一目惚れしたきみはぼくの生徒だった

まつも☆きらら

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傷跡

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夢中で唇を奪い、その細い体を抱きしめる。

俺は浩司くんに嫉妬していた。

彼にそんな感情を抱いたことなんてなかった。

自分がこんな気持ちになるなんて・・・・


「ん・・・・っ、は・・・・・」

苦しそうに声を漏らす時田に、俺ははっとして我に帰った。

「あ・・・・悪い」
「・・・・なんで・・・・・?」

壁に体を預け、俯く時田。
目には涙がにじんでいた。

「ごめん、時田、俺は・・・・」
「俺のことなんか・・・・好きじゃないくせに」
「え・・・・」
「先生は・・・・俺のためにって思ってくれたのかもしれないけど・・・・結局自分のためじゃん。自分が先生辞めたくないから・・・・俺の気持ちなんて、何もわかってない!」

時田の目から、涙が零れ落ちる。
俺の胸が、軋むように痛んだ。

「・・・・ごめん。そうだな。俺は、自分のことしか考えてなかった」

俺の言葉に、時田が顔を上げた。
潤んだ瞳が、俺を見つめる。

「お前を苦しめて、おまえに背を向けて・・・・なのにまたこうして、おまえを傷つけて。俺は本当に最低な男だよ」
「先生・・・・?」
「でも・・・・・俺は、おまえが好きなんだよ・・・・」
「・・・・え・・・・・?」
「お前が、好きだ。おまえの言う通り、俺はお前から離れようとした。おまえが俺のために学校へいられなくなるのは、教師として避けなければいけないと思ったからだ。でも・・・・・無理だ。俺は、おまえが好きなんだよ。浩司くん・・・・沢渡先生と2人きりでいたことが我慢できないくらい、おまえのことが好きで好きで仕方ないんだ・・・・」

俺の言葉に、時田の頬が徐々に赤味を帯びていく。
潤んだ瞳が、さらにキラキラと輝きを増していた。

「ほ・・・・んとに・・・・・?せんせー、俺のこと・・・・・」
「あんま、聞くな。恥ずかしくて死にそうだ」

俺の言葉に、時田は一瞬キョトンとし、ぷっと吹き出した。

「死にそうって・・・・んふふ、せんせー、まっか」
「うるせー。お前のせいだからな」
「え、なんで俺――――っ」

時田が頬をふくらませ、何か言う前に、俺は再び時田の唇を塞いだ。
一瞬、こわばる時田の体。
俺はそんな時田の体をかき抱き―――

そのまま、床へと押し倒した。

「ん・・・・ッ、は・・・・・、ま・・・・・って、せん・・・・・」
「・・・・、無理」

今更、待ってなんて―――

俺は、弱々しくも抗おうとする時田の手首を掴むと、床へと張りつけ空いた手でシャツをたくしあげた。

そのまま素肌に手を這わせ、時田の白い肌が露わに・・・・・

「え・・・・・・?」

俺の手が止まった。

時田の腹部には、まるで刃物で傷つけられたような傷跡があったのだった・・・・・・




時田の白い肌に似つかわしくない、大きな傷跡。

もちろん傷はすっかり塞がってはいるものの、あまりにも大きなその傷跡に、俺は思わず息を飲んだ。

「―――驚いた?」

時田の声に、俺ははっと我に返って時田の顔を見た。

「あ、これ・・・・・」
「・・・・昔の、傷。背中も、見る・・・・?」
「え・・・・」

背中・・・・?

時田は起き上がると、シャツを完全に脱いで俺に背中を向けて見せた。
その背中には、痛々しい刺し傷が無数に刻まれていた。

「・・・・・この傷があるから・・・・俺、ずっと体育を休んでるんだ・・・・」
「あ・・・・・」

そうだ。浩司くんが言っていた。
時田はずっと体育を見学していると。

白い綺麗な肌に刻まれたその傷は、あまりにも痛々しくて・・・・

「時田、それは、いつ・・・・?」
「・・・・中学生のころだよ。中学に入ってすぐ・・・・。俺、数学を担当してた新任の男の先生と・・・・付き合ってたんだ」
「は・・・・?」

付き合ってた・・・・・?

