王妃はすでに涙ぐんでおり、シルディアの結婚を心から祝福しているのが見て取れる。
 反対に、国王は眉間に皺をよせ不機嫌そうにしていた。
 早く帰りたいと言わんばかりの態度は予想通りで呆れる気すら起きない。

「アルムヘイヤは妖精姫をよく嫁がせたものだな」
「あぁ。一人娘のはずだが、世継ぎはどうするつもりだろうな?」
「いや、あの皇王のつがいだというじゃないか。逃げ切れなかっただけでは?」

 こそこそと話す参列者達の声が聞こえる。
 上皇夫妻の耳にも届いているはずだが問題はないだろう。
 上皇后は目を輝かせてシルディアの入場を待っているし、上皇に至ってはシルディアが妖精姫の影武者だと知っている。
 今更シルディアが妖精姫だと言われようと惑わされることはない。

(つっても、あのシスコンな妹が何も仕掛けてこないのは気がかりだな)

 幼い頃シルディアと庭園で過ごしたが、妖精姫に毎回のように邪魔をされてきた。
 妖精を使いあの手この手で邪魔をされた記憶は、オデルの中に今もなお残っている。

(あのシスコンは何をやらかしてくれるか分からないからな。警戒はしておこう)

 ぎっと軋む音がして、ウエディングドレスを纏った女性が扉をくぐったのが視界の端に映った。
 オデルは待ちに待った愛しい人へと視線を向ける。
 ゆったりとバージンロードを歩く彼女に、オデルは眉を顰めた。
 美しい所作で優雅にオデルの隣に辿り着いた彼女がオデルの腕へ手を絡めようとする。
 が、オデルはそれを良しとせず手を振り払う。
 ざわっと空気が揺れた。
 と同時に膨大な魔力が式場を揺らす。

「シルディアはどこだ?」

 地を這うような声に誰もが黙り込んだ。
 ところが、膨大な魔力を真っ正面から受けてもひるまず、ベールを脱いだ女が一人。
 ベールから現れた顔はシルディアと瓜二つだ。
 にんまりと笑うその姿が忌々しい。

「あら、妻となる女性の顔をお忘れですか?」
「はっ! お前が俺の妻? 寝言は寝て言え。妖精姫」

 そう言い放ちオデルはばさりと左のペリースが翻しながら、式場の扉へと足を向けた。
 視界に入った妖精姫フロージェの背にはつがいの証が咲いており、思わず舌打ちを零す。

「手の込んだことだ」

 小声で呟いたはずだがフロージェの耳に届いたようで、気に食わないと言わんばかりの声色がオデルを追った。

「どこに行くというの?」
「俺の花嫁を迎えに行く」
「ここにいるでしょう?」
「何度も言わせるな。そもそも俺がシルディアのために用意した花嫁衣装を身にまとっていること自体許せるものではないが……」
「器の狭い男だこと」
「好きに言っておけ。俺が望むのはシルディアであってお前ではない」

 オデルの言葉に参列者達がざわめいた。

「どういうこと?」
「あれは妖精姫だろう?」
「皇王陛下は何を言っているんだ……?」
「式はどうなるの?」

 舌打ちしたい気持ちを抑えながら、バージンロードの真ん中でオデルは上皇へ目配せをする。
 心得たと頷いた上皇が立ち上がり、一歩前へ進んだその瞬間。
 バァン! と、派手な音を立てて扉が開かれた。
 愛しい人の声と共に、大量の妖精が式場へとなだれ込んでくる。

「あぁ。もう! 鬱陶しい! 離れなさい!!」
「やだ~」
「フロ~ジェ~ごめん~」
「駄目だよ~」
「もういいわ。戻ってきなさいな」
「は~い」
「わ~い~」

 統率の取れていなかった大量の妖精達がフロージェの元へ集まっていく。
 妖精まみれだったシルディアの姿が露わになり、よりいっそう参列者達がざわめいた。
 それもそのはず。
 なにせ、一人娘だと公表されている妖精姫が二人、この場にいるのだから。

「どういうことだ!?」
「妖精姫が二人!?」
「どちらかが偽物だろう」
「どう見ても、なぁ?」
「えぇ、そうね」

 聖壇の前に立つフロージェに皆の視線が集まる。彼女の周りに妖精が集まっているのだ。
 誰がどう見てもフロージェこそが本物の妖精姫だと理解するだろう。
 しかし、オデルは迷いなくシルディアの隣へと陣取った。

「フロージェ! 一体どういうつもり!?」

 シルディアの耳には周りの喧騒など入っていないようで、フロージェしか視界に入っていない。
 その事実にオデルは眉の間をかすかに曇らせる。
 愛しい彼女の美しい薄い空色の瞳に自分が写っていないことに気が立ってしまいそうだ。
 暴れ狂いそうな内心を隠し、シルディアの腰に手を回す。
 すると、初めて気が付いたと言わんばかりの顔がオデルに向いた。
 それだけで心が凪いだように落ち着くのだから、我ながら単純だとオデルは小さく笑う。

「無事か?」
「えぇ。危害を加えられたわけじゃないわ。ただ……」

 シルディアは自身が置かれた状況を正しく理解したようだ。
 妖精姫と瓜二つな女性がこの場に現れたことへの影響を瞬時に判断したのだろう。
 丸くなっていた目が不安げに揺れる。
 あまり自分からスキンシップをしないシルディアだが珍しく、周りに見えないよう袖の裾を掴んできた。
 その行動は心細い思いをさせてしまってしまっている証拠でもあった。

「心配することはない。俺の唯一はシルディアだけだ」
「……うん」
「話は終わったかしら?」
「妖精姫。お前はなぜ邪魔をする?」
「邪魔? 本来ならば、皇王陛下の隣に立つべきは私のはずでしたのよ?」

 芝居がかった仕草でそう告げたフロージェにオデルは違和感を覚えた。

(こいつが皇国に来てまでやりたいことはなんだ? 十中八九シルディアに関することだろう。……まさか)

 思わずシルディアの腰を抱く手に力が籠った。
 現状、シルディアの立場は危ういものだ。妖精姫だと誤認している貴族達のお陰で、危害を加えるようなことはない。
 だが、妖精姫じゃないと分かればどうなるか。想像に難くない。

「俺のつがいは隣にいる。目的はなんだ?」
「聡明な皇王陛下であればお気づきでは?」
「相変わらずだな、妖精姫」
「あら。皇王陛下もたいがいでしてよ」

 フロージェは自身が美しいと自覚しているのだろう。
 見る者を虜にする笑みを浮かべるフロージェがシルディアへと目を向けた。

「ずいぶん愛されているようでなによりだわ。……ね、お姉様?」

 フロージェの発言により、会場は式続行が不可能なほど混乱に陥ったのだった。
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