苦くて甘い

まつも☆きらら

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第12話

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―――舜・中学2年生―――


中学に入ると、直くんはバスケ部に入り毎日練習に励んでいた。
俺はそんな直くんの練習する姿を見るのが好きだった。
スポーツは好きだったから、俺も何かしたかったけど・・・。
ユニフォームなんて買うお金はない。
母親は、俺に自分の男の相手をさせて自分の飲み代や遊ぶお金を稼ぐようになっていた。
俺はもう抵抗する気も失せ、ただ時間が過ぎるのを待っていた。

ある日、家に帰ると玄関に綺麗な革靴が揃えておかれていた。
母親の相手で、そんな綺麗な革靴を履いているような奴はいなかった。

「舜。あんたの部屋に客、入れたから」

母親がドア越しにそう言った。

そういえば、こないだあの男と別れたんだっけ。
金がもらえなくなるから、昔働いてたバーのママに頼んで客を紹介してもらうって言ってたな。
てことか、俺の客ってことか・・・

俺は軽くため息をつくと、自分の部屋のドアを開けた。

「あ、こんにちは」

そう言って俺を見たのは、20代くらいの真面目そうな男。
金で若い男を買うようには見えなかったけど―――

「君が舜くんか・・・・。本当にきれいだね」
「・・・・どーも。あなたは、普通のサラリーマンに見えるけど」
「あ、だよね。僕もこんなことするの初めてで・・・・。僕、女性には興味ないんだ。でも、大人の男も・・・・なんて言うか、汚いだろ?」
「はあ・・・・」
「若くてかわいい男の子が好きなんだけど・・・。無理やり嫌がることをするつもりはないんだ。だから、大人の男が好きな子はいないかなって店のママに相談したらいい子がいるって言われてさ」

なるほどね。
俺も別に好きでやるわけじゃないけど。

「お金は?」
「あ、さっき君のお母さんに渡したよ。あ・・・もしかしてまずかった?何なら君にもお小遣いあげようか?」
「別に、俺はいらない」
「あ・・・そっか」

男はちょっと恥ずかしそうに頭をかいた。

今まで、ガラの悪い乱暴な男ばかり見てきたから、何となく妙な感じだったけれど・・・
結局は俺の体が目当てなんだよな。


その男は、確かに優しかった。
俺を殴ることもないし、俺を気遣いながらまるで大事なものを扱うように俺を抱いた。



それからその男は週に1回、金曜日に必ず家に来るようになった。
他の日に来る客は、大体ガラの悪い乱暴な、見慣れた感じの男たち。
殴られて、痣ができることも珍しくなかった。
その中で、その男だけは優しくしてくれた。

名前は聞かなかった。
知る必要はないと思ってたから。

だけど、父親が会いに来る土曜日以外はほぼ毎日のように客を取るようになっていた俺にとって、優しい彼は特別な存在だった。
思えば、これが初恋だったのかもしれない。
俺に優しくしてくれる、大人の男。


そんなある日。
いつものように、金曜日に来た彼に抱かれていた。

「舜・・・・綺麗だよ・・・・」
「ん・・・・っ、あ・・・・・」

彼が俺の中で動く。
その痛みにも、だいぶ慣れてきていた。

俺の体は、もともと男を受け入れるようにできているのかもしれない。
その頃はそんな風に思えていた。
学校で女の子に告白されることもあったけど、付き合おうと思ったことはない。
そんな感情は沸いてこない。
たまに男たちが『あの子、超かわいい』とか言って騒いでいる女の子を見ても、なんとも思わないのだ。
それよりも、今俺を抱いてるこの人の方がずっと・・・・

