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第5話「案内」
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「寝室の隣はシルディアのドレスルーム。君に似合いそうなドレスを仕立てておいた。好きにするといい」
(いつ採寸されたんだろ……?)
「寝室からすぐ行けるのは書庫だよ。シルディアが退屈しないように古今東西問わず本を集めたんだ」
(わたし、読書が趣味だって言ったっけ……?)
「書庫の隣は俺の執務室。書庫とリビングルームから来ることが可能だ。でも、ここは色んな者が出入りするから、来たい時は必ずノックしてね。執務室の奥にも書庫はあるけど、資料ばかりだから面白くないかも」
(執務室を通らないと廊下には出れないようになっているのね)
流れるように部屋を案内したオデルは、執務室の端で満足そうにしている。
一方のシルディアは、部屋の間取りに頭を悩ませていた。
落ち着いた雰囲気の執務室だが、シルディアの内心は穏やかではない。
(どう転んでもわたしを外に出す気がないのね。オデルが公務をしている間は城内を動けると思っていたけれど、この間取りじゃ無理だわ)
「どうかな? シルディアが来るまでに造らせたんだ。気に入ってくれると嬉しいな」
寝室から書庫、書庫から執務室。執務室からリビングルーム、リビングルームから寝室と全て繋がっている。
それは、シルディアが外に出さないために造られたのだと悟るには十分すぎた。
「扉の外には見張りがちゃんといるのよね?」
「そうだね。俺はいらないと言っているんだが、騎士団長がうるさくて仕方なく」
そう言ったオデルは肩をすくめた。
不本意だと言わんばかりの行動にシルディアは少し笑みが浮かんだ。
「それにしても、他国の王族を執務室に連れ入るのはどうかと思うわ」
「大丈夫。半年後には結婚するんだ。問題ないよ」
皇族と王族との結婚は、結婚しましょうとすぐに婚姻が結ばれるわけではない。
準備期間が必要になるのが一般的だ。
半年から一年かけて、貴い身分にふさわしい式になるよう準備をする必要があった。
すべては、皇族の力を見せつけるためだ。
しかし、皇国で一番重要視されるものは、準備期間といった一般的なものではないことを、シルディアは知っている。
「本当にそう思っているの?」
「アルムヘイヤは君を差し出したんだ。結婚しないという選択肢はないと思うけどね」
「……わたしはオデルの【つがい】ではないわ」
ガルズアース皇国の皇族は皆、竜族だ。
彼らは【つがい】という独自の感性を持ち、生涯にただ一人愛する者をそう呼ぶ、少し変わった一族だ。
つがいは同じ竜族から選ばれることもあれば、他国の尊い身分の人間や平民の人間であったり、はたまた亜人であったりと様々だ。
そして、つがいではない者に対する好感度はマイナスへ振り切っているのが一般的だと書物に記されている。
つがいではないシルディアも皇国へ来てからというもの命の危機に値するようなことばかりされているのだから、その書物は正確なのだろう。
(つがいでない者との結婚は認められないという、特殊な制度があるから、きっとわたしとは結婚できない)
皇族であるオデルは、自身のつがいを見つけ娶らなければならない。
そのため、シルディアとは婚姻結べない。
(きっとフロージェがつがいだったのね。わたしでは代わりに成りえない。でも、気になるのは……私に向けられる感情)
オデルから向けられる視線には憎悪や嫌忌の感情は見られない。むしろ赤色の瞳の奥に燻ぶるのは――
(愛情。いえ、もっと狂気に満ちた重い愛情だわ。狂愛とでもいえばいいかしら?)
