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第8話
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「高柳、どうだ、久しぶりに飲みに行かないか?」
上司にそう声を掛けられたのは、まさにもう帰ろうとしていた時だった。
―――めんどくさい人につかまったな。
内心そう思ったものの、顔には出さない。
「あー、でも、僕―――」
なんとか理由をつけて断ろうと思っていると、突然その上司にガシッと肩を掴まれた。
「―――今日は、断らない方がいいぞ」
「―――は?」
「今日は、松下さんがくるんだ」
「松下―――さん?」
確か、事務の若い女の子だよな?
清楚な感じの美人で、男性社員には絶大な人気がある。
でも別に、俺は彼女には興味ないんだけど・・・・・。
「高柳―――ここだけの話だけどな、実は彼女、この会社の会長の孫なんだ」
「え―――」
それは初耳だ。
「しかもだ!どうやら彼女、お前に気があるらしいぞ!」
「は―――」
「これは、大きなチャンスだぞ!」
―――チャンス・・・・・?
「おい、有村!やったな!」
事務所へ呼び出された俺を待っていたのは、興奮してテンションの上がった社長だった。
「あのオーディション、合格したぞ!」
「え―――」
「これはすごいぞ!」
1人腕を振り上げ真っ赤な顔で叫ぶ社長に、俺は思わず耳を塞いだ。
「・・・声、でか・・・・」
「明日は、製作発表記者会見だ。もちろん、お前も出るんだからな!」
がっしりと肩を抱かれ、社長の荒い鼻息がかかる。
―――くっさ・・・・
「お前、自分がどんな役をやるのかわかってるのか?」
「・・・・ペットの役って、聞いたけど・・・・」
「そうだ!しかも、あの天野さやかの相手役だぞ!」
―――天野・・・・?って、誰だっけ・・・・?
「とにかく!これでお前も売れっ子俳優の仲間入りだ!」
―――売れっ子・・・・?俺が・・・・???
社長は勝手に盛り上がって、祝杯だパーティーだと騒いでいた。
俺には、何が何だかわからない。
お芝居っておもしろそうだと思ったのはつい最近―――オーディションを受けてからだ。
まだなんの練習もしていないし、台本も見ていない。
突然、1人で知らない場所へ放り出されたようで、俺は嬉しさよりも、不安でいっぱいになっていた。
「―――理央ちゃん!」
ポン、と後ろから肩をたたかれ、俺は驚いて振り向いた。
そこにいたのは裕ちゃんだった。
「あ―――」
「聞いたよ!おめでとう、理央ちゃん!」
満面の笑みで嬉しそうに俺をハグする裕ちゃん。
―――あ・・・・なんか、ちょっと嬉しい・・・・かも。
裕ちゃんの温もりから、その喜びが伝わって来て―――
じわじわと、嬉しい気持ちが広がってきた。
「・・・・ありがと、裕ちゃん。でも俺、正直どんなドラマだかも知らなくて・・・・」
「あはは、そっか。確か、原作が人気コミックだって聞いたよ」
「コミック・・・・マンガなんだ」
―――伊織も知ってるかな?