俺は『ゲイ』なんだと、認識し始めていた。


「はあ・・・・」

彼が絶頂を迎え、荒い息のまま俺に優しく口づけた。

その時だった。

いつの間に入ってきたのか、全く気付いていなかった。

「舜・・・・・これは・・・・・」

その声に、俺は驚いて体を起こした。

そこに立っていたのは、父さんだった。

「父さん・・・・?なんで・・・・」

俺の言葉に父さんは答えず、ただ茫然と俺と彼を見ていた。

「お前・・・・男と・・・・・?」

父さんを見て、彼が慌ててベッドから出た。

「あ、あの、僕、帰るね!」

そう言って床に散らばった服を拾い上げ、部屋を出ていった。

俺はそこから動くことができず、まだ固まっている父さんを見ていた。

「父さん・・・・俺・・・・」

「・・・・中学生だから・・・・」
「え・・・・?」
「遊ぶ金も必要だろうと・・・・思って・・・・」

そう言うと父さんは、ポケットから白い封筒を出し、布団の上に置いた。

「じゃあ・・・・これで」
「父さん!」

父さんは逃げるように部屋から出ていってしまった。

俺は、父さんが置いていった封筒を手に取ると、中を見た。

中には一万円札が3枚と、短い手紙。

『舜へ 遅くなったけれど、中学入学おめでとう。新しい服でも買いなさい』

「父さん・・・・」

俺の目から、涙が溢れた。

男に抱かれていた俺を、信じられないようなものを見る目で見ていた。
きっと軽蔑された。
そう思うと悲しくて・・・・涙が止まらなかった。


それから父さんは、仕送りは続けてくれたけれど、会いには来てくれなくなってしまった。

俺も父さんに連絡しようとは思わなかった。

男に抱かれていたことの言い訳が思いつかなかった。

お金のために男に抱かれていることは、父さんには知られたくなかった。

そしてあの彼も。人に見られたことがよほどショックだったのか、それから姿を現すことはなかった。

結局、彼にとって俺は金を払って抱く男というだけの存在だったのだ。

特別だと思っていたのは、俺だけだった・・・・。




その後高校、大学と進んでも俺は男に体を売っていた。

直くんとは同じ高校へ進んだが、その頃から病弱な母親は入退院を繰り返すようになっていた。

コンビニでもアルバイトをしていて、直くんには何度も『もう体を売るのやめなよ』と言われたが、高い治療費を払うには養育費とコンビニのバイト代だけではどうにもならなかった。

そして俺はそういう生活が当たり前になっていて、普通に女の子と付き合うことはできなかったし、たまにゲイの男と付き合っても俺が男相手に体を売っていることを知るとみんな俺から離れていった。

大学へは奨学金で行けることになった。
母親は相変わらず入退院を繰り返していた。

そんな時、気晴らしにと直くんに誘われ東京へ遊びに行き、そこで芸能事務所にスカウトされ、モデルの仕事を始めることになったのだ。

モデルの仕事は面白かった。
仕事のたびに東京へ行けるのも刺激になった。
俳優の仕事にも興味を持ちオーディションをたくさん受けるようになり、俺はようやく体を売る生活から抜け出せるんじゃないかと思えるようになったのだった。


寛太と出会ったのはモデルの仕事をしている時だった。
いつものカメラマンが来られなくて、急遽雑誌社の人が自分の知ってるカメラマンに電話しまくって、それで来ることになったのが寛太だった。
本来はファッション誌の仕事はしない人だということだったけど、その時は頼まれて仕方なくやってきたのだ。
そこで撮影しながら言葉を交わし・・・何となく気が合うような気がしたんだ。
寛太もそう思ってくれたのか、それからよく一緒にご飯を食べに行ったりするようになった。



ある日、寛太と街をぶらぶら歩いている時だった。

「おい!お前!」

いきなり乱暴に声をかけられて振りむくと、派手な赤い車から、見たことのある男が顔を出して俺を睨んでいた。
反射的に、まずいと思った。
そいつは少し前に関係を持った客だった。
乱暴なやつで、いやだと言ったのに俺をベルトで縛って道具を使い俺を弄んだ。
モデルの仕事を始めてからは、体に痕が残るようなプレイは断っていた。
あの時は、その後しばらく仕事を休まなくてはならなくなった。
それ以降俺は売春を辞め、売春用に使っていた携帯も解約していた。
まさかこんなところで会うなんて・・・・