じっと見つめ過ぎたのか、視線に気が付いたオデルが恋する乙女のように顔をほころばせる。
絶世の美女顔負けの美を見せつけられてしまえば、オデルがシルディアを心から愛していると疑いようもない。
だが裏を返せば、疑われないようにしなければならない理由があるということだ。
(かといって、皇王がこれほどの愛情を向ける理由が見当たらないことね。本来、つがいでないわたしに愛情を向ける必要はない。偽装をしなければならないような理由があるはず……)
「どうした? そんなに見つめられると照れてしまう」
「冗談でしょ。ずっと顔色一つ変わらないじゃない」
「皇族に生まれた者として、顔色ぐらいコントロールできるさ」
「行き過ぎだわ。それで、オデル。あなたは皇王よね?」
「そうだな」
「公務はどうしたの?」
「俺が一日抜けたぐらいで回らなくなるような執務はしていないさ」
言い切ったオデルに、シルディアは思わず眉を吊り上げた。
「つまり、サボり!? 皇王が!? ありえない。今すぐ公務に戻らないと」
「サボりだなんて酷いな」
「事実でしょ!?」
「俺はシルディアの傍にいたい。俺はシルディアさえ隣にいればそれでいいのにな。あ、公務をしてほしいって言うなら、皇王の世継ぎを作ることも大事な仕事だと思うよ?」
「っ!?」
「……流石にシルディアに嫌われそうだしやめとこうかって、ん? 真っ赤になって可愛い。なぁに? 想像した?」
「うるさい」
赤く染まった顔を見せないよう、シルディアは顔ごと逸す。
隣で忍び笑いが聞こえたが気にしない。
(マイペースに見せかけて話の主導権を握るのが上手い)
シルディアは起床してから今に至るまで振り回されっぱなしだ。
けっして気を許しているわけではないというのに、オデルのペースに呑まれている。
「何を考えているのか、手に取るように分かるね」
「え?」
「俺に主導権を握られるのがそんなに嫌?」
「当たり前じゃない」
「気が強いところも可愛いな。あ、じゃあ主導権を奪い返してみたら? 案外簡単かもしれないよ」
「わたしが奪えるとは少しも思っていないでしょ」
「うん」
あっさりと頷かれ、シルディアは頭を抱えたくなった。
駆け引きはできないと侮られているのだろう。
そう思われていたとしても、シルディアは何もかもが掌の上だと笑うオデルに一矢報いたくてしかたがない。
(でも、今はその時ではないわ)
「なにか企んでるね。楽しみにしとくよ」
「……そこまで分かっていて止めないのね」
「シルディアがしてくれることなら、俺はなんだって嬉しいからね」
「オデルはわたしが剣を向けても喜びそうだわ」
「当たり前じゃないか」
「当たり前なの……?」
「だって、それだけ俺のこと思ってくれたってことだし……。それに」
「それに?」
「その時だけは、シルディアの綺麗な瞳に俺だけが映るんだ。たまらないよ」
オデルは恍惚とした表情を隠さずさらけ出す。
顔色一つ変えなかった彼のその表情はわざとだろう。
「わたしの反応を見て楽しんでいるでしょ」
「あ、バレた」
「そりゃあそんな露骨に表情が変われば誰だって分かるわ」
「シルディアが俺を見てくれてる証拠だよね」
「話が通じるのか、通じないのか分からなくなってきたわ」
「シルディアの紡ぐ言葉は一言一句聞き逃さないようにずっと聞いているよ」
「聞いていても話の内容が噛み合っていないのよ! もうっ」
ふんっとそっぽを向けば、オデルは少し慌てたようにシルディアを抱きしめてきた。
密着した胸からどっどっと早鐘を打っている音が聞こえる。
(意外。女慣れしてそうなのに、緊張しているのね)
「ごめん。嫌いにならないで。シルディアの反応が可愛くてつい意地悪をしたくなるんだ。シルディアが嫌ならもうしない」
「話が通じるようになるならそれでいいわ」
「うん。ごめんね」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、肩にオデルの顔が埋められる。
肌に彼の髪が当たりくすぐったい。
そうして初めて気が付いた。
「ネグリジェのままだわ……!!」
ドレスルームへと行ったというのに、オデルが流れるように部屋を移動したせいで今の今まで気が付かなかった。
「ちっ気が付かなくてもよかったのに」
ぼそりと呟かれた言葉を拾い、シルディアは眉を吊り上げた。
「わざと教えなかったわね!?」
「ドレスって着替えに時間かかるし、なにより侍女をつけなければならないから、いっそ、そのままでいてくれればいいなと思っただけだよ」
「それをわざとと言うのよ! あぁもう。わたしの侍女選別は終わっているの?」
「……教えない」
「なんでよ!?」
「教えたら着替えに行くでしょ?」
(つまり選別は終わっていて、控えているのね)
子どものような口調と回された腕に力が籠ったことでオデルが拗ねているのだと知ったシルディアは、仕方なく口を開く。
「オデルのために着飾ることも許してくれないの?」
「!」
オデルが息を呑んだのを感じ、シルディアは口角を上げた。
「残念ね。オデルがわたしのために誂えたドレス、わたし一人じゃ満足に着れないし、化粧だってできないわ。困ったわね」
「そんな手には乗らない」
「あらそう。残念。わたしはもっと可愛く着飾った姿を見て欲しいのに」
「くっ……」
「だから、ね? ちゃんと侍女を紹介して。着飾る時間を私にちょうだい?」
「それは、反則でしょ」
肩に顔をうずめていたオデルはさらにぐりぐりと肩に顔を押し付ける。
そんな彼に勝利を確信したシルディアが、最後の一押しにとにっこりと笑った。
「着飾ったら一番に来るから、待っていて?」
(いつ採寸されたんだろ……?)
