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第12話

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「響くん!」

会議室から出ると、すぐに葵くんに呼び止められた。

「葵くん・・・・」

俺の後ろから、部長が出てくる。

「じゃあ、頑張ってくれよ、高柳」

「あ―――はい」



「・・・・仕事の話?」

「うん、九州の方の企業からオファーがあって、これから行くことになったんだ」

「ふーん」

「で・・・・俺に何か話?」

葵くんは、ずっと眉間にしわを寄せていた。

温厚な葵くんのこんな表情は、あまり見たことがなかった。

「―――さっき、理央に会ったよ」

「え・・・・・」

「この近くのスタジオで、ダンスレッスンしてたって。一緒にご飯食べた。裕二くんも一緒に」

「へえ・・・・」

「・・・・・結婚するって、どういうこと?」

葵くんの視線が、俺に突き刺さる。

「ランチを食べた店から、響くんと事務の女の子が歩いてるのが見えた。その時理央が、響くんはあの子と結婚するんだって・・・・・。本気なの?でも、こないだ飲んだ時はそんなこと言ってなかったよね?何で急に?」

「・・・・俺がいつまでも理央と一緒にいたら、理央のためにならないんだよ」

俺の言葉に、葵くんはますます顔を顰めた。

「は?何それ。理央のために結婚するとかいうの?」

「そういうわけじゃ・・・・彼女、仕事もできるし、しっかりしてるし―――きっと・・・・うまくやっていけると思ったんだ・・・・。それに・・・・」

「それに?」

「・・・・・彼女、この会社の会長の孫なんだ」

「―――何それ」

「・・・・・」

「彼女と結婚して、出世しようと思ってるわけ?出世のために、理央を捨てるの?」

葵くんが、拳を握りしめた。

「――――俺じゃ・・・・・理央を幸せにできないんだよ・・・・・!」



その瞬間。



葵くんの拳が俺の左の頬を殴りつけ、俺は床にたたきつけられた―――。



「―――ふざけんなよ!理央を幸せにできないやつが、愛してもない女を幸せにできるわけないだろう!!」

「・・・・・愛せるよ・・・・・これから・・・愛せるように努力するよ・・・・」

「・・・・努力して愛せるようになるのなんて・・・・本当の愛じゃないだろ。響くんが、本当に幸せにしたいのは誰なんだよ」

―――俺が、本当に幸せにしたい人・・・・・?

「―――馬鹿だよ。響くんも、理央も―――」

「え・・・・」

理央・・・・・?

「響くんが理央を捨てるなら、俺ももう遠慮はしない」

俺は、床に手をついたまま葵くんを見上げた。

葵くんの射るような視線が、俺を見ていた。

「俺は、理央を悲しませるようなことは絶対にしないから」

そう言って、くるりと俺に背を向ける葵くん。

呆然と倒れたままの俺を振りかえることもせずに、葵くんはいつもとは別人のように背筋を伸ばし、歩いて行ってしまった・・・・・。




俺はその後いったん家に戻り、着替えなどをスーツケースに詰め、出張のため九州に向かった。


理央から、『急に仕事が入ったので遅くなります』というメールが来ていた。

『お疲れ。俺は今日から九州に出張で2、3日帰れません。仕事、頑張って』

そうメールを返し、空港に向かう。

売店で、暇つぶしに読もうと思ったスポーツ新聞に手を伸ばす。

大きく、理央のドラマの記事が載っていた。

会見場にいた出演者全員の写真と、主役の女優の写真。

それから、主役の女優と同じくらいの大きさの、理央の写真―――。

パーマをかけたくるくるの黒髪と、白い肌、大きな瞳、赤い唇。

中性的な雰囲気の、謎の美少年という役どころ。

ペットとしてOLに飼われるという難しい役どころをどう演じるかが、注目の的―――

理央の注目度が伝わってくる記事。

気付けば、俺は何誌ものスポーツ新聞を買っていた。

そして、理央のことが書かれた記事を、何度も読み返した・・・・・。



青山に着いた理央ちゃんを待っていたのは、新しいCMの契約に興奮気味のマネージャーだった。

「すごいよ!あの○○社だよ!ぜひ有村理央くんに出て欲しいって、そう言ってきたんだって!理央、やったな!」

「すごい・・・の?なんの会社?」

マネージャーのテンションに引き気味の理央ちゃんが、怪訝な顔で首を傾げた。

「ああ、もう時間がない!先方を待たせてるんだ。話は歩きながらするから―――あ、藤田くんも、仕事頑張れよ!」

そう言いながら、マネージャーは理央ちゃんの腕を引っ張って行ってしまう。

俺は慌てて理央ちゃんに声をかけた。

「理央ちゃん!メールするから!―――ちょっと!あんまり理央ちゃんを乱暴に扱わないでよ!」

理央ちゃんが、引っ張られながらも振り返って手を振ってくれる。

俺は理央ちゃんに手を振り返し―――

2人がビルの中に消えて行ってしまうと、大きな溜息をついた。


響ちゃんの結婚の話が本当かどうか知らないけど―――

俺は、理央ちゃんを傷つけた響ちゃんが許せなかった。

いつもさわやかで、俺にも優しくしてくれた響ちゃんだけど―――

俺の大好きな理央ちゃんを、傷つけるのだけは許せない。

だって・・・・・

俺の勘が間違っていなければ、響ちゃんだってきっと理央ちゃんのことが好きなはずなのに―――

どうして好きな人を傷つけることができるんだろう。

どんな理由があったって、そんなこと、していいわけないよ・・・・・。

響ちゃんが傷つけるなら、俺は全力で理央ちゃんを守る。

響ちゃんが理央ちゃんを幸せにできないのなら、俺が理央ちゃんを幸せにするよ。

そう決意して。

俺は自分の仕事先に向かうべく、歩き出したのだった―――。
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