「・・・寛太、行こう」
「え、いいの?」
「いいの。早く」
「おい!待てよ!!」

俺は寛太の腕をつかみ足早にその場を去ろうとしたけれど・・・

男は車を降り、俺たちを追いかけてきた。

「無視すんじゃねえよ!てめえ、探したんだぞ!」

男が俺の腕をつかみ、力任せに引っ張った。

「!・・・・放せよ、俺はもうあの仕事は辞めたんだ」
「は?ふざけんな!ちょっと来いよ!」

男は大柄で力が強かった。
そのまま引きずられるように車まで連れていかれ、無理やり車に押し込まれそうになる。

その時だった。

「おい、そのきったない手、放せ」

そう言って、寛太が男の手を掴んだ。

「ああ?なんだおめえ」

男が寛太を睨みつける。

寛太は小柄で、全く強そうには見えなかったけれど―――

「いてっ・・・・、おい、いてえよ!!放せ!!」

男の顔が、みるみる赤くなる。
寛太は顔色一つ変えず、男の腕をぎりぎりとねじ上げた。

「舜には近づくな」
「い、いてえ!!は、放してくれ!」
「約束しろ。二度と、舜に近づかないって」
「わ、わかった、約束するから!放してくれ!!」

寛太が男の手を離すと、男は勢い余って自分の車のドアに頭をぶつけた。

「あ、わりい」

寛太の言葉が終わるより早く、男は運転席に乗り込むと、そのまま車を急発進させてその場から走り去ったのだった・・・・。

「あ・・・ありがとう、寛太。俺・・・・」
「手、大丈夫か?」
「え?あ・・・・」

あの男に掴まれた手首が、赤くなっていた。

「大丈夫」
「俺んち、近いからおいで。冷やさないと」

俺はそのまま寛太の家に行った。
寛太は何も聞かなかったけど、俺は寛太にあの男のことを話した。
俺が今まで体を売ってきたことも、全部話した。
なぜだか、寛太には話したくなったんだ。
俺のことを知ってほしいと思った。

寛太は黙って俺の話を聞いてくれた。
何も言わず、それまでと態度も変わらず接してくれた寛太。
俺はそれから、東京で仕事がある時には寛太の住んでいるマンションに泊まるようになり、寛太のために料理を作ったり洗濯をしたり、身の回りの世話をするようになった。
やれと言われたわけじゃない。
俺がやりたかったんだ。寛太のために・・・・

寛太は優しくて、いつでも俺のくだらない話を笑顔で聞いてくれた。

寛太が好き。

そう思った俺は、初めて自分から抱かれたいと・・・・
寛太に抱かれたいって思ったんだ。

だけど、その想いを告げた俺に、寛太は言った。

「金で男に体を売ってる様なやつ、抱きたくねえ」

その言葉は、俺の胸に突き刺さった。

何も言えなかった。

俺が自分でしてきたことだ。

始めは無理やりだったにせよ、やめようと思えばやめられるようになってからも、そのやり方を続けたのは俺の意思だ。

「そ・・・だよね。ごめん・・・・」

俺は、そのまま寛太の家を飛び出した。

俺に寛太のそばにいる資格なんてない。
ましてや、抱かれたいだなんて・・・・
そんなこと、思う資格もない。


そう思って自分の家に帰ろうとした。
けど、マンションを出たところですぐに後ろから寛太が走ってきて俺の腕をつかんだ。

「来い!」
「え・・・・な、なんで?もう、いいよ、俺帰るから!」

泣き顔を見られたくなかった。
それなのに。

「いいから来い!」

そう言って、寛太は無理やり俺を部屋に連れ戻し、リビングに座らせるとコンコンと説教を始めたのだ。

「自分の問題からすぐに逃げようとするな。ちゃんと自分がしてきたことと向き合え。向き合って・・・・そのことが、舜の周りの人や、舜自身も悲しませてるんだって、ちゃんと気付け」

そう言いながら、なぜか寛太の方が泣きながら、俺のことを抱きしめた。

「俺が、ずっと一緒にいるから、大丈夫」

そう言って、俺の頭を優しくなでてくれた寛太。

俺は、体から力が抜けるのを感じた。

ああ、この人の前では無理しなくていいんだ。

俺は、俺のままでいていいんだ・・・・・・



それからの俺は大学に通いながらコンビニでのバイトやモデルの仕事も続け、俳優を目指してオーディションを受け続けた。
その甲斐あって、徐々に小さな役がもらえるようになったんだ・・・・。
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