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第6話
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「―――ほんとすいません。この人酔っぱらうと、すぐ暴走しちゃって・・・・」
恥ずかしそうにそう言った篤人の視線の先には、篤人の膝枕で気持ち良さそうに眠る樹くんがいた・・・。
「いや・・・」
そんな2人を直視できなくて、俺は手に持ったグラスに目を落とした。
「俺までおじゃましちゃって、すいません」
「いや、全然。俺は明日休みですし、気にしないでください。ビールもまだありますから・・・・」
「ありがとうございます。―――あの、樹、なんか言ってました?」
「え?」
俺は顔を上げて篤人を見た。
心なしか、頬が赤い気がした。
「いや、あの・・・俺のこととか・・・・」
「ああ・・・・小さい頃のお話をしてましたよ。すごくかわいかったって、めちゃくちゃ自慢してました。本当に仲いいですよね」
酔った勢いとはいえ、あんな風に人前でキスしても平気なくらい・・・・。
『仲のいい兄弟』という言葉では片付けられないような何かを感じてしまうのは、俺が篤人に対して特別な感情を抱いてるせいだろうか・・・・。
「そうですね。年が離れてるせいか、仕事の忙しかった両親の代わりに面倒を見てくれてるところがあったから・・・・俺にとっては兄でもあり、親でもあり―――って感じかもしれません」
―――親・・・・だとしても、普通、キスはないよなあ。
いや、2人が海外暮らしが長かったとかならまだわかるんだけど。
「あのぉ・・・・」
「はい?」
「・・・・ああいう挨拶は、いつも・・・・?」
「ああいう、挨拶・・・・・?」
「その・・・・キスを・・・・」
「―――あ!!」
途端に、篤人の顔が真っ赤に染まる。
まるで、今の今まで忘れていたかのような。
「あ、あれは―――いつもと言えば、いつも・・・いや、そうじゃなくて、樹は、酔っぱらうとスキンシップが過剰になって・・・・素の時は、さすがにあそこまではしないです!すいません、変なとこ見せて・・・・」
「いや・・・・」
「世界中を旅するようになってからは特に、久しぶりに会うと嬉しくなっちゃって、俺も気にしなくなったっていうか・・・・。でもやっぱり、あそこまでのスキンシップは可笑しいですよね・・・・」
見る見るうちにへこんでいく篤人の様子に、俺は慌てて手を振った。
「いや!そこまでおかしいってわけじゃ―――そ、そうだよね、1年に何日かしか一緒にいられないんだから、そのくらいのスキンシップ、あってもいいと思うよ!うん!」
「え・・・」
「それに!樹くんは篤人くんのことが可愛くて仕方ないんだろうし、別に、うん、それくらい!」
思わず立ち上がり、拳を握って力説していた俺を、ぽかんを見上げる篤人。
―――あ・・・・やべえ、思わず・・・・・。
「あ―――ご、ごめん、俺、なんかなれなれしく・・・・名前とか・・・・」
すげえ恥ずかしい。
どうしよう、いきなり篤人くんとか―――
いやがられるかな、と思っていたら、突然篤人が破顔し噴き出した。
「ふ、ふふ・・・・ッ、全然、いいです・・・てか、黒田さんのが年上なんだから、敬語とかおかしいし。名前も・・・・呼び捨てでも、全然いいですよ」
「え・・・・ほんとに?あ、じゃあ、俺のことも名前で呼んで・・・・敬語も、いらないから」
「え、でも、俺のが年下だし」
「いい!全然!むしろそのほうがいいから!」
「そ、そお?じゃ・・・・たけるくん・・・・」
―――うわぁ、やべえ・・・・
ちょっと舌足らずなその甘い声で、『たけるくん』なんて呼ばれたら・・・・・
「は・・・・はい」
俺絶対、今顔赤い。
なんて思ってたら、また篤人が笑った。
―――かわいい・・・・
「はいって・・・・俺が敬語やめたのに、尊くんが戻ったら変じゃん」
「あ、そ、そっか」
「ふふふ」
「は、はは・・・・」
楽しそうに笑う篤人につられ、俺も笑った。
まだぎこちない笑い。
もっと自然に笑えるようになるように―――もっと自然に話せるように、なりたいと思った・・・・。
「じゃ、ほんとにおじゃましました」
