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第24話「逆鱗」

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 唇が離れると、零れ落ちんばかりに見開かれた赤い瞳と目が合う。
 その瞳に仄暗い雰囲気は一切なく、驚きが支配していた。
 目を丸くしたオデルは乱れた黒髪をそのままに、シルディアを見つめるだけだ。

「な、なにか言ったらどうなのよ」
「いやまさかシルディアから口づけしてもらえるとは……」
「しみじみと言わないで」
「そうは言っても、驚かずにはいられないだろ。つがいの証も浮かび上がってる……。え、まさかこれ夢だったりしないよな?」
「夢だと思うならそれでいいんじゃない?」
「いや、すまない……。少々、いや、かなり信じ難かっただけだ」

 胸倉を掴んでいた手を放し、シルディアは後ろを向く。
 そこで初めて竜巻が治まっていることに気が付いた。
 驚きに固まっているヴィーニャ達にへらりと笑顔を向ければ、ヴィーニャが泣き出してしまった。
 泣き出してしまった彼女を宥めようと足を踏み出した途端、足に力が入らず床へへたり込んでしまう。

「……あれ?」
「シルディア!? どうした? やっぱりどこか怪我を……」

 後ろから慌てた様子で回り込んできたオデルに、シルディアはそうじゃないと手を振った。

「あはは。なんか、今更になって恐怖が……。えっと、ね。腰が抜けちゃった」
「よかった……」

 心底ほっとしたオデルがシルディアの肩に乗ったマントを体に巻き付ける。
 何をしているのか分からずシルディアがされるがままになっていると、ミノムシ状態のままオデルに抱き上げられた。

「ひゃあっ!?」
「あ、こら。暴れるんじゃない」
「さすがにこれは恥ずかしいのだけど」
「他の男にシルディアのそんな姿を見せるわけにはいかないからな。少しだけ我慢してくれ」
「……わかったわ」

 そう言ってシルディアはオデルの胸に顔を埋めた。

「ありがとう。シルディア。君のお陰だ」

 額の辺りに口づけを落とされたシルディアは気恥ずかしさに目を閉じて寝たふりをした。

「ん? 速攻落ちた……? まぁ仕方ないか。あんだけ聖なる力を使ったんだからな」
(聖なる力? 魔法じゃなく?)

 初めて聞く単語にシルディアは疑問を持つが、後で聞けばいいかと思考を放棄した。
 なぜならゆらゆらとオデルの腕に揺られ歩いている間に、シルディアは本当に眠たくなってきてしまったからだ。
 シルディアはオデルの匂いに包まれ、うとうとと船をこぎ始める。
 立ち止まったオデルが頭を下げるヴィーニャ達へ箝口令を敷く。

「先ほど見たことは他言無用だ。わかったな?」
「承知しました」
「神話の女神様が降臨なさったのかと思いましたよ」
「お前はこれから一生地下牢で過ごすことになる。覚悟しておけ」
「おやおや。甘いですね」

 拘束された男が不敵に笑うが、オデルが気にした様子はない。

「本当は殺してやりたいが、シルディアの頼みだからな。俺を生かしてくれた女の頼みとあっちゃ断るのは無粋だと思わないか? なぁ、そこの」
「うわ!? 気づいてやがったのか!?」
「当たり前だろ。誰が生き埋めを回避させてやったと思っている」

 不敵に笑ったオデルが見張りも魔法で拘束する。

「解けよ!」
「断る」
「いいのか! オレってば、その子に唾つけてやったもんね!」
「貴方、今それは自殺行為ですよ」
「へぇ? それは知らなかったなぁ。具体的に教えてくれないかい?」
「虎の尾を踏みましたね。私は知りませんよ」
「皇王陛下は激怒すると柔らかな口調になるのですね」
「堂々と観察してないでオレを助けてくんね!?」
「嫌です」
「嫌ですね」
「親子共々ひでぇな!?」

 そんな会話を子守歌に、シルディアは夢の世界へと意識を手放した。


 ◇◆◇


 シルディアが目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。
 ヴィーニャが手入れを施してくれたのか、地下で汚れた肌は綺麗に磨かれている。
 すでに肌触りのいいネグリジェに着替えており、下着姿を晒さずに済みそうだとシルディアは寝ぼけた頭で考えた。
 温かな布団に包まれ、シルディアが幸せを噛みしめていると、隣からくすくすと笑い声が聞こえてくる。
 目を向ければ優しい顔でこちらを見るオデルがいた。

「お、オデル。起きてたなら声かけてよ」
「ごめんごめん。ついシルディアが可愛くて」
「理由になっていないと思う。……まぁいいわ。わたしどれぐらい寝てたの?」
「二時間も経っていないぞ。もっと寝ていてもいいぐらいだ」
「そう」

 シルディアは自身の体に回るオデルの手を取り握りしめる。

「どうした? 寂しくなったのか?」
「そうじゃなくて、今日の誘拐の件」
「あぁ。何が知りたい?」
「竜の王には逆鱗があって、それが弱点だって言ってた」
「あ? あー……」
「わたしはまた、オデルから聞けなかったの」

 目を伏せながら言えば、オデルは困ったように笑った。

「知りたい?」
「もちろん」
「仕方ないな」
「へっ」

 握った手をそのままに、オデルがシルディアに馬乗りになる。
 目を見開いたシルディアだったが、オデルの楽しそうな瞳に抗議する気がなくなってしまった。
 握ったシルディアの手をオデルは自身の喉元へ持っていく。
 喉元に表れた鱗に、シルディアは驚きを隠せない。
 今まで何の違和感もなかった喉元に、大きな黒色の鱗が現れると誰が思うだろうか。

「わぁ。本当に鱗なのね……!?」
「喜んでいるところ悪いけど」
「ん?」

 一心不乱に逆鱗を触るシルディアを見つめる赤い瞳にはいつの間にか熱が籠っていた。

「俺以外の誰も知らない秘密なんだ」
「え? そんなもの、わたしに教えてよかったの?」
「俺から逃げたくなった時のために知らせてなかったんだ。だが、シルディアが知りたいと強請るからな。答えないわけにいかないだろ?」

 頬に口づけを落とされ、挑戦的な笑みを向けられる。

「皇王の弱点を知ったんだ。もうどう足掻いても逃げられないな?」

 その言葉に、シルディアはまた気遣われていたのだと悟った。
 優しいオデルに報いたくて、シルディアは彼の首へ腕を回し、余裕たっぷりに微笑んで見せた。

「望むところよ」

 たまらないなと呟いたオデルの唇が、シルディアの唇と重なった。
 二度目の口づけは、お互いの存在を確かめ合うような、優しいキスだった。
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