苦くて甘い

まつも☆きらら

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第7話

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違うんだ。

今、頭の中パニック状態で、うまく整理できない。

だけど、舜に嫌悪感を感じたり、一緒にいたくないと思ったわけじゃない。

そうじゃないんだ。





舜が出て行ってから、どのくらい時間が経ったのか。

「っくしゅっ」

玄関の扉が微かに開いていて、そこから入って来ていた夜の冷たい空気に体を震わせ我に返った。

「―――舜くん」

追いかけなくちゃ。
誤解だって、伝えなくちゃ。
このまま会えなくなるなんて、冗談じゃない。
舜が男しか好きになれないと知ってもちろんびっくりはしたけれど、でも、その事実にショックを受けたというよりは―――

あの吉野という男との関係にショックを受けていたんだ。

『そういう関係』ということは、吉野と付き合っていたということなんだろうか。

じゃあ、体の関係も・・・・?

胸が締め付けられるように苦しかった。
もう、隠しようがない。
俺は・・・・



舜が、好きなんだ・・・・



俺はラインで舜へメッセージを送った。
が、返信はない。既読にもならない。
電話をかけても出ない。

くそ・・・・っ

俺は家を飛び出し、どこへ行ったかわからない舜を探し始めた。

どこへ行ったのか、まるで見当がつかない。
考えてみれば舜がうちへ来てからまだ2週間もたっていないのだ。
舜の友達といったら、あの城田くらいしか知らないし・・・・
相葉くんはどこで働いてるって言ってたっけ。
確か、池袋にある不動産屋だって・・・・



城田の連絡先は聞いてない。
が、他に思いつくところもなく、俺はとりあえず池袋へ向かった。

駅から近いって言ってたけど、池袋の駅は広い。
どこから探せばいいのかわからず、とりあえず駅を出て不動産屋を探し始める。

城田は、一度しか会っていないけれどまじめなサラリーマンというよりは、ちょっとちゃらい感じに見えた。
茶髪でネクタイも緩めで音楽とか聞きながら、ポケットに手ぇ突っ込んで歩いてそうな・・・・

そんなやつを探していたら、まさに目の前を歩く薄いグレーのスーツを着た茶髪の男が見えた。

「―――城田くん!!」

俺の声に、くるりと振り向いたのはまさに城田その人だった。

―――本当にいた!

「あっれー、裕貴さん?何してんのぉ?こんなとこで。あ、もしかして舜ちゃんも一緒?」

城田がきょろきょろと周りを見ながらゆっくりと歩いてきた。
俺はそんな城田に駆け寄り、その肩をがしっと掴んだ。

「へ?なに?」
「舜くんを、探してるんだ!」
「え・・・何で?迷子?」

首を傾げる城田に、思わず力が抜ける。

「違くて・・・舜くんが、出てっちゃって・・・・」
「え・・・・」

城田の顔色が変わる。

「何それ・・・。電話は?ラインはしてみた?」
「したよ!でも出てくれないし、返信もない」

城田が、少し身をかがめて俺の顔を覗き込む。

「・・・顔色、良くないよ。具合悪いんじゃないの?」
「あー・・・ちょっと風邪気味・・・いや、そんなことどうでもいいんだよ!それよりも舜くんが―――!」
「まあ、落ち着いて。どっか店入ろうよ。この辺がやがやしてて声もよく聞こえないし」

城田はそう言うと俺の肩を叩き、先に立って歩き出した。
俺は慌てて後をついて行く。

―――なんか、この人について行くシチュエーションていうのが嫌なんだけど・・・

入ったのは、サラリーマンでにぎわう居酒屋。
城田は、慣れた様子で個室に案内してもらっていた。

「―――ここ、たまに商談でも使ったりするんだ。値段も安いし個室があるからさ、便利なの」
「へえ・・・・」

本当にちゃんと仕事してるんだ。

なんて、感心してる場合じゃなかった。

「あの、城田くん―――」
「舜ちゃんのことでしょ?わかってるよ。電話してみるから」

その言葉に、俺は少しほっとして息をついた。

「ありがとう・・・・」
「喧嘩でもしたの?そんなに慌てて・・・舜ちゃんだって小さい子供じゃないのに」
「わかってるよ、でも・・・・」
「出てったって、いつ?」
「・・・・今日」
「今日?何時頃?」
「5時・・・ごろかな」
「・・・・普通に、買い物にでも行ったんじゃないの?」
「違うよ・・・・。あの家を、出てくって言ったんだ」