篤人が、まだふらふらしている樹くんの肩を抱き、玄関でぺこりと頭を下げた。
「ほんとに大丈夫?俺だったら平気だから、泊まって行けば―――」
「ありがと。でも、明日の準備もあるし、やっぱり帰るよ」
「そっか・・・・。じゃ、気をつけて」
「うん。―――あの、尊くん」
篤人が、上目遣いで俺を見る。
―――ああ、その顔は反則・・・・
「ん?」
「明日、来月の新商品の試作品を作るんだ。それ・・・よかったら、食べてみてくれない?」
「え・・・俺が?」
「うん。尊くんは毎日お店に来てくれてるお得意さんだし、やっぱりそういう人に食べてもらって、率直な感想を聞いてみたいんだ」
「なんか、すごい責任重大じゃない?」
「ふはは、そんなことないよ。本当に、素直な感想を言ってくれればいいんだ。尊くんが店に来るころまでには、用意しておくから」
「うん。わかった」
そうして篤人と樹くんが帰って・・・・
俺はしばらく放心状態だったと思う。
自分が何を話したのかも、よく覚えていない。
でも・・・・
もしかしたら、ちょっと篤人との距離が近づいた・・・・と思っていいのかな。
・・・たけるくんて・・・・
篤人が、俺のことたけるくんて、呼んでくれた。
それだけで、今まで落ち込んでたことなんて全部払拭されてしまったような気持ちになった。
・・・・やっぱり、好きだなあ。
いつか、俺が樹くんを抜く日が来ることがあるのかな・・・・
そうなったら、いいけど・・・・・
「それ、試作品?」
朝店に行くと、すでに篤人くんが作業をしていて見たことのないショコラを冷蔵庫にしまうところだった。
「あ、トモ、おはよ。うん、あとで食べてね」
「ありがと。・・・きれいな色だね。ピンクのグラデーション。なんの色?」
「ラズベリーとホワイトチョコ。ちょっとブランデーもつかってる。あんまり酸味が強過ぎない方がいいと思って」
「へえ・・・・なんか、楽しそうだね。いいことあった?」
「え!」
篤人くんの頬がぱっと赤くなる。
―――わかりやす過ぎ・・・・。
昨日、樹さんがあの黒田さんのところに飲みに行っちゃって、篤人くんは仕事が終わった後に樹さんを迎えに行った。
『きっとべろべろになってると思うんだよなあ。黒田さんに、迷惑かけてなきゃいいけど・・・』
そう言って店を出た篤人くん。
俺は、すぐに出てくるかなと思って少し待っていた。
べろべろに酔っぱらった樹さんを担いで帰るのは大変だろうと思って・・・・。
でも、篤人くんはすぐには出て来なかった。
30分経ったところで、俺は諦めて帰った。
いつまでいたのかは知らないけど・・・・
ニコニコと楽しそうなその表情を見れば、きっといいことがあったんだろうと想像がつく。
まさか、黒田さんと・・・・・?
「黒田さんと、どんな話したの?」
俺は、悪い予感が当たらないようにと願いながら、さりげなさを装って聞いた。
「なんか・・・行ったらもう樹がべろべろで。樹が寝ちゃったから、少しだけ話してたんだ。尊くんの仕事の話とか、この店のこととか・・・・」
―――尊くん・・・・
「へえ・・・・。よかったね。で、その試作品、黒田さんの分もあるんだ?」
「うん。毎日来てくれてるし、お客さんの意見も聞きたいからさ」
照れくさそうにはにかむ篤人くんに胸が痛む。
もうずっと小さいころから篤人くんの横にいて、ずっとずっと見てきたから、篤人くんの気持ちなんか手に取るようにわかるよ。
黒田さんが現れてからの篤人くんは、本当にわかりやすく毎日そわそわしてて。
もう、あれだよ。
恋する乙女ってやつ。
落ち込んだり、浮上したり1人で忙しい。
そんな篤人くんを見て、俺は何もできない。
だって、今更告白なんてできるはずもないし。
ただ、俺は友達としてでもいいから、篤人くんの傍にいたかったんだ・・・・・。
「おっはよ~」
陸さんがいつものように元気に店に入ってくる。
「おはよ、陸。今日、試作あるからあとで食べて、感想聞かせて」
「まじ?やった!楽しみ~。あ、トモおはよ。なんか暗いね、どうしたの?」
「・・・あんたは朝から元気だね」
「え~、なになになんかあった?」
「別になんもないよ。着替えてくる」
俺はさっさと更衣室に向かった。
別に、八つ当たりするつもりなんかなかったけど。
陸さんの笑顔を見てたらなんか自分が情けなくなった。
