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卒業(最終話)

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「桜、きれいに咲いたね」

蒼汰が校庭の大きな桜の木を見て呟いた。

「そうだな」
「ね、せんせー、あとであの木の下で一緒に写真撮ろ?」

にっこりと笑いながら俺を見る蒼汰に、俺も頷く。

「ん。そうだな」

正直、俺の目には桜よりも蒼汰の方が綺麗に見えるから、写真を撮る場所なんてどうでもよかったけど。


「蒼ちゃん!こんなところにいたの?もう卒業式始まっちゃうよ!」
「みぃ。ごめん、探してた?」

息を切らし廊下を走ってきた松島にも、蒼汰は全く慌てる様子がない。

「もう、卒業生代表なんだからさ、もうちょっと慌ててよ」
「んふ、ごめんごめん。じゃあね、せんせー。また後で」

松島に手を引かれながらも、俺に手を振る蒼汰に俺も笑いながら手を振り返していると、後ろからスリッパで歩いてくる足音がした。
振り向くと、ミヤが俺の方へやってくるところだった。

「純さん、こんなところにいたの?行きますよ、もう卒業式始まるから」
「ミヤ。俺のこと探しに来たのか?」
「いや、始まる前にトイレ行っとこうと思って出てきただけ」

そう言ってミヤは手を拭きながら俺の横に立った。

「そっか。浩司くんは、もう体育館?」
「でしょ。一応卒業生のクラス担任だからね」


今日は、蒼汰と松島の卒業式だった。

蒼汰と気持ちが通じ合ってから今日まで、松島やミヤ、浩司くんの協力もあり、何とか学校や他の生徒に気づかれることなくこの日を迎えることができたのだ。

もちろん今日まで何事もなく過ごしてきたわけではなく、何度か気づかれそうになったり、別れの危機もあった。
何しろ蒼汰がどんどん綺麗になって、とにかくもてるのが一つの原因。
蒼汰の気持ちを疑ったことはないけれど、あいつは無防備で思わせぶりな態度をとることがある。
本人に自覚はないようだけど、友達として接しているだけのつもりが相手が勝手に勘違いしてのぼせ上ってしまうことが多々あったのだ。
そのたびにやきもきするものの、表立って文句を言うわけにもいかずイライラしてしまうこともあった。
その間を取り持ってくれるのは松島、ミヤ、浩司くん。
だけどその3人だって俺にとっては油断のならない相手なわけで・・・。
そんな俺の態度を、勝手に『怒らせた』と勘違いして蒼汰が落ち込んでしまったり、気持ちがすれ違うこともあった。
それでも、俺たちの気持ちはずっと変わることがなく。
ようやく明日からは、教師としてではなく一人の男として蒼汰と付き合うことができるのだ。

蒼汰の中学時代の辛く悲しい思い出は、蒼汰の中で深い傷となってずっと残ってしまうことは変わりない。
それでも、今の蒼汰には俺がいる。
俺が、ずっと蒼汰のそばにいる。
その傷も丸ごと全部、俺が包み込んでやりたいと思う。

問題だった体育の授業は、制服の下に体育着を着たらどうかと思ったのだが、夏は汗をかくから授業の後みんな着替えるし、ずっと汗を吸った体育着を着るのは嫌だというので、結局授業の前にトイレで着替えるということで解決した。
もちろんそうなると毎回着替えるときにトイレに行くことを不審に思う生徒が出る。
が、そこはなぜか『時田ならしょうがない』という空気になるらしかった。
なぜそうなるのか松島にも聞いたことがあるが、松島曰く『時田蒼汰の着替えはドキドキするから見ちゃいけないってみんな思ってるみたい』とのことだった・・・。

時々浩司くんに絵のモデルになってほしいと頼まれることも若干心配ではあったけれど、『絵を描いてるときに変なことしないよ』と言う浩司くんの言葉を信じることにした。


「お、純ちゃん、ミヤ、やっと来た」

体育館に入ると、浩司くんがいつものように穏やかに笑った。

浩司くんは、結局3年間蒼汰の担任を務めることになった。
2年、3年とクラス替えもあったが偶然にもずっと浩司くんが担任で。
松島とは2年の時にクラスが別になったけれど、3年でまた同じクラスになり、今も相変わらず仲がいい。
俺が嫉妬するほどに・・・。
ミヤは去年松島のクラスの担任になり、なぜか松島と妙に気が合い仲良くなっていた。
俺も去年から1年生のクラスを受け持っていた。
クラスを受け持つとそれまではなかった問題も多くあり、クラスの生徒たちとの関係性も濃くなる。
そのせいで、時々蒼汰がすねたりすることも。
が、ちらちらと様子を見に来る蒼汰に注目が集まってしまい、蒼汰のファンクラブまでできてしまったので1年のクラスには来るなと俺が言ったために、蒼汰がさらにすねるという問題も起きたが・・・
なんとか休みの日に遠出してデートすることで、蒼汰のご機嫌はとれたようだった。

「沢渡さん、生徒の名前呼んでる最中にあくびとかしないようにね」

校長の話を聞く間、すでにあくびをかみ殺している浩司くんにミヤが小声で言った。

「んあ・・・了解」

クラスの担任が、1人1人の名前を呼び、呼ばれた生徒が壇上に上がり卒業証書を受け取る。

浩司くんのクラスの番になり、マイクの前に立つ。
いつもは猫背気味だが、今日はその背筋もまっすぐで姿勢がよかった。
そして声も、いつもの眠そうな声ではなく凜と張りのある声だった。