「寝室からすぐ行けるのは書庫だよ。シルディアが退屈しないように古今東西問わず本を集めたんだ」
(わたし、読書が趣味だって言ったっけ……?)
「書庫の隣は俺の執務室。書庫とリビングルームから来ることが可能だ。でも、ここは色んな者が出入りするから、来たい時は必ずノックしてね。執務室の奥にも書庫はあるけど、資料ばかりだから面白くないかも」
(執務室を通らないと廊下には出れないようになっているのね)
流れるように部屋を案内したオデルは、執務室の端で満足そうにしている。
一方のシルディアは、部屋の間取りに頭を悩ませていた。
落ち着いた雰囲気の執務室だが、シルディアの内心は穏やかではない。
(どう転んでもわたしを外に出す気がないのね。オデルが公務をしている間は城内を動けると思っていたけれど、この間取りじゃ無理だわ)
「どうかな? シルディアが来るまでに造らせたんだ。気に入ってくれると嬉しいな」
寝室から書庫、書庫から執務室。執務室からリビングルーム、リビングルームから寝室と全て繋がっている。
それは、シルディアが外に出さないために造られたのだと悟るには十分すぎた。
「扉の外には見張りがちゃんといるのよね?」
「そうだね。俺はいらないと言っているんだが、騎士団長がうるさくて仕方なく」
そう言ったオデルは肩をすくめた。
不本意だと言わんばかりの行動にシルディアは少し笑みが浮かんだ。
「それにしても、他国の王族を執務室に連れ入るのはどうかと思うわ」
「大丈夫。半年後には結婚するんだ。問題ないよ」
皇族と王族との結婚は、結婚しましょうとすぐに婚姻が結ばれるわけではない。
準備期間が必要になるのが一般的だ。
半年から一年かけて、貴い身分にふさわしい式になるよう準備をする必要があった。
すべては、皇族の力を見せつけるためだ。
しかし、皇国で一番重要視されるものは、準備期間といった一般的なものではないことを、シルディアは知っている。
「本当にそう思っているの?」
「アルムヘイヤは君を差し出したんだ。結婚しないという選択肢はないと思うけどね」
「……わたしはオデルの【つがい】ではないわ」
ガルズアース皇国の皇族は皆、竜族だ。
彼らは【つがい】という独自の感性を持ち、生涯にただ一人愛する者をそう呼ぶ、少し変わった一族だ。
つがいは同じ竜族から選ばれることもあれば、他国の尊い身分の人間や平民の人間であったり、はたまた亜人であったりと様々だ。
そして、つがいではない者に対する好感度はマイナスへ振り切っているのが一般的だと書物に記されている。
つがいではないシルディアも皇国へ来てからというもの命の危機に値するようなことばかりされているのだから、その書物は正確なのだろう。
(つがいでない者との結婚は認められないという、特殊な制度があるから、きっとわたしとは結婚できない)
皇族であるオデルは、自身のつがいを見つけ娶らなければならない。
そのため、シルディアとは婚姻結べない。
(きっとフロージェがつがいだったのね。わたしでは代わりに成りえない。でも、気になるのは……私に向けられる感情)
オデルから向けられる視線には憎悪や嫌忌の感情は見られない。むしろ赤色の瞳の奥に燻ぶるのは――
(愛情。いえ、もっと狂気に満ちた重い愛情だわ。狂愛とでもいえばいいかしら?)
