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第7話

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「―――いらっしゃいませ」

店に入ると、カウンターに出ていた原が俺に気付いた。

相変わらず無愛想だ。

「こんにちは。今日は、えーと・・・・」

とりあえず何か頼もうとショーウィンドウを覗きこむと・・・

「席にかけててください。コーヒー、持っていきますので」
「え?でも・・・」
「・・・試食を、して欲しいそうなので」

そう言って、ちらりと厨房に視線を向けると、篤人がこちらに気付いてにっこりと微笑んだ。

まさに天使の微笑み・・・なんて、見惚れてる場合じゃなかった。

「あ、ありがとうございます。じゃ、いつもの席にいますので・・・・」

俺は、赤くなっているであろう顔を片手でちょっと抑えながら(全然隠れてなかったけど)いつもの窓際の席に座った。

ちらちらと、どうしても厨房の篤人を見てしまう。

と、原が厨房へと入って行った。
篤人と、何か話していたが―――

いつも、気になるんだけど。

どうしてあの2人は、何か話すときにあんなに距離が近づくんだろう。
川辺にしてもそうなのだけれど、2人とも、篤人と話すときにめちゃくちゃ近づくんだよな。
それこそ肩が触れ合ったり、篤人のあの細い腰に手を回すことなんかもしょっちゅうだ。
なんだろうな。
仲がいいのは別に悪いことじゃないし、そんなの意識して見る方がおかしいのかもしれないけど・・・・。
でも、気になってしまう。
密着するその瞬間、どうしても心臓が嫌な音をたてる。

ドクン、ドクンと、胸の中にもやが広がり、その光景が頭から離れなくなる。


原が何か言い、篤人が一瞬原の方を見て頬を染める。

恥ずかしそうに、一言二言言葉を発する篤人。

その言葉に原が頷き、篤人の傍を離れると厨房の大きな冷蔵庫からチョコレートが2つ乗った皿を取り出した。
そして、その皿をトレイにのせて出来上がったコーヒーと一緒に俺の元へ―――

「―――どうぞ。すいません、今日、急な特注が入っちゃって手が離せないみたいなので」

そう言って原が篤人の方をちらりと見た。
篤人が、俺の方を見て申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。

「ああ・・・・いや、しょうがないですよ。仕事中ですもんね・・・」
「本当は、本人が直接商品の説明をしたいって言ってたんですけど・・・・明日までに間に合わせなくちゃいけないんで・・・これ、簡単なものですけど、そのショコラのお店用の紹介メッセージです。篤人くんが開店前に一生懸命考えてたので、読んであげてください」

原が、ショコラのイラストとその紹介メッセージらしきものが書かれた紙を俺の前においた。

「あ、すごい、きれいですね。このイラストも彼が?」
「ええ。全部こうやってデザインを篤人くんが考えてイラストにしてから作るんですよ。彼のレシピ帳は、こうやって作られたものがもう100冊以上ありますよ」
「へえ・・・・すごいな」

素直に感動して言うと、原は、まるで自分が褒められたかのように嬉しそうに微笑んだ。

それは、俺が初めて見る原の俺に向けられた笑顔だった。

「ええ。本当に、篤人くんはすごいんですよ」




原の気持ちが、胸が苦しくなるほど俺に伝わってきた。

篤人に対しての、その一途な好意が。

篤人のことが、堪らなく好きなんだという想いが。



「・・・・すごい、ですね。ほんとに・・・・。俺は、彼の・・・篤人くんのことを何も知らないな」

何も知らない。

彼がどうしてショコラティエになったのかも、どんなふうにしてショコラティエになったのかも、俺には知らないことだらけだ。

だけど―――

「これから、もっと知りたいです」
「・・・・え?」

ちょっと驚いたように俺を見た原の方を、俺もまっすぐに見返した。

「俺、篤人くんのことをもっと知りたいんです。それでも、あなたが篤人くんと一緒にいた時間には敵わないけど―――これからの彼のことは、俺の方が知ることができる―――かもしれないですよね」

そう言ってちょっと笑ってみせると、原がむっと顔を顰めた。

「ずいぶん、自信があるんですね。昨日1日で、そんなに自信が持てたんすか」
「いや、そんなことは・・・・。ただ、自分の気持ちには正直になろうと思ったんです。俺はあなたに―――それから樹くんにも、負けたくない。そう思っただけです」
「ふーん・・・・気が合いますね。僕もそう思ってましたよ。あんたには、絶対負けない」