陸さんならきっと、篤人くんが黒田さんと付き合ったとしても笑顔で『よかったね』って言ってあげられるんだろうな。
「トモ~、あっちゃん、すごいご機嫌じゃない?あれ、黒田さんと何かあったのかな~」
あとから更衣室に入ってきた陸さんが、思いのほか暗い表情で言ったのに驚いた。
「・・・・あんたも気付いたの?」
「気付くよ~、あっちゃんわかりやすいもん。あれだけ顔に出てたらさ~・・・」
「まあね・・・・。昨日、あのバカがいらないことしたんでしょ、きっと」
「あ~、樹くん?あの人、何なんだろうね?あっちゃん大好きで、すぐヤキモチ妬くくせにさ、なんで黒田さんち行ったのかなあ。なんかの作戦?」
「あの人はそんなことまで考えてないよ。ただ面白そうって思っただけでしょ」
「マジで~?そんで2人がくっついちゃったらどうすんだよ~」
「・・・あんた、いやなんだ?」
気にしてないのかと思ったのに・・・・
「あたりまえじゃん!あっちゃんが誰かのものになるなんて、いやに決まってるじゃん。俺はずっとあっちゃんの隣で、あっちゃんの作ってくれたショコラ食べてたいのに!」
「ショコラが好きなの?」
「あっちゃんの作ってくれたショコラが好きなの!」
ちょっとふざけてるふりしてるけど、なんとなく彼の気持ちが伝わってきた。
陸さんもやっぱり、篤人くんの隣にずっといたいんだ。
篤人くんの隣で、篤人くんの笑顔を見ながら、ずっと一緒にいたいと思ってるんだ。
それは俺と一緒。
俺は、そんなこと言わないけどね。
「もうさ~、トモだけだったらまだよかったのに」
「は?何それ」
「だって俺、トモには負ける気しないもん」
にやりと笑う陸さん。
「・・・・俺だって、負けないよ」
あ、言っちゃった。
―――俺も、相当焦ってるってことかな・・・・。
「トモ、一緒にがんばろうね!」
「なんであんたと一緒にがんばるんだよ!」
ちょっとだけ、気持ちが軽くなった・・・・・。
恥ずかしそうにそう言った篤人の視線の先には、篤人の膝枕で気持ち良さそうに眠る樹くんがいた・・・。
「いや・・・」
そんな2人を直視できなくて、俺は手に持ったグラスに目を落とした。
「俺までおじゃましちゃって、すいません」
「いや、全然。俺は明日休みですし、気にしないでください。ビールもまだありますから・・・・」
「ありがとうございます。―――あの、樹、なんか言ってました?」
「え?」
俺は顔を上げて篤人を見た。
心なしか、頬が赤い気がした。
「いや、あの・・・俺のこととか・・・・」
「ああ・・・・小さい頃のお話をしてましたよ。すごくかわいかったって、めちゃくちゃ自慢してました。本当に仲いいですよね」
酔った勢いとはいえ、あんな風に人前でキスしても平気なくらい・・・・。
『仲のいい兄弟』という言葉では片付けられないような何かを感じてしまうのは、俺が篤人に対して特別な感情を抱いてるせいだろうか・・・・。
「そうですね。年が離れてるせいか、仕事の忙しかった両親の代わりに面倒を見てくれてるところがあったから・・・・俺にとっては兄でもあり、親でもあり―――って感じかもしれません」
―――親・・・・だとしても、普通、キスはないよなあ。
いや、2人が海外暮らしが長かったとかならまだわかるんだけど。
「あのぉ・・・・」
「はい?」
「・・・・ああいう挨拶は、いつも・・・・?」
「ああいう、挨拶・・・・・?」
「その・・・・キスを・・・・」
「―――あ!!」
途端に、篤人の顔が真っ赤に染まる。
まるで、今の今まで忘れていたかのような。
「あ、あれは―――いつもと言えば、いつも・・・いや、そうじゃなくて、樹は、酔っぱらうとスキンシップが過剰になって・・・・素の時は、さすがにあそこまではしないです!すいません、変なとこ見せて・・・・」
「いや・・・・」
「世界中を旅するようになってからは特に、久しぶりに会うと嬉しくなっちゃって、俺も気にしなくなったっていうか・・・・。でもやっぱり、あそこまでのスキンシップは可笑しいですよね・・・・」
見る見るうちにへこんでいく篤人の様子に、俺は慌てて手を振った。
「いや!そこまでおかしいってわけじゃ―――そ、そうだよね、1年に何日かしか一緒にいられないんだから、そのくらいのスキンシップ、あってもいいと思うよ!うん!」
