苦くて甘い

まつも☆きらら

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第4話

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「ゆう、もうご飯食べた?」

「あ・・・・うん、今」

舜の言葉に、俺は手に食器を持ったままだったことにに気付く。

「そっか。あのね、ビール買ってきたから飲もうよ。直くん、上がって。俺、何かつまみ作るから」
「は~い、お邪魔しま~す!」

ニコニコしながらパタパタと上がってくる城田。

俺は彼を案内するようにまたリビングへと戻った。

舜は、そのままキッチンへと入っていった・・・・。




「なんか、すいませんね。急にきちゃって」

テーブルをはさみ、向かい側のソファーに座った城田が遠慮気味にそう言った。
茶髪でひょろりとしたその風貌は軟派な感じにも見えるけれど、背筋は伸びていて目の輝き方は舜と共通している気がした。

「―――舜くんの、幼馴染だって」
「うん。家が近かったから、小学校からずっと一緒で。大学を卒業してからはしばらく会ってなかったけど・・・」
「舜くんは、おとなしい子だったって聞いたけど」
「そうだねえ。人見知りするタイプで・・・あ、俺もそうなんだけど、舜ちゃんは繊細なんだよね。でも、一度仲良くなるといっぱい話してくれるようになるから、人気者だったよ。女の子にももててたし」
「やっぱり、もててたんだ、舜くん」
「もてるよぉ!今もかっこいいけど、昔はちっちゃくて可愛くて・・・俺なんて、初めて会った舜ちゃんを女の子だと思ったからね!それくらい可愛かった!」
「へえ・・・・城田くんも、好きだったとか?」
「え・・・・」

途端、ぎくりとする城田。

わかりやす・・・・

「いや、俺は、そんな・・・・ねえ?」

なにが「ねえ」、なんだか。

「おまたせぇ、まずは簡単にできるものだけね」

舜が、トレイにおつまみの乗った皿を3つほど載せて持って来てくれた。

「あ、ありがと!舜ちゃんも一緒に飲もうよ!」
「うん、今作ってるのが出来上がったらね。そんなに時間かかんないよ。10分くらいでできるから、待ってて」

そう言って、また舜が行ってしまうと城田が小さく息をついた。

「・・・舜ちゃんが、お兄さんと暮らすことになったって聞いた時、ちょっと心配だったんだよねえ。大丈夫かなって・・・・。でも、今日舜ちゃんの顔見たらほっとした」
「え・・・・」
「だって、すげえいい顔してるんだもん。きっと、お兄さんていい人なんだと思ってさ、だから、会ってみたくなったの」
「会ってみて、どうでした?」
「うん、なんか安心した」
「安心・・・?」
「優しそうな人だからさ。きっと裕貴さんなら、舜ちゃんを傷つけないだろうなって思って」

そう言って城田は笑ったけれど―――

俺は、彼の言葉が引っ掛かった。

俺なら傷つけないって、どういう意味だ・・・・?

「できたよ~。直くんの好きな唐揚げと~、ゆうの好きなハンバーグ!あっためるだけの手抜きだけどね!」

舜がまたトレイにたくさんの料理を乗せ、テーブルに並べて今度は自分も床に座った。

「あ、さっきコンビニで買ったやつだ!その唐揚げ、うまいんだよね~!」
「ね。あ、このハンバーグもうまいんだよ、ゆう、食べてみて」
「あ、うん。いただきます」
「あ、俺もそれ食べたい!」

城田が俺の目の前におかれた皿に手を伸ばそうとして、舜にパチンとたたかれる。

「ゆうが先!直くんは唐揚げ食べてよ!」
「だってこの唐揚げ食ったことあるもん!ハンバーグ食いたい!」
「だーめ!ゆうのために買ってきたんだから、ゆうが先に食べるの!」
「ずるい!贔屓だ!」
「いや、あの、一緒に食べれば?」