今まで感情の見えなかった原の、初めて見る本気の表情だった。

「篤人くんのことは、俺が一番よく知ってる―――ずっとそう思ってましたよ。ずっと隣にいて、ショコラティエを目指す篤人くんを見てきました。フランスへ修業に行った時も、一緒には行けなかったけど毎日メールして篤人くんの悩みとかも全部俺が聞いてた。誰よりも近くにいて・・・・誰よりも、大事な存在なんです」

原が、きっと俺を睨みつけた。

「・・・・絶対に、負けません」
「・・・俺も、負けたくない。これからは、彼の傍にいるのは・・・・俺でありたいんです」
「篤人くんの気持ちが、あなたに向くと思ってるんですか?」
「そんな自信はないです。まだ僕は、彼と話すだけでドキドキしてしまうし・・・・。でも、可能性があれば・・・・諦めたくないです」
「・・・ライバル、多いですよ。篤人くんを好きなのは、あなただけじゃない」
「知ってます。あなたも、あの川辺くんも、それから・・・・樹くんも」

その言葉に、原が顔を顰めやや大げさに溜息をついた。

「あの人は、一番厄介です。実の兄貴のくせに、篤人くんにべたべたし過ぎる。同じ家で寝泊まりするのは危険なんじゃないかって結構本気で篤人くんに忠告してるんですけどね」
「ふはっ、ほんとに、見てると心配になりますね。篤人くんは、気にしてないみたいだけど・・・」
「そうなんですよ!兄弟だからって油断しちゃダメだって言ってるのに・・・・篤人くんは、無防備過ぎるんです!」

そう力説する原に、俺は大いに共感し頷いたのだった・・・・・。





「なんか、盛り上がってたね」

厨房に入ると、篤人くんが作業の手を休めずに俺をちらりと見た。

―――あ、ちょっと機嫌悪いな。

篤人くんは正直だから、思ってることがすぐに顔に出る。
俺が、黒田さんと楽しそうに話しているように見えたんだろう。

「別に、ショコラのことをちょっと話してただけ。あとバカ兄貴のこと」
「あー、樹のこと、怒ってなかった?」
「怒ってはなかったよ。あまりのブラコンに呆れてたけど」
「あはは、そっか」
「あははじゃないよ。篤人くん、あのバカを甘やかし過ぎ」
「え~、そうかなあ」
「あ、俺も賛成!あっちゃん、樹くんにもうちょっと厳しくしないと!」

陸さんも会話に入ってきて、篤人くんはちょっと口を尖らせた。

「なんでえ?いいじゃん、たまにしか会えないんだから」
「そうだけど!あっちゃんが甘やかすからあの人調子に乗ってるよ!」
「そうそう。ハグもキスも、普通の兄弟であそこまでいちゃいちゃしないからね」
「そうかなあ」
「「そうなの!」」

俺と陸さんの声が重なり、篤人くんは無邪気に声を上げて笑った。

あ~ダメだ。
絶対わかってない。

俺は、ちらりと窓際の席でコーヒーを飲む黒田さんの方を見た。

―――あんたも、苦労しますよ。




「あっちゃん、これ、黒田さんが」
「え?」

陸さんが、品出しのためにカウンターに出ていたのだが、その間に黒田さんが来て会計を済ませて行ったようだった。

陸さんが篤人くんに渡したのは、ショコラと一緒に渡したメッセージカードで、2つに折られていた。

篤人くんはそれを受け取ると、カードを広げ・・・・

それを見た途端、その澄んだ瞳が大きく見開かれ、頬が赤く染まった。

「・・・・ごめん、ちょっと出てくる!」

そう言って、俺たちが止める間もなく店を飛び出して行ってしまった篤人くん。

俺は陸さんをじろりと睨みつけた。

「―――おい」
「睨むなよ!しょうがないじゃん。渡してくれって頼まれて・・・・」
「・・・何が書かれてたか、見た?」
「・・・うん。メールアドレスと、携帯の番号。それから・・・今度の定休日に、映画でもどうですかってさ」
「うわ、がっつり読んでるじゃん」
「だって気になるじゃん!トモだって、俺の立場だったら見たでしょ?」
「あたりまえじゃん。ちなみに、俺だったら篤人くんに渡さないで捨てますけど」
「こわっ」

せっかく、特注が入ってることを理由にして篤人くんをあの人の傍に行かせないようにしたのに・・・・。

「あっちゃん、黒田さんとくっついちゃうのかなあ」
「知らねえよ!お前、今日残業だからな!」
「え!なんでだよ!」
「メッセージカード篤人くんに渡した罰!」
「横暴!!」

篤人くんが、誰か他のやつのものになるなんて考えたくない。

篤人くんにとって俺が、たとえただの幼馴染だとしても、まだ諦めたくなかった。

そんな簡単に諦められるような想いなんかじゃないんだ・・・・・。
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