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第10話

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夜でも明るい、ネオンに彩られた街、新宿歌舞伎町。

その一角に、天宮が務めていたというホストクラブがあった。

ホストクラブばかりが名を連ねるビルの2階。

『CLUB BLACKPLUM―ブラックプラム―』というのが店の名前だった。


「どうします?」

その店を見上げて、河合が言う。

俺は、肩をすくめ、腕を組んだ。

「どうもこうも・・・・僕には何もできませんよ」

「は?」

河合が目を丸くして俺を振り返った。

「何もできないって・・・・・」

「正式な捜査じゃありませんからね。捜索令状もないし。基本、聞き込みなんかも全て2人以上で行動するのが決まりです。まだ上からなんの指示もされてないのに、1人で勝手にあの店に行って聞き込んだりするのは、絶対やっちゃいけないんですよ」

「そんな、だって・・・・あんたが安井に会いに行きましょうって―――!」

「だから、僕には何もできませんって言ったじゃないですか」

「は?どういう・・・・・」

「あなたは、刑事じゃありませんからね。警察のルールは関係ないでしょう?」

河合は、口をぽかんと開けて俺を眺めた。

「じゃ・・・・最初から俺にやらせるつもりで?」

「当たり前じゃないですか。俺、公務員ですからね。上には逆らえませんもん」

そう言ってにっこり笑ってみせると、河合は俺を睨み、何かを言いかけたけれど―――

「早く、行った方がいいんじゃないですか?逃げられちゃうかもしれないですよ?」

そう言うと、むっとしたように口をへの字に曲げ、くるりと俺に背を向けてビルの中へと入って行ったのだった・・・・・。




「あいつ・・・・・!」

俺は階段をのぼりながら、苦々しげに呟いた。

しれっとした顔して、最初から俺に全部やらせるつもりだったんだ。

関の顔を思い出して、むかむかする。

そういえば、皐月が言っていた。

『あの関っていう刑事は、ちょっとひねくれてるところがあるかも。一筋縄じゃいかないっていうか・・・・・。あんまり感情を表に出さないタイプだよ。悪いやつじゃないけど、人の裏をかいたり、人を利用するのがうまいタイプだよ』