思わず口を挟むと、城田と舜が同時に俺を見る。

「さすが舜ちゃんのお兄ちゃん!」
「ゆう、優しい!」
「はは・・・ありがと」

ちょっとわかってきた。

舜は、城田といるとより無邪気になる。
2人の会話は、まるで兄弟みたいだ。
俺が知らない舜の22年間を知っている城田。
歳は舜と一緒だけど、城田の方が年上に見えるのが不思議だった。
見た目は舜の方が大人っぽいししっかりしてそうに見えるのに、その会話は舜が城田に甘え、城田が舜を見守っているような感じだった。

―――心配することも、なかったか・・・・。

城田の目は優しく舜を見つめていて、もしかして、本当に舜のことが好きなのかとも思ったけど―――

だけど彼の瞳にあるのは慈愛に似た暖かさ。

どこまでも、優しい眼差しだった。

いろいろ話しているうちに、城田の人懐こい性格もあって俺も砕けて話せるようになるのに時間はかからなかった。

「城田くん、不動産屋に勤めてるんだっけ?仕事、ちゃんとしてるの?」
「してるよ!超きついんだよ~、舜ちゃん聞いてよ~、いやな先輩がいてさ~」
「はいはい」
「ちょっと、あんまり舜くんにくっつくなよ!」
「なんでさ!久しぶりに会ったんだからいいじゃん!舜ちゃん、この人に変なことされてない?」
「なんだよ変なことって!」
「だって、お兄さんちょっと変態っぽいじゃん!」
「変態じゃねえわ!」
「ふはは、なんか2人の掛け合い面白い!漫才みたい!」
「舜くん、笑ってないでなんか言ってやってよ!俺変態じゃないんだからさ!」
「え~、でもなんかわかる~。ゆうってちょっと変わってるもんね」
「え~~~、舜くん!」
「うひゃひゃひゃ」


「そういえば、こないだ新宿行った時、吉野さんに会ったよ」

城田がそう言って舜の方を見ると―――

「あれ・・・・舜ちゃん、寝ちゃった?」

舜は、ソファーにもたれて目を瞑っていた。

「みたいだね。いいよ、このままにしといてあげよう。あとで部屋に連れて行くから。それより、吉野さんて?」

初めて聞く名前だ。

「カメラマンなんだけど、前に舜ちゃんが雑誌のモデルをしてた頃仲良くなったんだ。ファッション関係だけじゃなくていろんな写真撮る人でさ、妙に舜ちゃんと気があって・・・・・一時期は舜ちゃんが吉野さんちに入り浸ってたりもしたんだ」
「へえ・・・・そんなに仲いいんだ。聞いたことなかったけど・・・・」
「1年前くらいに、突然修業に行くとか言って海外行っちゃって、それ以来会ってなかったんじゃない?帰国したのは先週だって言ってた。旅先で携帯が壊れちゃって、舜ちゃんの連絡先わかんなくなったから言っといてくれって頼まれたんだよね」
「携帯壊れたってことは、番号も変わったの?」
「いや、それは変わってないって。データは全部飛んじゃったけど、アドレスも変えてないって言ってたよ」
「じゃあ、伝えとくよ」

そう言って俺は、テーブルの上の皿を片づけ始めた。

「え、何それ、帰れってこと?」
「え、まだいるの?舜くん寝ちゃったのに」
「うわ、冷たい!舜ちゃんには超優しかったのに!」
「うるさいよ。かわいい弟のために気ぃ使ってたんでしょ!もう帰んなさいよ」
「いいじゃん!俺明日休みだし、なんだったら舜ちゃんと一緒の部屋で寝かせてもらって―――」
「絶対だめです」
「即答かよ!」
「あたりまえでしょ!」

ぎゃあぎゃあやり合いながらも、城田は結局舜を部屋まで運ぶのを手伝ってくれたあとに帰ることになった。

「また遊びに来るね!今度は舜ちゃんの手料理食べに来るから!」
「あ、お断りします」
「おいっ」

なんか、本当に漫才みたいになってきたな。

「じゃ、おじゃましました~。おやすみなさ~い」
「はいはい・・・あ、ちょっと待って」
「え?」

俺は、玄関の扉に手を掛けた城田に声を掛けた。

ふと、聞きたくなったことがあったのだ。

「舜くんて、もててたんでしょ?」
「ああ、うん。あのルックスだし、優しいしね」
「彼女とか、いなかったの?」
「へ?ああ・・・・」

城田は、ちょっと目を見開いた後、なぜかうろたえたように俺から目をそらせた。

「舜ちゃんて、シャイだからさ・・・・そういうの、恥ずかしがるんだよ」
「いなかったの?全然?」
「うん。―――じゃ、また遊びに来るから、舜ちゃんにも言っといて!」
「あ、ちょ―――」

