上 下
5 / 37

第5話「案内」

しおりを挟む
「寝室の隣はシルディアのドレスルーム。君に似合いそうなドレスを仕立てておいた。好きにするといい」
(いつ採寸されたんだろ……?)

「寝室からすぐ行けるのは書庫だよ。シルディアが退屈しないように古今東西問わず本を集めたんだ」
(わたし、読書が趣味だって言ったっけ……?)

「書庫の隣は俺の執務室。書庫とリビングルームから来ることが可能だ。でも、ここは色んな者が出入りするから、来たい時は必ずノックしてね。執務室の奥にも書庫はあるけど、資料ばかりだから面白くないかも」
(執務室を通らないと廊下には出れないようになっているのね)

 流れるように部屋を案内したオデルは、執務室の端で満足そうにしている。
 一方のシルディアは、部屋の間取りに頭を悩ませていた。
 落ち着いた雰囲気の執務室だが、シルディアの内心は穏やかではない。

(どう転んでもわたしを外に出す気がないのね。オデルが公務をしている間は城内を動けると思っていたけれど、この間取りじゃ無理だわ)
「どうかな? シルディアが来るまでに造らせたんだ。気に入ってくれると嬉しいな」

 寝室から書庫、書庫から執務室。執務室からリビングルーム、リビングルームから寝室と全て繋がっている。
 それは、シルディアが外に出さないために造られたのだと悟るには十分すぎた。

「扉の外には見張りがちゃんといるのよね?」
「そうだね。俺はいらないと言っているんだが、騎士団長がうるさくて仕方なく」

 そう言ったオデルは肩をすくめた。
 不本意だと言わんばかりの行動にシルディアは少し笑みが浮かんだ。

「それにしても、他国の王族を執務室に連れ入るのはどうかと思うわ」
「大丈夫。半年後には結婚するんだ。問題ないよ」

 皇族と王族との結婚は、結婚しましょうとすぐに婚姻が結ばれるわけではない。
 準備期間が必要になるのが一般的だ。
 半年から一年かけて、貴い身分にふさわしい式になるよう準備をする必要があった。
 すべては、皇族の力を見せつけるためだ。
 しかし、皇国で一番重要視されるものは、準備期間といった一般的なものではないことを、シルディアは知っている。

「本当にそう思っているの?」
「アルムヘイヤは君を差し出したんだ。結婚しないという選択肢はないと思うけどね」
「……わたしはオデルの【つがい】ではないわ」

 ガルズアース皇国の皇族は皆、竜族だ。
 彼らは【つがい】という独自の感性を持ち、生涯にただ一人愛する者をそう呼ぶ、少し変わった一族だ。
 つがいは同じ竜族から選ばれることもあれば、他国の尊い身分の人間や平民の人間であったり、はたまた亜人であったりと様々だ。
 そして、つがいではない者に対する好感度はマイナスへ振り切っているのが一般的だと書物に記されている。
 つがいではないシルディアも皇国へ来てからというもの命の危機に値するようなことばかりされているのだから、その書物は正確なのだろう。

(つがいでない者との結婚は認められないという、特殊な制度があるから、きっとわたしとは結婚できない)

 皇族であるオデルは、自身のつがいを見つけ娶らなければならない。
 そのため、シルディアとは婚姻結べない。

(きっとフロージェがつがいだったのね。わたしでは代わりに成りえない。でも、気になるのは……私に向けられる感情)

 オデルから向けられる視線には憎悪や嫌忌の感情は見られない。むしろ赤色の瞳の奥に燻ぶるのは――

(愛情。いえ、もっと狂気に満ちた重い愛情だわ。狂愛とでもいえばいいかしら?)

 じっと見つめ過ぎたのか、視線に気が付いたオデルが恋する乙女のように顔をほころばせる。
 絶世の美女顔負けの美を見せつけられてしまえば、オデルがシルディアを心から愛していると疑いようもない。
 だが裏を返せば、疑われないようにしなければならない理由があるということだ。

(かといって、皇王がこれほどの愛情を向ける理由が見当たらないことね。本来、つがいでないわたしに愛情を向ける必要はない。偽装をしなければならないような理由があるはず……)
「どうした? そんなに見つめられると照れてしまう」
「冗談でしょ。ずっと顔色一つ変わらないじゃない」
「皇族に生まれた者として、顔色ぐらいコントロールできるさ」
「行き過ぎだわ。それで、オデル。あなたは皇王よね?」
「そうだな」
「公務はどうしたの?」
「俺が一日抜けたぐらいで回らなくなるような執務はしていないさ」