「うん。俺もよく知らないけど、でも理央ちゃんの役って主人公のOLに飼われる男の子の役なんだよね?」
「うん。ペットだって」
「そうそう!面白そうだよね!イメージが理央ちゃんにぴったりだって、受付の女の子が言ってたよ」
「そう・・・・なんだ・・・・・?」
「理央ちゃんがテレビに出れるとこ見れるなんて、すげえ楽しみ!」
「テレビ・・・・きょおくんも、見てくれるかな」
俺の言葉に、裕ちゃんは一瞬目を見開き―――
それから、大きく頷いて笑ってくれた。
「あたりまえじゃん!きっと、すごい喜んでくれると思うよ!」
響くんが喜んでくれる・・・・・。
そう思った瞬間、俺も自然と笑顔になっていた・・・・・。
「高柳さん」
スマホでメールを打っていると、彼女に名前を呼ばれ顔を上げた。
「あ―――なに?」
「メール・・・・彼女ですか?」
「ああ、いや・・・・一緒に住んでるいとこ。今日、遅くなるって連絡したところ」
そう答えると、彼女はホッとしたように微笑んだ。
俺を誘った部長は部下の1人を捕まえて、酔った勢いに任せ説教したり、家族の自慢をしたりとご機嫌なようだった。
松下さん目当てに参加したらしい同僚たちは彼女に相手にされず、すでに泥酔モード。
そして彼女は最初は離れた席にいたのに、いつの間にか俺の隣に移動して来て一緒に飲んでいた。
料理を皿に取ってくれたり、酒を注いでくれたりと、甲斐甲斐しく動いてくれる彼女は、部長の言うとおり俺に気があるようだった。
「お酒、追加します?」
にっこりと微笑む彼女は確かにきれいだった。
俺好みの、清楚な美人。
背筋をぴんと伸ばし、酒を飲んでも乱れたりしないその姿に、魅力を感じないわけじゃないけど―――
「いや、もう俺は・・・・」
酒を断る俺をじっと見つめる瞳は、熱を帯びているようだった。
「・・・・高柳さん・・・・2人でこっそり抜け出しません?」
そっと耳元に囁く彼女。
―――どうするかな。そろそろ帰りたいんだけど・・・・
とりあえずここを出て、適当にまくか・・・・・
「―――そうだね」
俺が頷くと、彼女は嬉しそうに笑った―――。
店を出てすぐ、メールの着信音が鳴る。
「さっきのいとこさん?」
「ああ・・・・・」
『今日は、俺も遅くなるかもしれない。オーディション合格して、明日の打ち合わせでまだ事務所にいるから。帰ったら何か作るね』
帰ってきたメールに、少し驚いて―――
知らずに、笑っていたらしい。
「いい知らせですか?」
「え?」
「とても、嬉しそうに笑ってらしたから・・・・」
「ああ・・・・うん。いい知らせ―――」
突然、唇に柔らかい感触。
彼女が、俺の首に腕を回し、唇を押しつけていた―――。
上司にそう声を掛けられたのは、まさにもう帰ろうとしていた時だった。
―――めんどくさい人につかまったな。
内心そう思ったものの、顔には出さない。
「あー、でも、僕―――」
なんとか理由をつけて断ろうと思っていると、突然その上司にガシッと肩を掴まれた。
「―――今日は、断らない方がいいぞ」
「―――は?」
「今日は、松下さんがくるんだ」
「松下―――さん?」
確か、事務の若い女の子だよな?
清楚な感じの美人で、男性社員には絶大な人気がある。
でも別に、俺は彼女には興味ないんだけど・・・・・。
「高柳―――ここだけの話だけどな、実は彼女、この会社の会長の孫なんだ」
「え―――」
それは初耳だ。
「しかもだ!どうやら彼女、お前に気があるらしいぞ!」
「は―――」
「これは、大きなチャンスだぞ!」
―――チャンス・・・・・?
「おい、有村!やったな!」
事務所へ呼び出された俺を待っていたのは、興奮してテンションの上がった社長だった。
「あのオーディション、合格したぞ!」
「え―――」
「これはすごいぞ!」
1人腕を振り上げ真っ赤な顔で叫ぶ社長に、俺は思わず耳を塞いだ。
「・・・声、でか・・・・」
「明日は、製作発表記者会見だ。もちろん、お前も出るんだからな!」
がっしりと肩を抱かれ、社長の荒い鼻息がかかる。
―――くっさ・・・・
「お前、自分がどんな役をやるのかわかってるのか?」
「・・・・ペットの役って、聞いたけど・・・・」
「そうだ!しかも、あの天野さやかの相手役だぞ!」
―――天野・・・・?って、誰だっけ・・・・?
「とにかく!これでお前も売れっ子俳優の仲間入りだ!」
―――売れっ子・・・・?俺が・・・・???
