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入学式にて

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「やば、めっちゃ可愛い」

つい、声に出していた。
それくらい俺にとって『時田蒼汰ときたそうた』という生徒は衝撃的な存在だったんだ・・・・



「男子校の入学式で、生徒見てかわいいなんて言い出すからついにおかしくなったのかと思いましたよ」
「ひでぇな、ミヤ」
「ふふ。だって、じゅんさんがそんなこと言うの珍しいと思って」

おかしそうに笑うミヤに、俺は思わず明後日の方を見た。
ミヤは同じ大学の1年後輩。
ちょっと変わりものだけれど、頭の回転が速く面白いやつで、なんとなく馬が合い仲良くなった。
しかしまさか、こうして同じ高校に赴任することになるとは思わなかったけど・・・・。
俺は赴任3年目、ミヤは2年目でお互いに担任になっているクラスはないため気は楽だった。

「あー、ねみぃなぁ・・・・」

すぐ後ろで、欠伸とともに聞こえてきた眠そうな声―――

浩司こうじくん、入学式の間寝てなかった?1年生のクラス担任なのに」

俺は少し遅れて歩いていた美術の沢渡さわたり浩司先生を振り返って苦笑した。

「だってねみいんだもん。あ、ミヤ、あのアメ持ってる?」
「ん、あるよ。―――はい」
「やった!ありがと」

ふにゃっと笑い、ミヤのあげたアメを口の中に放り込む。
俺よりも1年先輩の浩司くんは、もっと若くも見えるしときどきお爺ちゃんのようにも見える。
そして真面目なのか不真面目なのか、よくわからない。
たまに美術室を覗くとすごい集中して絵を描いてるのに、授業中にはよく生徒をほったらかしにして居眠りをしているのだ。

「浩司くん、今回初めてクラス持つんだよね?大丈夫?急いだ方がいいんじゃないの?」
「あ、そっか。じゃ、行くわ」

そう言いながらも、慌てるそぶりを見せずに歩いて行く浩司くんに、ミヤはあきれ顔。

「大丈夫かなあ、あんなのが担任で」
「ふは、まぁ、あんな感じが逆に生徒には人気だし、なんとかなるんじゃない?ミヤも浩司くんとは結構気が合うみたいじゃん」

変わり者同士だからってわけでもないだろうけど、なんとなく雰囲気の似てる2人は、初対面の時からまるで昔からの知り合いのように自然に打ち解けていた。

「別に・・・・なんか、あの人といると楽って言うか・・・・空気みたいな感じ?お互い話したいときだけ話して、干渉もしないし」
「ふーん。おもしろいもんだな。大学時代は、俺くらいしか友達いなかっただろ」
「ふふ、そうでしたね。サークルとか面倒だったし、入る気なかったんだけど・・・・純さんといたらなんとかなるかなって」
「旅サークルね!俺の分刻みのスケジュールについて来れたの、ミヤくらいだったもんなぁ」
「そうそう、みんな嫌がってた。俺は、決めてもらう方が楽だったから」
「2人でいろんなとこ行ったもんなぁ」
「まぁ・・・・欲を言えば女の子にも来てほしかったよね」
「俺のスケジュール、女子にはすこぶる評判悪かったから」
「純さん、かっこいいから憧れてる子は多かったけど・・・・しかし純さんにそっちの気があったとはね」
「おい!」
「だって、いくら可愛くても男だよ?」
「いや・・・・わかってるよ。わかってるけどさ、本当に可愛かったんだって。なんか、1人だけオーラが違ってたって言うか・・・・お前、気付かなかった?」
「さぁ・・・・」

そう言ってミヤは肩をすくめると、小さく欠伸をした。

「沢渡さんのが移ったかな」
「おいおい」
「・・・・沢渡さんのクラスには、どんな生徒がいるんでしょうね~」
「そうだな。何も問題ないといいけどな」

そんなことを話しながら、俺たちは職員室へと入って行ったのだった・・・・。





ガラッ


ボト


――――あれ、目の前が真っ白・・・・・


「やったあ!成功!!」
「うはは!こんな古典的な手にひっかかる奴いんのかよ!」
「先生とろ過ぎ!」

ぽて

頭を振ると、黒板消しが白い粉を振りまきながら足元に落ちた。
あ、なるほど。
扉を開けると頭の上に落ちるようになってる、あのいたずらか。
どうりで、せっかくクリーニングに出したグレーのスーツが真っ白だ。
生徒たちが俺を見て爆笑している中、一番前の、真ん中に座っていた生徒がすっと立ち上がり、俺の方へ歩いてきた。