 言い切ったオデルに、シルディアは思わず眉を吊り上げた。

「つまり、サボり!? 皇王が!? ありえない。今すぐ公務に戻らないと」
「サボりだなんて酷いな」
「事実でしょ!?」
「俺はシルディアの傍にいたい。俺はシルディアさえ隣にいればそれでいいのにな。あ、公務をしてほしいって言うなら、皇王の世継ぎを作ることも大事な仕事だと思うよ?」
「っ!?」
「……流石にシルディアに嫌われそうだしやめとこうかって、ん? 真っ赤になって可愛い。なぁに? 想像した?」
「うるさい」

 赤く染まった顔を見せないよう、シルディアは顔ごと逸す。
 隣で忍び笑いが聞こえたが気にしない。

(マイペースに見せかけて話の主導権を握るのが上手い)

 シルディアは起床してから今に至るまで振り回されっぱなしだ。
 けっして気を許しているわけではないというのに、オデルのペースに呑まれている。

「何を考えているのか、手に取るように分かるね」
「え?」
「俺に主導権を握られるのがそんなに嫌?」
「当たり前じゃない」
「気が強いところも可愛いな。あ、じゃあ主導権を奪い返してみたら? 案外簡単かもしれないよ」
「わたしが奪えるとは少しも思っていないでしょ」
「うん」

 あっさりと頷かれ、シルディアは頭を抱えたくなった。
 駆け引きはできないと侮られているのだろう。
 そう思われていたとしても、シルディアは何もかもが掌の上だと笑うオデルに一矢報いたくてしかたがない。

(でも、今はその時ではないわ)
「なにか企んでるね。楽しみにしとくよ」
「……そこまで分かっていて止めないのね」
「シルディアがしてくれることなら、俺はなんだって嬉しいからね」
「オデルはわたしが剣を向けても喜びそうだわ」
「当たり前じゃないか」
「当たり前なの……?」
「だって、それだけ俺のこと思ってくれたってことだし……。それに」
「それに?」
「その時だけは、シルディアの綺麗な瞳に俺だけが映るんだ。たまらないよ」

 オデルは恍惚とした表情を隠さずさらけ出す。
 顔色一つ変えなかった彼のその表情はわざとだろう。

「わたしの反応を見て楽しんでいるでしょ」
「あ、バレた」
「そりゃあそんな露骨に表情が変われば誰だって分かるわ」
「シルディアが俺を見てくれてる証拠だよね」
「話が通じるのか、通じないのか分からなくなってきたわ」
「シルディアの紡ぐ言葉は一言一句聞き逃さないようにずっと聞いているよ」
「聞いていても話の内容が噛み合っていないのよ! もうっ」

 ふんっとそっぽを向けば、オデルは少し慌てたようにシルディアを抱きしめてきた。
 密着した胸からどっどっと早鐘を打っている音が聞こえる。

(意外。女慣れしてそうなのに、緊張しているのね)
「ごめん。嫌いにならないで。シルディアの反応が可愛くてつい意地悪をしたくなるんだ。シルディアが嫌ならもうしない」
「話が通じるようになるならそれでいいわ」
「うん。ごめんね」

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、肩にオデルの顔が埋められる。
 肌に彼の髪が当たりくすぐったい。
 そうして初めて気が付いた。

「ネグリジェのままだわ……!!」

 ドレスルームへと行ったというのに、オデルが流れるように部屋を移動したせいで今の今まで気が付かなかった。

「ちっ気が付かなくてもよかったのに」

 ぼそりと呟かれた言葉を拾い、シルディアは眉を吊り上げた。

「わざと教えなかったわね!?」
「ドレスって着替えに時間かかるし、なにより侍女をつけなければならないから、いっそ、そのままでいてくれればいいなと思っただけだよ」
「それをわざとと言うのよ! あぁもう。わたしの侍女選別は終わっているの?」
「……教えない」
「なんでよ!?」
「教えたら着替えに行くでしょ?」
(つまり選別は終わっていて、控えているのね)