「あの人、どっちが本物なんでしょうね」

ミヤがボソッと言った。

「さあ・・・どっちもじゃない?」

なんだかんだ、優秀な先生なんだよな。
蒼汰もいつの間にか浩司くんに懐いて俺のこともいろいろ相談していたみたいだ。
ぼんやりしているように見えて生徒たちのことをちゃんと見ているし、話も聞いてる。
何より誰に対しても公平なんだ。
あ、唯一蒼汰に対してはちょっと甘いとこもあるけど。

「時田蒼汰」

「はい」

蒼汰の声が心地よく体育館に響いた。
3年間でちょっと背が伸びた。
そして顔も精悍になり無造作に伸ばした髪が男っぽい印象を与えたが、白い肌に大きな目、長い睫毛、赤い唇は相変わらず艶っぽくて、見惚れるほど綺麗だった。
まっすぐな姿勢も肩で風を切るような歩き方も、入学したころよりも堂々として大人っぽくなった気がする。
そして、人の心を見透かすような視線と挑発するような笑みを向けられると、蒼汰から目をそらすことなどできなくなる。
でもその中身は驚くほど純粋で、まじめで、そしてちょっと天然だ。

そんな蒼汰を、ずっと大切にしたいと思った。
ずっと一緒にいたいと。
これからもきっといろいろあるだろうけれど・・・

それでも、この気持ちだけはずっと変わらないという自信はあった。



「時田!一緒に写真撮ろうぜ!」

卒業式が終わり、生徒たちは校庭に出ていた。
校庭の大きな桜の木の下は、ちょっとしたフォトスポット状態。
さすがに高校生ともなると親と一緒に、っていう生徒はそんなにいなかったが、友達同士撮り合ったり、担任を囲んで撮ってみたり。
そして、そこへ下級生までやってくるとさらにその場所は込み合うことになり・・・
中でも蒼汰はめちゃくちゃ人気者で、ここぞとばかりに写真を撮られまくっていた。
もちろんクラスメイト達からも引っ張りだこ状態。

「すごいっすね、蒼汰くん」

ミヤが俺の隣で呟いた。

「ん・・・。俺、写真撮れんのかな」
「さあ・・・あ、沢渡さんが一緒に撮るみたいですね」

浩司くんが、蒼汰のクラスメイト達に引っ張られ輪の中心に入った。
蒼汰が楽しそうに浩司くんの隣に並ぶ。
そして、クラスメイト達が集まる中、浩司くんは堂々と蒼汰の肩に腕を回していた・・・。

「・・・・あの人、調子にのってるな」
「まあ・・・担任だしね」

こんなことくらいで妬いてちゃ蒼汰の恋人は務まらない。

「純ちゃんもおいでよ」

浩司くんが、俺を手招きした。
蒼汰が、ちらりと俺を見る。

「行ってらっしゃい。あ、俺もあとで蒼汰くんと撮らせてくださいね、、ツーショット」
「お前な、なんでツーショ・・・」
「ほら、早く行かないとまた蒼汰くん連れていかれちゃいますよ、モテモテなんだから」

ミヤに言われて見ると、2年生が蒼汰に声をかけているところだった。

俺は慌てて駆け出し、思わず蒼汰の腕をつかんだ。

「せんせー・・・」

蒼汰の頬がかすかに染まる。

「ほら、純ちゃんそこ立って。俺が撮ってやるから」

浩司くんが、俺の腕を引っ張り蒼汰の隣に並べて立たせた。

「撮るよー、ハイ、チーズ」

浩司くんが素早く数枚の写真を撮る。

俺は、ちらりと蒼汰を見た。
何となく、緊張する。
学校では、なるべく離れるようにしてたから。

なんて思っていると―――

「もう、せんせーじゃないね」

蒼汰が、にっこりと笑って俺を見た。

「あ、うん、そうだな」
「じゃあ、これからはみんなの前でも純くんて呼んでもいいんだ?」

付き合うようになって、2人きりの時はお互いを名前で呼ぶようになっていた。
舌足らずな声で『純くん』と呼ぶ蒼汰はとてもかわいくて・・・
そうだ。
これからは先生と生徒じゃないんだ。
そう思うと、ちょっと照れ臭いような、嬉しいような不思議な気持ちだった。

「ねえ、みぃ」

蒼汰が、近くでバスケ部の連中と写真を撮っていた松島に声をかけた。

「何?蒼ちゃん」
「俺、先に帰るね。あとで連絡するから」
「え!蒼ちゃん、あとでみんなでカラオケ―――」
「だから、後で連絡する。俺、今から純くんとデート」
「は!?」

驚いたのは、松島だけじゃなかった。

一瞬周りが静まり、みんなが注目する中―――

「純くん、行こ!!」

蒼汰が、俺の手を掴むと思い切り走りだしたのだった。

「お、おい!」
「じゃあね、宮内せんせも沢渡せんせも、また遊ぼうね!!」




「・・・・みんな、びっくりしてたぞ」
「だって、早く純くんと2人になりたかったから」

学校から少し離れ、ようやく立ち止まった蒼汰。
蒼汰は息も切れていないが、俺は久しぶりに全速力で走ったせいでバテバテだ。

それでも、蒼汰の言葉に思わず笑みが零れる。

「・・・俺も、早く2人になりたかったよ、蒼汰と」

そう言って、俺は蒼汰の手を引き寄せた。

タイミングよく、周りには誰もいない。

そのまま蒼汰のあごに手を伸ばし、そっと触れるだけのキスをした。

一瞬驚きに見開かれた蒼汰の目が、恥ずかしそうな、嬉しそうな光を宿す。

「―――好きだよ、蒼汰」

そして桜の花びらが舞い散る中で。

俺たちはもう一度キスをした―――。




                      fin.
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