社長は勝手に盛り上がって、祝杯だパーティーだと騒いでいた。
俺には、何が何だかわからない。
お芝居っておもしろそうだと思ったのはつい最近―――オーディションを受けてからだ。
まだなんの練習もしていないし、台本も見ていない。
突然、1人で知らない場所へ放り出されたようで、俺は嬉しさよりも、不安でいっぱいになっていた。
「―――理央ちゃん!」
ポン、と後ろから肩をたたかれ、俺は驚いて振り向いた。
そこにいたのは裕ちゃんだった。
「あ―――」
「聞いたよ!おめでとう、理央ちゃん!」
満面の笑みで嬉しそうに俺をハグする裕ちゃん。
―――あ・・・・なんか、ちょっと嬉しい・・・・かも。
裕ちゃんの温もりから、その喜びが伝わって来て―――
じわじわと、嬉しい気持ちが広がってきた。
「・・・・ありがと、裕ちゃん。でも俺、正直どんなドラマだかも知らなくて・・・・」
「あはは、そっか。確か、原作が人気コミックだって聞いたよ」
「コミック・・・・マンガなんだ」
―――伊織も知ってるかな?
「うん。俺もよく知らないけど、でも理央ちゃんの役って主人公のOLに飼われる男の子の役なんだよね?」
「うん。ペットだって」
「そうそう!面白そうだよね!イメージが理央ちゃんにぴったりだって、受付の女の子が言ってたよ」
「そう・・・・なんだ・・・・・?」
「理央ちゃんがテレビに出れるとこ見れるなんて、すげえ楽しみ!」
「テレビ・・・・きょおくんも、見てくれるかな」
俺の言葉に、裕ちゃんは一瞬目を見開き―――
それから、大きく頷いて笑ってくれた。
「あたりまえじゃん!きっと、すごい喜んでくれると思うよ!」
響くんが喜んでくれる・・・・・。
そう思った瞬間、俺も自然と笑顔になっていた・・・・・。
「高柳さん」
スマホでメールを打っていると、彼女に名前を呼ばれ顔を上げた。
「あ―――なに?」
「メール・・・・彼女ですか?」
「ああ、いや・・・・一緒に住んでるいとこ。今日、遅くなるって連絡したところ」
そう答えると、彼女はホッとしたように微笑んだ。
俺を誘った部長は部下の1人を捕まえて、酔った勢いに任せ説教したり、家族の自慢をしたりとご機嫌なようだった。
松下さん目当てに参加したらしい同僚たちは彼女に相手にされず、すでに泥酔モード。
そして彼女は最初は離れた席にいたのに、いつの間にか俺の隣に移動して来て一緒に飲んでいた。
料理を皿に取ってくれたり、酒を注いでくれたりと、甲斐甲斐しく動いてくれる彼女は、部長の言うとおり俺に気があるようだった。
「お酒、追加します?」
にっこりと微笑む彼女は確かにきれいだった。
俺好みの、清楚な美人。
背筋をぴんと伸ばし、酒を飲んでも乱れたりしないその姿に、魅力を感じないわけじゃないけど―――
「いや、もう俺は・・・・」
酒を断る俺をじっと見つめる瞳は、熱を帯びているようだった。
「・・・・高柳さん・・・・2人でこっそり抜け出しません?」
そっと耳元に囁く彼女。
―――どうするかな。そろそろ帰りたいんだけど・・・・
とりあえずここを出て、適当にまくか・・・・・
「―――そうだね」
俺が頷くと、彼女は嬉しそうに笑った―――。
店を出てすぐ、メールの着信音が鳴る。
「さっきのいとこさん?」
「ああ・・・・・」
『今日は、俺も遅くなるかもしれない。オーディション合格して、明日の打ち合わせでまだ事務所にいるから。帰ったら何か作るね』
帰ってきたメールに、少し驚いて―――
知らずに、笑っていたらしい。
「いい知らせですか?」
「え?」
「とても、嬉しそうに笑ってらしたから・・・・」
「ああ・・・・うん。いい知らせ―――」
突然、唇に柔らかい感触。
彼女が、俺の首に腕を回し、唇を押しつけていた―――。
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