「え・・・」
「それに!樹くんは篤人くんのことが可愛くて仕方ないんだろうし、別に、うん、それくらい!」
思わず立ち上がり、拳を握って力説していた俺を、ぽかんを見上げる篤人。
―――あ・・・・やべえ、思わず・・・・・。
「あ―――ご、ごめん、俺、なんかなれなれしく・・・・名前とか・・・・」
すげえ恥ずかしい。
どうしよう、いきなり篤人くんとか―――
いやがられるかな、と思っていたら、突然篤人が破顔し噴き出した。
「ふ、ふふ・・・・ッ、全然、いいです・・・てか、黒田さんのが年上なんだから、敬語とかおかしいし。名前も・・・・呼び捨てでも、全然いいですよ」
「え・・・・ほんとに?あ、じゃあ、俺のことも名前で呼んで・・・・敬語も、いらないから」
「え、でも、俺のが年下だし」
「いい!全然!むしろそのほうがいいから!」
「そ、そお?じゃ・・・・たけるくん・・・・」
―――うわぁ、やべえ・・・・
ちょっと舌足らずなその甘い声で、『たけるくん』なんて呼ばれたら・・・・・
「は・・・・はい」
俺絶対、今顔赤い。
なんて思ってたら、また篤人が笑った。
―――かわいい・・・・
「はいって・・・・俺が敬語やめたのに、尊くんが戻ったら変じゃん」
「あ、そ、そっか」
「ふふふ」
「は、はは・・・・」
楽しそうに笑う篤人につられ、俺も笑った。
まだぎこちない笑い。
もっと自然に笑えるようになるように―――もっと自然に話せるように、なりたいと思った・・・・。
「じゃ、ほんとにおじゃましました」
篤人が、まだふらふらしている樹くんの肩を抱き、玄関でぺこりと頭を下げた。
「ほんとに大丈夫?俺だったら平気だから、泊まって行けば―――」
「ありがと。でも、明日の準備もあるし、やっぱり帰るよ」
「そっか・・・・。じゃ、気をつけて」
「うん。―――あの、尊くん」
篤人が、上目遣いで俺を見る。
―――ああ、その顔は反則・・・・
「ん?」
「明日、来月の新商品の試作品を作るんだ。それ・・・よかったら、食べてみてくれない?」
「え・・・俺が?」
「うん。尊くんは毎日お店に来てくれてるお得意さんだし、やっぱりそういう人に食べてもらって、率直な感想を聞いてみたいんだ」
「なんか、すごい責任重大じゃない?」
「ふはは、そんなことないよ。本当に、素直な感想を言ってくれればいいんだ。尊くんが店に来るころまでには、用意しておくから」
「うん。わかった」
そうして篤人と樹くんが帰って・・・・
俺はしばらく放心状態だったと思う。
自分が何を話したのかも、よく覚えていない。
でも・・・・
もしかしたら、ちょっと篤人との距離が近づいた・・・・と思っていいのかな。
・・・たけるくんて・・・・
篤人が、俺のことたけるくんて、呼んでくれた。
それだけで、今まで落ち込んでたことなんて全部払拭されてしまったような気持ちになった。
・・・・やっぱり、好きだなあ。
いつか、俺が樹くんを抜く日が来ることがあるのかな・・・・
そうなったら、いいけど・・・・・
「それ、試作品?」
朝店に行くと、すでに篤人くんが作業をしていて見たことのないショコラを冷蔵庫にしまうところだった。
「あ、トモ、おはよ。うん、あとで食べてね」
「ありがと。・・・きれいな色だね。ピンクのグラデーション。なんの色?」
「ラズベリーとホワイトチョコ。ちょっとブランデーもつかってる。あんまり酸味が強過ぎない方がいいと思って」
「へえ・・・・なんか、楽しそうだね。いいことあった?」
「え!」
篤人くんの頬がぱっと赤くなる。
―――わかりやす過ぎ・・・・。
昨日、樹さんがあの黒田さんのところに飲みに行っちゃって、篤人くんは仕事が終わった後に樹さんを迎えに行った。
『きっとべろべろになってると思うんだよなあ。黒田さんに、迷惑かけてなきゃいいけど・・・』
そう言って店を出た篤人くん。
俺は、すぐに出てくるかなと思って少し待っていた。
べろべろに酔っぱらった樹さんを担いで帰るのは大変だろうと思って・・・・。
でも、篤人くんはすぐには出て来なかった。
30分経ったところで、俺は諦めて帰った。
いつまでいたのかは知らないけど・・・・
ニコニコと楽しそうなその表情を見れば、きっといいことがあったんだろうと想像がつく。
まさか、黒田さんと・・・・・?