そんなことを思い出しながら、俺の胸がチクリと痛んだ。

皐月は・・・・俺の想いに気付いてる。

でも、優しいから・・・・・俺を傷つけないように、いつも悩んでいる。

皐月を困らせたくはない。

だけど・・・・好きになってしまったものは、仕方なかった。

まさか、俺が同性を好きになるなんて、考えたこともなかった。

昔からそれなりに女にもててきて、今まで同性をそんな目で見たことはなかったのに―――。

1年前、皐月を一目見た時から、変わってしまった。

もう、他の女なんて目に入らなかった。

皐月のことしか見えなかった。

けど、それは陽介も同じで・・・・・。


初めて同性を好きになって戸惑っている俺をよそに、あいつは積極的に皐月にアピールしていた。

『好きなものは好き』とまっすぐに突き進む陽介が羨ましくもあり、憎らしくもあり・・・・・

だけど、その陽介が何者かに殺されてしまった。

喧嘩も良くしていたけれど、ずっと親友だった陽介。

陽介を殺した犯人を見つけなければ。

俺は、前に進むことができない。

皐月に、この想いを伝えるためにも―――。




「オーナーはいる?」

入口に立っていた黒いスーツの男に声をかけると、その男はいぶかしげに俺を見た。

「は?あんた、何者?」

「―――聞きたいことがあるんだ。オーナーを呼んでくれ」

「だから!あんたは何者かって―――」

「天宮皐月って知ってるか」

俺が皐月の名前を出すと、スーツの男は一瞬驚いたような顔をした。

「・・・・・皐月の知り合い?」

「皐月の、今の上司だよ。皐月のことでオーナーに聞きたいことがあるんだ」

その言葉に、男は探るように俺を見ていたけれど・・・・・

「今日は、オーナーは来てないよ。ここ何日かは、店に来てないんだ」

そう話しているところへ、店の中からひょっこりと茶髪の若い男が顔を出した。

「石倉さーん、ちょっと・・・・あ、すんません、お客さんでしたか」

ぺこりと俺に頭を下げる。

「どうした?」

「いや、あの、雅也さんの客が―――」

「またか。今行く。じゃ、すいませんけど、そういうことなんで―――」

石倉と呼ばれたスーツの男は、俺に軽く会釈をすると、店の中に入って行ってしまった。

続いて茶髪の男も行こうとしたけれど―――

「ちょっと待って」

俺の声に、男が振り向く。

「は?なんすか?」

「君は、オーナーとは会ったことある?」

「オーナー?まあ、何度かは・・・・・最近は店に来ないんで、会ってない・・・・いや、今日会ったな」

「今日?本当に?」

「ええ。8時ごろだったかなあ。なんかちょっと慌ててたみたいで・・・・事務所の方に入って、10分くらいしたらまた出てきて、すぐにどっか行っちゃいましたけど」

「8時・・・・・」

皐月が襲われたのが、7時半くらいだ。

時間的には、ぴったりだ。

「そんなに慌ててたのか?」

「うーん、そうっすね。なんか、青い顔して、汗かいてましたよ。目が血走ってて・・・・・ちょっと怖くて、俺話しかけらんなかったですもん」

これは、もしかしたら本当に・・・・・・

俺は男に礼を言うと、関のところへと戻った。




関に安井のことを報告すると、何やら考えてから、俺から少し離れ、どこかへ電話をかけていた。

「―――すいません、お待たせしました。これからのことなんですが―――」

関が何か言いかけるのを、俺は遮るように言った。

「―――安井の自宅ならわかりますので、今から行きましょう」

俺の言葉に、関は目を瞬かせた。

「知ってるんですか?安井の家」

「ええ。以前、あまりにしつこいんで調べたんですよ。直談判しようと思って」

「直談判・・・・穏やかじゃないですね」

「皐月が本当に困ってたんで。でも、結局行きませんでしたけど。住所ならすぐにわかりますよ」

「・・・・・とりあえず、車に乗ってください」

そう言って関は、また俺を車に乗せ、走り出した。

「―――今日は、帰りましょう」

「―――――は?」

思わず、反応が遅れた。

帰りましょう、だって?せっかくここまで来たのに?安井が怪しいというのは明白なのに?

「―――言いたいことはわかりますよ。だが、さっきも言った通り今は表立った捜査はできないんです。上司には安井のことは報告しました。先ほど聞いた安井の特徴なども伝えてあります。パトロール中の警官が見つければ、すぐに確保できますが、まだ彼は容疑者というには証拠がなさすぎます。全ては想像にすぎない。明日、改めて上司には安井の捜査を打診します。令状が取れれば自宅や店を捜索することだって可能だ」

関の話はもっともだったが、それでも俺は納得できなかった。

「明日までに、どこかに逃げてしまう可能性だってありますよ?とにかく―――安井の家まで行ってください。そこにいるかいないかだけでもこの目で確認したいんです。もちろん、あなたはこの車の中にいてくれて構いません。僕がやりますから」

俺の言葉に、関は長い溜息をついた。

若干わざとらしいのが癇に障る。

「―――わかりましたよ。本当に、在宅を確認するだけですからね。確認したら、いてもいなくても帰りますよ?」

「もちろん、それで構いません」





「―――いないみたいですね」

結局、安井のマンションまで来たけれど、安井は不在だった。

外から窓を見ても真っ暗だったし、チャイムを鳴らしても反応なし。

人のいる気配は皆無だった。

「・・・・・収穫なしか」

俺が溜息とともに言うと、関は俺をちらりと見て言った。

「いや、そんなことはないですよ。この時間に家にいない、勤務先にもいない。あなた方の話や今日の安井の行動を総合して考えてみても、安井がこの事件に絡んでる可能性は高いと思います。パトロールの強化をして、警察官がうようよしているこの状況の中、遠くまで逃げることは難しい。―――捕まえて見せますよ」

そう言って、関は不敵に笑ったのだった・・・・・。

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