「優しくて、かっこよくて・・・・俺、本当に好きだった。先生にキスされたときもまるで夢みたいで・・・・でも・・・・先生は、本気で俺を好きなわけじゃなかったんだ」

時田の体が、小刻みに震えだした。

「時田・・・・?」
「先生にとって、俺は単なる遊び・・・・ただの遊びだったんだ。俺だけが先生を本気で・・・・」

大きく震えだす時田の体。

「おい、とき・・・・」

次の瞬間。

時田の体から突然力が抜けたように、その場に崩れ落ちたのだった。

「時田!」

俺は慌てて駆け寄ると、時田の体を抱き起こした。
目を閉じ、完全に気を失っている時田。
何がどうなっているのか・・・・・

その時、突然部屋の扉がガチャリと開いた。

「―――先生、話は・・・・蒼ちゃん!?」

そっと顔を覗かせた松島が、時田の様子に驚き飛び込んできた。

「蒼ちゃん!!ちょ・・・先生!蒼ちゃんに何したの!?」
「お、俺は何も」
「じゃあなんで蒼ちゃんが裸で倒れてんの?一体どういうこと!?」
「聞きたいのはこっちだよ!いったい・・・・中学時代に何があったんだ?」

俺の言葉に、松島の顔色がさっと変わった。

「先生・・・・聞いたの・・・・?」
「時田が・・・・倒れる前に言ったんだ。この傷は中学の時のもので・・・・中学生の頃、数学教師と付き合ってたって・・・・」

ごくりと、松島が息を飲む。

「教えてくれ、松島。時田に、一体何があったんだ?この傷は・・・・・」

松島はうなだれ、その場にしゃがみこんだ。
そして、大きく溜息をもらしたのだった。

「話すよ・・・・・。でもその前に、蒼ちゃんに服を着せてあげて。そのままじゃ、風邪ひいちゃう。蒼ちゃん、すぐに熱出す子だからさ・・・・」
「・・・・わかった」




「昔から蒼ちゃんは女の子みたいに可愛くて、男にも女の子にももててた。いつもニコニコしてて明るくて優しくて。先生にもいつもかわいがられてた。俺も、蒼ちゃんが大好きだった。誰よりも・・・・・その蒼ちゃんが、中学に入ってすぐに、恋をしたんだ」
「それが・・・・」

松島が、こくりと頷く。

「数学の、岩田先生だった。大学出たばっかりで、かっこよくて優しくておもしろくて。女子からもすごく人気のある先生だったよ。蒼ちゃん、最初はただ憧れてるだけだって言ってた。でも、ある時蒼ちゃんが1人で家に帰る途中、岩田先生に声をかけられたんだ」



岩田に声をかけられた時田は、まだその土地に不慣れだった岩田に図書館の場所を聞かれ、案内したのだという。
図書館まで岩田を案内した松本は一緒に中へ入り、中を案内していた時に突然、岩田にキスをされたのだった。

それから、人目を忍んで図書館で会い続けた2人。
時田は、どんどん岩田にのめり込んでいった。
他のことが何も手につかないほどに。

やがて、図書館で2人が会っているのを目撃するものが現れた。
最初は特に問題にされなかった。
が、頻繁に会っていることが噂になり始め、2人の仲を冷やかす生徒が現れたのだ。

その禁断の関係の噂を耳にした生徒の親が、学校へと通報した。
そして、学校は岩田へ注意を促した。

岩田は、すぐに時田との関係を否定し、もう二度と外で会わないと約束した。
突然、岩田に無視されるようになった時田。

時田は、ただ話をしたくて。
ただ岩田と一緒にいたくて。
ただ岩田に会いたくて―――

人目を避け、岩田が独り暮らしをしていたアパートを何度も訪ねたのだという。

そんな時田を最初は受け入れていたものの、徐々に脅威に感じ始めた岩田。
このままでは、自分の教師としての将来が危ぶまれるのではないか―――
そう感じ始めたのではないかと、松島は言った。

ある日、岩田の住む部屋から時田が出てくるところを、その中学校の生徒とその母親が目撃する。

そして、翌日岩田と時田は校長室へ呼ばれた。

関係を問いただされた時田は、岩田のために自分の気持ちを隠し『授業で分からなかったところを質問しに行っただけ』と言ったのだという。
厳重に注意された2人。

だが岩田は、生徒や先輩教師などから白い目で見られ始め、精神的に追い詰められていたらしい。

その様子に気付いた時田は岩田のために身を引く決意をし、そのことを伝えに岩田の家へ行ったのだ。
疑心暗鬼になっていた岩田を安心させようと。
自分はもう、岩田には近づかないと、ただそれだけを伝えに。

だが、岩田に時田の想いは伝わらなかった。
時田がいる限り、岩田は自分の教師としての将来はないと。
そう思いつめていたのだという。

「さよなら」

そう言って部屋を出ようとした時田。
が、岩田は、時田がこのまま身を引くとは信じることができなかった。

時田を玄関まで送ると、そこで待たせ

台所にあった包丁を手に戻り

驚く時田の腹を思いきり刺した。

そして

咄嗟に逃げようと身をひるがえした時田の背中を、何度も包丁で切りつけたのだ・・・・・・
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