「黒田さんと、どんな話したの?」
俺は、悪い予感が当たらないようにと願いながら、さりげなさを装って聞いた。
「なんか・・・行ったらもう樹がべろべろで。樹が寝ちゃったから、少しだけ話してたんだ。尊くんの仕事の話とか、この店のこととか・・・・」
―――尊くん・・・・
「へえ・・・・。よかったね。で、その試作品、黒田さんの分もあるんだ?」
「うん。毎日来てくれてるし、お客さんの意見も聞きたいからさ」
照れくさそうにはにかむ篤人くんに胸が痛む。
もうずっと小さいころから篤人くんの横にいて、ずっとずっと見てきたから、篤人くんの気持ちなんか手に取るようにわかるよ。
黒田さんが現れてからの篤人くんは、本当にわかりやすく毎日そわそわしてて。
もう、あれだよ。
恋する乙女ってやつ。
落ち込んだり、浮上したり1人で忙しい。
そんな篤人くんを見て、俺は何もできない。
だって、今更告白なんてできるはずもないし。
ただ、俺は友達としてでもいいから、篤人くんの傍にいたかったんだ・・・・・。
「おっはよ~」
陸さんがいつものように元気に店に入ってくる。
「おはよ、陸。今日、試作あるからあとで食べて、感想聞かせて」
「まじ?やった!楽しみ~。あ、トモおはよ。なんか暗いね、どうしたの?」
「・・・あんたは朝から元気だね」
「え~、なになになんかあった?」
「別になんもないよ。着替えてくる」
俺はさっさと更衣室に向かった。
別に、八つ当たりするつもりなんかなかったけど。
陸さんの笑顔を見てたらなんか自分が情けなくなった。
陸さんならきっと、篤人くんが黒田さんと付き合ったとしても笑顔で『よかったね』って言ってあげられるんだろうな。
「トモ~、あっちゃん、すごいご機嫌じゃない?あれ、黒田さんと何かあったのかな~」
あとから更衣室に入ってきた陸さんが、思いのほか暗い表情で言ったのに驚いた。
「・・・・あんたも気付いたの?」
「気付くよ~、あっちゃんわかりやすいもん。あれだけ顔に出てたらさ~・・・」
「まあね・・・・。昨日、あのバカがいらないことしたんでしょ、きっと」
「あ~、樹くん?あの人、何なんだろうね?あっちゃん大好きで、すぐヤキモチ妬くくせにさ、なんで黒田さんち行ったのかなあ。なんかの作戦?」
「あの人はそんなことまで考えてないよ。ただ面白そうって思っただけでしょ」
「マジで~?そんで2人がくっついちゃったらどうすんだよ~」
「・・・あんた、いやなんだ?」
気にしてないのかと思ったのに・・・・
「あたりまえじゃん!あっちゃんが誰かのものになるなんて、いやに決まってるじゃん。俺はずっとあっちゃんの隣で、あっちゃんの作ってくれたショコラ食べてたいのに!」
「ショコラが好きなの?」
「あっちゃんの作ってくれたショコラが好きなの!」
ちょっとふざけてるふりしてるけど、なんとなく彼の気持ちが伝わってきた。
陸さんもやっぱり、篤人くんの隣にずっといたいんだ。
篤人くんの隣で、篤人くんの笑顔を見ながら、ずっと一緒にいたいと思ってるんだ。
それは俺と一緒。
俺は、そんなこと言わないけどね。
「もうさ~、トモだけだったらまだよかったのに」
「は?何それ」
「だって俺、トモには負ける気しないもん」
にやりと笑う陸さん。
「・・・・俺だって、負けないよ」
あ、言っちゃった。
―――俺も、相当焦ってるってことかな・・・・。
「トモ、一緒にがんばろうね!」
「なんであんたと一緒にがんばるんだよ!」
ちょっとだけ、気持ちが軽くなった・・・・・。
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