城田が俺をじっと見つめる。

個室に入ると、城田が店のタブレットで適当に何品かオーダーしていた。

俺は、飲みたい気分でも空腹でもなかったけれど・・・・

ほどなく店員がビールとお通しを運んできた。
城田は『はい、乾杯』と言って軽くグラスを鳴らし、ビールを一口飲んだ。

「とりあえず、ラインしてみる」

そう言って城田はスマホを操作する。
俺もそのスマホをのぞき込んでいたが―――

『今どこ?』
という城田のラインに、
『寛太といる』
という返信。

―――やっぱり。

『どこ?』

もう一度城田がそう送ると、しばらくして

『もしかしてゆうに何か聞いた?』

「あ、ばれてる。さすが舜ちゃん」
「いや、感心してる場合じゃないでしょ」
「はいはい」

『違うよ!どこにいるかなと思って』
『直くんの嘘はすぐわかる。俺、帰らないから』

「あ、やばいなこれ、怒ってる。電話しよう」

そう言って城田はスマホで電話をかけたけれど・・・・

「・・・だめ。出ない」
「そんな・・・・」

城田はスマホを降ろすと、ため息をついて俺を見た。

「―――何があったの?こんなとこまで俺に会いに来るなんて、よっぽどのことでしょ。ちゃんと話してよ」
「・・・うん」

俺は、素直に今日あったことを城田に話すことにした。

城田は、顔色を変えることもなくじっと俺の話を聞いていた。
だから、話しているうちに気付いた。
城田も、舜がゲイだってこと知ってたんだって・・・。
だから、舜が誰とも付き合ったことないって話をしたときに様子がおかしかったんだ・・・。

「・・・それで、裕貴さんはどうしたいの?」
「どうって・・・」
「舜ちゃんを探し出してさ、どうしたいの?戻って来いって言うつもり?」
「・・・それじゃ、ダメなの?」
「だって、舜ちゃんはゲイなんだよ?これからだってまた吉野さんが遊びにきたり、もしかしたらまた2人が抱き合ったりしてるとこ見ちゃったりするかもでしょ?いや、それどころか2人がベッドで―――」

がたんと音を立て、俺は立ち上がった。

その時、ドアがノックされ店員が料理を運んできた。

俺はゆっくりと座り直し、ひざの上に置かれた自分の手をじっと見つめた。

店員が出ていくと、俺はゆっくり顔を上げ城田を見た。
城田は目をそらすことなく俺を見ていた。

「やっぱり・・・・吉野さんと舜くんは、そういう関係なの?」
「・・・だったらどうなの?」
「そんなの・・・・」

俺は再び視線を落とし、拳を握りしめた。

「そんなの・・・嫌だ・・・・」
「・・・・やっぱり、裕貴さんは舜ちゃんが好きなんだね」

顔を上げると、城田が優しく微笑んでいた。

「初めて会った時から気付いてたよ。きっと、舜ちゃんのことが好きなんだなって」
「・・・おかしいと思わないの?男同士で、しかも兄弟なのに」
「思わないよ。だって、俺はずっと舜ちゃんを見てきたし、それに兄弟って言ったってついこないだ会ったばかりでしょ?なんてったって舜ちゃんはかわいいからね。好きになるのはしょうがないよ」

なんだか、不思議な気持ちだった。
城田の言葉は軽くて全然真剣さが感じられないのに、さっきまでもやもやしていた俺の気持ちがすーっと軽くなっていくのを感じていた。

「・・・城田くんは、舜くんのこと・・・」
「俺?うん、好きだよ、舜ちゃんのこと。でも、俺のは・・・そうだな、逆にずっと一緒にい過ぎたせいで兄弟みたいな感覚なんだよね。ずっと舜ちゃんのこと心配してきたから・・・」
「心配?」
「うん。・・・裕貴さんはさ、舜ちゃんのお母さんのこととか、小さい頃の話とか聞いたことある?」
「舜くんからはお母さんと2人で暮らしてたってことしか・・・。親父からは、そのお母さんが体が弱くて半年前に亡くなったとは聞いてる」
「そっか・・・・。詳しい話は、俺からはできないけど。でも・・・舜ちゃんはすごく大変な思いをしてきたってことだけは、言っておくよ。本当に、すごく大変な・・・・」

そう言って、城田は少し辛そうに目を伏せた。
いつもの明るい表情からは想像できないような表情だった。

「俺にとって舜ちゃんは弟みたいな存在で、大切な家族だと思ってる。その想いは、きっと裕貴さんにも負けない」
「え・・・・・」
「でも、裕貴さんが舜ちゃんを好きで、これからもずっと大切にしてくれるなら・・・・。俺、協力するよ」
「城田くん・・・・」
「舜ちゃんを悲しませるようなこと、しないって約束して」

城田の真剣な表情に、俺はごくりと唾を飲み込み、頷いた。

「約束、する。舜くんを悲しませるようなこと、しないよ、絶対」

俺の言葉に城田は穏やかな笑みを浮かべ、

「よし、じゃあ、吉野さんに電話してみよ」

と言って、再びスマホを手にしたのだった。
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