 子どものような口調と回された腕に力が籠ったことでオデルが拗ねているのだと知ったシルディアは、仕方なく口を開く。

「オデルのために着飾ることも許してくれないの?」
「!」

 オデルが息を呑んだのを感じ、シルディアは口角を上げた。

「残念ね。オデルがわたしのために誂えたドレス、わたし一人じゃ満足に着れないし、化粧だってできないわ。困ったわね」
「そんな手には乗らない」
「あらそう。残念。わたしはもっと可愛く着飾った姿を見て欲しいのに」
「くっ……」
「だから、ね? ちゃんと侍女を紹介して。着飾る時間を私にちょうだい?」
「それは、反則でしょ」

 肩に顔をうずめていたオデルはさらにぐりぐりと肩に顔を押し付ける。
 そんな彼に勝利を確信したシルディアが、最後の一押しにとにっこりと笑った。

「着飾ったら一番に来るから、待っていて?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美形な兄に執着されているので拉致後に監禁調教されました

パイ生地製作委員会
BL
玩具緊縛拘束大好き執着美形兄貴攻め×不幸体質でひたすら可哀想な弟受け

【完結】二年間放置された妻がうっかり強力な媚薬を飲んだ堅物な夫からえっち漬けにされてしまう話

なかむ楽
恋愛
ほぼタイトルです。 結婚後二年も放置されていた公爵夫人のフェリス(20)。夫のメルヴィル(30)は、堅物で真面目な領主で仕事熱心。ずっと憧れていたメルヴィルとの結婚生活は触れ合いゼロ。夫婦別室で家庭内別居状態に。  ある日フェリスは養老院を訪問し、お婆さんから媚薬をもらう。 「十日間は欲望がすべて放たれるまでビンビンの媚薬だよ」 その小瓶(媚薬)の中身ををミニボトルウイスキーだと思ったメルヴィルが飲んでしまった!なんといううっかりだ! それをきっかけに、堅物の夫は人が変わったように甘い言葉を囁き、フェリスと性行為を繰り返す。 「美しく成熟しようとするきみを摘み取るのを楽しみにしていた」 十日間、連続で子作り孕ませセックスで抱き潰されるフェリス。媚薬の効果が切れたら再び放置されてしまうのだろうか? ◆堅物眼鏡年上の夫が理性ぶっ壊れで→うぶで清楚系の年下妻にえっちを教えこみながら孕ませっくすするのが書きたかった作者の欲。 ◇フェリス(20):14歳になった時に婚約者になった憧れのお兄さま・メルヴィルを一途に想い続けていた。推しを一生かけて愛する系。清楚で清純。 夫のえっちな命令に従順になってしまう。 金髪青眼(隠れ爆乳) ◇メルヴィル(30):カーク領公爵。24歳の時に14歳のフェリスの婚約者になる。それから結婚までとプラス2年間は右手が夜のお友達になった真面目な眼鏡男。媚薬で理性崩壊系絶倫になってしまう。 黒髪青眼+眼鏡(細マッチョ) ※作品がよかったら、ブクマや★で応援してくださると嬉しく思います! ※誤字報告ありがとうございます。誤字などは適宜修正します。 ムーンライトノベルズからの転載になります アルファポリスで読みやすいように各話にしていますが、長かったり短かったりしていてすみません汗

「こんな横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で横取り女の被害に遭ったけど、新しい婚約者が最高すぎた。

古森きり
恋愛
SNSで見かけるいわゆる『女性向けザマア』のマンガを見ながら「こんな典型的な横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で貧乏令嬢になったら典型的な横取り女の被害に遭う。 まあ、婚約者が前世と同じ性別なので無理~と思ってたから別にこのまま独身でいいや~と呑気に思っていた俺だが、新しい婚約者は心が男の俺も惚れちゃう超エリートイケメン。 ああ、俺……この人の子どもなら産みたい、かも。 ノベプラに読み直しナッシング書き溜め中。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ベリカフェ、魔法iらんどに掲載予定。

今、私は幸せなの。ほっといて

青葉めいこ
ファンタジー
王族特有の色彩を持たない無能な王子をサポートするために婚約した公爵令嬢の私。初対面から王子に悪態を吐かれていたので、いつか必ず婚約を破談にすると決意していた。 卒業式のパーティーで、ある告白(告発?)をし、望み通り婚約は破談となり修道女になった。 そんな私の元に、元婚約者やら弟やらが訪ねてくる。 「今、私は幸せなの。ほっといて」 小説家になろうにも投稿しています。

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 ××× 取扱説明事項〜▲▲▲ 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+ 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

処理中です...