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甘い気持ち

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「あれ、時田?どうした?」

昼飯を食べた後、自分の授業がなかったため職員室にいたのだが、どうにも眠くて仕方なくて、眠気を覚まそうと屋上に来た。
が、そこには先客が。

「あ・・・・沢渡せんせー」

いたずらが見つかった子供みたいに眉を下げ、悲しそうな顔をする時田蒼汰。
そんな顔されたら、怒れない。

「どした?眠くなっちゃったか?」
「それ、せんせーでしょ?」
「んふふ、わかっちゃった?」
「・・・・怒らないの?」
「・・・・まぁ、気分が乗らない時もあるよな」

時田が、きゅっと唇を噛みしめる。
大きな瞳が潤み、今にも涙が零れそうだった。

かわいい。
こりゃあ、純ちゃんもやられちゃうよな。

「・・・・数学の授業なんだよ」
「ああ・・・・そっか」

事情は、純ちゃんから聞いていた。
かと言って、俺に出来ることなんて―――

「俺じゃあ、数学教えてやれないしなぁ」
「・・・・ふふ。じゃあ、沢渡せんせーには絵の描き方教えてもらおっかな」
「お?いいよ。でも専攻、確か音楽じゃなかったっけ?」
「だって俺、絵ぇ下手なんだもん。あ、歌もうまくはないけどお」

えへへと恥ずかしそうに笑う時田。
無防備な笑顔に思わずドキッとする。

「・・・・今度、絵のモデル、やってくんない?」
「え?モデル?」

きょとんと首を傾げる時田に、俺ははっとする。
思わず口から出てしまった言葉。

「あ、いや・・・・ちょうど、次何描こうか悩んでたから・・・・・暇な時にさ、美術室遊びに来てよ」
「暇な時でいいんだ?」
「うん、いつでもいい」
「ふふ、じゃあ今度お菓子持って遊びに行くね」

楽しそうに笑う時田に、ちょっとほっとする。
純ちゃんが、すごく落ち込んでた。
きっと、時田は純ちゃんにとってすごく大事な存在なんだ。
その時田が、悲しそうにしているのを放っておくことなんて・・・・

・・・・・・そうじゃ、ねぇな。
ただ俺は、時田を描いてみたくなったんだ。
くるくるとその表情を変える時田を―――

「こんなとこにいたの」

ふと気付くと、屋上の入口にミヤが立っていた。

「ミヤ、どうかした?」
「どうかした、じゃないでしょ。なんであなたが一緒にいるんですか。―――時田、授業は?」

ミヤの言葉に、時田の体がピクリと震える。

「・・・・雪村先生が、心配してる。戻ろう」

そう言ってミヤが優しく時田の肩を叩く。
時田は、素直に頷くとミヤと一緒に歩き出した。
屋上から出るところで、ふと俺を振り返る。

「せんせー、ありがとう」
「ん、授業がんばって」

その言葉に少しだけ笑い、2人の姿は見えなくなった。

俺はそっと息を吐きだし、空を見上げた。

「・・・・やばいなぁ・・・・あいつ、かわいいじゃん」

何とも言えない、甘い気持ち。
そしてちょっとだけ、胸が痛かった。

時田は・・・・・純ちゃんが好きなんだよな・・・・・




「・・・・何してたの?沢渡先生と」
「ちょっと話してただけ。俺が先に屋上でサボってたの。沢渡先生はついさっき来て俺の話を聞いてくれてただけだよ」
「話って?」
「・・・・いろいろ」
「・・・・時田」

俺は足を止め、後ろを歩いていた時田を振り返った。
時田が、びくりと体を震わせる。

「雪村先生のこと・・・・あれは、雪村先生が悪いんじゃないんだよ」
「・・・・なんのこと?俺、別に―――」
「雪村先生は、お前のことを考えて―――」
「そんなこと!」

突然、時田の声が大きくなった。
自分でそのことに驚いたのか、時田は口を抑える。

「・・・・結局、雪村先生も・・・・同じなんだよ」
「え?」
「・・・・みんな、同じだよ、先生なんて・・・・!」

そう言って、時田は駆けだした。

「時田!?」

俺は慌てて追いかけようとしたけれど―――

「宮内先生?どうかしました?」
「あ・・・・・」

後ろから声をかけてきたのは、ベテランの女性教師だった。
また前を向いた時には、もう時田の姿はなかった・・・・・
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