色が白く、目の大きな、女の子みたいに華奢で可愛らしい子だった。

「沢渡先生、大丈夫?真っ白」

俺の顔を覗きこみ、首を傾げる姿がまた可愛い。
なんて思ってたら・・・・

「ふ・・・・ぷは!きゃはははは!!」

突然吹き出し、涙を流して笑い始めた。

「先生の顔、超面白い!写真撮っていい?」
「蒼ちゃん!先生がかわいそうじゃん!」
「よく言うよ!みぃ、お前がやったんじゃん!」

『蒼ちゃん』と呼ばれたその子はくるりと俺に背を向けると、自分の席に戻り窓際の一番前の席の、『みぃ』と呼ばれた茶髪の生徒と話し始めた。

俺はスーツについた白い粉をはたき・・・すぐに無駄なことに気付いて、そのまま教壇に立った。

「出欠、取るぞ」
「先生、そのまま始めるの?シャワー浴びてくれば?」

『みぃ』と呼ばれていた生徒が俺を見てにこにこと笑って言った。

「お前は・・・・青島光孝あおしまみつたか?」
「はーい、青島くんでーす!」

元気に手をあげるその姿は天真爛漫という言葉がぴったり。
ニコニコと無邪気で、まるで悪意というものがない。

「時間、もったいないから後でいい。今日は配布物配って、明日のこと話したらすぐ終わりだから」

そう言って、俺は出席簿を開いた。

「呼ばれたら返事して、一度立って俺に顔見せて。覚えるから―――青島光孝」
「はーい!」

さっきと同様、元気に返事をして立つ。
いたずらの首謀者・・・・だけど、悪い子ではなさそうだった。
何より元気があっていい。
青島のおかげで、あとに続く生徒たちがみんな元気に返事をし、勢いよく立ちあがってくれたのだ。
そして―――

「―――時田蒼汰」
「はい」

背筋を伸ばし、すっと立ち上がるその姿は凛としていて―――
一瞬、空気が変わった気がした。
窓は閉まっているのに、まるで一陣の風が吹いたような感覚。
大きなその瞳は澄んでいて、見つめられただけで吸い込まれそうな錯覚に陥りそうだ。

―――この子を、描いてみたいな・・・・。

ふと、そんなことが頭をかすめた。
もう、何年も人なんて描いてないのに・・・・・

「せんせー、早く俺の名前呼んでよ!」

時田の後ろの生徒が声を上げ、どっと笑いが起きる。

「あ―――悪い。ええと・・・・」

やばいやばい。
余計なこと考えてる場合じゃなかった。
教師になって4年目、初めてクラスを受け持つことになった。
しかも1年生。
全然自信なんかないけど、生徒たちはみんないい子たちに見えるし、きっと大丈夫。
そんなわけのわからない確信が、俺の中にあった・・・・・。





「蒼ちゃん、帰ろう」
「うん、ちょっと待って」

配られたプリントやらなんやらをバッグの中に詰め込む蒼ちゃんを、俺は机の上に腰をかけて待っていた。
小学校からの幼馴染の蒼ちゃん。
まじめで、ちょっと不器用な彼は昔から身支度に時間がかかるタイプだ。
けど、俺はそんな蒼ちゃんを待ってるのが好きだった。
一所懸命1つ1つ物を確認しながらバッグに入れていく様子が、ちっちゃい子みたいでかわいいんだ。

「おっけ。ごめんね、みぃ、待たせて」
「全然。ね、お腹空かない?何か食べに行かない?駅前にファミレスあったじゃん」
「ん、いいよ」

この高校は全寮制で、俺たちは入学式の3日前から寮で生活を始めていた。
寮は2人1部屋で、部屋の割り当ては担当の教師が決めているということだったけれど、最初は慣れていないからということもあり、同じ中学出身の人がいる場合は同室にしてくれるのだ。
おかげで俺は蒼ちゃんと同室!
同じ中学から来てる奴が他にいなくてよかった!
でも安心はできない。
だって―――

「ほら、あいつ可愛くない?」
「時田だろ?超可愛いよなあ」

ほら、もう噂になってる。
隣のクラスのやつが、教室から廊下に顔を出してこそこそしゃべっているのが聞こえた。
ちらり、とそいつらを睨んでやると、慌てて顔を引っ込める。

ふん。
お前らなんかには、絶対蒼ちゃんやらないよ。
だって蒼ちゃんは、俺のだからね・・・・・
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