あれだけ帰るのを渋っていたのに、あっという間に出て行ってしまった。

―――ほんと、わかりやすいな・・・・。

でも、なんでだろう?
彼女がいなかったっていうことに、何か特別な理由があるんだろうか・・・・。
俺に知られたくない、何かが・・・・・





「ごめん、俺先に寝ちゃってたんだね。片付けとか、やってくれたんだ」

翌朝、朝食を作ってくれた舜が申し訳なさそうに言った。

「別に、大したことじゃないよ、気にしないで」
「ゆう、仕事で疲れてたのに・・・・。ほんとごめんね。直くん、何時ごろ帰ったの?」
「11時くらいかな。片付けるのも、ちょっと手伝ってもらったよ。―――あ、そういえば、伝言頼まれてた」
「伝言?」
「うん、ええと・・・・吉野さんて人が、連絡とりたがってるって」
「え!ほんと!?寛太かんた、帰ってきてるの!?」

突然舜が目を輝かせ、声を弾ませた。

「あー、吉野寛太っていうの?その人と、なんか新宿で会ったって言ってた。携帯が壊れちゃって、データが消えちゃったんだって」
「そうなんだ!そっか、よかった。全然連絡とれないから、心配してたんだ。ありがと、さっそく連絡してみるよ」
「・・・仲いいんだってね」
「うん。もう、今年30かな?年離れてるけど、なんか気があって。今度、ゆうにも紹介するね」
「ああ・・・・うん、そうだね。城田くんも、また遊びに来るって言ってたよ」
「ほんと?ふふ、ゆうが直くんと仲良くなってよかった」
「仲良く・・・・なったのかな?あれ」
「すごく、仲よさそうだったよ?」

楽しそうに笑う舜。
まぁ、舜が楽しいならそれでいいけど・・・・。


結局、どうして彼女ができなかったのかを舜には聞けなかった。

あの時の舜の態度とか、昨日の城田の態度を思い返してみても、きっとそこには触れられたくないんだろうなと思ったから。
別に、無理に聞くこともないし・・・・。

だけどなぜか、あの時の舜の態度がとても気になったのだ。

その話題に触れた瞬間、舜の周りの空気が一変した。

触れたら舜を傷つけてしまいそうな、そんな空気だった。

だから、俺はもうその話題に触れるのはやめようと思った。

舜を傷つけるようなことは、したくなかった。

『きっと裕貴さんなら、舜ちゃんを傷つけないだろうなと思って』

城田の言葉を思い出す。

舜は、今までに誰かに傷つけられたことがあるってことだろうか・・・・・。





「ゆうは、ここに友達連れてきたりしないの?」
「え、俺は・・・そこまで仲いい友達っていないし、自分以外の人間でここに入ったことがあるのは母親くらいかな」
「そうなの?友達、いないの?」
「いないってわけじゃ・・・・ああ、そういえばこないだ大学で久しぶりに高校の時の先輩に会って、舜くんの話したんだ」
「へえ。先輩?」
「うん。会ってみたいって言ってたから、今度機会があったら連れてくるよ。頭のいい人で、医者なんだ」
「お医者さん?へえ、さすが!ゆうも頭いいもんね」
「別に、俺は―――」
「だって東大でしょ?俺には絶対無理だもん。自慢の兄貴だよ」

ニコニコと嬉しそうに笑う舜を見て、俺も嬉しくなる。

なんだかくすぐったい気持ちだけど・・・・

そのうち、慶さんを呼んでみよう。

そう思って、俺は研究室へと向かったのだった・・・・・。
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