じっと見つめ過ぎたのか、視線に気が付いたオデルが恋する乙女のように顔をほころばせる。
絶世の美女顔負けの美を見せつけられてしまえば、オデルがシルディアを心から愛していると疑いようもない。
だが裏を返せば、疑われないようにしなければならない理由があるということだ。
(かといって、皇王がこれほどの愛情を向ける理由が見当たらないことね。本来、つがいでないわたしに愛情を向ける必要はない。偽装をしなければならないような理由があるはず……)
「どうした? そんなに見つめられると照れてしまう」
「冗談でしょ。ずっと顔色一つ変わらないじゃない」
「皇族に生まれた者として、顔色ぐらいコントロールできるさ」
「行き過ぎだわ。それで、オデル。あなたは皇王よね?」
「そうだな」
「公務はどうしたの?」
「俺が一日抜けたぐらいで回らなくなるような執務はしていないさ」
言い切ったオデルに、シルディアは思わず眉を吊り上げた。
「つまり、サボり!? 皇王が!? ありえない。今すぐ公務に戻らないと」
「サボりだなんて酷いな」
「事実でしょ!?」
「俺はシルディアの傍にいたい。俺はシルディアさえ隣にいればそれでいいのにな。あ、公務をしてほしいって言うなら、皇王の世継ぎを作ることも大事な仕事だと思うよ?」
「っ!?」
「……流石にシルディアに嫌われそうだしやめとこうかって、ん? 真っ赤になって可愛い。なぁに? 想像した?」
「うるさい」
赤く染まった顔を見せないよう、シルディアは顔ごと逸す。
隣で忍び笑いが聞こえたが気にしない。
(マイペースに見せかけて話の主導権を握るのが上手い)
シルディアは起床してから今に至るまで振り回されっぱなしだ。
けっして気を許しているわけではないというのに、オデルのペースに呑まれている。
「何を考えているのか、手に取るように分かるね」
「え?」
「俺に主導権を握られるのがそんなに嫌?」
「当たり前じゃない」
「気が強いところも可愛いな。あ、じゃあ主導権を奪い返してみたら? 案外簡単かもしれないよ」
「わたしが奪えるとは少しも思っていないでしょ」
「うん」
あっさりと頷かれ、シルディアは頭を抱えたくなった。
駆け引きはできないと侮られているのだろう。
そう思われていたとしても、シルディアは何もかもが掌の上だと笑うオデルに一矢報いたくてしかたがない。
(でも、今はその時ではないわ)
「なにか企んでるね。楽しみにしとくよ」
「……そこまで分かっていて止めないのね」
「シルディアがしてくれることなら、俺はなんだって嬉しいからね」
「オデルはわたしが剣を向けても喜びそうだわ」
「当たり前じゃないか」
「当たり前なの……?」
「だって、それだけ俺のこと思ってくれたってことだし……。それに」
「それに?」
「その時だけは、シルディアの綺麗な瞳に俺だけが映るんだ。たまらないよ」
オデルは恍惚とした表情を隠さずさらけ出す。
顔色一つ変えなかった彼のその表情はわざとだろう。
「わたしの反応を見て楽しんでいるでしょ」
「あ、バレた」
「そりゃあそんな露骨に表情が変われば誰だって分かるわ」
「シルディアが俺を見てくれてる証拠だよね」
「話が通じるのか、通じないのか分からなくなってきたわ」
「シルディアの紡ぐ言葉は一言一句聞き逃さないようにずっと聞いているよ」
「聞いていても話の内容が噛み合っていないのよ! もうっ」
ふんっとそっぽを向けば、オデルは少し慌てたようにシルディアを抱きしめてきた。
密着した胸からどっどっと早鐘を打っている音が聞こえる。
(意外。女慣れしてそうなのに、緊張しているのね)
「ごめん。嫌いにならないで。シルディアの反応が可愛くてつい意地悪をしたくなるんだ。シルディアが嫌ならもうしない」
「話が通じるようになるならそれでいいわ」
「うん。ごめんね」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、肩にオデルの顔が埋められる。
肌に彼の髪が当たりくすぐったい。
そうして初めて気が付いた。
「ネグリジェのままだわ……!!」
ドレスルームへと行ったというのに、オデルが流れるように部屋を移動したせいで今の今まで気が付かなかった。
「ちっ気が付かなくてもよかったのに」
ぼそりと呟かれた言葉を拾い、シルディアは眉を吊り上げた。
「わざと教えなかったわね!?」
「ドレスって着替えに時間かかるし、なにより侍女をつけなければならないから、いっそ、そのままでいてくれればいいなと思っただけだよ」
「それをわざとと言うのよ! あぁもう。わたしの侍女選別は終わっているの?」
「……教えない」
「なんでよ!?」
「教えたら着替えに行くでしょ?」
(つまり選別は終わっていて、控えているのね)
子どものような口調と回された腕に力が籠ったことでオデルが拗ねているのだと知ったシルディアは、仕方なく口を開く。
「オデルのために着飾ることも許してくれないの?」
「!」
オデルが息を呑んだのを感じ、シルディアは口角を上げた。
「残念ね。オデルがわたしのために誂えたドレス、わたし一人じゃ満足に着れないし、化粧だってできないわ。困ったわね」
「そんな手には乗らない」
「あらそう。残念。わたしはもっと可愛く着飾った姿を見て欲しいのに」
「くっ……」
「だから、ね? ちゃんと侍女を紹介して。着飾る時間を私にちょうだい?」
「それは、反則でしょ」
肩に顔をうずめていたオデルはさらにぐりぐりと肩に顔を押し付ける。
そんな彼に勝利を確信したシルディアが、最後の一押しにとにっこりと笑った。
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